テラーノベル
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ここは、どこだろう。
真っ暗な世界。
やがて、一筋の光が闇を駆ける。
だが、いくら手を伸ばしても眩い光に届くことはない。
神さま。
一生のお願いだ。
俺はまだ、二人の横で笑っていたい―――。
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
「…は?」
白く無機質な病室。
信じられず、聞き返す。
しかし、聞き間違いではなかったらしい。
目の前の医者は、瑠衣に無情な宣告を言い渡した。
「あなたは、『花嵐症候群』です」
「はなあらし、シンドローム…?」
最近、やけに忘れ物が多く、健康診断のついでに診てもらおう、
そんな軽い気持ちだったのに。
「はい」
医者の瞳に憐憫の色が浮かぶ。
「花嵐は、本来花びらを散らしてしまうような強い風を表す季語で―――」
そこで言葉を切り――
「この病気は…生存率0%の指定難病です」
淡々と発された言葉。
「さらに…」
瑠衣に話すのを躊躇うかのように、一瞬口を噤む。
「一日ごとに―――」
後に続いた台詞に、瑠衣は言葉を失った―――
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
薄暗く影の落ちる昼下がりの中庭。
いつもは陽光が差し込んで明るいであろうこの場所も、
今日はどんよりとした空気を纏っていた。
『あなたは、一日ごとに記憶を失います』
嫌だ。
なんで俺が、という思いと、仁とおっさんから離れたくないという想いが交差する。
死ぬことよりも、二人のことを忘れてしまう方が嫌だ。
二人への想いが足りなかったんじゃないかと、思ってしまうから。
「忘れるくらいなら、いっそ…」
二人から、離れよう。
そうすれば――きっと、苦しまないで済むはずだから。
もうすっかり手に馴染んだワトスンノート。
これには、三人で過ごした時間が詰まっているように感じる。
だが、もう…
「これで、終わりなんだな」
雨か、涙か―――
空を仰いだ瑠衣の頬が、濡れていく。
ひび割れた心に、鋭利な痛みを感じた―――。
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
「本当に、それでいいの?」
今朝、偶然総合病院で鉢合わせた記憶の天才は、瑠衣にそう尋ねた。
「もう、いいんだ…」
二人と離れたくない。
その気持ちに嘘はないのだ。
だけれど――
心の片隅で、諦めかけているのも否めない。
「仁も、おっさんも――
二人の前で死んじまったら…寝覚めが悪いだろ?」
いつも通りに、笑えているだろうか。
しばらくして、恵美まどかはのんびりとベッドから腰を上げる。
「じゃあね、物怪瑠衣。
奇跡が起きるのを祈っているよ」
「は?
…奇跡…?」
ふ、と自嘲をこぼす。
奇跡なんて起きない。
いくら神さまを信じようと。
いくら善いことをしようと。
人はいつか死んでしまうのだ。
そう思うのに―――
どうしても、奇跡にしがみついてしまう。
「でも、もう終わりだ―――」
もうすぐ、二人の記憶からも消えるだろうから―――。
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
〘 ホークアイズ事務所 〙
「…手紙?」
宛先に2人分の名前があるのを確認し、おっさんのところに持っていく。
〚 いつも傍にいてくれてありがとう
まどかに伝言を託したから、会ったら聞いてくれ
まだ二人と一緒にいたかったな…
出会えてよかったよ
明日には、俺はここにいない
理由なんてないけど…二人はずっと俺の宝物だ
頑張れたのは、仁とおっさんがいたから
遠く離れていても、二人の声は届いてる
嬉しい思い出をありがとう
物怪 瑠衣〛
「…っ、瑠衣!」
しかしおっさんはリビングから飛び出そうとする仁を制する。
「特にヒントはないか…」
おっさんが呟く。
「瑠衣は、ここから去るつもりなのか…」
しかし、最大の謎が浮き上がる。
なぜ、瑠衣はホークアイズを降りようとしているのか―――
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
――翌日。
「…恵美まどか」
「おはよう、司波仁。
その様子からすると…
やっぱり物怪瑠衣は君に何も話さなかったみたいだね」
「…っ」
あの後、町の仲間やネストの伝手を辿ったが、
瑠衣は既に端末も解約し、ネストを去った後だった。
「物怪瑠衣からの伝言だ」
〚忘れるより、忘れられたい
置いていかれるよりも、自分が消える方が良い〛
「さあ、司波仁。
彼に会いに行ったほうが良いんじゃない?
忘れられる前に・・・・・・・
物怪瑠衣には悪いけど――
後輩を、これ以上傷つけたら先輩の名が折れる」
そう言って、恵美まどかは瑠衣のいる病院・・を教えた。
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夢を見た。
仁とおっさんと、夜空を見上げる夢。
やがて、そこに星が流れる。
ふと隣を見ると、二人の姿が消えている。
なんで、行かないで―――
そう叫んで、瑠衣は現実に回帰した。
「はは…」
自分から手放したくせに、こんな夢を見るなんて―――
と、そこまで考えて、布団の上の重みに気付く。
「え…?」
見覚えのある縹色のさらさらな髪の毛。
サテン生地のスカジャンから覗く首元が、銀色に光る。
「仁…」
何故、ここに―――
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
あの日、俺は手放した。
俺のすべてである、ホークアイズという居場所、そして――大切な仲間を。
でも、やはり離れたくない。
天が許さなくても、病が仲を裂こうとも。
いつだって俺たちは一緒に闘ってきた。
ならば。
最期まで闘いたい。
抗いたい―――――
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
「瑠衣…?
起きたのか」
「仁…」
「…なんだ?」
「俺、生きてみせる…
二人が俺を忘れられないように、精一杯生きてみせるよ」
呆気にとられていた仁は、ふ、と微笑んだ。
「ああ、瑠衣…」
生きろ。
俺たちが、瑠衣を忘れることは決してない。
だから―――
安心して生きろ、と。
仁から紡がれたあたたかな言の葉に、心を覆っていた薄氷が決壊する。
病を宣告されてから、瑠衣は初めて心から涙を零した。
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
それから暫くの時を経て―――。
「瑠衣…ハンバーガーを買ってきた」
「……」
「…瑠衣?」
瑠衣の様子がおかしい。
目が合っているはずなのに、どこか遠くを見ているような…
今 瑠衣の目に宿るのは、虚無だった。
「誰、ですか―――?」
仁ははっと息を呑む。
ついに。
訪れてしまった。
「すみません、思い出せなくて…」
どなたでしたっけ、と。
困ったような顔をして。
瑠衣はゆっくりと首を傾げる。
「仁…少し、外に出よう」
おっさんに促され、中庭にあるベンチに腰掛ける。
「俺は――」
仁の震えた声が沈黙を破る。
「仁…?」
「俺は、また、失うのか…?
両親も、親友も…今度は仲間まで…」
「…っ」
「俺から、いくら奪ったら気が済むんだよ…っ!」
仁の慟哭が、重たい雲が浮かぶ冬空に吸い込まれていく。
2人とともに哀しむかのように、淡雪が舞っていた。
ー ✿ ー ❀ ー ✿ ー ❀ ー
その日の夜―――。
三人は、中庭に立っていた。
仁は先程看護師から聞いた話を反芻する。
「『流れ星の奇跡』、か…」
普段なら奇跡など信じない。
「瑠衣が助かるなら何だってする」
だから――
「瑠衣は、そちらには行かせない」
真っ暗な寒空に、一筋の光が走る。
『知ってるか、司波仁』
少しいたずらっぽく笑みを浮かべた先輩は、唐突に問いかけた。
『奇跡は、願いを運ぶんだ』
『…奇跡なんて』
『君の今までの願いは叶わなかったのかもしれない』
――でも。
『君は今を生きているんだ…
叶わないと決めつけて…望まないでどうする』
「一生のお願いだ…
瑠衣を、返してくれ…っ!」
魂の叫びが届いたのだろうか。
それとも、『奇跡』が起きたのか―――
先程まで虚無だった瑠衣の瞳が、確かに仁と杖道を捉えた。
「…あれ…」
今しがた起きたかのように、ぼんやりした声。
だが、それ以上に柔らかく、暖かい気持ちが籠もっていた。
「じん…?おっさん…?」
「…瑠衣…っ、瑠衣…!」
視界が溢れ出す涙でぼやけていく。
「…今日ばかりは『奇跡』に感謝しないとな」
三人の再会を、天に戴く星々が静かに、どこか優しく見守っていた―――。
コメント
1件
いやもうこれ、冒頭の宣告シーンで一気に引き込まれたわ…。生存率0%って。しかも一日ごとに記憶を失うとか重すぎる。でも瑠衣が「覚えててもらうより、忘れられる方がいい」って距離を置こうとするの、痛いけど気持ちはわかるんだよな…。 仁の「俺からいくら奪ったら気が済むんだよ」って慟哭、刺さった。それでいて最後に奇跡っぽいのが起きて、三人の再会が描かれる流れ、1話としては理想的すぎる。戦闘はないけど、この関係性の解像度と感情の動きはガチで刺さる。続き、絶対読む🔥