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クリニックに到着した事を伝え、待っていろと言われて渋々車内で待機していたリオンは、確かめたいことがあると言われたことに首を傾げていたが、確かめたい事とは何かと思いを巡らせる。

 新婚旅行から帰ってからはリオンと一緒に毎日のように何時間かはクリニックに来ていたウーヴェだったが、昨日自ら言ったように一人では来たことが無かった。

 だから一人で来ると宣言した理由に、クリニックを再開する時に不調を感じれば診察どころでは無くなるだろうし、青の楽園と名付けられたホテルで自ら口にしたようにリオンがいなければ何も出来ない男に思われたくないとの思いがあることは疑う余地の無いことだった。

 誘拐監禁事件の被害者となってしまったウーヴェだったが、皆死亡した犯人達のように死ぬわけにはいかず、生を終えるその時まで生きなければならないのだ。

 犯罪被害者の生活を以前の水準に戻す事はかなりの時間を要するのをリオンは刑事という前職の頃から良く知っていて、だからこそマザー・カタリーナのような慈善団体や同じ経験を持つ人達の手助けが必要になる事も良く知っていたが、それよりも何よりも最も身近にいる人達の理解が何よりも大切だと思っていた。

 だから今も待っていてくれといわれたものの心配で仕方が無く、エンジンを切ったスパイダーから降りたって階段に続くドアを開けたリオンは、視線の先にウーヴェの姿を発見して最初嬉しそうに顔を綻ばせるが、手摺りにすがりついているような様子に眉を寄せ、やはり傍にいて支えなければと一歩を踏み出しかけるが、ウーヴェの様子が変化していくことに気付き渾身の力でその場に踏みとどまる。

 リオンが見上げる階段の上では汗を浮かべ蒼白な色の顔で手摺りに縋り付いているウーヴェが顔を上げて深呼吸をしているように胸を大きく上下させ、その姿から己の伴侶の心の動きを感じ取る。

 それは、ホテルでも二人で暮らす家ででも幾度となく目にした、過去からの声をあるべき場所に止めこれから先へと歩いて行くために一人で行う儀式のようなものだった。

 それを今ここで目にした意味を考えこの階段の辺りでウーヴェの眼鏡を発見した事も思い出すと、誘拐事件の現場に訪れてももう大丈夫だとの確信を抱きたいが為に一人でここに立ち、過去を本当に過去のものにするために通り過ぎようとしているのだと気付くと、静かにウーヴェに気付かれないようにドアを開けてスパイダーに戻ろうとするが、駐車場で待っていろと言われたが車内にいろと言われていないと言い訳をしスパイダーに寄りかかりながら腕を組み、目の前のドアが早く開いて自慢すべき男がやってこないかと足でリズムを取るようにつま先でコンクリの床を叩く。

 ご機嫌の証の鼻歌が流れ出し得意のそれが一巡した頃、ドアが静かに開いてステッキの音を小さく響かせながらウーヴェが姿を見せる。

 俯き加減の為にリオンが待っている事に気付いていないようだったが、その顔には何か途轍もなく大きなものをやり遂げた達成感が紅潮として浮かんでいて、己が思案したことが間違いでは無く、また伴侶となったウーヴェが以前と変わらないしなやかな強さを思い出してくれたことが嬉しくて小さく鼻を鳴らしたリオンは、満面の笑みでウーヴェに呼びかける。

「ハロ、オーヴェ!」

「……ああ、うん。お疲れ様、リーオ」

 面接はどうだったと穏やかな笑みで問いかけてくるウーヴェの前に一歩を踏み出して近寄ったリオンは、面白い話があるから後でちゃんと話す、今は俺のしたいことをさせてくれと捲し立ててウーヴェの笑みの質を変えさせると、驚くウーヴェを勢いよく抱き上げてその顔を見上げて太陽を直視した時のように眩しさに目を細める。

「リオン?」

「へへ。オーヴェもお疲れ様。一人でクリニックに来てみてどうだった?」

 いきなり抱き上げられて驚きに目を丸くするウーヴェに笑いかけたリオンは、お前の思うとおりにしてみた結果はどうだったと問いかけ、ウーヴェの目が細められた後にリオンの頭にキスをし、下ろしてくれと囁いた事からそっと立たせると腰に腕を回してウーヴェが抱きついてくる。

「……お前がいないことで、お前の大きさが……良く分かった」

「……そっか」

「うん。でも……」

 入院している時に折に触れ伝えてくれた約束の言葉、それがあるおかげで一人でここに来る事が出来たとリオンの肩に額を宛がいながら籠もった声で告白するウーヴェの背中を優しく抱きしめ、それは嬉しいなぁと素直な思いを伝えるとウーヴェの髪が小さく上下する。

「確認したい事はもう終わったか?」

「ああ」

「じゃあさ、帰ろうぜ」

 俺達の家に帰ろう、そしてクリニックの再開までの残り少ない休暇を満喫しようと笑いウーヴェの頬にキスをしたリオンは、同じようにウーヴェが笑ったことが嬉しくて、もう一度抱き上げてウーヴェに叱られてしまう。

「こらっ!」

「もー、俺の陛下は照れ屋さんなんだからー」

 ウーヴェの声にリオンが不満タラタラに返すが、お互い満更でもない事は嬉しそうに上がった口角を見れば分かる事だった。

 だが、クリニックの駐車場で仲良くするのであれば先程リオンが言ったように自宅のお気に入りのソファだったりベッドだったりで仲良くしたいと二人も思っていたため、ウーヴェを助手席に乗せて運転席に遅れて乗り込んだリオンは、鼻歌を歌いながらシフト操作をして車を走らせるが、あの時自力で立ち上がろうとするウーヴェに声を掛けなかった結果、さっきのように達成感に満ちた自慢すら滲んだ顔を見ることが出来たのだと気付くと、ついつい浮かれ気分でアクセルを踏み込んでしまう。

 助手席から安全運転という一言が飛んでくるが、最大限注意を払いますとそれが口先だけのものだと教えるような表情で言い放ち、ウーヴェに呆れた様な溜息を貰ってしまうが、そんなことは気にならないほど気分が高揚し、俺のダーリンはマジで世界一とスパイダーの幌を上げて大声で叫びたい衝動を必死に堪え、運転するリオンがそんな不埒な事を考えているとは思いも寄らないウーヴェが、とにかく安全運転をしてくれと溜息交じりに告げるのだった。


 晩夏の太陽は、夏の名残をまだまだ感じさせるもので、夕食を終える時間を過ぎてもまだ空は明るかった。

 昨日に引き続きバルコニーでデリバリーしたピッツァを夕食にした二人だったが、食後の飲み物としてリオンが選んだのはビールをレモネードで割ったラドラーで、ウーヴェは昨日ギュンター・ノルベルトが持参したバーボンをちびちびと楽しみながら飲んでいた。

 テーブルを挟んで肩を並べてバルコニーから外を見ていた二人だったが、ウーヴェが今日の面接はどうだったと問いかけると、うん、面白いことがあったと言葉短くリオンが返すだけだった。

 何が面白いんだと重ねて問いかけると、面接が終わった時に担当者と少し話をしながら部屋を出たがドアを開けると同時に複数人の足音がドアの向こうから聞こえて担当者と顔を見合わせたこと、その足音は総てがバタバタと慌ただしいものだったが一組だけ堂々とした足音だったため、この会社でそんな足音を立てられる人物など一人しかいないと笑うと、リオンの言葉を読み取ったウーヴェが身体を僅かに起こしてリオンの横顔を見つめる。

「……父さん?」

「ビンゴ。正確には、親父、兄貴、ヘクター、後はヴィルマって女の人」

 つまりは会長と社長付の秘書の二人がリオンの面接の様子を伺いに来ていて、己の秘書の様子に二人もついつい気になってしまって面接が行われている会議室の様子を窺っていたと言うのが正解らしく、リオンがそれに気付いた時のことを思い出して肩を揺らして笑ってしまう。

「面接の担当者がさ、きみの採用は最早決定的だ、だから本来は必要無いだろうが形式として必要だから採用通知を書面で送るって頭が痛いのを堪えてるような顔で言ってた」

「……」

 リオンが面接時に不適切な言動を取らないか心配でその心配の仕方に呆れかえって何も言えなかったウーヴェだったが、とにかく面接はお疲れ様とリオンを労うように伸ばした手でくすんだ金髪を撫で付ける。

「へへ。ダンケ、オーヴェ」

「ああ。じゃあ採用は決定なんだな?」

「そうみたいだぜ」

 互いに小さく笑い合った時にようやくテーブルを挟んで向かい合い頬杖をついて笑うウーヴェにリオンも嬉しさを隠さないで笑い、初出勤日については何も教えられなかったと思案するように空を見上げるが、採用通知書に書いてあるだろうからそれを待っていれば良いと教えられて頷き、テーブルに突っ伏すように腕を伸ばして顎をつける。

「……オーヴェ」

「どうした?」

「うん。親父の専属ボディガードだからスーツとネクタイ着用だって。だから仕事の時は毎日ネクタイ結んでくれよ」

 何度か言ったことがあると思うがお前にネクタイを結んで貰うと背筋が伸びるのだと笑い、お願いダーリンと強請ってみたリオンは、ウーヴェの手が変わらずに優しく髪を撫でてくれる事に目を閉じ気持ち良いと呟いてしまう。

「クリニックの再開とお前の初出勤までまだもう少し休みがあるな」

「うん。だからヴィーズンに行こうぜ」

「そうだな……メスィフとファウストからそれぞれメールが届いていた」

「マジ? 別々にヴィーズンに行けるなら嬉しいなぁ」

「何回行く気だ」

 リオンの言葉にウーヴェが呆れた様に返し、でも行きたいだろうと笑われてしまえば無碍にも出来ず考えておこうかと返すのが精一杯だったが、しっかりそれを見抜いているリオンが予定を立て始め、本格的に仕事に戻るまで大忙しだと笑って起き上がると、ウーヴェの手を取って立ち上がらせ己の腿に座らせる。

 もうすぐ二人とも以前と同じように働き出しこうして四六時中一緒にいられなくなる為、離れがたい気持ちがむくむくと沸き起こってくる。

 それを言葉にする代わりにウーヴェはリオンの髪を撫で額にキスをし、リオンの大きな手を掴んで掌にキスをするがそれを受けたリオンもウーヴェの首筋にリオンだけが出来るキスをする。

「……欲しい?」

「そう、だな。誰かさんが欲しがってるようだからな」

「まーた素直じゃねぇこと言うだろ?」

 欲しいのなら欲しいと素直に言いなさいとウーヴェを見上げたリオンは、眼鏡の下のターコイズが誘ってきていることに気付き俺の部屋かベッドルームのどこが良いと囁きかけると、ウーヴェの腕がリオンの首に回されてピアスが填まる耳朶を舐められる。

「前にも言っただろう? 俺が望むのは、俺だけのお前の蒼だ、と」

 だからそれが見えるのならばベッドルームだろうがリビングだろうがどこでも良いと囁かれてキスで返事をしたリオンは、ウーヴェをホテルの時と同じように抱き上げて陛下の望むままにと鄭重な口調で囁き笑みを浮かべ、ウーヴェの指が散らかり放題のリオンの部屋を指し示した事に頷いて家の中に入るのだった。

 寝るまでの間、リオンの家が古いアパートにあった時と同じようにベッドの上と下に座り、ウーヴェが入院している間にリオンが置いたテレビを二人で見ながら他愛も無い話をしビールを飲んでリオンの好物のチョコを食べたりしていたが、ベッドルームにあるバスルームで二人一緒にシャワーを浴び、リオンの部屋に戻った後は特に話をする事も無くただベッドの上で時間を忘れたように抱き合うのだった。


Über das glückliche Leben.

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