広い校舎の中、ただただ足音だけが響き渡る。たった今見つけたばかりの教室に足を踏み入れる。そこの教室の文字はかすれていて読めなくなっていた。雑に置かれた机、椅子。僅かに机と机の間に入れる隙間がある。いや、正確には入っていた。誰かが。横の髪は長く片方はみつあみになっている黒髪の青年だった。
「マキネッ………。」
最初にそう声をあげたのはもちろん歌留多だった。その声に反応するようにマキネはゆっくり振り替える。
「歌留多……お前どうしてここに…。そして後ろの人達は…。」
歌留多がここに来たことに驚きを隠せない様子でありながらも、マキネは震える腕で歌留多を抱き締めた。そして剣達を見てゆっくりと近寄った。
「君は…。」
「俺は剣です。こっちが月華君。そして月弥君、ギルト君、バイト君…。」
「ず、随分大人数で来たな君達…。えーと…名前は後で覚えるとしよう。…俺は安瀬マキネだ!よろしく頼む!」
さっきまでの大人しさが嘘かのように明るい笑みを浮かべ剣に握手を求める。剣は迷わず握り返した。
「んで、あとはアヤメとやらだね。」
ギルトは後ろで手を組み余裕そうな笑みを浮かべた。
「ギルト、まだ終わらないよ、黒幕とやらを突き止めないと。」
バイトが空かさず突っ込みを入れると、ギルトはそうだったと溜め息を吐いた。
「まぁ、突き止めたところで倒せるかだよね。剣が言ってたみたいに、さすがに全滅はしないと思うけど。」
「倒すつもりはないよ。」
「……???」
剣のその言葉に、その場にいた全員が頭に?を浮かべる。
「剣…それはなんで??」
月弥は不思議そうに尋ねた。
「なんでって……。仲良くなれるかもしれないじゃん。」
「仲良く……。」
「剣……本気か??」
いつもなら剣に同意しそうな月華も疑わしそうな目で見ている。
「俺は今回の件に関しては黒幕が自分の意思ではやってないと思うから。」
「…?????」
その言葉に更に全員が困惑してきたようだった。なぜそんなことを言い切れるのか。不思議でならなかったのだ。
「……きっと、話せば分かる。」
あまりにも真っ直ぐすぎる剣の目は周りを困惑させる反面、どこか信頼を得られるものがあった。
「……まぁまずはアヤメを探さないと。」
マキネは歩きだした。歌留多が真っ先に着いていき、残りのメンツも歩き出す。広いこの校舎で一体あとどれほど歩くことになるのか、そんなことを剣が考えていると、ふと全員が通りすぎようとした教室が目に入る。
「…おい、剣、どうした?」
月華が不思議そうに聞くと全員が振り替える。剣は迷うことなく教室の扉を開ける。
「ほんとにどうした!?」
月華の声で全員が反応し剣の開けた扉の先を見る。その先にいたのは白い猫の獣人だった。垂れたような耳にふわふわした尻尾。静かに呼吸をしていた。どうやら気絶しているようだ。
「アヤメッ…。」
マキネと歌留多が同時に駆け寄ったその時。黒い空間が現れ、アヤメの体は地面にずぶずぶと沈んでいってしまった。勢いのままマキネと歌留多は転んでしまい、アヤメを助け出すことは出来なかった。
「っ…そんな…。」
マキネは絶句していた。歌留多は剣に掴みかかった。
「っおいてめぇ何でぼーっと立っていやがったんだよッッ、てめぇが走ってりゃ助かったかもしんねぇだろうがッッッ…!!」
「俺も助けようとしたよ…。ただ…なんだか変な感じがした。」
「…は???」
歌留多は今にも殴りかかりそうだったが剣は冷静に続ける、その間にマキネ、月華の二人で歌留多を押さえつけた。
「今まで一般人が姿を見せなかったということは黒幕が回収している可能性があるってこと。アヤメ君は気絶してるし、黒幕は回収しようと思えば回収出来たはず。でも回収せず、あえて俺らの前で回収した……。」
「……何が言いてぇんだ。」
「…俺達を弄んだんだよ。」
確かに俺が行こうと思えば行けたはず、だけどあえて行かなかったのは弄ばれてると感じたから。あそこで冷静に周りを警戒していることでもしかしたら安全にアヤメ君を起こすことが出来るんじゃないかと期待したから。これでみんなが納得してくれるとありがたいけど、歌留多君の言い分も充分分かる。そりゃ大切な友人だもんな。早く助けたい気持ちも分かる。でっかいよく分からない人外が月華君を食べようとした時の俺も、そんな気持ちだった。早く助けたいと思った。時間勝負だって。でもきっと今回は、そうじゃない。そうじゃないんだ。
「……悪かった。」
歌留多は剣の意見に納得したようで剣に謝る。剣は「気にしないで、歌留多君の気持ちも分かる気がするから。」とだけ返してアヤメが連れ去られた空間を見つめていた。
「っはは、面白いな~剣クン。期待以上だね。……人形エラは人間なんてとかよく言うけど…案外ああいう奴らが人形エラの支えになってくれるかもなのに。あいつ頭かたいな~!!」
アヤメ、一般人を回収した張本人は、剣達を見つめながらぼんやりと独り言を呟いていた。誰にも聞かれることのない、地面の中で。