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第6話「トントンの答え」
真夜中。
兵舎の灯りが落ちる頃、セツナは一人、内務管理局の施設棟へと向かっていた。
渡されたデータチップは、小指の爪ほどの小さなもの。
だが、それをポケットに忍ばせるだけで、体が重く感じた。
中身が何かは知らない。
けれどそれが、鬱先生が自分以外に託せなかったものなら——自分は、応えなければならない。
⸻
内務棟は警備の兵が一人立っていたが、セツナの顔を見ると静かに道をあけた。
その兵士もまた、セツナが“幹部の命令で動いている”ことを察していたのだろう。
部屋の奥、トントンは事務机に座っていた。
眼鏡の奥の目は、相変わらず眠たげだが、その一瞬だけ目の奥が光った。
「……あんたが来るのか、セツナ」
セツナは黙ってデータチップを差し出した。
トントンは、手を伸ばさず、まず言った。
「それを誰から?」
「鬱先生です」
トントンは深く息を吐き、ようやく手を伸ばした。
⸻
データを読み取る端末に差し込む。
モニターに走る文字列は暗号化され、鍵が数段階に分かれている。
数分の沈黙。
やがて、トントンがぽつりと漏らした。
「……この記録は、本来なら俺も見られないはずだった」
「……内容、なんですか」
答えはなかった。
だが、彼の目には確かな怒りと、苦しみが滲んでいた。
⸻
「セツナ、お前……どこまで知ってる?」
「ラグナ・プロトコル。僕が、関係してるってことも」
「……そうか。もう、戻れねえな」
⸻
トントンは椅子から立ち上がると、棚の奥にある鍵付きの箱から古びた書類を一枚取り出す。
それは、セツナが軍に登録されたときの最初期の入隊申請記録だった。
「お前の名前、本当は“死者名簿”にあった」
セツナの心臓が一瞬止まるような音を立てた。
「名前を残したのは……鬱先生だよ。
“この子は兵じゃなく、人間として名前を持って生きるべきだ”って。
そのためだけに、記録を偽造して、お前を兵として通した」
⸻
「俺は……生きていい人間だったんですか?」
そう聞いたセツナに、トントンは静かに返した。
「誰が決めたかなんてどうでもいい。
お前が、生きようと選び続けたことだけが本物だ。
それを認めるために、俺たちは今ここにいる」
⸻
その夜、セツナは初めて——
軍で出会った誰かの“心”に触れた気がした。
次回
「総統─ グルッぺンの声 」