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「嫌いなチョコを一つだけ」
🎂ケーキバースの🟦🏺で、バレンタインの話
※以前書いたケーキバースの話は「フォロ限にしないとまずい置き場」に入ってます。
OOバース系の特殊設定なので詳細は省きますが、
「味覚をなくした🏺(フォーク)が、唯一甘く美味しいと感じるのが🟦(ケーキ)の身体」
という前提だけふまえていただければ、本編を読まなくてもまぁまぁ意味が通る気がします。
本編がシリアス地獄なので、ここはもう本当にただイチャイチャしているだけです…
「つぼ浦、明日バレンタインじゃん」
時間のかかる食事を終えてリビングで二人でのんびりしていると、青井が藪から棒に言い出した。
「アー、そういえばそうっすね」
「チョコちょうだいよ。つぼ浦から貰いたいな」
「え、でもアオセン、チョコ苦手じゃなかったか?」
「うん、嫌い」
間髪入れない返答。何言ってんだこいつ頭おかしいのか、という目で見られているのに気づき、青井は不満そうにため息をつく。
「わかってないなぁ、お前から貰いたいんだよ」
「なんでだよ、嫌いなんだろ?意味わかんねぇ」
「えー、イベントは大事にしようよ。俺とお前、恋人だと思ってるんだけど?」
「そ、そう言ってくれねぇとわかんねぇよ!」
まっすぐ目を見られてつぼ浦は一瞬で耳まで赤くなる。
バレンタインデー、それは恋人同士の日。好きな人からチョコを貰えることほど幸せなことはないだろう。だとしてもわざわざ嫌いなものを貰いたがるのはどうにも解せない。
青井から貰うのもありではと思ったが、椅子に深く腰掛けたままで、青井が買いに行くという選択肢はないらしい。
ホワイトデー覚えてろよ!三倍返しだからな!!と言い捨てて、つぼ浦はチョコを求めて街に出た。
*
いざ街に出ると、どこの飲食店もバレンタインの装飾で賑わっていた。
味覚を失ってしまってからは、以前は趣味にしていた飲食店巡りも青井の付き添い程度でしか行かなくなった。味の感想を聞かれても何も答えられないのはなかなかに精神に来る。久々に訪れた飲食店街の、イベントに合わせて華やかに飾られた光景が心を浮き立たせる。
つぼ浦はいろいろな店を見て回った。
ショーケースの中はどれも宝石箱のようだった。チョコと言えば茶色いやつ、程度の認識しかなかったつぼ浦はガラスの向こうの様々なチョコレートに目を奪われる。
茶色といっても黒に近いビターな色合いから淡くミルキーな色まで、きっとどれも味が違うであろうことは想像できた。茶色だって200色くらいありそうだ。
本命を伝えるにふさわしいハート型だけかと思っていたが、女性好みの花やネコの形のものが箱だけでも使えるほどかわいい入れ物の中にちょこんと収まっている。きっと若い子か、自分や友達用のチョコなのかもしれない。
貫禄のある正方形のチョコにはそれにふさわしく金粉やバラの花びらが乗っており、黒い箱のなかで高級感を漂わせている。
まったく色の違うチョコもあった。赤や黄色のキラキラと輝くコーティングをされたチョコは、まるで小宇宙のようだ。
選ばれる人、贈られる人にふさわしくあろうとするチョコレートたちが、それを飾り立てる綺麗な入れ物の中できらめいている。
つぼ浦が輝く贈り物たちをぼうっと眺めていると、店員に声をかけられた。まさか「チョコが嫌いな人に送るチョコを探しています」とも言えず、しかし味もわからない。仕方がないので見た目で選ぶことにした。
深い青色に金色の天の川が描かれた缶に目が止まった。星空をテーマにしているのだろう、星雲を思わせるチョコや惑星のようなマーブル模様のまんまるいチョコがお行儀よく収まっている。
特に青井の目のような空色のチョコが入っているのが気に入った。つぼ浦にはサッパリわからなかったが、いろいろな見た目と形ということは全部味が違うのだろう。これだけあればチョコが嫌いな青井でも美味しいと思えるものがあるかもしれない。
全てがハートで埋め尽くされた商品もある中で、星空の缶にはハートの形は1つしか入っていなかった。バレンタインなのにこれでいいのか、と少し悩んだが、本来は秘めた思いを伝えるものなのだから1つあれば良いのだ、と気づいて赤面した。
立派な紙袋に入れられた綺麗な缶を片手に、つぼ浦は湧き立つ心を抑えきれずに家路へと急いだ。
*
「おかえり、寒くなかった?」
玄関を開けるなり青井が出迎えてくれた。
「寒かったぜ!」
「手、ひえひえじゃん、手袋していけばよかったのに」
「急いでたから忘れたんだよ」
青井はマフラーやコートを受け取ってフックにかける。つぼ浦は暖房の効いたリビングに逃げ込んだ。いつものようにソファーにダイブしようとして、手に大事な贈り物を持っていたことを思い出す。
「すごいね、めっちゃいい袋やん」
遅れて戻ってきた青井がつぼ浦の手元を覗き込む。
「こ、これだけでいい値段してるよな、絶対…」
「それはね、考えちゃダメ」
ショッパーの値段について考えるのは野暮だ。青井は首を振る。
つぼ浦が胸元に抱える袋を眺めるうちに、なんとなく二人は向かい合って立つ。渡すタイミングを見計らう。
「じゃあ…なんだ、その、……な、なんていうんだ?こういうとき」
「ハッピーバレンタイン…?はハロウィンに引っ張られ過ぎか一旦」
沈黙が訪れる。戸惑う視線が交錯し、埒が明かなくなる前につぼ浦は袋を青井の前に突き出した。
「あ、アオセン、はい!チョコ買ってきたぞ!」
「いつものお使いなんだよなー、それ」
苦笑しながら青井は紙袋を受け取った。照れ屋のつぼ浦としてはそこそこ頑張ったほうだ。
繊細なエンボス加工が施された青と白の袋に手をいれると、ほどなくして星空の缶が現れた。
先程ショーケースの中でかがやいていて、時間をかけて選んだきらめきが今、青井の手の中にある。つぼ浦は誇らしいようなむず痒いような気持ちになる。
「いい?見ちゃうよ?」
「み、見ろよ」
青井の指が缶の蓋を開ける。蓋の内側には三日月の輝く夜空が描かれていた。
緩衝用の黒い紙をめくると、色とりどりのチョコレートが満を持して姿を表した。
「うわぁすっごい、すっごい!これつぼ浦が選んだの?!」
「おう、そうだぜ!褒めてもいいんだぞ」
ぱっと青井の顔が明るくなる。それを見てつぼ浦も緊張の糸が切れた。頑張って選んだものが受け止められるのは素直に嬉しかった。
「へぇ〜、どうやって決めたの?」
「イヤ…えっと、味わかんねぇし、この、青いのがアオセンっぽくて綺麗だったから」
「あ…。本当だ、ありがとう。……ヤバい、マジで嬉しい」
缶を持ったまま、青井はしばらくぼうっと色とりどりのチョコレートを眺めていた。輝くそれらは金銀宝石よりもずっと価値があった。
「ちょっと舐めてたわ。ありがとうね、本当に」
「お、おう、舐めんなよ」
こういうイベントも悪くないなぁ、とつぶやきながら青井はソファーに腰を下ろす。つぼ浦もその横に肩をくっつけて座った。
「食べるのもったいないっすね…」
青井の膝の上に置かれた缶を覗き込む。きらめくチョコたちはどれもきれいだった。
「でも食べなきゃもったいないじゃん」
「水掛け論すか」
「どこにその予兆があったんだよ」
ため息をつき、青井は缶を二人の前のローテーブルに置いた。
「ねぇ、たまにはつぼ浦が食べさせてよ」
予想外のことを言われ、つぼ浦の顔が固まる。
いつもは青井がつぼ浦にあーんしてあげて、それからキスをするのが二人の時間がかかる食事風景だった。
フォークであるつぼ浦にとって、ケーキの青井の唾液は甘露よりも甘い。そうしてもらえれば、なんの味のしない食べ物でも飲み込むことが出来た。
しかしその逆をしたことは無く、つぼ浦はどぎまぎしながら星空の缶の中を覗き込む。
「明日じゃなくていいんすか」
「これは無理だわ、耐えきれない」
「ど…どれがいいっすか?」
「どれでもいいよ、選んでよ」
つぼ浦は迷う。なにしろ相手はチョコが嫌いと公言しているのだ。逡巡ののち、一番見た目がチョコっぽくなさそうな、ツヤツヤしたオレンジ色のものを手に取る。
「ハイ」
「え?あーんって言ってよ」
「あぁ?!……あーん!」
ヤケクソになるつぼ浦を見て青井は吹き出す。なんとか笑いを噛み殺して、つぼ浦に向けて口を開けた。
開かれた口にチョコを差し入れる。奥に入れる前に口が閉じ、白い歯がチョコを咥えた。浮かれた目と目が合う。するりと首に手が回された。
青井がしようとしていることに気づき、つぼ浦も引き寄せられるままに顔を近づける。
チョコを咥えたままの口が触れる。体温で少し溶け始めたチョコが、キスと同時に口内に押し込まれた。思わず喉に落ちそうになる前に舌で口に押し戻す。
「ん、ふッ…」
「あ、あま…っ」
二人の唇の間でチョコがその輪郭を溶かしていく。
相手の口内に入り過ぎたら吸って引き戻し、甘さを求めてまた奪われる。溶けたチョコと唾液が混ざり合い、口の中が甘さで一杯だった。
舌を強く吸われたのはチョコと間違えたのか、わざとなのか。問いただす暇もないほどに甘みを分け合う舌は止まらず、つぼ浦の頭を引き寄せる手は緩まない。
塊がだんだん小さくなっていくにつれて二人の舌だけが水音を立てて絡み合う。
最後のかけらまで残さぬようにと溶かしきる頃にはつぼ浦はすっかり涙目で、ただ夢中で青井の甘い唾液を溶けたチョコと一緒に飲み込んでいた。
「美味しかったねぇ」
「あおひぇ……あ、まい……」
つぼ浦はとろけた顔で青井の口元に残るチョコ混じりの唾液を舐めとる。抱きしめ頭をポンポンと撫でられ、視界が回る違法薬物ほどの甘さが徐々に落ち着いてくる。相変わらずつぼ浦は青井の唾液一つで意識がぽわんとしてしまうが、今日は特に駄目だった。
「……ちょっとはチョコの味した?」
まだぼんやりしているつぼ浦に青井は問いかけた。
「わ……かんねぇ、もう、覚えてねぇし…」
最後にチョコレートを食べたのはいつだったのだろう。味を失い、青井のくれる甘さに溺れる日々は、食べ物本来の味をとっくに遠ざけていた。
「そっか」
青井は少し寂しそうだった。
つぼ浦はふと思い出した。いつの日か言った「アオセンってチョコ味になったりしないんですか」という戯言を。
青井は血の一滴までどこを食べても蠱惑的に甘く、無味乾燥の荒野に立つつぼ浦にとって唯一の味だった。それに不満があったわけではないが、つい漏らしてしまった昔の味覚への憧憬から来る皮肉を、きっと覚えていたのだろう。
「もしかして、俺の言ったこと覚えてました?その……」
「全然覚えてない、知らない」
「それは覚えてるヤツの言い方なんすよ」
「どうせ俺はチョコ味にはなれませんよー」
「チクショウ、覚えてやがる」
青井はムスッとしてソファーにもたれかかった。つまらなそうにしていても、ケーキが発する特有の甘い匂いが残っている。
「……でも、いつもよりすげぇ甘かった気がする。多分、それだったのかも」
「本当?!」
「い、いや、もう本物の味忘れちまったからな!そんな気がするって話だぜ!」
青井が目を輝かせて飛び起きたので、つぼ浦は思わず否定する。
「だってアオセンが一番、美味いんだよ」
しみじみと呟いた。
青井からはなんの反応もない。おかしいなと思って横を見ると、つぼ浦から顔を背けて口を押さえ、震えている。
「……俺がそれに弱いの知ってて言わないで、ずるい」
青井は耳まで真っ赤になっていた。
美味しいという感謝、それは生産者への最高の賛辞だ。その一言がケーキという業を背負った青井の人生をどれほど救ったのか、つぼ浦はもう知っていた。
捕食者と被食者がお互いを生かしあう関係のなかで、感謝だけが最後にして最初の絆だった。
「あーもうこうなったら、わかるまで食べさせてやるよ」
まだ顔を赤らめたまま、青井ががばりと飛び起きた。
チョコを挟んだ濃厚なキスも相まって、唾液だけなのに今日は意識の飛び方が半端ない。このまま続けたら本能に負けて正気を失いそうで、つぼ浦は血相を変える。
「え、まだ食べるのか?チョコ嫌いなんじゃないのかよ?!」
「嫌いだよ!」
「じゃあなんでだよ」
「俺はいいの!ほら、次どれがいい?」
青井は缶の上で指を彷徨わせる。仕方なくつぼ浦も選ぶ指先を覗き込む。こういうのは多けりゃいいだろうと買った結果、15個入りだ。1つ食べられ、14個になった輝きが選ばれるのを待っている。
「これだけあったらお前も一個くらい、チョコの味感じられるかもしれないだろ」
「こんだけありゃ一個くらい、アオセンの好きなやつもあるかもしれないしな」
言葉と言葉がかち合った。遅れて視線と視線もぶつかる。
思いやりが重なった。互いがチョコに込めていた意図を知り、黙ったまま見つめ合う。
青井は迷わずハート型のチョコを選んだ。
コメント
6件
遅ればせながらコメント失礼致します。 大好きなお話の続編に全私が号泣しました、、 食べ物のそれぞれの味がわからなくなって、大好きだった飲食店巡りも満足にできなくなった🏺すごく切なくて胸がギュッとなりました🥲 だけどそんな味気ない世界でも、🏺のことをこんなにも思ってくれる🟦と一緒なら、幸せに生きていけるんだろうなぁとこのお話からひしひし感じました、、
「自分のことはいいから相手が喜んでくれたらいいな」×2