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短い話置き場

第15話 - 🟦🏺 「買い物に行く話」

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2025年04月02日

#stgr

#aotb

砂場

「買い物に行く話」

🟦🏺　同棲してる二人がただアメリカのでっかいスーパーにお買い物に行くだけの話

「アオセン！スーパーができたらしいっすよ！」

そう言うとつぼ浦は自宅のリビングのソファーに腰掛ける青井の眼前に、広げたチラシを突きつける。

青井は右手に持っていたメガネのレンズを、左手に持っていたメガネ拭きで拭いて、かけ直してからチラシを見た。内容を読むに、ロスサントス郊外に大きなスーパーマーケットが明日、開店するらしい。

「ああ、あそこのやつね。そうらしいね」

「そう、なんだぜ！」

「明日からなのは知らなかったな」

「なら俺に教えてもらえてラッキーだったな」

つぼ浦は両手でチラシを掲げたまま得意げに鼻を鳴らしている。それを横目に青井は今度は爪切りをとって爪を切ろうとするが、ソワソワしっぱなしのつぼ浦が視界に入り、手を止めた。

「行きたいの？」

「気にならないんっすか？」

「こないだ買い出し行ったばっかりだけどなぁ」

「そう……っすよね！」

つぼ浦はチラシを降ろして青井の横のソファーに座った。顔を見ないでもわかるほど、落胆の空気が流れてくる。青井は爪切りをローテーブルに置いて向き直る。

「なに、聞き分けよくしないでよ。行きたいの？」

無言で何度も頷くつぼ浦を見て青井は苦笑する。普段はあんなに立て板に水のごとし物言いなのに、ねだるときは遠回りな言い方しかできない恋人が可愛くて仕方がない。

「わがまま言っていいんだよ、俺わかんないからね。ノンデリだからさっ」

「自分で言うところが筋金入りなんだよな」

「あ゛？」

「あ～明日行くの楽しみだぜ！」

圧の効いた疑問を大声でかき消し、つぼ浦は大きく背伸びをした。

＊

翌日、事件対応もそこそこに帰宅すると、二人は私服に着替えて新しくできたというスーパーマーケットへと赴いた。広い駐車場はすでに半分ほど埋まっていて、入口から離れたところにしか駐車スペースを見つけられなかった。

ロスサントスには日本から来た住民が少なくないため、飲食店やそこで扱う商品も日本風の店が多い。そんな中でこれは完全にアメリカ系の大きなスーパーで、平屋のどでかい建物の入口には巨大なネオンの看板が輝いている。街にある小さなグロサリーストアとは比べ物にならない規模だ。

「アオセン、すげぇこれ！映画で見るやつっすよ！」

つぼ浦が目を輝かせながら大きなショッピングカートを押して走ってきた。

「1ヶ月分の食料入りそうだぜ」

「ダウンしてもこれに人乗せて運べそうじゃない？」

「考えたな、このあたりで事件があったときは借りてもいいな」

「やめとけ」

軽く諌めるが、ドッグランに放たれた大型犬のようにテンションが上っているつぼ浦は生返事しかしない。急に走り出さないように青井もカートに手を置いて、二人で押しながら店内へと入った。

少し先で同じく大きなカートを押しているオルカがいた。よく見ると見知った顔の犯罪者も隣で一緒にカートを押していたので、つぼ浦は挙げそうになった手を下げて挨拶を飲み込んだ。

あたりを見回せば見慣れた顔が何人もいる。つぼ浦は急に青井と二人でカートを押しているのが恥ずかしくなった。幸い青井は素顔な上に眼鏡にパーカーで、自分も私服のジャージだ。そして入ってすぐつぼ浦の目に飛び込んできた色とりどりの野菜の衝撃が、一瞬でその不安な気持ちを追いやった。

「すっげぇ、アメリカって感じだな！」

「うん、これ量り売りだよね？すっご……」

一つ一つのケースが大きいのにそこに山のように野菜や果物が積まれていた。色とりどりのそれらはまるで絵の具のパレットのようだ。野菜はとりわけ好きではないが、見た目の新しさに心が浮き立つ。

日本では見たことのない形のキュウリやカボチャ、同じ形なのにやたら巨大なジャガイモやナスに驚愕しながら二人はカートを押して青果コーナーを進む。リンゴやオレンジだけでも何種類もある。微妙に色の違うパプリカが黄色から赤まで綺麗なグラデーションを作っている。

つぼ浦はシラントロと書かれた謎の緑の葉物野菜を手にとってみたが、匂いはパクチーそのものだった。巧妙な偽名を使って活動していることに苛立ちながら元の場所に戻した。

日本のものとはどこか様子の違う野菜たちの中に、まったく見たことのない野菜も混じっていた。

「アオセン、アーティチョーク？って何か知ってます？」

「知らん、なにそれ大型犯罪？」

「なんかでっけぇグレネードみてぇなやつだったぞ」

「これのこと？」

「コールラビ……って、チクショウ、また知らないの出てきやがったぜ」

「なんでグレみたいな野菜が２種類もあるんだよ」

姿を見ても、名前を読んでも結局なにかわからない野菜を目前に二人は顔を見合わせた。

入口すぐの青果コーナーは色と形と情報量の洪水で、洗礼を受けてくらくらする頭のまま二人は先へ進む。鮮魚コーナーが見えてきた。

壁一面のショーケースに、尾頭付きから切り身まで様々な魚が並んでいる。だがそれよりも奥の大きな水槽が目に飛び込んできた。つぼ浦はカートそっちのけで駆け出していく。

「すげぇ！水族館みてぇだ！」

2mは越える水槽の中で、タイやアジなどいろいろな魚たちがガラスに顔を近づけても悠々と泳ぎ続けている。腰の高さの生け簀ではカニやロブスターが蠢いていた。

「うわ、なにこれ、ホヤだっけ？」

「海のパイナップルだぜ。チクショウやられたな、こっちのほうがグレネードだな」

「ナマコもいるよ。すごいな、こんなの誰が買うんだよ……」

「お、カサゴじゃねぇか！これ美味いんだぜ」

「ふーん、形がかわいいね。こんなの食べれるんだ」

「刺し身もいいし、煮付けにしても美味いぜ」

つぼ浦が指でガラスをつついても我関せず、オレンジ色のカサゴは水槽の真ん中でゆったり浮かんでいる。無関係なカワハギがついと逃げた。

本当に水族館に来たかのように興奮しながら、二人はあちこちの生け簀を見回して口々に感想を言い合う。

「……これ、ヒラメ？」

「カレイじゃねぇか？」

「は？なんで？」

「あ～、知らないか、アオセンは。目の向きが違うんだぜ」

「一緒やん、どういうこと？」

急にヒラメとカレイの識別講座が始まる。つぼ浦の妙に詳しい解説を聞きながら、青井はこの先の運命も知らず水底で呑気にパクパクと口を開けるカレイを眺める。

かなり長い間鮮魚コーナーで盛り上がった二人の前に次に現れたのは、更に大きな精肉コーナーだった。牛肉だけでも様々な部位、切り方でショーケースの中にずらりと並んでいる。丸鶏がゴロゴロと置かれている横に子豚が丸ごと陳列されていてつぼ浦は小さい悲鳴を上げた。謎の内臓や骨も売られており、つぼ浦の脳裏を奇肉屋の優しい笑顔がよぎった。

胸焼けするほどの大量の肉を通り抜けると、続けて縄跳びでもできそうに連なったソーセージや、黒や毒々しい赤のいろいろな大きさのサラミ、肉厚なベーコンが待ち構えていた。しかもその横が乳製品コーナーだ。

「アオセン、これ、チーズと焼いたら……」

「お前最高だな」

二人は意気投合してそれぞれコーナーに散る。しばらくしてからつぼ浦がツヤツヤと油の乗ったバラ肉のベーコン、青井が見るからに濃厚なカマンベールチーズを片手に戻って来た。

「デカくない？」

「一番小さくてもこのサイズだったんっすよ」

「でも美味しそう。帰ったら焼こうよ」

「カマンベール、アオセンにしちゃ良いチョイスじゃないっすか」

「わかんない、すごい種類があったから確実に知ってるやつがこれしかなかったんだよ」

つぼ浦もちらりとチーズコーナーを見るが、消しゴムサイズの小さいものから抱えるほど大きいものまで、すべてチーズであるということが信じられないほどの種類が並んでいた。端のほうに申し訳程度に置かれた見慣れたスライスチーズだけが安堵させてくれる。

その横には無限に続くと錯覚するほどの缶詰コーナーや、果ての見えないワインやビールの棚が控えている。奥の方は霞んでいるようにすら見え、踏み入ったら戻ってこれない気さえしてしまう。怖気づいて引き返そうとすると、カラフルな商品の並ぶ列に行き当たった。大人も子供も心躍るお菓子コーナーだ。

枕ほどのサイズのポテトチップスや、バケツに入ったポップコーンが恐怖を感じるほど棚にぎゅうぎゅうに収まっている。つぼ浦は横にあったマシュマロと書かれた袋を手に取る。中には子供の拳ほどのサイズのマシュマロが詰まっていた。巨人の国に紛れ込んだような錯覚を覚え、そっと袋を戻した。

「なんでもデカけりゃいいってもんじゃないだろ」

「一つ食べたらぶっ倒れそうだね」

「あ、これは美味しそうだな」

つぼ浦はキャラメル入りのチョコレートバーを手に取った。パッケージこそ簡素だが、アーモンドも乗っており、食感も面白そうだ。

「えぇ～硬そうだし歯にくっつきそう」

「こういうのはそれが美味いんっすよ」

「へぇ、そういうもんなんだ」

怪訝な顔をする青井の前でカートに入れようとしたが、つぼ浦はふと手を止めて棚に戻した。自分ばかりはしゃいでいるようで気恥ずかしかった。

「え、買わんの？」

「あー、はい」

気恥ずかしさを指摘されて更に恥ずかしくなり、つぼ浦は早足でその場から移動した。

棚を埋め尽くすスナック菓子のコーナーを抜けると低いショーケースが現れた。たくさんのケーキが並んでいる。白や茶色だけの理性的な色のケーキもあるが、派手な水色でコーティングされ、虹色のクリームで飾り付けられたホールケーキがケースの一番上に鎮座していた。

「すごい、これだよこれ、アメリカっぽい！」

「これどんな味なんだ？想像もできねぇ」

「フルーツとか入ってないもんねぇ……すごい、初めて見たわ」

青井はスマホを取り出してウキウキしながら写真を撮っている。程なくしてTwixに「あのケーキあった」という文面とともに写真がアップされる。

「そんなに気に入ったんっすか」

「だってこういうやばいケーキ、話には聞くけど実物見たことなかったし」

「まあたしかにあの見た目はインパクトすごいな」

「こっちなんて蛍光グリーンだよ、マジで何使ってるんだ」

「チクショウ、食ったら舌の色変わりそうだぜ」

「ふふ、キスしたら色も移ると思う？」

「な、なに言い出すんだテメェ！」

つぼ浦は誰かに聞かれてやしないかとあたりを伺いながら青井の腕をバシバシ叩く。その仕草が可愛らしくて青井は声を上げて笑った。

それからも二人は長々と時間をかけて店内を見て回った。なぜか常温で売られている牛乳に怯え、惣菜コーナーにあった胡散臭い寿司の変な日本語を見てゲラゲラ笑い、試しにカートに放り込んだ。朝食用のパンを探しに行き、結局横においてあったドーナツの誘惑に二人とも負けた。

大量の商品という情報に圧倒されてしまったが、その中でもつぼ浦は個人的にいくつか欲しいものがあった。しかし青井はいいね、美味しそうだね、とは言うもののなかなか自分のものをカートに入れようとしない。チーズを除けば「そういえば予備ないかも」と言って取ったトイレットペーパーと洗剤だけだ。

確かに買い出しに行ったばかりで冷蔵庫に空きは少ない。それもあって自分だけ買い漁るのはなんとなく気が引けて、つぼ浦も手にとっては戻すのを繰り返してしまう。

そのうちにレジが見えてきてしまった。商品よりも底のほうが見えるカートを押して、つぼ浦は少しがっかりしながら列に並んだ。

「つぼ浦、これしか買わないんだね」

レジを通した商品をトートバッグに入れながら青井が呟く。つぼ浦はぎょっとしてその顔を見た。

「こっちのセリフだぜ！アオセンが全然買わないから……」

「え？だってまた買いに来れるし」

きょとんとした顔で言い返され、つぼ浦は言葉を失う。

「……へ？」

「あ〜だから買わなかったの？冷蔵のやつはダメだけど欲しいものなんてどんどん買っていいんだよ？遠くもないし、また来ようよ」

「だってアオセンいつも忙しいし、その……」

「はは、一緒に買い物に行く時間くらい作るよ」

青井は不安げなつぼ浦の肩を手でポンポンと叩き、眉をひそめて笑う。

「俺たち同棲し始めてから……いや、付き合い始めてどんだけ経つんだよ。もっとワガママ言っていいんだからね？」

そう言うとトートバッグに手を突っ込み、何かを取り出して手渡す。それは先ほどつぼ浦が買うのを諦めたチョコレートバーだった。そのカサつくパッケージを見てつぼ浦はあっけにとられる。

「あれ、これじゃなかったっけ」

「これだぜ、これなんだけどな、アオセン……」

まさか買ってくれているとは思わず、つぼ浦は言葉に詰まってチョコレートバーと一緒に青井の手を握る。その手とつぼ浦の顔を交互に見て、青井は微笑んだ。

「犯罪対応も座学が重要だからね、今日は座学だよ。次は冷蔵庫バカみたいに空っぽにして来ようよ」

「……ああ、ああいいぜ！望むところだぜ、夜逃げくらいカラにしてやるよ」

つぼ浦は満面の笑みを返した。甘えることに怯えても、後悔するよりも早く青井は手を伸ばしてくれる。その腕に飛び込めなくてもそっと寄り添ってくれる。言葉は足りなくても心を寄せてくれる青井の優しさを身にしみて感じ、握る手に自然と力が入った。

チョコごと手を繋いだまま、二人は買った商品を入れたカートを押して出口へと向かう。

「次来たらあの虹色のケーキ買おうよ、舌に何色がつくのか試したいし」

「……キスもか？」

「あ、やっぱり気になる？」

「正直……その、気になるぜ」

「でしょ？混ざったらどんな色になるのかな」

「じゃああの魚も食べたいぜ、泳いでたやつ」

「ええ、かわいそう……」

「あぁ？！いつも食べてるお魚だってもとはといえば生きてたんだぞ！アオセンには命の授業が必要みたいだな」

「お前、魚捌けるの？」

「……サービスでやってくれるって書いてあったぜ！」

威勢の良い返答に青井は思わず吹き出す。あんな店ができた以上、魚の捌き方も覚えてやる！とつぼ浦は内心決意した。

車につく頃には、握った手の熱で硬いチョコレートバーは袋の中で柔らかく溶けていた。

ーーーーーーーーーー

どでかいスーパーでｷｬｯｷｬしてほしかっただけの小話

独立しているお話の🟦🏺は、それぞれの話ごとの世界線で幸せになっていると思っているのですが、こういうなんとなく短い話もそのどこかの時空の後日談としてあり得た世界の話かもしれない。と思って書いてました。

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砂場さんの書くいつまでもお互いを思い合う2人が大好きです…！！！

あまりのほんわか具合に涙がでそうになりました。なんならでたかもしれません、日常のお話も大好きなので、見れてすごく嬉しいです、！これからも応援してます！！

砂場

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