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放たれた二本の矢。
片方は長く大きい鷹のような矢、片方は軽く速い燕のような矢。
ツミの眼球に届かず、地面に叩き落とされる。
しかし矢に気を逸らされた隙、草陰を縫うように駆けるナダに接近を赦し、先端が二つに分かれたナイフで鳩尾を深く抉られる。
小柄とはいえ、全速力で全体重が掛かった突進の勢いは留まるところを知らず、ツミが仰け反るに合わせ、喉仏を縦に裂いた。
舞い散る血飛沫で父親似の茶色い頭を濡らし、振るわれた強靱な腕を軽々と躱す。
ツミが追撃の態勢を取らんとすれば、後方で大弓を構えるイナの餌食。
鈍い音を立てながら剛矢を弾くも束の間、手の届かない位置まで身を引いたイナが小さく弓を構え、比較的至近距離で矢を放つ。
再生して間もない胸で受け止め、それを反撃の合図に拳を振り抜こうと企むツミ。
だがそれを見抜いたイナが、その剛腕でナイフを投げ飛ばす。
弓矢ほどの破壊力は無いとしても、無視できる威力ではない。
ツミは身を屈めてナイフの軌道から外れようとするも、ナイフが一直線に向かう場所を思い出し、自身の頭蓋骨で道を塞いだ。
投げられたナイフはツミの頭を貫通さえしなかったが、その衝撃は脳を揺らすには十分だった。
視界が歪み、思考が遮られている内に、ナダはツミの横を走り抜け、その先にある、突き立てられた木の棒に傷を付ける。
「6回目、襲撃側の勝利!」
ヒメがそう言葉にすると同時に、ツミとイナとナダは集まり、ツミの体に刺さった矢や落ちた矢を拾い集める。
「だから言っているだろう、一手二手先を読めと。イナもナダもまだ手札を碌に晒していないぞ」
傷が再生する間、マテラがツミに説教する。
これで6回目の“対禍星想定訓練”。
そして6回目の防衛側の敗北。
不死の体と、生物のそれを軽く凌駕する膂力。
これらを持ち合わせていながら、ツミはまだ成長しきってもいない禍星に遅れを取った。
とはいえ、遅かれ早かれ、ツミの実力が不足する事を、マテラは既に予感していた。
そこでマテラは提案した。
ツミの実力を高める為、特訓を行おうと。
禍星の巨躯は安易にツミを無視して村を滅ぼすことができる。
故に、ツミは村を庇いながら、多数の首を相手にしなければならない。
弓矢と刃物を扱う二人と、光の剣と牙を持つ八つ首の禍星は共通点があった。
荒れた畑は森。
突き立てられた木の棒は村。
イナとナダは禍星。
これらを当てはめ、ツミに“一対多の防衛戦”を訓練をさせていたのだ。
木の棒に攻撃が届けば襲撃側の勝利。
ツミにはなにかを庇いながらの戦闘の経験が無かったので、丁度いい機会だった。
しかし首尾は下の下もいいところ。
ツミは夜になると狂暴性が増し、さらに窮地になれば理性も鈍くなりやすい。
今まで力任せでどうにかなっていたこともあり、頭を使った戦いは非常に苦手だった。
「でも…慌てる、と、まっしろで……まっくろになり、そう、で……」
「慌てるな。それだけの頭は持っているだろう。己は全体を意識して、相手には己だけを意識させろ。この訓練の課題は勝利でも、守護でもない。学ぶことが重要だ。“強者”として、“狩人”として、彼女達から学ぶことは多いぞ」
そうしてマテラと話してる内に、傷と痣だらけの体は赤子のような滑らかな肌を取り戻し、ナダや地面に掛かった血も消えて無くなっていた。
「とはいえ、そもそもの動きが悪く見える。一度、イナとナダの動き方を観察したらどうだ」
マテラの言葉に「わかった」と返事を口にし、ツミは定位置に戻る。
三人が定位置に着いたことを確認すると、ヒメが7度目の開戦の合図を唱える。
「7回目 対禍星想定訓練、開始!」
「…マテラさん、いくつかお訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
ツミ達の戦いが思いの外長引き、今回は中々決着がつく気配も無かったので、三人を横目にヒメがマテラに話し掛けた。
「構わんよ。こちらも幾らか気になることがあったのでな、こちらも質問させてもらうぞ」
「最初に──森の中でツミさんを見付けた時のことなんですが、どうしてツミさんはあんなところで眠っていたんですか?マテラさんもいなかったようですし」
「あぁ、あれか。あれはある程度凶星を処理した後でな」
「え!星の蛇って何体もいたんですか!?」
ヒメが驚きの声を上げる。
「そうだ。あの蛇共は十はおらなんだが、それなりに数がいた。そしてあれは狩り損なった凶星を誘き寄せるための罠だったのだ。この身は連中を遠ざける質故に、ツミが囮となって残った連中を片付けるつもりだった」
マテラがそう言った後に、しばらくしてヒメが疑問の音を鳴らす。
「“だった”?」
「そう、“だった”のだ。どうやら連中も連中同士で情報を共有していたようでな。こちらの情報が伝わって、ツミが脅威として避けられていたのだ。あの時はヒメがいたことで寄ってきたが、それまではまるで成果が無かったのだよ」
そう言われ、合点がいったような様子でヒメは相槌を打って、一度、会話に区切りをつける。
そろそろ勝負がついたかと、ツミ達の方へ視界を戻すが、まだまだ終わりそうにない。
イナとナダの体力の方が尽きそうに思うが、どうやら体が温まってきたのか、意外にも調子が良さそうに、機敏に動いていた。
ツミもコツを掴んだのか、二人の動きに食らい付いており、早くも善戦を保っている。
“相手が引いても執拗に追わない”
“相手が押してきたら押し返す”
“自分は戦況を把握し、相手の意識は独占する”
追わず、引かず、視野を広げる。防衛戦においての三原則を意識しながら戦えば、おのずと長期戦に巻き込むことができる。
無尽蔵の体力と生命を持つツミにとって、長引けが長引くほど、自身に有利な方へと、戦況が動く。
とはいえイナとナダも、そう簡単に万事休すような実力ではない。
狩りにおいて、忍耐は何よりも大切な能力であり、こういった場合では、特に忍耐強い者が勝利を収める。
狩人はリスクを冒さない。狩人は戦士ではない。狩人は勝負ではなく、獲物を殺せるか殺せないかの世界だ。
獲物と戦う狩人がどこにいる。狩人なら、獲物が首を晒す時まで、虎視眈々と刃を磨くだけである。
執拗に追わないツミと、無駄に攻めないイナ達が相対せば、戦いが長くなるのは当然の事だった。
「…ツミさん側の勝利条件ってなんでしたっけ」
「…」