テラーノベル
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ピーーーッと練習の終わりを知らせるホイッスルが鳴り響くと同時に、苦しそうな咳と何かがこぼれ落ちる音がフィールドに響いた。
「ゲホッ……ッ、ケホッケホッ……ハァッ…ハァッ…」
ドサッ……と膝から崩れ落ちる男……潔世一の姿をスローモーションのように倒れていくのがゆっくりと見えたのは、ショックからだったのか、同じドイツ棟を選択し同室でもある雪宮、氷織、黒名はヒュッと息を飲むと、一目散に世一へと駆け寄った。
「潔っ!!潔っ!!」
「ゆ、雪宮くん、揺さぶっちゃあかんよ…!!ま、まず意識の確認をして……」
「潔…潔…、起き、起きろ……」
明らかに動揺している三人の元には他のメンバーも世一を取り囲むように集まった。
「ネスッッ、ノアを連れ来いっ!!急げっっ!!!!」
「う、うんっ!!」
いつも世一をからかっているのが嘘のようにカイザーは声を荒らげてネスに命令し、それにはネスも圧倒されるようにノアの元へと向かった。
世一に声をかけ続けるが、一向に世一は返事もせずにその場に横になり、口元には赤い水滴が垂れていた。
その光景には近くで見ていた三人もゾッと背筋が凍り、最悪な未来が脳内に浮かんだ。
震える手で世一の手を掴もうとした瞬間に、カイザーが退かすように割って入った。
「おいクソマスターッッッ!!!!早く来いっ!!!!」
「何事だ……!?、潔世一、どうした?」
走りながら説明を求めたノアだが、倒れている世一を目にすると、眉間に皺を寄せて世一へと近づくと、横抱きにして出口へと向かった。
「の、ノア!!潔を何処へ連れていくんですかっ!!?救急車を呼ぶべきではっ!!?」
「雪宮くんの言う通りやっ!!潔くん……ち、血を……口から……」
「すぐに病院に連れてくべきだっ!!!!」
突然のノアの行動に雪宮、氷織、黒名は困惑しながらも世一を病院へと連れて行くよう懇願するが、ノアは聞く耳も持たずにスタスタと出口へも向かった。
「呼吸も安定している、一先ずは治療室で様子を見る。」
それだけ言い放つとノアはフィールドを後にした。
だが、フィールドに残されたメンバーはしばらくの間、シーーーンと静まり返ったまま誰も動こうとはせず、世一の口元から垂れた赤い雫を戒めのように目に焼き付けた。
▷▶︎▷
コツコツコツコツと靴音が鳴り響く廊下にて、ノアは一目世一を見つめるとようやく口を開いた。
「もう、話してもいいぞ。」
「っ、ノアっ!!抱き上げるなんて打ち合わせにはなかったはずですっ!!なのに、きゅ、急に抱き上げるから、その……!!」
意識をなくし昏睡状態と思われた世一だったが、ノアの良しと合図すると、顔を真っ赤にして顔を上げた。
「……あの方が良いと思ったんだが…俺に抱き上げられるのは嫌だったか?」
滅多に感情を表に出さないノアが、シュン…と珍しく表情を表に出したのを目の当たりにした世一はギュンッッッとファン心を鷲掴みにされ、悶えるのを堪えた。
「大っっ歓迎ですっっっ!!!!!」
嬉しさを隠さずに素直に答える世一に、ノアも「フッ…」と笑みが零れると、至近距離でそれを目の当たりにした世一は本当に気絶し、ノアの腕に抱かれながら運ばれて行った。
▷▶︎▷
さて、ここでもう察しの良い人はお気づきであるかと思われるが、これは青い監獄が潔世一にけしかけた所謂ドッキリ企画だ。
その名も、『もし、潔世一が目の前で倒れたら周りはどんな反応をするかっ!!!』である。
現にもうそれは既に済んだことだが、「テッテレー!ドッキリ大成功〜!」とネタバレするまでがドッキリ企画の醍醐味ということもあり、再び選手を集めてそれなりの場にセッティングしてから世一と会わせて、どんな反応をするかを見てからネタバレをすることになっている。
因みにこの企画を説明された世一は二つ返事で了承した。
『ドッキリ企画?楽しそうですね!!いいですよっ!!』
ニコニコと仕掛け人になる側になることに期待に胸を踊らせる世一。
だが、世一が倒れてからトレーニングも練習にも集中できず一人になるのにも落ち着かず、ドイツ棟の選手達は皆が同じ理由で食堂へと集まり、席に座り暗い顔をして座っていた。
「……潔…。」
ポツリと世一の名を呼ぶのは黒名だった。
世一と組むようになってから惑星ホットラインという二つ名で呼ばれるようになり、ネット上でも『相棒コンビ来た〜!!』と騒がれる度に浮ついた心を抑えきれずに世一とよく行動を共にするようにしていた。
よく『は???相棒って言ったらやっぱり蜂楽廻でしょ〜!!蜂楽が一番に潔に声掛けたし??付き合いも青い監獄内じゃ一番なんだからねっ!!』という謎のアンチにイラつきながらも、それに屈せずに黒名は世一の相棒という座を守ってきた。
しかし、一番近くにいたはずなのに世一の体調不良にも気づずにいた自分を黒名は強く責任を感じていた。
「黒名くん、そんな自分を追い込んでもしゃあないよ?……僕らも…同じ部屋にいたはずなのに…気づかんかったし…。」
「…あんな潔を見ることになるなんて……俺、自分ばかりが何でこんな目にって思ってて……恥ずかしいや……」
誰もが自分自身に負い目を感じ、万が一の可能性を感じつつある自分にもゾッとしていた。
だが、そんな暗い空気と重いため息がでる食堂に入りづらいのか、各棟の選手達は入りづらく入口前で立ち往生していたが、そんな中でも勇者達が現れた。
「やっほー♪ねぇ、何でこんな暗い空気なの?食堂に入りづらくて入口混んじゃってたんだよ〜?」
「蜂楽……。」
明るい声色にゆっくりと顔を上げた雪宮は今一番この場にいる空気に相応しくない性格である蜂楽廻が声をかけた。
「おーい、飯も食わないでこんな席占領して何かあったのか?」
「も〜、何かすごい入りづらい空気で嫌だったんだけど〜……」
「マジで何かあったのか?すげぇ深刻そうだけど……。」
「千切くん、凪くん、玲王くんも……。」
蜂楽に続き千切、凪、玲王も食堂に入り氷織に声をかける。
その際に氷織の真っ青な顔色に三人は眉をひそめた。
「おい、入口が混んでんのはお前らが原因か?」
「……凛まで…。」
いつものように眉をひそめ、仏頂面をしながらも席に世一がいないことに気づくと更に眉間に皺を寄せて不機嫌になる凛に黒名も声をかけるとは予想しておらず、驚愕していた。
だが五人は食堂に入った時点で世一がいないことに気づいていた。だから声をかけたのだ。
そして五人を見た雪宮、氷織、黒名はコクリと頷いた。
何故ならば目の前に現れた五人は、自分達が会う以前から世一と親交があり、付き合いも長かったからだ。
ここで今までのことを話さない方が世一の為にならないと決心し、フィールドで起こったこと全てを話した。
▷▶︎▷
「ではもう一度確認するぞ。今ドイツ棟のメンバーは食堂に集まっている。そこで俺がここへ誘導する。」
「しばらくあいつらの反応を見て、タイミングを見計らってネタばらし、ですよねっ?」
ノアと二人きりで計画を話し合う日が来るとは思ってもみなかった世一は、意気揚々とニコニコと打ち合わせをする。
楽しそうな世一の表情に、ノアも自然に笑みが零れ、世一の艶のある黒髪を優しく撫でた。
それには世一も「ひょえぁ〜……」と自分でもよく分からない声が出たという。
そんな穏やかな空気が流れる医務室ではあるが、食堂では一波乱が起きていた。
ガッッタンッ……と椅子が倒れる音と「やめろっ!!」、「落ち着けっ!!」と制止させる声が響く食堂に、蜂楽が黒名の首元を掴みあげていた。
「どういう事……?潔が倒れたって…お前近くにいて体調が悪いことも気づかなかったっていうの?」
「ぐ……」
落ち着いた声色ではあるが、黒名を掴みあげている腕には力が込められ、次第に蜂楽が押さえ込んでいた感情も溢れ出た。
「ゆっきーもひおりんも同じ部屋だったんでしょっ!??何で気づかなかったのっ!!?……何か言えよっ!!!!」
「落ち着け蜂楽っ!!!」
「氷織も雪宮も黒名も…責められるような事はしてねぇだろ……。」
黒名に掴みかかる蜂楽を止めに入る千切と玲王だが、玲王の最後の言葉は消え入りそうに小さかった。
『もし、自分が潔の傍にいれれば異変にいち早く気づけたのに……!!!!』
蜂楽、そしてそれを止めに入る千切、玲王、傍で静観している凪、凛までもがそう思っていたがきっと結果は同じだったであろうと皆が気づくと、蜂楽はグッと下唇を噛みながら未だ抑えられない感情を口に出した。
「前にも潔倒れたって言ってたけど……本当は目の使いすぎじゃ無いんじゃないの……。」
誰もが考えていたことを口に出した蜂楽に、皆の視線が一斉に蜂楽へと向いた。
「あれは本当に目と頭を酷使し過ぎて疲れて眠っただけって潔が…「それが嘘だったら?」
雪宮の意見に蜂楽はピシャンッと言葉を遮る。
「潔は優しいから……俺達に心配かけないようにそう言ったんだよ……なのにっ!!一番近くにいたお前達は潔の異変にも気づかずに見て見ぬふりをしてたんだっ!!!!」
蜂楽の言葉に雪宮、氷織、黒名は悲痛の表情を浮かべるが、三人は甘んじてその言葉を受け入れていた。
そんな蜂楽を今まで止めていた千切、玲王も止めようとはせずに苦しそうな表情を浮かべて静観していた。
何故ならば蜂楽が言わなければ自分が言っていたに違いないと自負していたからである。
「潔が倒れたのも、全部っ、お前らの「いい加減にしろよ。」
「っ……!!!」
ドゴッッッと鈍い音が食堂に響いた。
凪が蜂楽の頬を拳で殴りつけたからだ。
シーーーンと再び静まり返る食堂に、凪が再び声をだした。
「今一番苦しんでんのは潔だろ。それを分かってない時点でお前は雪宮達を責める権利はない。」
低く、重圧感のある声に周りの者は皆背筋が凍った。
凪も余裕がないからだ。
「潔が目覚めた時、そんな顔を向けられて潔が喜ぶと思うか?潔は笑顔の蜂楽しか知らないんだぞ、お前が一番にすることは潔に笑顔になってもらう事だろ。」
「っ……ごめん、ゆっきーにひおりん、黒名……ごめん…。」
消え入りそうな声で謝罪する蜂楽に雪宮、氷織、黒名も「気にする事ない」とでも言うように首をふった。
蜂楽も冷静ではなかったのは、痛いほどよく分かるからだ。
「茶番は終わったのか?クソ下々共。」
やっと落ち着きが戻ってきたかと思いきや、水を差すようにカイザーが声をかけた。
カイザーはどうやって持ち込んだのか分からないノートパソコンをタッタッと一切手元を見ずにキーボードを叩きながら次々と情報をまとめると、それをデータ化して紙に印刷していく。
次々と作り上げていく資料をネスがホチキス止めしてテーブルに次々と積み上げていく。
「そうやって口を動かしている暇があるならさっさと行動に移せ。一分一秒たりとも時間は無駄にできないんだぞ。」
何時にもまして真剣な表情をするカイザーに、周りの面々は訳の分からないといった表情をしたが、先程まで言い争いをしていた八人はその意味がよく分かっていた。
「世一を治す。これは決定事項だ。」
▷▶︎▷
カイザーは全国の医療に関する論文と治療法を読み漁り、世一に現れた症状から似た症例をピックアップし、それを事細かくまとめていた。
「カイザー、果てしない量の症例をまとめることになるけど……「吐血はしたが少量だった。まだ初期症状だと推定すると助かる見込みはある。体の隅々まで検査して少しでも可能性のある病気が当てはまり次第治療を早く開始する為にも情報を全てインプットする必要がある。手を動かせネス。言ったはずだ、一分一秒無駄にはできない。」
「うん、ごめん。」
長々と語るカイザーだが、キーボードを打ち込む手は少したりとも緩みはせず、むしろ一つ一つ打ち込む度にその速さは増していくばかりだった。
ネスもいつもだったら世一を馬鹿にするような事を一言二言出るが、今回目の前で起きた事にネスは今でも震えが止まらなかった。
「(カイザーがここまでしてくれているんです、いつものアホ面見せなかったらただじゃ起きません。)」
パチンっとホチキス止めをしながらネスはツンと痛む鼻奥を堪えるようにグッと歯をかみ締めた。
▷▶︎▷
「おい。」
「!、何?」
珍しく凛が凪へと声をかけたことに驚きながら凪は要件を聞くと、凛はスっと掌を差し出すと目を見開く驚愕の一言を言い放った。
「スマホ貸せ、クソ兄貴に連絡する。」
「え?」
それには周りの面々も目を見開いた。
何故ならば糸師兄弟といえばU20戦で見たように兄弟仲は不仲に見える、それも凛の一方的な殺意が強く見えたのはここだけの話だ。
凪は驚きながらも凛にスマホを差し出すと、凛はタッタッと画面をタップしながら冴の連絡先を打ち込んだ。
「何で冴に連絡するんだ?確かに何か心強いけど…」
千切の余計な一言に凛は目の皺を深くさせ、スマホを耳元にあてながら簡潔に説明した。
「兄貴はあれでもレ・アールの下部組織に、所属していた実力を持っている。国内問わず海外にも伝手がある。その中に医療関係者もいるはずだ。それを利用する。」
冴の実力を実感しているからこその思考に、納得させられる凪達は国内だけでなく海外の技術も頼れることに心が軽くなった気がした。
今回ばかりは凛の勇気ある行動に感謝せざるを得なかった。
『何だ愚弟。ていうか誰の番号だこれ。』
「簡潔に言う、クソ兄貴のスポンサーまたはそれに関係する奴等でもいい。腕の良い医者を揃えてくれ。」
あまりにも簡潔すぎる要点のない発言に、冴は眉をひそめて凛の言葉を疑った。
『は?いきなりなんだ。頭沸いてんのか?』
「潔が倒れた。今は落ち着いているが何時また発作が出るか分からない状態だ。」
『今日中には着く。』
プツッ……ツーッ…ツーッとすぐに切れた通話に凛は「チッ」と舌打ちをすると凪にスマホを返した。
U20戦の一件から、冴は世一をリスペクトしており、あれから何気に世一を気にかけていた。
そんな時にきた連絡がまさかの世一の容態に関する連絡だとは思っておらず、冴はマネージャーの言葉を無視して無理やり出立準備を整えたジェット機で日本へと向かった。
▷▶︎▷
「凪、次は俺に貸してくれ。」
そう言う玲王に凪は無言でスマホを渡した。
玲王がこれから何をするかを察したからだ。
「ばあや、俺だけど。今から言うことを最優先に行動してくれ。まず腕の良い医者を手配してくれ、その後は医療設備の環境が整った病室を。国外でも構わない。あぁ、今かけてる連絡先に、じゃあよろしく。」
そう言い通話を切ると、玲王は「ん、あんがと」とスマホを凪に返すと真剣な顔つきになり周りの面々を集めた。
「さぁ、ここからが本番だ。潔の体は安定している。だからこそ今行動に移すぞ!!」
玲王の言葉に力強く頷き、玲王の言葉に耳を傾けた。
「まず、凪と雪宮はPCを渡すから凪のスマホに送られた情報をまとめてほしい。」
「了解」
「分かった。」
珍しく凪もやる気をだし、雪宮も力強く頷いた。
「凛は冴のスポンサーの情報をわかり次第報告してくれ。」
「…あぁ。」
奇跡的に凛も協調性が芽生え、玲王の指示に頷き、冴に連絡をとった。
「氷織と黒名は潔が前から倒れてからの状態を分かる範囲でいいから詳細をまとめてくれ今後の参考になる。」
「承知承知」
「ほなやろか。」
コクコクと頷く黒名に、氷織もすぐさま行動に移した。
「千切と蜂楽は御影コーポレーションが支援してる海外の病院の個人カルテの情報を渡すから潔に近い症例があったら一つにまとめて欲しい。」
「よし、すぐにまとめる。」
「承知仕るっ!!」
個人カルテという個人情報が漏洩する犯罪に手を出す玲王だが、皆そんなことには一切気づいてなかった。
「俺はこれから潔がいつ治療できても良いようにヘリや船、飛行機、その他諸々の会社に連絡を入れる。それぞれ無理の無い範囲で活動してくれ、解散っ!!」
玲王の言葉に皆が一斉に作業に集中した。
凪と雪宮は情報をまとめ、凛は兄である冴と共同し、黒名と氷織は互いの記憶を確かめ合い、蜂楽と千切は隅々まで症状に目を通し、玲王は言葉巧みに公共機関の一部を貸し切った。
今、食堂の一部は世界一のストライカーを目指す者はおらず、ただ世一を救いたい気持ちだけが勝り皆は同じ気持ちで作業を進めており、組織化していた。
だがこの一連の流れは全てカメラで撮影されており、すべてが一人の男によるドッキリ企画で騙されている故の行動の為、皆は真剣だがその一連は滑稽でしかなかった。
そんな重く張り詰めた空気の中を、仕掛け人であるノエル・ノアが何も知らずに食堂に来るまであと数分の出来事だった。
▷▶︎▷
「…………何だこれは…。」
ノアがドイツ棟メンバーがいるであろう食堂に入ると、目の前の光景に目を疑った。
「ネス、その資料がまとめ終わったらあのぼんぼんの集めた資料と示し合わせろ。俺もスポンサーと連絡をとる。」
「OK、カイザー。」
キーボードを打ちこんでいた手を止め、いつスマホを回収したのか耳元に当てながら言うカイザーに、すぐに行動に移るネス。
「ちょっと〜、この資料古すぎなんだけど???」
「確かに…急だとはいえお粗末過ぎるね。後で苦情を入れないと。」
気だるげそうにはしているが年号まで確認している凪に、本当に苦情で済むのか分からない笑みを浮かべる雪宮。
「おい、後数時間で到着するらしい。医療関係の情報も来たからPC借りるぞ。」
いくら何でも早すぎる冴の到着に驚きもせずに平然と答える凛は、自らデータをまとめる作業へと入る凛。
「食べ物も関係あるかもしれへんから潔くんが食べたご飯もまとめとこか。」
「賛成賛成、確か一週間前の朝飯は……」
当たり前のように一週間も前の世一の食事を記録し始める氷織と黒名。
「蜂楽、残りの二カ国任せてもいいか?」
「オッケー、じゃあこっちでまとめたの送るね。」
今までサッカー一筋だった癖にPCの扱いに慣れている千切と蜂楽。
「あ?お前『御影』の名を舐めてんのか?冷やかしじゃねぇよ。なんならお前のそのちっさな会社を今から買収してお前の再就職先全部に口出してお前の仕事奪ってやるよ。後から後悔すんなよ……あ?何今更謝ってんの?遅せぇから。いいから早く上司に代われよ。」
流石、御影コーポレーション御曹司なだけあって玲王は度胸も教養もあった。
後ろから刺されないか心配である。
「………(今は練習の時間何だが…。)」
時計をチラリと見るノア。
だが今や食堂はPCで資料をまとめるもの、情報を語り合う者と世一を救う為に皆が一丸となって行動し、一つの組織と化していた。
今この場には、世界一のストライカーを目指す者はおらず、皆が世一を救いたい気持ちでいっぱいだった。
「………(どうしたものか…。)」
▷▶︎▷
段取りでは、ドイツ棟のメンバーを数人連れて世一の待つ部屋へと案内する予定だったが、今ノアの後ろにはゾロゾロと十人が後ろをついて歩いていた。
「…(まさか全員が来るとは……。)」
食堂に居ることがバレたノアは一斉に皆から質問責めに合い、濁している内に皆が世一の容態が悪化したのではないかと早とちりした。
それをノアが焦って「容態は安定している。もうすぐ目を覚ますが…」と口走ってしまい、皆が「静かにするから様子だけでも見たい。」と珍しく真剣な表情をして腰を90度に曲げて頭を下げた。
あのカイザーとネスまでもが頭を下げたことにはノアも目を見開いたが、内心ノアはソワソワ、ワクワクしていた。
「(これがJapaneseの『礼儀』か。最初はドッキリ企画など下らないと思っていたが日本の文化が間近で見られて得をしたな。)」
ちょっと誤解された日本文化を訂正する者は誰もいなく、仕掛け人という立場である為ソワソワとし始めるノアだが、後ろを黙ってついてくる皆の顔が暗いことには一切気づくことはなかった。
「(潔……まさか俺と同じとはいかないけどあいつにも時間がなかったなんて……なのに、俺…一人よがりで…)」
自分の行いを悔やむ雪宮。
「(潔くん……いつもニコニコかいらしい笑顔向けて練習にも誘ってくれて……僕は…)」
まだ自分の感情を整理しきれていない氷織。
「(…潔……俺は一番近くにいたのに…お前の苦しみも痛みも理解できずに……俺を許してくれっ!!)」
未だ自分を責める黒名。
「(隠居生活を迎える前に先に逝くことは許さないぞ、世一っ!!!!!)」
危ない被害妄想をするカイザー。
「(まだ僕の復讐は済んでないんです、勝手に死ぬことは許しませんよ…世一の癖にっ!!!!)」
ヤバいネス。
「(死ぬなよ…潔。)」
心の底から心配している凪。
「(いざとなったら…剥製…いや冷凍保存かホルマリン漬け?)」
犯罪一歩手前な玲王。
「(今度は俺がお前をフィールドに連れ戻させてやる……潔。)」
決意を示す千切。
「(大丈夫、潔は俺とずっとずっと一緒だもんね。やっと見つけた俺の相棒。そう、俺だけの…ね。)」
ヤバい奴二人目の蜂楽。
「(…お前は俺の傍で見届ける義務がある。くたばるなよ…クソが。)」
口は悪いが案外まとも(?)な凛。
「ここだ、いいか。もうすぐ目覚めるとはいえまだ絶対安静だ。いいな?」
ノアの言葉に静かに頷き、様々な思いを募らせるエゴイスト達が今、目的地へとついた。
▷▶︎▷
扉を開けると、ベットの上に世一が静かに眠ったフリをして今か今かと待っていた。
「(来たーーーっ!!!)」
シリアスな展開になっているとは微塵も思っていない世一はニヤケそうになる顔をグッと堪えて聴覚に意識を集中させ、皆がどんな反応をしているのかを聞いた。
「っ、ぐすっ…ごめ、なんか安心しちゃって…」
「(…………え???蜂楽???何で泣いてるん?)」
※ドイツ組から深刻な顔で誤解とはいえ大袈裟な脚色された事情を聞いたから。
「っ……俺だって我慢してたのに、吐血したって聞いた時はマジで焦ったけど…良かったっ、潔…。」
「(千切までっ!!?…てかあれ吐血に見えてたのか…)」
ちなみに世一が吐血したというのは騙す為為に用意された血糊を世一が噎せて咳き込み、それが思わぬ演技へと繋がったからである。
『ゲホッ……ッ、ケホッケホッ……ハァッ…ハァッ…(やっっべぇっ!!変なとこ入ったっ!!うわっ、変な味するっ!!!!取り敢えず誤魔化すためにも倒れとくか…。)』
つまりこういう訳だったのだ。
世一の噎せただけという間抜けな行動は迫真の演技に捉えられ、ドッキリはある意味大成功していたのだ。
「世一…」
「(うっっっわっ!!?カイザーまでいんのっ!!?)」
「まだお前には秘密にしていたが…ここを出たら用意していた俺達の新居に連れて行く予定だったんだぞ……お前が目覚めなければあの広いベッドで俺は一人で眠ることになるんだぞ…?……早く元気になれ、世一。」
サラリと艶のある髪を撫でながら言うカイザーを無視して新たに横に現れた人の気配を察した。
「(………誰だ?)」
「潔…」
「(黒名っ!!わぁ〜!!黒名も来てくれたんだっ!!じゃあ雪宮と氷織もいるよなっ?)」
「潔……」
「潔くん…」
世一の予想通り、黒名の後ろに続き、雪宮と氷織も現れ世一の名を読んだ。
黒名はそっと世一の手を両手で握ると、自身の額に祈るように持つと、目に涙を浮かべながら言葉を発するのに続いて雪宮と氷織の目にも涙が浮かんだ。
「潔、潔…ごめん、俺…潔の相棒なのに、潔の体調が悪い事に気づけなかった…相棒なのに…」
「潔…今まで俺ばかり焦ってお前に嫌な思いたくさんさせたよな……俺、自分が、情けないよ…っ」
「ごめんなぁ…潔くん…僕、周りが見えてへんくて、潔くんがいてくれんと、つまらないやんかぁ…」
グズっ、うっうぅ…と涙を流しながら一言一言語りかける三人に世一は内心困惑していた。
「(?、??……え???)」
だが、そんな中でも冷静な者がここに居た。
「は?ちょっと待ってよ、『潔の相棒』?寝ぼけた事言わないでくんない?俺が相棒だから。」
自称、『俺が潔の相棒』蜂楽廻と…
「グスッ、負け犬の遠吠え…」
自称、『俺が本当の潔の相棒』黒名蘭世の…
「……………はぁ???」
カーンッ……ゴングが鳴り響いた。
▷▶︎▷
雪宮と氷織がお互いに掴みかかろうとする蜂楽と黒名を止めながら四人は部屋の後ろへと移動した。
「潔〜…」
「(凪も来てくれたのかっ!!……何で???)」
「潔が起きてくれないと誰が俺の事起こしてくれるの?」
「(玲王がいんじゃん。てか棟違うしっ!!毎日申請しろってかっ!!??)」
少し違う方向に怒りを示す潔に、凪は世一の顔を覗き込むように膝をつき、頬をベッドにくっつけて拗ねるように言う。
「…早く元気になんないと……俺が先に世界一のストライカーになっちゃうじゃん…」
「(…凪…………生意気な事言う様になったなぁ。確かにお前の方がセンスあるけど俺の方がサッカーIQ高いし???頭脳戦なら絶っっっっ対に負ける気しねぇっっ!!!ネタバレしたら即戦略論争で論破してやるっっっ!!!)」
またしても違う意味で捉える世一の思考を誰も止めることはできなかった。
「潔、凪もこう言ってんだ。早く良くなれよ。」
「(玲王も来てくれたんだ〜…マジで何で?ドイツ棟だけだったはずなんだけど…)」
「じゃねぇと、俺の名が廃るからな。早く元気になって、またサッカーしようぜ。」
頬にかかった髪を優しく退ける玲王に、世一は「ん?」となった。
「(何で玲王の名前が廃れるんだろ?)」
世一のドッキリで御影の名で社会が激しく困惑されている事を知らなかった。
▷▶︎▷
「……。」
「(お?また人の気配が…)」
「潔…」
「(凛っっっ!!??)」
まさかの凛の登場に世一は動きそうになる表情筋を何とか堪えて耳を傾けた。
「…早く、……起きろよ」
「(凛……無理だよ、ドッキリ企画なんだから。)」
そういう意味で言ったのではないが、世一には全く響いていなかった。
「そうですよっっっ!!早く起きなさいっ!!バカ世一っ!!!!ノロマ世一っ!!!!」
グワッと等々、感情が爆発したネスがツン100%の一言を発した、が…
「(そういえば千切の奴一言喋っただけで凄い大人しいけど大丈夫かな?)」
世一には全くと言って良い程響いていなかった。
「うるっっっせぇぞ、メンヘラ二号っ!!!!潔は今頑張ってんだっっ!!!!頑張れぇえぇぇっ潔っっっ!!!!」
「(あ、千切。良かった、元気そう。でも俺何を頑張れば良いんだろ?)」
誰の気持ちも伝わらずに世一は「ドッキリ成功だなっ!!」とどこから湧いてくるのか、自信満々に起き上がった。
「……うわっ…」
世一は目の前の光景に唖然とした。
「俺が相棒、過去の男は消えろ。抹消抹消っ!!!!」
「はぁ〜〜〜????お前が消えろっ!!!!」
「落ち着きっ、黒名くんっ!!」
「蜂楽も暴言で返すなっ!!」
未だに自称相棒論争を繰り広げる黒名と蜂楽にそれを襲いかからないよう食い止める氷織と雪宮。
「ねぇ……もし万が一の事が起きた時の準備…できてる?」
「あぁ、手配も整えてる。安心しろ。」
犯罪者のような会話をコソコソと話す凪と玲王。
「おい止まれっ!!!病室だぞクソがっ!!!」
「うるっっせぇっ!!あのメンヘラ二号に一発お見舞いしねぇと俺の気が収まらねぇんだよっ!!!潔が頑張ってんだっ、俺も頑張るっ!!!」
「カイザー!!!!離してくださいっ!!!!あの顔面詐欺野郎を殴りたいだけですからっ!!!!」
「お前が落ち着け、世一の前で恥ずかしくないのかっ!!!!」
未だに発言が頭にきているのか、もはやノアとの約束を守れずに静かにすることを忘れ、暴れる千切とネスを凛とカイザーは二人を近づけさせないように食い止めていた。
「これがカオスってやつか?」
世一は部屋中を見回しながら若干ひいていた。
扉の前に立ち静観するノアに目線をやると、「そろそろ良いだろう」とコクリと頷くのを確認すると、世一はゴソゴソとベッド下に置いた物を後ろに隠し、大袈裟に咳払いをした。
「んっんんっ!!」
世一の咳払いにピタ……と今まで暴れていたのが嘘のように止まり、ベッドの上に座る世一を見て呆然と見つめた。
世一は「ふっふっふっ」と笑みを零すと看板を前に出してお決まりの言葉をご機嫌に言い放った。
「テッテレー!!ドッキリ、大成「潔世一っ!!!!無事かっ!!!?」
……え?」
「……は?」
世一の言葉に被るように扉を開けて入ったのは糸師冴だった。
中途半端なセリフと世一が手に持つ看板に目を向け、普段なら見せないであろう間抜けな顔をして冴は呆然とする。
急いで来たのだろう、額には汗をかき、手には乱暴に引きずった痕跡のあるキャリーケースが握られていた。
「……何で冴もいるん…?」
ドイツ棟メンバーだけだった筈がいつの間にか他の棟の選手だけでなく、国境を越え社会と医療関係者までもが動いている事をまだ世一は知らない。
ブルーロック施設の空では、もうすぐその医療従事者を乗せたヘリがもうすぐ着陸しようとしていた。
そしてその日の内に動画は投稿され、BLTV人気TOPランキング入りを果たし、コメント欄だけでなくSNS界隈でもトレンド入りを果たした。
もちろん前代未聞の道路、飛行機、船、その他諸々を貸切などが多々起こったことで社会問題となり、炎上…は何故がしなかったがそれは暗黙の了解となり今ではそこに触れるものはその日のうちに跡形もなく消えると噂された為誰も追求することはなかった。
▷▶︎▷
後日、運営側から再び世一に招集をかけた。
「次は『ドッキリ!!置き手紙を置いたままポイントを使って一日外出したら皆はどんな反応をする!?』を企画したいんですけど…どうですかね?」
「ん〜…でも前回ので色々問題になったので…」
「ではこの高級きん「今後ともよろしくお願いしますっ!!!!」
ガッチリと握手をし、世一はニコニコと笑みを浮かべ、両手で大事にきんつばの入った紙袋を抱えて自室へと戻った。
そしてまた……波乱は起こる。
▷▶︎▷