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願いながら歩いてはみたものの、着いた場所は飲食店でもなければ、家でもない。
ヒロシと相手が入っていった場所はラブホテルで、入る光景を長谷川奏人は写メとして収めていた。
……なんで。結婚しようて言ってくれたのに。浮気なんてしないって信じていたのに。
全部嘘だったの?
膝から崩れる私を見兼ねて、長谷川奏人は『背中乗って』と、しゃがんで背を向けてきた。
何も考えられなくてそのまま背中に身を預ける。
一旦、二人から目を背けることはできる。けど……私はこれからどうすればいいのだろう。
きっと私のアパートに戻って、そのまま長谷川奏人に襲われる。
もういいや。もう、どうなってもいいや。
長谷川奏人に背中を預けたまま、目を開けぼんやりした視界を、ただただ眺めていると、
「……………ッ、えっ!?」
長谷川奏人はヒロシが入って行ったラブホテルに足を踏み入れた。
「まって!! やだ。ヒロシに会っちゃう!!」
長谷川奏人はヒロシに『浮気してるの?』って聞く気だ。
この期に及んでも浮気していることを聞きたくない私は、足を止めてほしくて必死に長谷川奏人の首を噛む。
「痛っ………大丈夫だって。何も言わなくていいから」
「じゃあなんで中に向かってるの……」
「確認だよ。ここでなにをするのかちゃんと確認しなきゃ」
――ここで、何をしているのか……?
想像すると吐きそうだった。何度も強く長谷川奏人の背中を叩くと長谷川奏人は私を自分の手から下ろしてくれた。
スマホを取り出しヒロシに連絡する。
【近いうち会えないかな?】
ちゃんとヒロシと話し合おう。どう思ってるか聞いて、ちゃんと本音をぶつけなきゃ。
――じゃないと、『結婚したい』と言ってくれたヒロシに、どう向き合えば良いか分からないままだ。
「……実は浮気しているか聞いたっていうのは嘘なんです」
長谷川奏人は分かっていたと言わんばかりの目で頷いた。
「だろうね。知ってたよ」
「私ちゃんと向き合うんで」
「そうだね。もうキミはオレのものだしね」
ヒロシの浮気関係なしに私は強制的に別れなくてはならない。
ーーそして、長谷川奏人の側で今後の一生を生きていかなければならないんだ。
ヒロシから返事が返ってきたのは30分後のことだった。
【大丈夫だよ。来週の月曜日、いつもの時間にコンビニに待ち合わせでいい?】
………来週の月曜日。いつもの時間は7時だ。
コンビニに行って、いつものファミレスでご飯を食べながら、そこで話し合おう。
「奏人さん、すみません。今日はもう帰っていいですか……」
長谷川奏人の顔を見れずに戸惑いながら聞いてみる。
「ダメ」と言われても帰ることしか考えきれない。そんな心を見透かされたように、長谷川奏人は肩に掛けていたショルダーバッグから財布を取り出し「タクシーに乗って帰りな」と、私に万札を差し出した。
「……いらないです」
「じゃあ俺が送ることになるけど、それでもいい?」
「それは……」
もうこれ以上長谷川奏人とも一緒にいたくない。一刻も早く離れたくて首をブンブンと振り拒絶する。
「じゃあちゃんとタクシーで帰るんだよ。あと、凪ちゃんスマホ貸して。連絡先交換しよう」
「連絡先……ですか……」
「そうだよ。凪ちゃんはもう、俺のものなんだからね」
絶望にも近い瞳で長谷川さんにスマホを差し出した。
連絡先を交換し、ヒロシから頭を軽く撫でられ「また明日ね」とポンポンと撫でられた。
◆
翌日、時間になっても食堂にいないことを心配してか、【大丈夫?】と連絡をしてきてくれた。
【具合が良くないので今日は休んでます】
【何か食べたいものない?】
【ありません】
当たり障りない返事を返し、スマホを放置してベッドに入る。それから1時間後、インターホンが鳴る音で目が覚めた。
…………誰?
いそいそと体を起こし玄関のドアを開けると、奏人さんが汗を額に浮かべ立っていた。
「え、学校は?」
「抜けてきた。大丈夫? これ、一応差し入れだけど……家に上げてくれる?」
「風邪とかじゃないんで、少し休めば……」
「風邪じゃなくても、昨日無理させすぎちゃったね。無理やりだったし……ゴメンね」
とても心配してくれていたのだろう。『ごめんね』と言うなり、私を優しく抱きしめてくれた。
差し入れもあるし、家に上げないわけにもいかないし……
こんなに心配してくれているなら、変なことはしないだろうけど。
部屋へ入るなり、体の消化に良さそうな物を色々買ってきてくれていたらしく、ヨーグルトやらゼリーやらプリンやらアイスやらお茶などを袋から取り出してくれた。
「あと、少し食欲あるかなって時に、おにぎりとかサンドイッチとかも買ってきたから食べてね」
………多すぎる。いったい、いくら分買ってきたんだろう。
「奏人さん、お金……」
「大丈夫だから。なにかしてほしいことない? 洗濯とか、掃除とか」
「いえ、大丈夫です……」
断りながらも、奏人さんは家事までしてくれるんだと思ってしまった。
ヒロシは一回もしてくれたことはないし、「しようか」と気遣ってくれたこともない。