テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝は、思ったより普通に始まった。
目覚ましの音。
カーテンの隙間から差し込む光。
昨日の夢の残りは、もう薄くなっている気がする。
「……会社かぁ。」
小さく息を吐く。
リビングに出ると、コンちゃんがコーヒーを淹れていた。
「おはよー。今日から社会復帰だね。」
「言い方。」
きょーさんは新聞を広げながら笑う。
「まあまあ、実際そんなもんやろ。」
「色々と酷くない?あと、今日らっだぁ預かっててほしい。」
「了解、まかしとき。レウさんよりマトモやからな俺は。」
「ねえやっぱ酷いって。」
みどりくんが窓際に立っている。
朝の光を透かして、少しだけ輪郭が曖昧に見えた。
「レウサン。」
「ん?」
呼ばれて、顔を向ける。
「……イッテラッシャイ。」
それだけ。
でも、
⋯なんか嬉しい。
「⋯行ってきます。」
「⋯じゃあ、昨日は色々ありがとう。」
「新しい家が片付いたら、また呼んでな〜。」
「お祝いに絵描いていくよ。」
「それは遠慮しとく。」
軽口を叩きながら靴を履く。
ドアノブにそっと手をかけたとき。
「レウさん。」
振り返ると、らっだぁが立っていた。
まだ寝ぐせがついたまま。
「⋯らっだぁ。おはよ、」
「今日、帰ってくる?」
軽い声。
確認するみたいな、ただの一言。
「……帰るよ。」
当たり前でしょ、と笑おうとしたのに、うまくいかなかった。
らっだぁは少しだけ目を細める。
「早く帰ってきてね。」
子どもらしい、素直な言葉。
なのに、
胸の奥に、何かが落ちる。
「……うん。行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
「気を付けてなー。」
「俺もいってきま~す。」
「気ヲツケテネ。」
ドアを閉める。
朝日の眩しい道を歩きながら、さっきの声が何度もよみがえる。
『早く帰ってきてね。』
『⋯守レルノ。』
『⋯わかんない。』
『マタ、一緒ダカラ。』
会社までの道が遠く感じる。
「レウさん今日どうする〜?」
「⋯今日は、」
信号を渡る。
車が横を通り過ぎる。
こにゃ
人の波に紛れる。
ただの朝。
何も起きない。
起きるはずがない。
それでも。
「今日は、定時で帰る。」
「⋯え、」
今日は、帰る。
どんなに遅くなっても。
何があっても。
ちゃんと、帰る。
「⋯珍しいねぇ。じゃあ、俺も頑張っちゃおっかな〜。」
「コンちゃんは頑張りすぎだと思うよ?」
赤信号が灯る。
騒がしい朝の中で、目を閉じる。
⋯今度こそ。
ちゃんと、ただいまって言わなきゃな。
NEXT=♡1000
コメント
2件