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笑顔で話す2人の後ろ姿を見るのは、何回目だろう。
毎日繰り返される。
俺だけ、置いて行かれる。俺がいるはずの場所に、ゆきの瞳の中に、俺がいない。
「…何で、あいつなんだよ」
零れた言葉は、誰にも知られず消えていく。
俺は1人、俯いて帰った。
そんな日々が変わったのは、あいつが現れてからだ。
「京くん、今日から結衣お兄ちゃんに部屋半分貸してあげて」
母がそう言い、斜め後ろを見た。そこには高校生ぐらいの男が立っていた。
母曰く、母の親戚に当たる人らしい。親戚ではあるが、従兄弟とも言えない。親が亡くなり、引き取る人が見つからず、親戚と話合った結果、彼が高校を卒業するまでこの家で過ごすことになったらしい。
かといって、今日初めて会ったやつを兄だと思う事も、部屋を半分貸すことも嫌だろう。
「…わかった」
でも、これはもう決まった事で、俺は頷く事しか出来なかった。
そんな俺を見た結月は、軽く笑顔を見せただけで何も言わなかった。
元々広くない部屋が、更に狭くなった。
俺と結衣は何も話さない。結衣は俺の家族の前では普通に話すが、こうやって2人きりになると何も話さない。しかも無表情だ。
「……」
カチカチ
時計の音だけが鳴っている。
結衣は携帯をいじっていた。
「…」
「なあ」
この静かな空気をどうにするべく、俺は口を開いた。
「なに」
「…なんで何も言わないんだよ」
「…?」
結衣が首を傾げる。
「なんでもない」
多分会話にならない。
「俺邪魔?」
「別に」
「そ」
「…」
「…」
俺は寝ることにした。
だが、電気を付けたままのせいか眠れず、2時間が経った。
居心地が悪い。
ガラガラ
いつの間にか結衣が、窓辺に立っている。
その瞬間、姿が消えた。
窓に駆け寄ると、結衣は駅の方向へ歩いていた。
時刻は11時だ。
「…は?」
この事を両親へ伝えるか迷ったが、俺は大人しく寝ることにした。
一応窓は閉め、鍵を掛けた。
布団の中で、考える。
多分、最悪なやつと同じ部屋になってしまったのだろうと。
「また明日!」
「じゃな」
ゆきとハルに、笑顔で手を振る。
俺はまた1人になった。
「…あいつさえ居なければ」
またひとりとごとを零し、俺はどうしようもない気持ちを電柱にぶつけた。
コンクリートを殴る。
手から血が出た。
「俺がそのトモダチ消してあげようか?」
いつの間にか、背後に結衣が立っていた。
「……」
睨んでも、結衣は表情を変えなかった。
結衣の瞳は、この世の闇を吸い込んだかのように真っ暗だった。
「…黙れ」
俺はその瞳から逃れるように目を逸らす。まだ7月だというのに、肌寒かった。
「京介」
いつの間にか、結衣は普通に話かけてくるようになった。
「俺に話かけんな、結衣」
「結衣じゃなくて、結月って呼んでよ」
「…」
結衣と仲良くする気は、初めからなかった。それに俺は結衣の事が嫌いだった。
それは、結衣と一緒に居るとこっちまで狂いそうな、そんな気がするからだ。
中学に上がると、俺は父親に言われ興味も無い剣道部に入った。
ゆきと一緒にいる時間が更に減ってしまった。
でも、それ以上に。
ゆきとハルの距離が更に近ずいた事が、嫌でたまらなかった。
ゆきはハルの家に入り浸るようになり、2人は殆どずっと一緒だった。
「その…、京介お前さ、ゆきの事好きだろ、 ?」
ゆきが学校を休んだ日、突然ハルが俺にそう言った。
「…だからなんだよ」
ゆきの事を、上手く言葉にできなかった。好き、という言葉なんかでゆきへの気持ちをまとめられる程、俺は単純ではなかった。
「……俺も、ゆきのこと……すき…だから、」
ハルは少し照れたように小さくそう言う。
でも、俺の中で何かが崩れていく音がした。
「京介?」
「……」
俺はハルを置いてその場から離れた。
ハルの目の前にいたら、どうにかしそうだった。
今まで目を逸らしていた事。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ
消えろ。
橋の下の河川敷で、俺は1人座り込んだ。
「クソ……」
走って来たせいか、心臓の音が鬱陶しい。
もしあの場にいたら、俺はハルに殴りかかっていただろう。だがそんなことしたら、ゆきに嫌われてしまう。
あいつが憎い。
ハルなんか、死ねばいい
「京介」
頭上で声がした。
「……」
俺は何も言わなかったが、結月は俺の頭を撫で、「了解」と、そう言った。
コメント
3件
結構複雑 京介くんの気持ち分かる気がする
補足。 京介には、妹の和花と弟が1人の3人兄弟です。結衣は京介の前意外では猫かぶってるので家族には結構好かれてます。