そんないいタイミングの時に携帯の着信が鳴る。
「誰だよ。こんな時に」
せっかくのいい雰囲気を邪魔されて思わず携帯相手に愚痴る。
まだ透子とイチャイチャしたかったのに誰が邪魔して来たんだよ。
「あっ、ごめん。ちょっと出てもいい?」
相手を確認する前に、先に一緒にいる透子に確認する。
「うん。どうぞ」
「もしもし・・・・」
透子の返事を聞いて携帯の着信相手を確認して、ソファーから立ち上がって少し離れた場所で携帯に出る。
「はい・・・。え・・・? ・・・どこ、ですか。はい・・今から行きます・・」
久々に見たその電話相手の名前から、こんな時間に電話してくることで、なんとなく少し嫌な予感はした。
こんな日が来るかもしれないと、ずっと覚悟はしていた。
だけど、透子との時間が幸せすぎて、そんなこと最近は忘れかけていた。
いや、きっと幸せだったから、今のこの時間を失いたくなくて、気付かない振りをしていたのかもしれない。
だけど、いざこの現実にぶち当たると、思ってた以上のダメージで。
この幸せが一気に無くなりそうな予感がして、急に怖くなった。
「樹・・・大丈夫?」
しばらく電話を切ってから、いろんな不安が駆け巡って茫然としてしまっていたオレに透子が声をかけてきて、その瞬間正気に戻る。
「あっ・・うん。ごめん。今、親父が倒れたって連絡あって」
「え・・?」
「今、病院に運ばれたらしくて・・」
「じゃあ、すぐ行かないと!」
「あぁ。うん・・・」
いきなりの出来事ですぐに動けないオレに、透子がすかさず現状を判断してくれる。
「樹!しっかり! 病院どこ? 私も一緒についてくから」
「うん・・・」
だけど、まだなかなか動けないでいるオレに透子が勢いよく声をかけてくれる。
そこでようやくオレも気持ちを切り替えて、とりあえず病院へ向かう準備をする。
そして透子が気遣ってくれて、透子の車で病院まで連れてってくれると行ってくれた。
助手席に座りながら、窓から流れて行く夜景を見ながら考える。
親父のこと、今までのこと、これからのこと、自分のこと、透子とのこと。
ホントはまだ先だと思っていた。
もう少しこのままでいられるかと思っていた。
いつかは向き合わなければいけなかった現実。
いつかは覚悟しなければいけない現実。
今はあまりにも透子との時間が幸せで、忘れかけていた。
オレの今の与えられている状況も、与えられている使命も。
ずっと、まだ気付かないフリをしていた。
そんな現実に。
だけど、ここから何か動き始めたような気がして。
ようやく掴んだはずの明るかった透子との時間が幸せが未来が、一瞬でこの夜景のように真っ暗な世界になっていくようで。
それを薄々感じながらも、飲み込まれそうなこの暗闇を、今はただ見つめるしかなかった。
そして病院に着くと入口にすぐ迎えに来てくれていた親父の秘書の神崎さんを見つける。
「こちらです」
神崎さんに案内され病室の前へ。
「樹。私、病室の外で待ってるね」
「あぁ、うん」
すると、透子はそう声をかけてくれこの場を離れた。
そして、だだっ広い病室の中のベッドに親父の姿。
ゆっくりそこに近寄る。
いつも偉そうにしてる親父のこんな姿を初めて目の当たりにして、正直言葉を失う。
いつもオレの背中を見て生きて行けと言わんばかりの人で。
口数が多い人でもなかったから、正直何考えてるのかもよくわからない人。
だけどオレの前では決して後ろ向きなことも言わず、常に父親として立派な姿だけを見せていたのには違いなくて。
だからこの人は決してオレの前では弱ってる姿は見せたことはなかった。
それが今、こんな小さくなってる親父の姿。
ようやく今のその状況を目の当たりにして、少しずつ現実のことなのだと実感し始める。
それはオレにとってこれから避けられない現実と向き合うこと、そして乗り越えなければいけない現実を意味していた。
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