覚醒した鬼の少年は、そのまま学園内にある大きなホールのような場所へ運ばれた。
未だ意識が戻らない少年をイスに座らせると、鳴海は彼の口・胴体・手足をベルトで拘束した。
「ここまでする?」
「あの現場を見ただろ。こいつの性格に関係なく、一度暴走すればあれだけの被害が出る…油断大敵だ。」
「そうでしたそうでした。よし、こんなもんでしょ」
鳴海の問いかけに対し、仕込み傘で倒立をしながら腕立て伏せをしている無陀野は穏やかに返事をした。
しゃがんだまま、座っている少年を見上げていた鳴海は、隣で筋トレを続けている無陀野へ静かに声をかける。
無陀野と言えば、鬼の世界では一目置かれ、中には緊張でまともに会話できない隊員もいるぐらいの存在だ。
その彼に何の気兼ねもなく話しかけることができるのは、長年の付き合い故にだろう。
「夕飯リクエスト受け付けます。」
「唐揚げ」
「一昨日食べたでしょ」
「麻婆豆腐」
「昨日食べたねソレ」
「じゃあカレー」
「お、いいね。採用」
こちらに笑顔を向ける鳴海に、無陀野もまた少し表情を緩めるのだった。そうして少年が目覚めるのを待つこと1時間…ようやく今回の主役が意識を取り戻した。
「(! なんだ…?ここは…)」
「無理やり起こすことはしなかった。意識朦朧で説明しても…1297、頭に入らないからな…1298、二度手間はご免だ…1299、俺は効率が悪いことが嫌いなんだよ…1300。」
「んー!んー!」
「俺は無陀野無人。お前と同じ鬼だ。そして隣にいるのが…」
「鳴海です〜。初めまして〜」
「(俺の天使…!!)」
「こいつも鬼だ。ここがどこかは言わない。父親の遺体は別の所で保管してる。お前を連れてきた目的は、”審査”と”収集”のためだ。」
そこまで言うと無陀野は突然ローラースケートで走り出し、部屋の端に置いていたホワイトボードを持ってくる。これから基本的な部分の説明をするのだろうと思った鳴海は、彼から仕込み傘を預かった。
「傘、預かるよ。」
「あぁ、頼む。お前も知ってると思うが、鬼を排除する桃太郎機関…通称”桃関”。それに対抗するための鬼の機関…”鬼関”があり、そこで戦える人材を集めている。お前みたいに覚醒した鬼を見つけて、相応しい人材かを審査するために来た。以上。鳴海。」
「ベルト外すね。」
「(! 天使…!)」
「じゃあ質問を受け付けよう。」
無陀野に名前を呼ばれた鳴海が、少年の口につけていたベルトを外す。そして自由に言葉を発せるようになった状態で、無陀野は彼に発言権を与えた。鳴海から仕込み傘を受け取りながら、そんな少年の第一声を待つ。
「テメェいきなり何しやがる!ほどけコレ!親父どこにやった!何かしたらぶっ殺すぞ!」
「減点1…鳴海、記録しといてくれ。」
「あ、うん」
「保管してると言ったろ?損傷させるなら保管とは言わない。話を理解する脳がないのか?この質問で俺の人生の35秒を無駄にした。」
「知るか馬鹿が!信用できるかよ!」
「大体、今親父の話は関係ないだろ。話が進まない奴だな。他に質問がないなら審査は続行だが?」
「うっせー!まずコレ外せ!」
「減点2…暴れるから拘束してるんだ。」
「(あーまた減点された…)」
「人に点数つけんな!ムカつくんだよ!」
「健忘症か?審査すると言ったろ?」
動と静。一向に嚙み合わない会話を聞きながら、鳴海の頭にはそんな言葉が浮かんでいた。同期を増やすためにも、少年には何とか合格して欲しいと思うのだが、さっきから減点の嵐…プルプルと体を震わせたかと思えば、いきなり深呼吸をしたりと、落ち着かない様子の少年を見つめる鳴海からは、1つ大きなため息が漏れた。
「いやー審査?知らねーっすわ。んなヒマもねぇし。とりあえずこれ外そうぜ?親父の仇討ちに行くからよぉ…割り込むなよ…カス。な…?」
「気色悪い顔で見るなよ。」
「あぁ!?」
「なるほど、ただの死にたがりか。死にたがりにピッタリの”やり方”がある。前から通常の審査は効率が悪いと思ってたんだよ。」
「また傘預かる?」
「悪いな。鳴海。」
「いいえ〜」
ネクタイを外しながら鳴海に傘を手渡すと、無陀野は彼の耳元で静かに礼を言った。
のほほんと返事をする鳴海をその場に残し、無陀野は再び少年に向き合う。
「お前…ネクタイ似合わなそうだな。」
「?何言って…」
少年が言い終わる前に、無陀野は自身のネクタイを彼の首に引っ掛け、イスごと全力で後ろへ引っ張った。
手足を拘束されているため、少年は何の抵抗もできず首を絞められている状態だ。
鳴海が思わず息を吞む中、無陀野は今までと変わらず冷静に言葉を発する。
「要は使える奴か否かだもんな。」
「ぐっ、がっ…げっ…」
「生物の本質は死に際に出る。その小さな脳を使って、この状況を打開しろ。出来なきゃ死ね。」
少年はしばらく足をバタバタさせていたが、だんだんとその動きが鈍くなり、目や鼻、そして口からも血を流し始めた。そしてついに彼から一切の動きがなくなった。
鬼の少年が動かなくなり、部屋の中は恐ろしい程の静寂に包まれた。その中で無陀野の落ち着いた声だけが聞こえてくる。
「やはりただの馬鹿…か…暴走状態になるなんて。」
「無人くん…!」
生死の境をさまよった結果、少年は数時間前と同じように暴走状態に入ってしまった。
至近距離で血の銃を向けられた無陀野を心配して鳴海は声をかける。
このまま銃を撃たれれば、自分の後方にいる彼にも被害がいく。
無陀野は目にも止まらぬ速さで移動すると、鳴海を片手で抱き寄せ、自身の血を解放した。
「大丈夫か?」
「はわ…しゅき…♡」
「大丈夫そうだな。それより鳴海、減点100だ。」
「100!?もう点数なくなっちゃうよ…」
血の傘で攻撃を防いだ無陀野は、自分の腕の中にいる鳴海へそう告げた。
ガッカリした表情を隠さない彼の頭をポンポンと軽く叩いてから、無陀野は暴走している少年に目をやる。
「俺が守るから問題ないが、飛んできたのは自分で受け止めろよ」
「了解!」
「”鬼の血”の使い方も知らないんだな。せっかくだから見せてやるよ…正しい”鬼の血”の使い方を。まぁ暴走状態じゃ何も覚えてないだろうがな。油断してる奴なら、致命傷を与えられてたかもな。けど…」
「うわっ…!!」
「俺は油断しない。」
鳴海が衝撃に驚き目を瞑った一瞬のうちに、暴走状態の少年は無陀野に押さえ込まれていた。さっきまでキレイだった室内もあちこちが破壊され、血の海と化している。正気に戻った少年は、自身の腕の変化と記憶の欠如に驚き戸惑っていた。
「(なんだ…?何が…また気ぃ失ってたのか…?)腕が…!またかよ…!」
「記憶がゴッソリ無いだろ。鬼の血は強大故にコントロールが難しい。暴走状態になると自我と記憶を失う。」
「血!?暴走!?わかんねぇこと言うな!つーかそれ!お前も変なの出てんじゃねーか!」
「無知が刃物を持つのは恐ろしいな。これは”暴走”とは違う、操ってるんだ”鬼の血”を。まぁ説明する必要はない。お前は不合格だ。」
「(ですよね…あー何とか巻き返せないかな…)」
何とか挽回のチャンスがないかと鳴海が唸っている間に、少年もまた何かを考えていたようで…怒りなのか恥ずかしさなのかは分からないが、体をプルプルと震わせながら土下座をした。
「アンタ、マジでムカつくけど…強いわ…恥を忍んで言うぜ…」
「(! 何だ、何かいい案浮かんだのかな!)」
「舎弟にしてくれ…」
「(舎弟て…!無人くんが組長にでも見えてるのかな。)」
「俺も強くなりてぇんだ…!親父の仇、討つために…!」
「断る。戦闘において、頭を使わないことは死に直結する。なのにお前はあっさり暴走した。 血も使えなきゃ、頭も使えない。言ったろ?”使えない”奴はいらないと。」
「(ム・カ・つ・く…!)」
「手短に処分する。暴走する奴を野放しに出来ない。」
そう言いながら、人差し指につけている指輪から小さい刃を出す無陀野。これだ!と直感した鳴海は、少年のヒントになればと思い声をかけた。
「少年、顔上げて…!前見て!」
「(! 天使の声…!)前…?」
鳴海の声で顔を上げた少年は、無陀野が血の傘を作り出す一部始終を目撃した。
無陀野の指からじゅわっと出た血液は、瞬く間に傘の形に変わっていく。”これでどういう原理なのかは理解できたはず…!”と、鳴海は祈るように少年を見つめる。
鳴海が見守る中、少年は突如右手を引きずりながら走り出した。それから血が流れる右手を支え、何かをブツブツ呟きながら、無陀野に向かって行く。そして…!大きくジャンプして上から攻撃を仕掛けた少年の右手には、荒削りだが確かに銃と言えるものが生み出されていた。