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「えっ、うそ! 先生店に帰っちゃったの?」
「ルイス、静かに……」
部屋を訪れる前に俺がした忠告を思い出し、ルイスは慌てて口を噤む。部屋にはクレハ様とリズさんしかおらず、ルーイ先生の姿は無かった。うっかり声を上げそうになってしまったのは俺も同じ。内心では彼をあまり責められない。
「野暮用があるから席を外すという言い方をされましたので、帰ってはいないと思いますよ。皆さんが来られる30分くらい前です」
「マジかぁ……」
「私達ってつくづく間が悪いよね。クレハ様にもなかなか会えなかったし」
先生を連れて来いとレオン様に命じられているのに……参ったな。落胆する兄弟を尻目に、俺はどうしたものかと考えていた。すると、クレハ様がソファから立ち上がり俺の側に歩み寄る。
「セドリックさん。これ、ルーイ様からです。セドリックさんかレオンが部屋に来たら渡してくれって」
クレハ様が差し出したのはふたつ折りにされた便箋だ。隙間から文字らしきものが見える。俺は便箋を受け取り、その場で目を通した。
『先にリオラドに行ってる。ごたつきそうだからセディは来ない方が良いよ』
先生は俺達が来る前に神殿へ向かわれたようだ。こちらが頼まずとも話し合いに同席して下さるつもりだったのか……それは有難い。ごたつきそうという表現が少々気になるが、先生がいらっしゃるなら心強いな。しかし、俺に来るなと……
「クレハ様、先生は他に何か言っておられましたか?」
「いいえ。私にはその紙を渡してくれとだけ」
「そうですか」
来ない方が良いとわざわざ注記するくらいだ。神殿の近くに行くのも控えるべきだろうか……でもレオン様が心配だ。先生の行き先が分かり安堵したのも束の間、今度は自分が同行するか否かで頭を悩ませる。便箋を上着のポケットにしまうと、待っていたかのようにルイスが話しかけてきた。
「先生は何て?」
「先生はすでに神殿へ向かわれたようだな。付き添いは不要だと」
「先生、神殿に入れるの? 俺達も無理なのに」
「神殿への立ち入りを許されているなんて……先生は殿下に加え、メーアレクト神にまで信頼されておられるのですね。ますます会ってみたくなりました」
「先生との話し合いはボスが神殿から戻って来てからするんだと思ってたよ。まさか一緒に女神様の所に行くとは予想外」
先生も神様だからな。しかもメーアレクト様よりも上のって……しまった。
先生が神殿へ行ったと聞いて兄弟は驚いている。それもその筈……神殿は温室と同様、原則として王族以外の立ち入りを禁じている。その上、神殿内はメーアレクト様の力が働いている為、入り口までは近づけても、それ以上は見えない壁でも存在しているかのように弾かれて進むことが出来なくなっているのだ。メーアレクト様が認めた者だけが神殿の中に足を踏み入れることが可能。
先生の正体を知っている俺は、先生が神殿へ行くのに何の疑問も持っていなかった。知らない人間から見たら、それがどれだけ異例なことなのかを失念していた。
俺が余計なことを言ったせいで……先生が特別な方なのだと印象付けてしまった。ただでさえ兄弟は先生に興味を持っている。変に探りを入れられ、先生の正体がバレるようなことにでもなったら――――
「おふたり共、ルーイ様に会いたかったのですか?」
自分のやらかした失態に脳内で転げ回っていた俺は、クレハ様の声で正気に戻った。
彼女の問いかけに答えるため、レナードはクレハ様の正面に移動すると、片膝を付いて目線を合わせる。無意識なのだろうが、目を細めながらクレハ様を見つめている。いつもの胡散臭い作ったような笑顔ではない。こいつが弟とレオン様以外にこんな顔をするのは珍しい。
「殿下の先生ですからね。それに、店では仕事仲間になりますからご挨拶しておかないと」
「魔法の話にも興味あるんだ。その手のことに詳しい人ってあんまりいないからさ。俺達にも是非ご教授して貰いたいなって思ってるんだよ」
至極真っ当な理由。ここだけ聞けば何も不自然な所は無い。どうか先生に対して失礼な真似はしてくれるなよ。あんな感じだけど神様なんだから。
「リズちゃんは会えたんだよね、羨ましいなぁ。先生どうだった?」
「へっ? あっ!! はいっ、素敵な方でしたよ。カッコよかったです! それにとっても親しみやすくて……」
突然話を振られたリズさん。不意をつかれ驚いたのか、声が裏返っている。
「そっかぁ……ミシェルちゃんの言ってた通りの方なんだね。じゃあ、あの疑惑の真偽はどうだったのかな。ミシェルちゃんから聞いた、先生とあの人の……ねぇ、リズちゃん」
「レナード!! お前はまた……」
「だって気になるじゃん。私そのせいで夜しか寝むれなかったもん」
「何の問題も無いな。健康そのもので羨ましい限りだ」
「ルイスだってほんとは気になってる癖に。素直じゃないんだから」
こいつら何言ってんだ。疑惑ってなんだよ。リズさんは心当たりがあるのか、頬を少し赤らめながら俯いている。クレハ様はというと、俺と同じで全く分かっていないようで小首を傾げていた。
「疑惑だか何だか知らんが、クレハ様もリズさんもお疲れだろうに部屋で騒ぐんじゃない。申し訳ありません、クレハ様。用はすみましたので、私達はこれで失礼致します」
このふたり、本当に俺の言う事聞かねーな。やっぱり舐められてる。
「つかさぁ……先生はいなくても当事者のひとりが今いるんだから、こっちに聞けば良くね?」
ルイス、レナード、リズさん……クレハ様を除いた3人が一斉に俺の方へ視線を向ける。
「な、何だよ……」
「先生に聞きたかったんだけど、まぁいっか」
「いつまでもこの話題引っ張りたくないしな。お前はふざけて茶化すから黙ってろ。俺が聞く」
全く状況が飲み込めない。どうやら俺も関係していることらしい。それなのに俺を無視して好き勝手に盛り上がっているふたりにイライラしてきた所だったのだが……。ようやくちゃんと説明する気になったんだな。ルイスは俺と向かい合った。
「えーっと……俺達セドリックさんに聞きたいことがあるんだよね」
「何だ」
「ちょっとプライベートなことで申し訳ないんだけどさ」
「前置きはいいから、さっさと言え」
「あっ、うん。あのさ……ボスの先生とセドリックさんが……その、恋人関係にあると聞いたんだけど、本当なんデスカ?」
「…………」
ルイスの敬語……貴重だな。しかし内容がそれなのか。俺はがっくりと肩を落とした。先生の悪ふざけがここまで尾を引くとは思わなかったよ。
「えっ!? ルーイ様とセドリックさんが……そうだったんですか。私全然気付かなくて……仲良くしておられるなぁと感じてはいたんですけど、いつの間に……」
「ちなみにどっちがボト……痛っ!! またルイスが頭叩いた!!」
「黙ってろっつったろ!! お前はデリカシー無さ過ぎなんだよ」
クレハ様……違うんです、誤解です。レナードは後で俺も一発殴らせろ。まさか兄弟がやたらと先生に会いたがっていたのはこれが理由じゃないだろうな。深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。落ち着け、俺。
「ルイス……それ、誰から聞いた……って1人しかいないな」
「ミシェル」
「あいつ、仕置きが必要だな……」
今頃レオン様はメーアレクト様と大切なお話をなさっているだろうに……俺は一体何をやってるんだろうな。先生と俺の間にそんな関係は無い。あれはミシェルの勘違い。先生の戯れが招いた事故みたいなもんだ。根も葉も無い噂はここで断ち切らなくては。
俺はあの日、店で起きた出来事を……妙な誤解が生まれてしまった原因を、懇切丁寧に説明することになってしまうのだった。それも幼い女の子達の前で。