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小さい。
何が、というと、テレビの話だ。
そう、テレビ。テレビのサイズがとても小さい。大分昔ので、実家から引っ張ってきたやつだから、しょうがないけど。
そんなことを思いながら、今さっき冷蔵庫から出した缶ビールを開けた。そのまま口を付ける。冷たかった。当たり前だ。今さっき冷蔵庫から出したんだから。
東本幸十はニュースを見ない。
絶対見ないわけじゃない。付けたらやってた、みたいな感じで見ることはある。でも、つまんなくなってしまって、結局バラエティー番組かドラマに変えてしまう。
今日は違う。
自分の意志でニュースを付けた。朝の、NHKのニュース。父親が、NHKのニュースは情報の鮮度がいいとか言っていた。どういう意味かよく分からないけれど、父親に倣ってNHKのニュースにした。
知らないアナウンサーが喋っている。女性のアナウンサーだ。そのアナウンサーが言った。
『昨夜、**市にある刑務所で火事が起きました』
どうやら火事のニュースらしい。
火事、と聞くと、東本はどうもキャンプファイアを想像してしまう。実際はキャンプファイアよりも恐ろしく、軽率に人の命を奪うものなのに。
それでもキャンプファイアが出てくるのは、彼がよくキャンプファイアをやっていたからだろうか。
『火は五時間後に消し止められましたが、数ヶ月前に女子大学生十二名を殺害したとして逮捕された、紅上漣容疑者が死亡、その他に二名が軽傷を負いましたが命に別状はなく――――』
そこまで聞いて、東本は機嫌がよくなった。
死亡したのは、紅上漣。紅上漣、だけ。
東本は紅上漣を知っていた。というか、よくつるんでいた方だと思う。同じ大学、同じ年、同じ学部。よく飲みに行ったし、家に遊びに行ったことはあったけど、それより招いた数の方が多かった。
あとは、紅上の兄にも会ったこともある。家に押し掛けた時に偶々会っただけだが。紅上はその時ブチギレていた。
そのくらい、紅上とは仲が良かった。
そんな紅上は、数ヶ月前に逮捕された。
通っている坂ノ束大学の女子大学生十二人を殺したとして。
死体は全て焼けていたという。焼け具合は死体によってまちまちだが、酷い奴は炭化してたらしい。
あいつ、そこまで燃やしてたのか、とちょっと引いたりした。
ニュースが続く。出火元は紅上の牢だという。紅上は灯油を部屋にぶちまけて、ついでに自分にもかけて、火をつけて死んだ。
自殺、という二文字が脳に浮かぶ。そう、自殺だ。紅上は自殺した。
何故?
紅上はそんなことする奴じゃない。東本と話しているときはそんな雰囲気をおくびにも出さなかった。
紅上はいつも静かだけど、口数が少ないわけではなかった。喋ろうって気分になるととても饒舌になる。不機嫌になると黙り込むか、こちらに罵詈雑言をぶつけてくる。笑うときもあるし、怒るときもある。漫画的にいうと、クールな奴という印象だった。
とにかく、自分の命を蔑ろにするような奴でも、自ら捨てるような奴でもなかったってことだ。
何で自殺したのか。
それなら、やっぱり東本と紅上があった日から思い出さなくてはならないだろう。
*
東本は悩んでいた。
何に悩んでいるか?
今まで付き合っては捨てていた女性たちについてだ。
東本は自他共に認めるクズである。
医学部に美女がいると聞けばそちらに行き、経済部の女性が可愛いと聞けば口説き、法学部に天才の女性がいると聞けば花束を贈り、飽きれば捨てるという最低な行為を繰り返していた。そのうちの何人かは自分が飽きる前に相手からフラれて終わったこともある。
まあ、そんなことを繰り返していたせいで、逆恨みで階段から突き落とされるという事態が起こったわけだが。
突き落とした女性は数週間前にフったばかりの文学部の奴だった。
中々の美人で口説いたはいいものの、話はつまらないし真面目だし、その癖べったりで嫌になってしまったのだ。
つるんでいた悪友からは散々笑われた後飲みに誘われた。そうしてほどほどに飲み、もう遅いからと別れた帰りであった。
匂いがした。
鉄みたいな匂いだ。でも鉄じゃない。金属ですらない。
血だ。
血の匂いがした。
こんなに早く血だとわかったのは、階段から落ちたときに頭から血が出たからだろうか。とにかくすぐに分かった自分は天才だと思った。こんなんだから捨てられるんだよ、という悪友の声が聞こえた気がしたがきっと幻聴だろう。
とにかく、血を流している人がいる。つまり怪我をしている人がいるということだ。すぐに血だと思ったから、結構出血しているのかもしれない。
血の匂いの発生源を探す。丁度すぐ横の路地裏だった。街灯もなければ人もいない。真っ暗なところだ。不気味で夜は誰も近づかない。
覗き込むと、人が倒れていた。
倒れている奴はピクリとも動かない。死んでいるみたいに。そいつの周りには血だまりが出来上がっていた。この量は既に死んでいそうである。東本は生まれて初めて死体を見た。
そのすぐ傍に、誰かいる。
男だ。背は百七十よりちょい上くらいだろうか。ナイフを持っている。血まみれだ。白いティーシャツが血に濡れていた。
殺人犯だ、と思った。実際に殺人犯な訳だが。倒れている奴よりも殺人犯の方が気になってしまった。だから自分はクズだと言われるのだ。
しかし、今回ばかりは許してほしい。
その殺人犯を、東本は見たことがあったのだ。
同じ学部に通う、紅上漣。
話したことはない。いっつも本を読んでいたりスマホで何かを調べたりしている。長めの髪をしていて、陰気な感じの奴。寄らば斬る、みたいなオーラを出しているせいで誰も近づかない。
しかし実態は寄らば斬るのではなく、寄らば刺すであった。
やばい、と思った。
紅上にとって、東本は唯一の目撃者であろう。東本が通報してしまえば、紅上は逮捕される。そんな奴を逃がすか? 勿論ノーである。東本が紅上の立場であれば、勿論殺すだろう。紅上も同じことを考えた。
「お前……」
初めて紅上の声を聴いた気がした。気がしただけだ。きっとどこかで聴いたことがあるだろう。いや、そうじゃない。こんな現実逃避している場合じゃない。
紅上は東本に向かってナイフを向けた。
殺られる。死ぬ。
女に階段から突き落とされた時よりも純粋な殺意。きっと何人も殺したんだろうと想像した。想像しただけで、実際は分からないけれど。
そんな奴に殺される。
死にたくない。
逃げたくても体が動かない。
殺される。死ぬ。死んでしまう。
駄目だ、生きていたい。死ぬのは怖い。
そんなときに、思いついてしまった。
先程悩んでいたこと。その解決策。
馬鹿馬鹿しい考えだ。非現実的で、バレれば東本の人生は終わる。命綱なしでバンジージャンプをするほど無謀で、賭けだ。
それでも思った。生き残る確率に賭けたかったのだ。紅上に殺されたくないし、これまで付き合っていた奴等にも殺されたくない。東本は生きたかった。
その諦められない願いが、思いついてしまったのだ。
本当に馬鹿馬鹿しい。そもそも紅上が受け入れてくれるとも限らない。でも、少しでも寿命を延ばすには、話すしかなかった。
「……なあ」
「あ?」
声が震えた。駄目だ、恐ろしい。でも、言う。言わなくてはいけない。
「頼みがあるんだ」
先程より震えはマシになった。
「俺と付き合ってた奴らを、殺してくんないか?」
「……は???」
紅上は思わずナイフを落とした。
*
あんな間抜けな反応をした紅上だが、最終的に東本の提案を受け入れてくれた。紅上はかなり戸惑っていたが。
「……で、なんでお前が俺の家にいるんだ」
「いやぁ、作戦会議って大事だろ?」
目の前にはいかにも不機嫌ですという顔をしている紅上。
あの提案をした日から三日後、東本は紅上の家を訪れていた。同じ大学生なのに一軒家でびっくりしたが。紅上が言うには、『親が過保護で金持ちのせい』らしい。一体どんな親なのか。しかも三階建てで、地下室まである。東本は暫く開いた口が塞がらなかった。
「作戦会議も何もないだろ。俺がお前の元カノを殺す、ってだけだ」
「でもほら、どう殺すか、何処で殺すか、とか決めなきゃいけないし」
「そんなん必要ないし、オーダーするようならお前を殺す」
「待ってやめてごめんって」
殺されるのは東本としても勘弁である。そもそも殺されないためにあの提案をしたのだ。
「じゃあ殺し方とかは紅上に任せるけどさ、どう殺すの? 何か良い殺し方とかあるわけ?」
「ある」
「あるんだ……」
「良い殺し方、というより趣味だな」
三日前、紅上はナイフを持っていた。刺殺が紅上にとって一番『良い』のだろうか。しかし、紅上の口から放たれたのは、予想外の一言だった。
「焼殺が好きだ」
「……はい?」
「焼殺だ」
「笑殺?」
「焼いて殺すんだ。笑い殺してどうする」
「意外と愉快な奴なのかと……」
「何処をどう見てそうなった」
焼殺。文字通り焼いて殺す。しかし火事などによる死亡は火傷によるものではなく有毒ガスによる有害作用が死因だと聞いた事がある。焼いて殺すのは中々難易度高めではないだろうか。
「別に死因は何でもいい。毒でも刃物でも銃でも。ただ、焼死体が好きなんだ」
「うわぁ」
「うわぁとは何だうわぁとは」
「歪んでんなお前……」
「元カノ殺そうとしてるお前も大概だがな」
すると紅上は先程の不機嫌な顔とは打って変わって何かに酔ったような表情を浮かべた。
「焼死体は美しいんだ。爛れた肉に窪んだ眼窩。炭化していても美しいことには変わりない。火加減で死体の良さが変わるからいくらでも楽しめる。人の肉が焦げた匂いがらしさを引き立てて、これはちょっと楽しめるのは稀だけど、肉の焼ける音が心地いいんだ。視覚だけでなく嗅覚や聴覚からも良さを感じられる。焼死体は一種の芸術だよ。いつか超高温で骨になるまで死体を焼くのが俺の憧れなんだ。日本は良いよな、火葬で。合法的に死体を焼いてもらえる。もし死んだら絶対に火葬してもらうんだ。勿論家族に頼んで一番いい奴で。あと――――」
「待て待て、落ち着け」
「は? 何だよ。話を遮るな」
「いやそうじゃなくて」
焼死体が美しい? 一種の芸術? 骨になるまで死体を焼くのが憧れ? 普通に怖いしイカレてる。紅上は思った以上にやばい奴だった。
もしかして先日殺した奴も焼いたのだろうか? もし殺されていたら俺も焼かれていた? 想像するだけで鳥肌が立つ。焼けて焦げた匂いがする死体になるなんて絶対に御免だ。
「言っておくが、死体なんてそう簡単に焼けるもんじゃないぞ」
「え、そうなの?」
「当たり前だろ。紙とか木とかと違って比較的燃えにくいから灯油ぶっかけないと焼けないし、火を使うから屋内で出来ないけど死体を屋外で焼いたら通報まっしぐらだしな」
「じゃあどこで焼くんだよ」
「隣の町に広めのキャンプ場があるんだ。そこを貸し切って焼く。俺の家とは良い仲だから特に何も言ってこない」
「その後は?」
「地下室に保存だ。腐らないようホルマリン漬けにして冷やしてある」
「金の力ってスゲェ」
キャンプ場を貸し切るとか、地下室で冷やして置いておくとか、レベルが違う。キャンプ場と家の仲が良いってどういうことだ。
「じゃあ焼けなかった死体はどうすんだよ?」
「バラシて実家の敷地にある山に埋める」
「山あんの!?」
「ある」
紅上の金持ちレベルが底知れない。最早別の意味で怖い。
「紅上って、ほんとに金持ちなんだな……」
「当たり前だ」
当たり前と来た。これだから生まれ持っての金持ちは。
「そういえば、お前、元カノ何人いるんだ? あと誰だ? 標的分かんねえとどうにもならねえ」
「あ、そうだよな」
そう言われると確かに伝えていなかった。さて、何人いただろうか?
「えーと、まず文学部の花崎望、医学部の中山静香、法学部の矢部ほのか、心理学部の大島佐喜子、国際学部の春木桃、経済学部の田中愛奈、あとは……工学部の中宮里奈、美術学部の渡辺美優紀、栄養学部の七井奏楽、獣医学部の江田巴瑞季、薬学部の森村瑛子、商学部の稲垣恵理……こんくらいか?」
「いや多いな!? 途中からこんがらがってきたぞ!?」
「うっ」
最早反論すらできない。
「とりあえずメモするからもう一度言ってくれ」
「え、マジで? えっと、文学部の花崎望……」
「文学部……ハナザキノゾミ……、字は?」
「咲く方の花に長崎の崎、あと望む」
「分かった、次は?」
「えぇーと……」
メモを取ると、十二人いた。紅上には引かれた。