「政略結婚だよ。祖父は倉片に丁稚奉公で入って商売のノウハウを学んで、後に独立をした。ちょうど戦争などもあって戦争特需で甲斐商事の前身である甲斐商店は一気に売り上げを伸ばして時勢に乗ったが、倉片は老舗という言葉にあぐらをかいて経営が行き詰まり倒産まで追い込まれた所に祖父と親父が助け舟を出したんだ」
「父さんは母さんを好きだったのか?」
「いや、結婚が決まるまで会ったことも無かった。甲斐が倉片を援助する形だと恥ずかしいからと結婚という結びつきで援助をすることになったんだ。だから、お前は本当に好きな人と結婚してほしい」
父の本当の気持ちと母の言葉“使用人の孫”の意味がわかったが、それ以上に倉片家の闇を垣間見たような気がした。
あの家とはわかり合えない気がする。
大学受験を前にセフレとの関わりを全て切った。
家に押しかけてくる者もいたが、フミさんが断ってくれるし時折、母がヒステリックに追い払ったりしていた。
どうせ、俺との関係も無くなっても彼女達は次のターゲットにいくだけだ。
母は金のために結婚したくせに、その金をくれた家を侮辱する。所詮、女は金と顔しか見ていない。
そんなものに振り回されるのはごめんだ。
志望校に入学して出来た友人に連れられて合コンへ行くと簡単にベッドの相手は見つかった。
最初から恋愛感情は無いことを伝えても誘ってくる女を抱いていた。
ただ、授業は真面目に受けていた。俺は甲斐のただ一人の後継者であるという自覚はあり、学業をおろそかにするつもりは全くなく、勉強の合間に気が向けば女を抱くくらいの感覚だった。
学生生活が始まってしばらくした頃
講義室行くと人気の講義の為、席があまり残っていなかった、普段は座らない最前列に座っている女性に一言掛けて隣に座った。
大抵は何かしら声を掛けてくる女性が多く、煩わしいからスマホを確認していると彼女はタブレットを見ていた。
講義が始まると彼女はタブレットを操作して授業を受けていた。
その横顔が綺麗で誘われたら乗ってみるのも悪くないと思っているとおもむろに俺の方を向いて目が合うと訝しそうな表情をしてから講義を聞き始めた。
その姿も綺麗だと思った。
講義が終わり、彼女がバッグに教科書とタブレットを仕舞っているとき、背後から
「甲斐くん、今日部屋に来る?」と、声を掛けられ振り向くと合コンで会って何度か寝た子だった。アユという名前しかしらない相手だ。
何となく、隣で移動の準備をしている彼女に聞かれたくなくて慌てて立ち上がった。
「行かないよ」
「他の子の所に行くの?」
「答える必要ない」
そう言ってついてこようとするのを手で制止して教室を出る間際にさっきの席を確認すると彼女は数人の男女と話をしていた。
それから講義室に入るときは席を確認するようになった。
今までは特に周りを見ることなく中央付近の席に座っていたが前方を確認するようになった。
その日は彼女に会えなかったが翌日、リスクマネジメントの講義で最前列の窓際にいるのを見つけた。
「隣いい?」
彼女は俺をチラリと見ると「友人が来るの」と言ってタブレットを操作している。
回りを見渡すと彼女の後ろの席が空いていたからそこに座った。
「タブレット使いやすそうだね」
彼女は後ろを振り返った。
「ええ、手書きも打ち込みもできるしなにより写真を撮ったり画像を貼ったり出来るから」
「俺もタブレットにしようかな、アプリは何を使ってるの」
「NICEnote、買い切りだし使いやすいですよ」
「ありがとう」と返事をしたところに、いつも彼女と一緒にいる女性が「瞳おはよ」と声をかけていた。
もう少し話をしたかったが友人が来たことで彼女は友人と話を始めた。
こんな風に塩対応されたことが無かったからますます瞳と呼ばれている彼女に興味が湧いた。
講義が終わると悪友たちがやってきて合コンに誘われたが断った。
前にいる彼女に聞かれたくなかったこともあるが、たかが一度寝るためにする駆け引きも時間も面倒になった。
帰宅すると、動画を見る程度だったタブレットを取り出し彼女に教えてもらったアプリをダウンロードした。
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