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いつもとは違う寒さと痛みで目が覚めた。見慣れない天井。首輪の鉄の冷たさ。声が聞こえない空間。背中から響いてくる痛み。
皆と離れて2日目。静かな空間に1人でいることは寂しい。
「朝飯持ってきた。」
「白銀さん…おはよう…ございます……?」
「誘拐されてるのに攫った相手に挨拶するなんて馬鹿じゃないの?大体あんたは無防備すぎ。何で男とお風呂入ってるわけ?何で近づいて来ようとするわけ?意味が分からないんだけど。」
白銀さんってこんなキャラクターの人だったっけ…?劉磨さんと話していた時の雰囲気には似ているけれど、もっと穏やかな人だと思っていた。
「何その何か言いたげな目は。」
「いや、最初の時とだいぶ雰囲気が違うなって……。」
「そりゃ、あの時は周りに人がいたし、皆が求める王子様キャラでいたほうが良かったから。赤羽劉磨…だっけ?あいつと話したときはムカついて地が出たけど。」
「あの……ご飯なら後で食べるので、出て行っていただいて大丈夫です……。」
「食事を持ってきた人にお礼も言わずに出て行けって言うわけ?琉生とは長い時間一緒にいるくせに、俺とは1秒も一緒にいたくないわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……。」
「それと、今日からあんたの食事時間には見張りをつけることにしたから。ただでさえ貧相な体なのにそれ以上痩せられたら迷惑だし、死なれでもしたら俺たちの苦労が水の泡なわけ。分かったら早く食べてくれない?」
こ、怖い…。息を継ぐ時間もないほどの言葉の量と威圧感。
「あ、じゃあ、いただきます……。」
「じゃあ?」
「あ、ごめんなさい……。」
白銀さんの視線が鋭く、仕方なく出された食事を口の中に詰めていく。恐怖で食べている心地が全くしない。
「あんたさ、何で自分がここに連れてこられたのかって知ってるの?」
「はい……?」
「はい……?じゃねえよ。知ってるか知らないか聞いてるんだけど。」
「……分かりません。私に何か特別な力があるわけでもないので。」
「ふーん。まあ、顔も特別可愛いってわけでもないし、スタイルもいいほうじゃないしね。頭は悪くなさそうだけど箱入りのお嬢様って感じ。」
「顔とかスタイルとか頭の良し悪しは分からないけれど、箱入りだとは思います。」
「は?自分で箱入りとか言うわけ?馬鹿じゃないの?」
「皆と出会うまでは自分の家から出たことなんて1度も無かったから……。親に与えられた世界しか知らなかったし、学校の存在も知らなかった。毎日訪ねてくる客人に挨拶をしたり、雇われた家庭教師に教わるだけの毎日だったから。」
「なに、お嬢様だとでも言うわけ?」
「うん……そうだったみたいだから。」
「なに、金持ちだったわけ?」
「お金持ちの基準が何なのかは分からないけれど、恵まれてはいたと思います。」
「ふーん。俺さ、金持ちって大っ嫌いなんだよね。いつも調子に乗った顔してて見下してきてさ、儲けてるくせに俺たちみたいな庶民から金巻き上げて利用して……ムカつくよ。」
「え……?巻き上げる…?」
「あんたらみたいなやつには分かんねえだろうな。僅かな稼ぎで生活する苦しさも、壊れていく家族を見ながら生活する悲しみも……犯罪に利用されて人生を壊されることも。」
橙さんの時の怒りとは違う。寂しさと虚しさ、暗く濁ったような闇であることは変わらないけれど、表と裏があるような不思議な感覚。
「正直分からないです。お金のことも、家族のこともまともに見たことなんて無かったから。でも……話を聞くこと…くらいなら私にもできます。」
「は?俺が話を聞いてほしいって思うわけ?自意識過剰なんじゃないの?別に誰もあんたの意見なんか必要としてない。綺麗な話にしないでくれる?それに……最後には皆気味悪がるんだ。同情されても迷惑なんだよ。」
「別に話したくないならいいです。でも……今の白銀さんの顔はとても寂しそうです。不安そうです。笑っているはずなのに泣いているように見えます。怒っているのに震えているように見えます。強がっているのに傷だらけのような気がします。感情や表情に表と裏があるような気がします。誰かが支えないと壊れていってしまう気がします。」
「そうやって偽善者ぶるわけ?自分は善い人だから信じろっていうわけ?」
「そう言っている今も、瞳の奥では何かが揺れています。か細く燃えている炎が消えかけて見えます。」
「…………。」
「出会って間もない私に話を聞かせてほしいというのは難しいことだと思います。でも……甘えることの大切さを教えてくれた人がいるから。支えてくれる人の安心感を教えてくれた人がいるから。だから……少しでも力になれるのなら、力になりたいです。それは白銀さんのことだけじゃない。橙さんだって、琉生くんだって……キズさんだって……変わらないことです。」
「……ほんと馬鹿だね。李仁が言ってた通りだ。会って数日の琉生の話に泣いて、李仁のために鞭に打たれて、その上俺のために力になりたい……?あんた、自分のことより他人のこと心配してどうするわけ?あんた自身が危険な目に遭ってるって感じてないわけ?それに、善いことしたってな、必ずしも善いことが返ってくる世界じゃねえんだよ。あんたが善いことをしたからって俺らが善いことを返すわけじゃない。意味のない取引なんかやめろ。待ってるのは破滅だけだ。」
「そうですよね……自分でもなんでこんなに白銀さんたちに執着するのか分からないです。でも…私は馬鹿でもいいと思います。馬鹿でもなんでも自分が思うことを…したいことをしたいですから。」
「……ああ、クソ。そんなに聞きたいんなら教えてやるよ。俺の生い立ちと見てきた世界を。でも正直聞いてて気持ちのいい話じゃねえから飯食い終わって、やることやってからだ。」
「やること……?」
「女なら色々あんだろ。着替えたり髪型整えたり。」
言葉遣いは悪いのに、どこかに優しさはある。たぶん、本当は悪い人じゃない、そう感じた。
きっと、それが彼自身を傷つけてしまった原因。