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萩原なちち
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「……あの、特別なことなんてしなくていいので! 僕のこと、毎日可愛いって褒めてくれるだけでいいんです!」
俺が黙り込んだのを「迷ってる」と勘違いしたのか、焦ってとんでもない妥協案を付け足してくる。
おいおい、これ放置しといたら、もっとすごいセリフが聞けるんじゃねえの……?
「……可愛すぎて、昇天してました」
「……バッカじゃないの」
結局、俺の告白がどう着地したのかははっきりしない。
ただ、一つだけ言えるのは――今、俺とゆうたさんの心は、これ以上ないほど重なっているということだ。
「……これ、俺に責任取らせてもらえませんか?」
そっと彼を引き寄せ、その熱を確かめる。
さっきまでの拒絶はどこへやら、彼はもう、抗うことなんて忘れたみたいに俺を求めていた。
「……いつきさん、優しくしてくださいね」
その一言で、俺の理性が音を立てて崩れ去った。
床に押し倒し、重なる体温。
汗の匂いと混ざり合う、甘い吐息。不思議な高揚感が全身を駆け抜ける。
「だめ……っ、いつきさん……!」
彼の腰が跳ね、視線が宙を泳ぐ。
その表情、声、肌の質感――。
全部俺だけのものだと思ったら、自分でも制御できないくらいの独占欲が溢れ出した。
「……気持ちよかったですか?」
「……ん、最高、でした」
体を起こしたゆうたさんの瞳は潤んでいて、今度は俺が床に背をつけるようにして彼を抱きしめた。
深く、深く、重なる唇。
さっきまでとは違う。ゆうたさんの方からも必死に食らいついてくれるのが、死ぬほど嬉しい。
「……いつきさんの、もっと……欲しいです」
「でも、無理はさせたくないし……」
「……僕ね、毎晩いつきさんのこと想像しながら……ずっと待ってたんです。だから、大丈夫」
え!? 待って!?
この人、さっきからどんどん凄いこと言ってくるんですけど!!
本気で俺を理性の限界まで追い込むつもりかよ。
「あ……っ、ま、……いつきさん、好き……っ」
「……僕も気持ちいいです。……痛かったら、ちゃんと言ってくださいね?」
身体をのけぞらせて、俺を受け入れてくれるゆうたさん。
こんなの痛いどころか、天国だろ。
二人の吐息が重なり、温度が上がっていく。
「あ、待って……っ」
「いつきさんの……気持ち良すぎて……っ」
その表情、その声、すべてを焼き付けるように抱きしめる。
不器用でも、必死に想いを伝え合う時間は、今までのどんな経験よりも尊かった。
同時に訪れた解放感の中で、ゆうたさんが俺の胸の中にすとんと落ちてくる。
なんだろう、こうして一つになれるのって、言葉以上の連帯感があるよな。
「……どうしよう。床、汚れちゃいましたね」
「ふふふっ」
笑いながら、ゆうたさんのおでこに口付ける。
本当に、冗談じゃなくどうしようか。俺たちの痕跡が、こんなところに……。
「……段ボールの中なら、拭けるもの、たくさんあるんですけどね?」
「ダメですよ、売り物でしょ。もったいない」
「いつきさんが買い取ってくれるなら、問題はないです」
「そっか。……じゃあ、俺が全部買い取ればいいのか」
本来の目的とはだいぶ違った使い方になってしまったけれど、この際、仕方のないことだ。
「思い出と共に、絶対大切に履きますから!」
必死に言い訳を並べ立てる俺に、ゆうたさんは笑ってはいるものの明らかに引いたような顔をしていた。
♢♢♢
「……ゆうたさん。今から、うちに来ませんか?」
駅へと続く夜道。繋いだ手の温もりを確かめるように握り直すと、隣を歩くゆうたさんが意外そうに眉を上げた。
「え、さっきしたばかりなのに?」
「違いますぅ。……俺、新しい夢がいっぱいできたんです」
尊敬するゆうたさんみたいに、好きなことを仕事にすること。それから、好きな人……つまり、ゆうたさんと毎日同じ家に帰ること。
「……俺ももういい歳ですし、そろそろ自分を幸せにしてあげたいなって」
少しだけ勇気を出して言葉にすると、ゆうたさんは視線を正面に戻したまま、短く応えた。
「……へぇ。それは、とっても素敵な夢ですね」
「あ、照れてます? すっげぇ棒読みでしたよ、今」
茶化すように覗き込むと、彼は観念したように息をついた。
「……僕は今、いつきさんの『ペット』みたいなものなので。拒否権はないというか」
――あ、そっか。だからさっき、あんなに無防備に擦り寄ってきたのか。
待って。ペットで無抵抗って……俺、やりたい放題じゃない!?
「恋人」という響きよりも深い独占欲が、胸の奥で心地よく弾けた。
「あ、じゃあ、これ。渡しときますね」
「……え? 鍵? 早くない?」
戸惑う彼の手に、銀色の鍵を押し付ける。
「これからずっと、俺はゆうたさんの帰る場所なので。いつでも、帰ってきて下さい」
「……こんなにすぐ人を信じちゃうなんて、先が思いやられる」
呆れたような声。けれど、その指先はしっかりと鍵を握りしめている。
「……じゃあ、今日は一緒に帰りましょう。で、シャワーも一緒に浴びちゃいましょう」
「それ、絶対にまた離してくれなくなるやつ……」
ゆうたさんが苦笑しながらも、俺の手を強く握り返す。
誰かと一緒に、笑いながら家路につく。
そんなささやかで、ずっと憧れていた夢が、今夜最高の形で叶おうとしていた。