「やっほー、きんとき。」
3限が空きコマになって学食でご飯でも食べようかと大学内を歩いていると、後ろからトン、と肩を叩かれた。
「あ、きりやん。」
振り向くと、リュックを背負った眼鏡の男…友人のきりやんがいた。
「きんときって3限授業じゃなかったっけ?なにしてんの?」
「教授が休んで空きコマになった。」
「え、いいなー」
「暇になったから学食いこうと思ったんだけど、きりやんも行く?」
「行くー!俺、朝寝坊して食べ損ねたから腹ペコペコなんだよねー」
「何食おっかなー」とニコニコしているきりやんと一緒に学食に向かった。
学食は授業中のせいか、人はあまりいなかった。
頼んだラーメンを持って、きりやんが待つ席に向かう。
「お、ラーメン?」
「うん。きりやんは?」
「俺カツカレー」
待ちきれなかったのか、既にカツカレーを食べ始めているきりやんの前の席に座る。
「きんとき4限は?」
「フツーに授業。きりやんは?」
「4限ないからこれ食ったら帰る。」
「いいなー」
ラーメンを無心で口に運びながら、他愛もない話をする。
「…はぁー」
「?どうしたの。」
食べ進めていると、きりやんが深いため息をついた。
「俺さー、最近サークルの飲み会めっちゃあってお金ないんだよねー…」
「あー、俺も。」
「きんときも?やっぱバイトのシフト増やさないとダメかな〜」
きりやんの発言に、今月の飲みの予定を思い出す。
そういえば今日も飲み会あったな…。
仕送りばっかに頼ってらんないし、俺もバイト増やそうかな…
そんなことを思いながら、再びラーメンを口に運ぼうとしたとき。
「あ、きんさんとやんさんじゃ〜ん!」
「!」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
うそ、まさか…
聞こえた声に慌てて後ろを振り返る。
「ぶるーく…?」
見ると、今朝と同じ服を着たぶるーくがいた。
「2人とも3限空きコマー?」
そう言いながら、ぶるーくが俺の隣の席に座る。
「そー、ぶるーくも?」
「僕は寝坊したから4限からー」
「げ。そんなんで単位大丈夫なのかよ。」
「出席は女の子達に頼んだからだいじょーぶ。」
眉を顰めるきりやんにぶるーくはピースをしながらそう答える。
2人の会話を聞きながら、俺の頭の中は混乱でいっぱいだった。
最悪だ。ぶるーくと会うことを想定してなかった。
俺、寝癖とかついてないよね…?てか俺今日ジャージじゃん。
会うって分かってたらもっとちゃんとした服着てきたのに…
「2人とも何の話してたのー?」
「金ないねーって話してた。」
「あーね。たしかに。最近サークルの飲み会多いもん。」
「ぶるーくは?余裕あるの?」
「女の子達がお金くれるから全然へいきー」
きりやんの質問にぶるーくがヘラヘラしながらそう答える。
「はぁー?ズルくねそれ!」
「別に僕から頂戴って言ってるわけじゃないし。女の子達が勝手にくれるだけー」
「最低すぎだろ…」
ぶるーくの言葉にきりやんが呆れ気味でため息をつく。
「…ていうかお前、また遊んでいる女の子増やしてるでしょ。ほら、〇〇学部の1年生とか、このあいだ一緒に歩いてるの見たよ。」
きりやんの発言に耳がピクリと反応する。
なんてことないように箸を動かすが、胸がズキンと痛むのを感じた。
…また、女の子と遊んだんだ……。
聞かないほうがいいって分かってるのに、興味ないフリして2人の会話に耳を傾ける。
「誘ってきたのは向こうだよ?」
「だからって思わせぶりはよくないわー。テニサーの2年の子とか、お前が思わせぶりするせいで泣いてたらしいじゃん。」
「えーなにそれ。めんどくさ。」
「ッ…」
隣から聞こえてきた言葉に、胸がキュウっと締め付けられる。
…そうだ。
俺も所詮「めんどくさいヤツ」の内の1人なんだ。
ぶるーくに本気で恋してるなんて言ったら、絶対に嫌われて捨てられてしまう。
今の関係を続けるためにも自分のこの気持ちがバレないようしないと…
「ていうか、きんさんなに食べてるのー?」
そんなことを考えていると、ぶるーくが俺の方を向いて顔を近づけてきた。
至近距離で話しかけられて、心臓がドクンと反応する。
感情は表に出さないのは得意だからなんとか顔に出なかったと思うが、急に話しかけられるのは心臓に悪い。
「チャーシュー麺?」
「…うん。」
「いいなー。ね、きんとき。ひと口ちょうだい?」
「いいよ。」
ぶるーくの言葉に頷いて、まだラーメンが半分以上入っているどんぶりをぶるーくの方に動かそうとしたとき。
「きんときがあーんしてよ。」
「…え?」
ぶるーくが、自分の口を指差してそう言った。
「だめ?」
小首を傾げてそう言うぶるーくに、慌てて首を縦に振った。
「い、いや…大丈夫。」
一瞬戸惑ったが、なんとか動揺を隠していつも通りを装う。
チャーシューを箸で摘み、ぶるーくの口元へ持っていく。
「ん〜!おいし〜!」
チャーシューが、ぶるーくにパクッと食べられる。
食べたぶるーくが、幸せそうに頬を緩ませて笑った。
幼く可愛らしいその笑顔にドキッとする。
「ありがと、きんさん。」
「…う、うん。」
…顔、赤くなってないといいな。
それから3人で数十分ほど食べながら話をしていると、あっという間に3限が終わる時間になった。
「あー、僕もう授業行かなきゃ。」
ぶるーくがそう言って、荷物を持って立ち上がる。
「今日サークルの飲み会あったっけ?」
「うん、あるよ。」
ぶるーくに聞かれ、俺も片付けの準備をしながら頷く。
「おっけー。じゃあね、きりやん。きんさんはまた飲み会で。」
「うん、じゃあね。」
「おー、いってら〜」
ぶるーくは笑顔でそう言うと、4限の講義へと向かった。
ぶるーくの後ろ姿を見ながら、ホッとしたような寂しような複雑な気持ちになる。
「…ねぇきんとき。」
残された俺ときりやんで、食べ終わった食器の片付けをしていると、きりやんが周りに聞こえないくらい小さな声でコッソリと俺に話しかけた。
「…ぶるーくさ、昨日と服変わってなかったよね?」
「ッ…」
きりやんの言葉に、今朝のことを思い出して呼吸が止まる。
「その反応、もしかして…また?」
「……うん。」
何も答えない俺に察したのか、きりやんが眉を顰めながらそう言った。
きりやんに問われ、観念して頷く。
きりやんは、俺とぶるーくが肉体関係を持っていることを知ってる。
俺がぶるーくを好きなのも…。
きりやんは、俺とぶるーくの関係と俺のこの気持ちに反対していて、俺が頷くときりやんは大きくため息をついた。
「きんときがぶるーくのことが好きなのは分かるけどさ…ぶるーくはやめといた方がいいよ。」
「…うん。」
「それにぶるーくは女たらしな浮気症だよ?好きになっちゃダメだって。」
「…分かってるよ。」
分かってる。
今の関係をやめるべきだというのは、ずっと前から気づいてる。
ぶるーくは俺のことを好きじゃないことも、
きりやんが心配して止めてくれているのも、
この関係を続けること自体、無意味だってことも、
ぜんぶ、分かってる。
でも…諦められないのだ。
どんなに酷く、都合良く扱われようとも、俺は…ぶるーくが好きだ。
「…きんときの人生だし、俺が口を出すのは違うって分かってるけど…」
きりやんの瞼が、悲しげに伏せられる。
「俺はきんときが傷ついてるの、見たくないよ…」
「ッ…」
「……ごめん。」
きりやんの言葉に、俺はただ謝ることしか出来なかった。
「…今日のサークルの飲み会は行くの?」
「うん…そのつもり。」
「…そっか。」
きりやんの悲しげな表情に胸が痛んだ。
「…何かあったらすぐ俺のとこ連絡してね。」
「…分かった。ありがとう。」
数時間後
駅から徒歩十数分の居酒屋が今回の飲み会会場だった。
「「「かんぱーい!」」」
華金だからか、いつもより元気のいいみんなの声が飲み屋に響く。
みんなでグラスを合わせて、飲み会が始まった。
俺はジンジャーエールが入ったグラスに口をつける。
「1年の新歓っていつだっけー?」
「来週ぐらいじゃない?」
各々が会話を始める中、俺は来ているはずのぶるーくの姿を探した。
(…あ。)
やがて、ふたつほど離れたテーブルに座っているぶるーくを見つけた。
「ぁ…」
話しかけようとして、ふと動きを止める。
…ぶるーくの隣に、女の子が座っているのが見えたからだ。
離れているから会話こそ聞こえないが、2人は何やら楽しげに話している。
(まぁ…そうだよね…)
…分かりきっていたことだ。
ぶるーくは飲み会だといつも女の子と喋っているし、俺もその光景を見るのは慣れてる。
少しでもぶるーくと喋れたらと思って飲み会にきたが、どうやら今日は無理そうだ。
目の前の現実から逃げるように、2人から目を逸らした。
数時間後
酔っ払った先輩にお酒を飲まされかけ、なんとか飲み会を抜けてトイレに向かう。
トイレに入ると、店内の騒がしい雰囲気は緩和され、そこでやっとひと息つくことができた。
「はぁ…」
重いため息が、誰もいないトイレに響く。
ふと鏡を見ると、ジャージから着替えて、幸薄い顔をした自身の姿が見えた。
わざわざ家まで戻って、服を着替えてきた自分が馬鹿らしく感じる。
…今日は2次会は行かずに、さっさと帰ろう。
そう思って、トイレを出ようとしたとき。
ガチャ
「!」
目の前のドアがゆっくりと開いた。
「あ、きんとき。ここにいたんだ。」
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、ぶるーくだった。
「ぶ、ぶるーく…!?」
な、なんでここに…!
「も〜、探したんだよ?急にいなくなるんだから。」
「え…?」
探した…?
ぶるーくが俺を…?
期待で鼓動が高まっていくのを感じる。
「そ、それって…」
「そういえば、今日のきんさんの服めっちゃ可愛いね。」
「へ…?」
ぶるーくの言葉に、口から間抜けな声が出る。
俺がびっくりして固まっていると、ぶるーくが俺の手を掴んで引いた。
「わっ!」
手を引かれ、バランスを崩した俺はぶるーくの胸板にポスッと倒れ込む。
背中に手を回されて、優しく抱きしめられた。
暖かい体に抱きしめられ、呼吸が止まる。
「いつも可愛いけど今日は特にかわいい。」
「ッ…」
耳元で囁かれ、顔に熱が集まる。
「ぶ、ぶるーく…」
ぶるーくのこの言葉は単なるリップサービスだって頭では分かってるのに、心はぶるーくに褒められたという喜びで舞い上がる。
ぶるーくに褒められたのが嬉しくてたまらない。
「…ね、きんとき。この後ヒマ?」
「う、うん!暇だよ!」
ぶるーくに問われ、慌てて首を縦に振る。
「よかった〜僕もヒマだから、この後きんときのお家行ってもいい?」
「ッ…うん、いいよ…!」
「やったー!」
俺が頷いたのを確認すると、ぶるーくはパッと俺から離れてニコニコと笑顔を浮かべた。
「じゃあきんとき、飲み会のあとよろしくね。」
「うん…!」
パタン、とドアが閉められ、トイレには再び1人だけになる。
「はぁ〜…」
壁を背にして、先ほどのことを思い出しながらため息をつく。
ふと横を見ると、眉をハの字にしながら頬を赤く染めた俺の姿が鏡に映っていた。
落ち着こうと思っても、さっきのぶるーくを思い出してしまって、頬の熱はなかなかひかない。
「…かっこよかったな…ぶるーく…」
お酒を飲んだわけでもないのに、俺の体はふわふわと夢見心地だった。
頬の熱が治まってきたタイミングで、やっと飲み会に戻る。
「おー!きんときおかえりー!」
席に戻ると、先ほども絡んできた先輩が上機嫌で話しかけてきた。
顔を赤く染め、もうすっかり出来上がってしまっている先輩の手にはもう何杯目かも分からない生ビールのジョッキが握られていた。
「帰って来んの遅くね?腹壊した??」
「違いますよ…!」
(…あれ?)
絡んでくる先輩を軽くあしらっていると、ふとあることに気がついた。
「あの、ぶるーくは…?」
俺より先に戻っていたはずのぶるーくがいない。
若干の嫌な予感を抱きながら先輩に問うと、先輩はあっけらかんとした口調で言った。
「あー、ぶるーくならさっき女の子と一緒に先帰ったよ。」
「……え?」
コメント
3件
うおおおおおい!!!!飲み会の後家行くって話したばっかじゃん!!! マジで可愛いknさんほっぽいてなんしょんのbrさん!!! でも続きがマジで気になります!!