テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
br視点
トイレから戻り、元いた席に座る。
「ぶるーくー!」
近くにあったシーザーサラダを取り皿にのせていると、隣のテーブルから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「なにー?」
言葉を返しながら呼ばれた方へ視線を向けると、声の主であるサークルの友人と、横にはベージュ色のワンピースを着た女の子がいた。
「この子がぶるーくと話してみたいんだってー!!」
「え?」
飲み会の会場に響くぐらい大きな友人の声に、周りの奴も冷やかすような声を上げる。
女の子の方を見ると、友人の声に恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、こくりと頷いた。
(…なーんだ。)
今日は収穫がないかと思ってきんときの家に行こうと思ったけど、全然そんなことなかった。
「どうすんだよぶるーくー!」
「話してやれよっ!」
「も〜やめてよ〜!」
周りの冷やかしの声に表面上ではそう返しながらも、女の子の隣の席に座る。
「僕と話してみたかったの?」
「う、うん…!」
僕の質問に、嬉しそうに頷く女の子に心の中でほくそ笑む。
「うれし〜!僕も前から話してみたいと思ってたんだよね〜」
…今日は早く終わりそう。
ニヤける口元を隠すように、ジョッキを口元へ持っていった。
kn視点
「…」
ビルの光が街を照らす中、サークルの人達を別れて家までの道を歩く。
『ぶるーくならさっき女の子と一緒に帰ったよ。』
さっきの先輩の声が頭の中でこだまする。
(もしかして、女の子といい感じの雰囲気になったのかな…)
ぶるーくは俺より女の子を優先する。
当たり前だ。ぶるーくは女の子が好きなのだから。
…俺のことなんか、所詮は都合のいい存在としか思ってない。
分かってはいた。
…分かってはいたけど、心はやっぱり痛い。
2次会に行く気にはなれなくてトボトボと街を歩く。
街頭が照らしているとはいえ、薄暗い道が続く住宅街を歩いていると、空からポツポツと水滴が落ちてきた。
「雨…?」
空を見上げると、先ほどまでなかった分厚い雨雲が空を覆っていた。
数分もしないうちに、雨の勢いは強くなっていく。
これ以上傘無しで歩くのは無理だと思って、慌てて近くの店に駆け込んだ。
「天気予報じゃ晴れだったのに…」
急な雨に見舞われ、仕方なく屋根の少し突き出た店の外で雨宿りをする。
『OPEN』と書かれた看板が吊るされたこの店は…カフェだろうか。
こんなところにカフェがあるなんて知らなかった。
(きりやん、起きてるかな…)
きりやんに迎えを頼もうとスマホを取り出そうとして、ふと手が止まる。
『俺はきんときが傷ついてるの、みたくないよ…』
スマホを手に取った瞬間、きりやんの酷く傷ついた表情が頭の中でフラッシュバックした。
…きりやんの反対を押し切って飲み会に来たのに、今助けを求めるなんて都合が良すぎる。
(…雨が止むまで待とう。)
そう決めて、スマホをポケットに押し込んだ。
止む気配がない泣き模様の空を見上げる。
空から落ちてきた雨が、アスファルトを濡らした。
その様子をボーッと眺めていると先ほどのことが鮮明に蘇ってきて、自分が惨めに思えてきた。
…ぶるーくは今頃、女の子とホテルにでも行ってるのだろうか。
本来ならそのポジションは…
考えていると涙が溢れてきそうになって、それを誤魔化すようにその場にしゃがみ込む。
ザーザーと雨が降る音が鼓膜を揺らした。
ガチャ
「!」
しばらくボーっと雨を眺めていると、背後からドアが開く音がした。
ドアについた鈴がカラン、と音を立てる。
「…ぅわ、!」
ギョッとしたような声が聞こえて慌てて振り返ると1人の男がいた。
驚いたように声を漏らしたのは緑髪の青年。背も少し小さく、驚いたように開かれた口の隙間からはギザギザとした鋭い歯が覗いていた。
「…なにしてんの?」
吊り上がった鋭い三白眼の瞳がしゃがんでいる俺を見下ろす。
そりゃそうだ。
ドアを開けていきなりずぶ濡れの男が店前にしゃがみ込んでいたら誰だってそんな反応をする。
「ご、ごめん、ちょっと雨宿りに借りてただけだから…」
「まって。」
気まずくなって再び雨の中に飛び込もうとすると、腕をガシッと掴まれた。
「え…?」
「…その格好で帰ったら風邪ひくよ。」
ちょっと待ってて。
それだけいうと青年は店の中へと戻っていく。
言われた通りに待っていると青年が店の中から出てきた。青年の手には白いタオルと緑色の傘が握られている。
「ん。」
青年の声と共に、目の前にタオルが差し出された。
「え?」
意味が分からなくて青年とタオルを交互に見つめていると、目の前の青年が口を開いた。
「これで拭いて。」
「あ、う、うん…」
差し出されたタオルを手に取る。ふわふわのタオルで冷たくなった腕を拭くと、少しだけ気分が落ち着いた。
ふと空を見上げると、雨はさらに強くなっていた。
すぐに止む気配はなさそうで、ため息をつく。
「…言いたくなければ別に言わなくていいんだけど、」
濡れた服を拭いていると、青年が心配そうに顔を覗き込んできた。
「…なんかあったの?」
「え…?」
青年の言葉に首を傾げていると、青年が細長い腕をこちらに伸ばす。
華奢な指先が俺の目元に触れた。
「オニーサン、泣いてるから。」
「ッ…」
暖かい体温が指先から伝わってくる。
2人の間に音はなくて、ただ雨水の滴る音だけが店先に響いた。
「な、なんでもないよ…ッ」
逃げるように青年から顔を逸らす。
「た、タオルありがと…!」
タオルを返すと青年は少しだけ驚いたような顔をした。
「俺、もう帰るね…!」
「…!待って。」
くるりと背を向けた俺を青年が引き止める。
「…これ、やる。」
そう言って青年が差し出したのは緑色の傘。
「えっ…?」
「傘なしで帰ったら風邪ひくだろ。」
「いやいいよ…!傘までは…」
「いいから。」
渋る俺に青年は半ば強引に傘を持たせる。
「で、でも…」
「しゃけー!」
店の中から声が聞こえた。
「…呼ばれたわ。遠慮しなくていいから貰って。」
「う、うん…」
青年はそういうと、ドアに吊るされた『OPEN』の看板を裏返して『CLOSE』にした。
「…じゃあな。」
青年はそれだけ残して店の中へと消えていった。
俺1人だけになった店先には激しい雨音が響く。
(嵐みたいな子だったな…)
引き込まれそうなほど綺麗な緑の瞳が印象的だった。
残された俺は少しだけ迷いながら、傘を開いて再び雨の中へと飛び込んだ。
…その日の夜。
日付が変わる直前にぶるーくからLINEがきた。
『ごめーん!用事が出来たから先帰っちゃった!』
…ほんとは用事なんてないくせに。
全部分かっているけどその言葉を言うことはできなくて、そんな小心者の自分に自己嫌悪に苛まれながらも『了解。』とだけ返した。
翌日
昨日の雨が嘘かのように雲一つない快晴が空に広がっていた。
緑色の傘を持って、いつもより少しだけ早い時間に家を出る。
朝だからあの子はいないかもしれないけど、傘なんて結構使うし早めに返した方がいいと思った。
「ここか。」
家を出て数分。
案外近いところにその店はあった。
カラン
窓がついたお洒落な白いドアを開けると、ドアについた鈴が音を立てた。
「いらっしゃいませー!」
店に入った途端、元気な声が店内に響いた。
「お好きな席どうぞー!」
「あ、あの…!」
「はい!」
カウンターにいた店員に声をかけると、店員は笑顔でこちらを向いた。
胸元にはお洒落なフォントで『Nakamu』と書かれていた。
この子の名前だろうか…
「どうかなさいました?」
ネームプレートに書かれた名前を見ていると、店員が俺の顔を覗き込んだ。
「えっと…昨日、ここの店員さんに傘借りたんだけど…」
「傘…?」
「うん、えっと、緑髪のギザ歯で背の低い…」
「みどりがみ…あ!」
Nakamu君?は少し考え込んだあと思い出したかのように声を上げた。
「もしかして、シャケのことですか?」
「しゃけ?」
「シャケなら多分もうすぐ…」
「あ…」
「!」
背後からあの特徴的な低い声が聞こえる。
もしかして…
「…なにしてんの。」
振り返った先にいたのは、驚いたように目を見開きながらこちらを見る昨日の青年だった。
「ちょっとシャケ!お客さんにそんな言い方しちゃダメでしょ!」
カウンターでグラスを拭いていたNakamu君が青年に向かって声を出す。
「別にいいよ。」
笑顔で Nakamu君に返すと、シャケと呼ばれた青年が俺に近づく。
「で、何しにきたの。」
「昨日借りた傘、返しにきた。」
そう言って持ってきた傘をかざす。
「別に返さなくてもよかったんだけど…律儀だな。」
シャケはそういうと、俺が差し出した傘を両手で受け取った。
「シャケが人助けるなんて珍しいね!」
「…まぁ。」
カウンターに入ったシャケがこちらを向く。
「なんか飲む?」
「えっとね…」
シャケに問われ、スマホで時間を確認する。
…まだ講義までの時間はありそうだ。
「じゃあドリップコーヒーで。」
「ん。着替えてくる。」
そういうと、スタッフルームへ入っていった。
「お好きな席へどうぞ!えっと…」
「きんときだよ。」
「きんときさん、ごゆっくりどうぞ!」
Nakamu君に促され、カウンター席に座る。
「きんときさんはシャケの知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか…昨日雨宿りしてるときに傘を貸してくれて…」
「へぇー!」
「Nakamu君は?」
「俺はシャケとは高校が一緒で!大学入ってからここで再会しました!」
「へぇ…」
「きんときさんも大学生ですか?」
「そうだよ。今年2年生。」
「あ、じゃあ1個上だ!」
「え、そうなの?」
じゃあシャケも1個下か…
「どこの大学っすか?」
「〇〇駅の近くにある大学。」
「…え。その大学って…」
「着替えた。」
Nakamu君と会話を交わしていると、スタッフルームから制服に着替えたシャケが出てきた。
「ドリップコーヒーだよな?」
「うん。」
「Nakamu、ミル出して。」
「はーい。」
シャケが慣れた手つきでミルを操作する。
カラン
その姿を眺めていると、店のドアが開いた。
見ると、人柄が良さそうなサラリーマンが入ってきていた。
「すみません、きんときさん。ちょっと席外します。」
「どーぞ。」
Nakamu君はそういうと、カウンターを出てサラリーマンに声をかけに行く。
(Nakamu君、人当たり良さそうだもんな…常連さんから人気ありそう…)
「…できた。」
その様子をボーッと眺めているとテーブルにカップが置かれた。
美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。
注がれたコーヒーを口に運ぶと、コクのある苦味が口いっぱいに広がった。
「おいし…」
「どーも。」
俺が呟いた言葉に、シャケは静かに口角を上げる。
店のスピーカーから微かに聞こえるジャズの音楽と暖かな店の雰囲気が、ほろ苦いコーヒーとマッチしていて俺には凄く居心地が良く感じた。