「ふぁー!
でも、アリアさんの記憶
あと何百年分あるんだろ」
軽く伸びをしながら
言ったその言葉には
まだ少し疲れが滲んでいる。
ソーレンは苦笑を浮かべながら
呆れたように肩を竦めた。
「⋯⋯無理して擬態しねぇでも
いいんじゃねぇか?」
レイチェルはその言葉に
僅かに笑みを見せて首を振った。
「ううん!
不死鳥をぶん殴る為にも
アリアさんに擬態できた方が良いしね!
頑張るぞー!」
その意気込みに
ソーレンは思わず眉を顰めたが
すぐに呆れたように溜め息をついた。
「⋯⋯俺がもっと強くなるから
俺に擬態しときゃ⋯⋯いいだろが」
ぶっきらぼうに
そう言うソーレンの横顔を見て
レイチェルはクスリと笑った。
「ふふ!
ありがとうね、ソーレン。
二人でもっと、強くなろうね」
その言葉に
ソーレンは少しだけ
恥ずかしそうに顔を背けた。
「ほんと
強い女ばっかで、参っちまうぜ⋯⋯
擬態の練習、俺の前でだけにしろよ?
泣いても、傍にいてやるからよ」
その不器用な優しさが
レイチェルの心にじんわりと染み渡る。
レイチェルは少し首を傾げて
ソーレンを揶揄うように微笑んだ。
「⋯⋯泣いてる女の扱いは
知らないんじゃなかったの?」
ソーレンは
キョトンとした顔をしてから
ニヤリと笑った。
「ん?今、覚えてるとこだよ」
その言葉と同時に
ソーレンはレイチェルの涙の痕を
優しく指で拭った。
温かくて
少しだけ粗野なその手の感触に
レイチェルの胸が少しだけ高鳴る。
「⋯⋯今回も、お疲れさん。
今度からは
もう少し早く戻してやるからな。
俺のせいで長い時間
記憶を見ちまって⋯⋯
まだしんどいだろ?」
ソーレンの声には
深い後悔が滲んでいた。
意識を奪われていた時
もし時也が駆けつけていなかったら
どうなっていただろうか。
1000年分の記憶に一気に触れ
精神が壊れていたかもしれない。
それどころか
アリアの姿から戻れなくなり
レイチェル自身が
消えていたかもしれない。
そう考えると
ソーレンは胸が苦しくなって
目を伏せた。
時也が鞭を打ってくれなければ
レイチェルは今頃
どうなっていたか分からない。
呼び起こされた際に打たれた背中が
今になってズキズキと痛み出す。
その痛みが
冷や汗を誘いながらも
ソーレンの覚悟を新たにする。
「ねぇ、ソーレン⋯⋯
もう少しだけ⋯頑張ってみても良い?」
レイチェルが
ソーレンの胸に顔を埋めたまま
小さく呟いた。
その声は少し震えていて
どこか決意が籠っているようにも
感じられた。
ソーレンは
レイチェルの意図が掴めずに
眉を顰める。
「⋯⋯は?
お前、もう一回擬態するつもり⋯か⋯⋯」
湧き上がる不安に
ソーレンが言葉を続けようとした
その瞬間——
「ん⋯⋯っ」
レイチェルはソーレンの唇に
そっと触れるだけの
キスを重ねた。
驚きに硬直するソーレン。
一瞬の出来事に
彼の脳内は
完全に真っ白になってしまった。
レイチェルは顔を赤らめながら
ぽつりと呟く。
「⋯⋯うん!がんばれた!」
その言葉に
ソーレンはようやく現実に戻り
安堵からか肩の力が抜けた。
「⋯⋯ったく。ヘッタクソなキスだな」
少しだけ照れ隠しのように
ソーレンは口元を歪めて笑った。
「は、初めてなんだから⋯⋯
仕方ないでしょ!?」
レイチェルが拗ねたように言い返すと
ソーレンはじっと彼女を見つめた。
少し俯いたレイチェルの髪を
ソーレンは優しく掻き上げる。
「⋯⋯なら、教えてやるよ」
その声は低く、甘さを含んだ囁きだった。
突然の誘いに
レイチェルの耳がカッと熱くなる。
次の瞬間
ソーレンの顔がゆっくりと近付いてきた。
レイチェルの心臓が
耳鳴りのように大きく響く。
ソーレンの手がそっと彼女の頬に触れ
親指で柔らかく撫でた。
その温もりに心が揺れ
自然と瞼が閉じられていく。
ソーレンは優しく唇を重ねた。
さっきのような
触れるだけのキスではなく
柔らかく包み込むような深い口づけ。
その動きは
戸惑うレイチェルを
解きほぐすかのように
ゆっくりと優しく——。
唇が押し合い
僅かに角度を変えながら
柔らかさと熱がじわりと溶け合っていく。
レイチェルの心臓が
ますます高鳴っていく。
胸の奥が甘く痺れて
何かが溢れ出しそうになる。
少しだけ唇を離し
ソーレンが吐息混じりに囁いた。
「⋯⋯まだ
こんなんじゃ足りねぇだろ?」
その声に
レイチェルは反射的に
僅かに身体を強ばらせながらも
ソーレンのシャツを掴んだ。
「⋯⋯もっと、してほしい⋯⋯」
その可愛らしい願いに
ソーレンの瞳が優しさを増す。
今度は
少しだけ力を込めて深く重ねる。
唇の形がしっかりと合わさり
息が混じり合っていく。
やがて唇が離れると
レイチェルは呼吸が荒くなり
ほんのりと頬を染めていた。
「⋯⋯っ、ソーレン⋯⋯」
レイチェルは羞恥で俯き
少しだけ口元を手で隠した。
ソーレンはそんな彼女を見て
愛おしそうに頭を撫でた。
「⋯⋯お前が覚えるまで
いくらでも付き合ってやるよ。
ただし、覚えるのは俺のだけだからな?」
レイチェルは
その言葉にまた顔を赤らめ
頷くことしかできなかった。
ソーレンの言葉は
どこまでも不器用だけど
確かに優しさが籠っていて
レイチェルの胸がじんわりと温かくなる。
ソーレンがもう一度
今度は優しく唇を重ねた。
そのキスに
レイチェルは身を任せ
再び心地良い甘さに包まれていった。
その甘さと熱さに
体温がどんどん上がっていく。
唇が重なり合う感触が
全身に伝わってくる。
ソーレンの舌が軽く触れてきて
レイチェルはびくりと震えた。
「⋯⋯っ」
その反応が愛おしくてたまらないのか
ソーレンは微かに笑みを浮かべ
もう一度ゆっくりと
角度を変えて唇を重ねる。
舌先が柔らかく押し込まれ
レイチェルは息が詰まりそうになったが
ソーレンが背を撫でてくれることで
少しずつ安心感が広がる。
「ん⋯⋯んっ⋯」
初めての感覚に
レイチェルは身を委ねるように
自然とソーレンの背中に腕を回した。
その逞しい筋肉が
どこまでも頼もしく感じられて
レイチェルは力を込めて抱きしめた。
瞬間——
レイチェルの手に
ヌルッとした感触が伝わった。
「⋯⋯え?」
驚いて目を開けると
掌が真っ赤に染まっている。
「きゃあっ!」
一瞬、理解が追いつかず
思わずレイチェルが叫ぶと
ソーレンがキスを中断し
驚き混じりに顔を上げた。
「⋯⋯おい、どうした?」
レイチェルは
震える手を見つめながら言葉を紡いだ。
「ち、血が⋯⋯っ」
ソーレンはその言葉を聞き
ようやく
自分の背中に走る痛みを思い出した。
「あぁ、時也に打たれたやつだな。
平気だって、こんなもん⋯⋯」
ソーレンが言い終わる前に
廊下からバタバタと足音が近付いてきた。
「し、失礼しますねっっ!!」
ドアが勢いよく開き
時也が植物の蔓を
鞭のように構えたまま飛び込んできた。
部屋に入った瞬間
レイチェルに覆い被さっている
ソーレンの姿を見て
時也の瞳が冷徹に光った。
「⋯⋯ソーレンさん⋯⋯
貴方を信じて部屋を去りましたが⋯⋯
まさか、無理矢理に?」
その声は低く
静かでありながらも
確かな怒りが滲んでいる。
ソーレンは慌てて手を挙げ
弁解しようとするが
時也は蔓を一振りし
床に激しく叩きつけた。
「⋯⋯おいおいおい!!
待て、時也っ!誤解だっっ!!」
レイチェルが
慌ててソーレンの肩を掴み、叫んだ。
「時也さん!ソーレンの背中がぁ!」
その言葉に
時也の冷徹な瞳が一瞬で和らぎ
驚きと共に鞭を下ろした。
「⋯⋯⋯おや」
冷たい空気が一気に解け
蔓が花弁に変わって散りゆく。
時也は溜め息をつきながら
ソーレンの背中に近付き
シャツを持ち上げた。
「⋯⋯だから
処置しましょうと言ったんですよ。
僕も手加減できる状態では
無かったですし⋯⋯」
ソーレンは
少し気まずそうに頭を掻きながら
渋い顔を見せた。
「お前ら、心配し過ぎなんだよ。
⋯⋯まぁ、悪かった」
レイチェルは
気まずそうなソーレンの様子を見て
少しだけ笑ってしまった。
「ふふ!私が治療してあげよっか?」
「⋯⋯おう。
でも、少しは慣れとけよ?
血と⋯⋯キスくらい、な?」
「な、慣れるって⋯⋯」
そんな二人を見て
時也は肩を竦めながら呟いた。
「⋯⋯若いって、いいですね」
呆れながらも
時也の柔らかさを取り戻した笑みを見て
レイチェルはようやく
ホッと胸を撫で下ろした。
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