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第三十四章 誰でもいい
夕陽に染まる街路樹が恥ずかしそうに葉を赤く染め、風に煽られヒラヒラと落ちていく。その間を頰を赤く染めた、モノトーンカラーのワンピースを纏った可愛らしい〝ユキ〟の姿がそこにはあった。セミロングのウィッグを付けて、柔らかい巻き髪にナチュラルメイクは、ラウ子の施し。
足早にコツコツとヒールの音を立てながら、目的地に真っ直ぐと歩みを進めている。
待ち合わせの場所に着き、笑顔で客を出迎える。
――その笑顔が、誰のためのものかも、分からないまま。
ヒールの音だけが、やけに、はっきりと響いていた。
翔太💙「ごめんなさい、待たせちゃいました?」
「いや、僕も今来たところだよ……?何顔に何か付いてる?」
翔太💙「いえ……あの……ゆきです。初めまして、今日は同伴のお誘いありがとうございます」
(マジかよ……バレてない?)
辰哉💜「畏まった挨拶はやめてよ〜デートなんだからさっ」
翔太💙「同伴って初めてで……ひゃあっ……ちょっ」
(クソ何すんだよエロジジイ)
急に腰を掬われ、びくっと肩を竦める。〝粗相のないように〟〝上客だから多少の接触は我慢してね〟オーナーの言いつけを思い出し、グッと力の入った拳を緩めた。
辰哉💜「いや〜話には聞いてたけど、ほんと可愛いねぇ〜」
(めっちゃタイプ♡)
翔太💙「あっありがとうございます///」
(気付かれてないっぽい)
イヤらしく腰に置いた手が時折下に降りてきては、お尻を撫でた。理事長は初でデート記念に時計をプレゼントしたいと言って、都内の高級な一軒の店に入ると、個室に案内され煌びやかな腕時計が幾つか並ぶ中、一緒に運ばれてきたシャンパンを二人で飲み干す。
翔太💙「あの、こんな高級な物は頂けません。それに……僕にはとても似合わないです」
辰哉💜「ぼく?」
翔太💙「へっ?」
(やばっ)
一瞬、空気が止まった気がした。
翔太の喉が、ひくりと震える。
さっきまでの軽い空気が、ほんの少しだけ、形を変える。
辰哉の視線が、ゆっくりと、顔をなぞった。
辰哉💜「……へぇ」
そのまま、くすっと笑った。
辰哉💜「きみ、なんか懐かしい感じするんだよねぇ〜」
(好き♡)
翔太💙「……え?」
一瞬、反応が遅れる。
辰哉💜「いや、なんでもない」
軽く流すように笑う。
でも、その視線だけは、さっきよりも、少しだけ深くなっていた。視線が、絡みついたまま離れなかった。
――気付かれた?
心臓が、嫌な音を立てる。
それでも、笑顔だけは、崩せなかった。
真っ白な細い指が翔太の頰を撫でる。顎を掬われ値踏みするかのように全身を舐め回すように見ると、唇が重なった。
翔太💙「っ……んっ……」
辰哉💜「目……閉じたら?」
翔太💙「へっ?」
不意に開いた口に、噛み付くように再び唇が重なると、舌が挿し込まれ、歯列をなぞった。舌が追いかけるように翔太の舌を捕えると、吸い上げられ、抵抗しようとシャツを掴んだ手がダラリと落ちた。
翔太💙「ンンッ……っ……はぁっ……やっ……」
辰哉💜「感度良好だねぇ〜ほっぺ真っ赤で可愛い。普段は〝ぼく〟って言ってんのも可愛いなぁ〜気に入ったユキちゃん最高だねぇ〜」
翔太💙「揶揄わないでください」
(まじ最悪なんだけど)
辰哉💜「さ、どれにする?」
何事もなかったみたいに、軽い声。
さっきまでの行為が嘘みたいに、あっさりと距離が離れる。
翔太は、うまく息が整わなかったまま、
ただ、頷くことしかできなかった。
喉が、まだ熱い。
舌の奥に残る違和感。
触れられた場所だけが、じんわりと熱を持っている。
結局、妹に似合いそうな一番安価な時計を一つ買って貰った。左腕に光る時計が、何だか誰かの所有物だと言われているみたいで、鎖のように重くずっと違和感だけがそこにあった。
辰哉💜「行こう、ユキちゃん」
翔太💙「……はい」
手を引かれる。
拒めないまま、そのまま歩き出す。
店の扉が、静かに開く。
カラン、と小さな音。
照明は落とされていて、昼とは違う、別の場所みたいだった。
食事を終え向かった先は、〝ユキ〟の職場。
低く流れる音楽。
グラスの触れ合う音。
甘い香りと、アルコールの匂い。
ただの“仕事”の空間、だった――
さっきまでの自分とは、切り離されたみたいに。
翔太は、一瞬だけ足を止めた。
辰哉💜「ほら」
軽く背中を押される。
辰哉💜「もう“ユキ”でしょ?」
その一言で、意識が、切り替わる。
〝ぼく〟じゃない〝ゆき〟の場所。
翔太💙「……はい」
笑う。
さっき、作らされた顔で。
――これでいい。
そう言い聞かせるみたいに。
個室席に案内され、グラスが置かれる。
辰哉は上機嫌で、スタッフに何かを耳打ちした。
辰哉💜「あとで、ちょっと面白い子たち呼ぶからさ」
軽い調子。
翔太は、意味を深く考えなかった。
ただ、笑って、頷く。
翔太💙「そうなんですね」
辰哉💜「うん、楽しみにしてて」
翔太💙「私着替えて来ますね」
用意されたミニスカートのドレス。
夜の灯りを含んだような、深いネイビーブルー。
光の角度で、わずかに黒にも見えるその色は、どこか静かで、目を逸らせない。
胸元はハイネック気味に立ち上がり、繊細なチュール越しに肌が透ける。
そこに縫い付けられた立体的な花の装飾が、まるで夜に咲く花のように浮かび上がっていた。
小さなビーズが点々と散りばめられ、動くたびに控えめな光を拾う。
ウエストはきゅっと絞られ、そこからふわりと広がるスカート。何層にも重なった柔らかなチュールが空気を含んで、軽く揺れるたびに、裾がひらひらと波打つ。
丈は短く、太腿のラインがはっきりと露わになる。
肩は大きく開いていて、白い素肌がそのまま覗く。
守られているようで、どこか無防備なバランス。
可憐で、綺麗で――
でも、どこか“触れてはいけないもの”みたいな、危うさを纏っていた。
――似合っているはずなのに、鏡の中のそれは、“翔太”じゃなかった。
翔太💙「最悪……」
――誰だよ、これ。
スカートの裾を掴んで必死に下に伸ばす。
翔太💙「短すぎだろ」
「ゆきちゃん、俺んとこにもあとで付いてよ」
神出鬼没のレアキャラ〝ゆき〟は人気だった。こっちでいる方が断然お金にはなる。そうしないのはあくまで俺は〝翔太〟
だからだ。
軽く笑顔で会釈して通り過ぎる。〝可愛い〟だの〝綺麗〟だの、俺には何の興味も、喜びもなかった。
翔太💙「えっと……改めましてゆきです」
辰哉💜「わぁお最高に可愛いよ、ユキちゃん。彼女の言った通りの美人さんだ」
翔太💙「ありがとうございます。お酒お注ぎしますね」
(カノジョ……?)
翔太💙「えっと……ちなみにどなたかの紹介ですか?」
辰哉💜「そっそ」
話しはこれで終わりとばかりに、グラスを持ち上げた理事長は、気前よく入れたドンペリの入ったグラスをコツンと鳴らした。
飲みあぐねている翔太に〝飲まないの?〟と少し圧を含んで言われるとニコリと笑ってグラスを一気に傾けた。
翔太💙「あんまり得意じゃないんです」
辰哉💜「いいね、その方がいい」
辰哉の目が、ほんの一瞬だけ、楽しそうに歪んだ。
まるで、何かを試しているみたいに。
翔太💙「えつ?」
(何考えてんだよこのエロオヤジ)
――数分後。
扉の外で、かすかな足音が止まる。
コン、コン。
ノック。
店内の空気が、ほんの少しだけ、変わる。
スタッフが扉を開ける。
「失礼します――」
その声。
聞き覚えがあった。
――嘘。
思考が、一瞬で止まる。
視線が、ゆっくりと、そちらに向く。
入ってきたのは、見慣れたスーツ姿の、二人。
黒と、淡い色。
視線が、ぶつかる。
完全に。
逃げ場なんて、どこにもなくて思わず下を俯く。
翔太の呼吸が、止まった。
辰哉💜「あ、来た来た」
楽しそうに笑う。
辰哉💜「紹介するね」
わざとらしく、間を置く。
辰哉💜「こっちは――うちの可愛い子」
肩に手が置かれ、理事長の腕に引き寄せられ、バランスを崩すと、胸元に顔を預けた。
辰哉💜「ユキちゃん♡甘えん坊さんなの可愛いでしょ」
顔が熱い。恥ずかしいやら何やら、とにかく逃げ出したい。
辰哉💜「で、こっちが――」
ゆっくりと、二人に視線を流す。
辰哉💜「うちの黒豹と〜」
くすっと笑う。
辰哉💜「教授候補その①」
軽く、名前みたいに呼ぶ。
その空気の中で、蓮一人だけ、笑っていなかった。
視線が、刺さる。
逃げ場を塞ぐみたいに。
次の瞬間、にやりと笑った蓮。
空気が、完全に変わった。
――終わった。
そう思ったのに。
声が出たのは、不思議と、“ユキ”の方だった。
翔太💙「……初めまして」
完璧な笑顔で。
まるで、何も知らないみたいに。
翔太💙「ゆきって言います。お見知り置きを」
辰哉💜「ね、可愛いでしょ?」
何も知らないままの、無邪気な一言。
――その瞬間。
返事をしたのは、蓮じゃなかった。
亮平💚「……へぇ」
低く、静かな声。感情が読めず空気が、わずかに沈んだ。
ゆっくりと、グラスを手に取る。
氷が、カラン、と鳴った。
その音がやけに大きく響く。
亮平の視線が、翔太に向く。
正確に、“ユキ”を捉えているのに――
その奥で、何かが、見透かしてくる。
逃げ場が、ない。
亮平💚「確かに」
一拍。
亮平💚「可愛いね」
肯定。
なのに、背筋が、冷える。褒められているはずなのに、少しも、嬉しくない。亮平は、グラスを口元に運ぶ。
視線は、外さないまま。
亮平💚「……どこで拾ったの?」
軽く言う。
冗談みたいな言い方。でも、その一言で、
指先が、ぴくりと震えた。
辰哉💜「拾ったって〜失礼だなぁ」
楽しそうに笑う。
辰哉💜「ちゃんと“うちの子”だよ?」
亮平💚「ふーん」
興味なさそうに、相槌を打った亮平は視線だけが、外れず絡め取るみたいに翔太を捕らえる。
亮平💚「ねぇ」
不意に。
その声が、向けられる。
翔太に。
心臓が、跳ねる。
亮平💚「名前、なんだっけ」
分かってるくせにわざと、聞く。
逃げ道を、塞ぐみたいに。
翔太の喉が、ひくりと震えた。
でも、必死で笑った。崩さない。
翔太💙「……ゆき、です」
ちゃんと、言えた。
――はずなのに。
亮平💚「そう」
短く、それだけ。でも、その一言が、やけに重い。
亮平は、わずかに首を傾ける。
観察するみたいに。
亮平💚「へぇ……」
視線が、指先へ落ちる。
腕、首元、唇。
なぞるみたいに、ゆっくりと。
亮平💚「ちゃんと、“それっぽい”んだ」
ぽつり、と落とす。褒めてるようで、違う。
試してる。
亮平💚「似合ってるよ」
その言葉に、ぞわ、と背筋が粟立つ。
――違う。
あの時と、同じ言い方。
同じ温度、同じ、声。
一瞬で、身体が思い出す。触れられた場所が熱くなる。
囁かれた言葉が逃げられなかった空気が……。
「……っ」
息が、詰まる。それでも、笑うしかなかった。
翔太💙「……ありがとうございます」
声が、少しだけ震え、その一瞬を、見逃さなかった。
亮平の口元が、ほんのわずかに、歪む。
亮平💚「――ねぇ」
もう一度、今度は、少しだけ低く。
亮平💚「どこまで“作ってるの”?」
指先が、冷える。
でも、辰哉は気付かない。ただ楽しそうに、グラスを傾けている。
辰哉💜「え、なにそれ」
笑いながら、割って入る。
辰哉💜「メイクの話?」
軽い調子。何も、分かっていない。
亮平💚「……さぁ?」
さらっと、流す。でも、視線だけは、離さない。逃がさない。
わざとらしく、曖昧に笑う。でも、
その奥は――
完全に、確信している目だった。
辰哉💜「どうなんだろうね」
軽く笑って、話題はそのまま流れていく。
グラスが触れ合う音。氷が、カランと鳴る。
けれど――
視線だけは、絡んだままだった。外させてくれない。
翔太は、グラスを持つ指先に、少しだけ力を込めた。
――コン、コン。
ノックの音。
「失礼します」
スタッフが顔を出す。
「辰哉様、お電話が入っております」
辰哉💜「あれ、僕?」
軽い声。
でも、そのまま席を立つ。
辰哉💜「ごめんね、ちょっと外すわ」
ひらりと手を振る。
辰哉💜「すぐ戻るから、仲良くしてて?」
冗談みたいに言って、本当に、何も疑わないまま、扉の向こうへ消えた。
――カチ。
扉が閉まる音。
一瞬、空気が、静まる。
そのタイミングで。
――ブッ……
低く震える、着信音。
蓮 🖤「……チッ」
小さく舌打ち。
ポケットからスマホを取り出す。
画面を一瞥して、眉を寄せた。
蓮 🖤「悪い」
短く、それだけ言って、立ち上がる。
蓮 🖤「すぐ戻る」
視線だけ、一瞬。
翔太を掠める。
――分かってるくせに。
何も言わないまま、そのまま、扉へ向かった。
――カチ。
もう一度、閉まる音。
部屋に残されたのは、二人。
さっきまであったはずの、ざわめきも、音楽も、全部、遠くなったみたいに、静かだった。
息の音だけが、やけに近い。
翔太は、視線を落としたまま、動けなかった。
――分かってる。
カラン。
氷が、鳴る。その音が合図のように、距離を詰めて座った亮平は、露わになった翔太の太腿にそっと手を当てた。
亮平💚「……ねぇ」
低い声。すぐ耳元で囁いた。
亮平💚「続き、いい?」
逃げ道なんて、最初から、なかったみたいに。
視線が、ゆっくりと持ち上げられる。
顎に、指先が触れる。
逃がさないように。優しく、でも確実に。
亮平💚「“ユキ”ちゃん」
名前を呼ぶ。ちゃんと、“その名前で”。
なのに――ぞわ、と身体の奥が、震えた。
亮平💚「どこまで作ってるのか」
少しだけ、笑う。優しい顔のまま。
亮平💚「ちゃんと、見せてよ」
翔太💙「ンンンッ!」
スカートの裾の隙間から、亮平の長い指がするりと侵入すると股の中心に収まるものをイヤらしく撫でた。
顎を取られ唇が重なると、だらしなく開いた口の隙間から亮平の舌が侵入してきた。
翔太💙「ンンンッ……はっ……やめて……っ」
亮平💚「相変わらず感度良好」
翔太💙「はあっ……せんせ……っ」
翔太💙「ンンンッ……やめてっ」
主張し出した花茎の先端。亮平の指がこすこすと甚振るように撫でると、じんわりと湿り気を帯び愛液が漏れ出た。
亮平💚「ユキちゃんイッテミセテ」
翔太💙「ぼく、だよ……翔太……せんせっやめて」
亮平💚「ふふっ知ってるよ。今朝はごめんね?愛し足りないでしょ?抜いてあげるね」
――コン、コン。
蓮 🖤「入るぞケダモノ」
亮平💚「えっ〜あと5分待ってよ」
蓮 🖤「理事長戻ってくるぞ。早くしろ」
〝ちえっ〟と舌打ちした亮平は〝帰ったら続きしようね〟などとウインクして見せると、そっと着ていた上着を翔太の膝に掛けた。
すぐに蓮が部屋に入ってくると、翔太を見るなり冷ややかな目で睨みつけた。肩を窄め床を見つめる翔太。
蓮 🖤「寒いのか?」
顔を上げると、意地悪くニヤリと笑う蓮の姿がそこにはあった。
亮平💚「おっ勃ってんのよ」
翔太💙「なっ!」
蓮 🖤「見せてみろ」
翔太💙「バカかよ!早く帰ってよ二人とも」
声が、少しだけ上擦る。さっきまでの“ユキ”じゃない。
一瞬だけ、剥がれた。
――その瞬間。
蓮の目が、細くなる。
蓮 🖤「……今の」
低く、落ちる声。亮平は、くすっと笑った。
亮平💚「あーあ」
軽い調子。でも、目は、全然笑ってない。
亮平💚「出ちゃったね」
その一言で、背筋が、凍る。
逃げたはずの名前。
隠したはずの自分。
全部、見られてる。偽りの自分。
蓮 🖤「翔太」
ゆっくりと確認するみたいに、口にする。
翔太の喉が、ひくりと震えた。
――終わった。
そう思ったのに。
亮平は、あっさりと立ち上がる。
亮平💚「まぁ、いいや」
興味なさそうに、肩をすくめる。
でも、その言い方が、一番、怖い。
亮平💚「別に、どっちでも」
グラスを持ち上げる。
氷が、カラン、と鳴る。
亮平💚「“ユキ”でも、“翔太”でも」
一歩、近づく。
逃げられない距離。
「どっちも、俺のだから」
――その言葉に、安心してしまった自分が、一番怖かった。
蓮が、くっと喉の奥で笑った。
蓮 🖤「重症だな、お前」
亮平💚「そっちでしょ……ごめん病院に戻らないと」
軽く返す。そのまま、扉の方へ歩きながら、振り返らないまま、言った。
亮平💚「ほら、ちゃんと“戻っときなよ」
一拍。
亮平💚「壊れる前にさ……」
――カチ。
扉が、閉まる。
残されたのは、静寂。
さっきまでの熱も、触れられた感覚も、全部、残ってるのに。
翔太は、その場から動けなかった。
――どっちが、本当なんだろう。
“ユキ”か。
“翔太”か。
それとも――
もう、どっちでも、いいのか。
翔太💙「また一人にするの……亮平先生」
描いていた日常は、明るくて、楽しくて。
夢だった看護師。
初めて袖を通す看護師の制服。消毒薬の匂い。
朝日がナースステーションに差し込み、カルテが赤く染まる。
朝のカンファレンス。
同じ動き。同じ匂い。行き交う人の音。
現実は厳しく残酷で、妹のためにと始めた夜の仕事。
両立するのは難しく、どちらの仕事も上手く行かない。
〝翔太〟ではなく常に求められるのは〝ユキ〟だった。
膝の上で小さな白い拳がぷるぷると震えた。
蓮 🖤「さて、二人きりだな」
蓮の視線が、ゆっくりと翔太をなぞる。
まるで、“壊れ具合”を確かめるみたいに。
ゆっくりと、距離が詰まる。
逃げ場は、もうない。
蓮 🖤「何しようか?」
低く、愉しむみたいな声。
そのまま、顎に指がかかり上を向かされ、視線が、ぶつかる。
蓮 🖤「――ユキ」
名前を呼ばれる。違う、違うのに、否定できない。
さっきまで、そうやって笑ってたのは、自分だから。
翔太💙「……っ」
喉が、震える。
言い返したいのに、“翔太”の声が、出てこない。
代わりに、口元だけが、勝手に動いた。
翔太💙「……なに、しますか?」
完璧な、“ユキ”の声で。
――終わった。
その瞬間、自分で、自分を手放した気がした。
もう、“戻る理由”すら、思い出せなかった。
――思い出そうとも、しなかった。
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