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第三十五章 知らない優しさ
一気に煽ったシャンパングラス。
深く瞼を閉じて一息付くと……瞳を開けた。
距離は近く。
しっかりとお客様の顔を見て話す。
教えられた通りの仕草で、指先を揃え、
軽いボディータッチを交えながら――
そっと、蓮の太腿に冷たい手を乗せた。
翔太💙「……なに、しますか?」
あの人から教わった笑顔で、きっと笑えている筈だった。
頰を伝う涙を蓮が掬い取るまでは、きっと上手に笑えてた。
蓮 🖤「――翔太いい加減にしろ」
翔太💙「ゆきです。お触り禁止ですよ、先生」
いきなり手首を掴まれ、後ろに身動ぐとソファに背中が当たり、蓮が覆い被さるように上から跨った。
翔太💙「理事長来ますよ!やめてください」
蓮 🖤「残念だなぁ誰かに呼び出されてもう帰った」
蓮 🖤「つまり、今この部屋に二人きりってわけだ」
静まり返る部屋。廊下の向こうでは楽しそうに飲み交わすお客様の声が飛び交っている。
蓮 🖤「いつまでこんな事する気だ?」
低く、抑えた声。グッと奥歯に力を込めた。
翔太💙「……何、飲まれます?ビールがいいですか?」
お前に関係ないだろ。
今は〝ゆき〟ちゃんだから……合わせろよ。
空気読めないやつめ――
蓮 🖤「いい加減にしろ」
一度目よりも、低い声で。
酷く傷ついた顔をした蓮がそこには居て、真っ直ぐ翔太を捉える鋭い視線に耐えられず、思わず蓮の顔を覆うように抱き締めた。
翔太💙「何で、お前がそんな顔すんだよ……」
自分を慰めるように、蓮の背中を数回撫でて、離れた。
蓮 🖤「今すぐ辞めろ。見てられない」
翔太💙「自分の意思でここにいる。見たくなきゃ見なけりゃいいだろ」
蓮は目を逸らす訳でも、帰る訳でもなくソファに体を預けている。認めてもらおうなんて思ってなどいない。ましてや蓮の許可など必要ない。苛立ちを抑えながらも、わざとらしく蓮の腕をイヤらしく撫でた。上目遣いでおねだりするみたいに――
翔太💙「ねぇ何飲みたい?先生毎日通って指名してよ?〝ユキ〟をNo. 1にして」
次の瞬間だった。
ガッ――
腕を、強く掴まれる。
翔太💙「っ……」
反応するより先に、体が引かれる。
ヒールが床を滑る。
蓮 🖤「来い」
短い命令。
逆らう隙も、理由も、与えないまま――
そのまま、扉へ。
翔太💙「ちょっ……待っ……」
言葉が、うまく出ない。
さっきまで“ユキ”だった口が、
どっちの言葉を使えばいいのか、分からないみたいに。
カチ――
扉が開く。
店内の音が、一瞬だけ流れ込んで、すぐに遠ざかる。
引きずられるようにして、外へ出る。
ヒールの音が、乱れる。
コツ、コツ、じゃない。
ガツ、ガツ、と、不格好に。
翔太💙「離せよ……っ」
やっと出た声。
でもそれは、“ユキ”じゃなかった。
蓮の足が、ぴたりと止まる。
――そのまま、振り返る。
蓮 🖤「……それ、誰だよ」
低い声。
蓮 🖤「それで、満足?」
突き刺すみたいに。
翔太💙「……なにが」
蓮 🖤「そのまま、全部」
一歩、近づく。
掴んでいた腕に、さらに力が入る。
蓮 🖤「捨てて」
翔太の呼吸が、止まる。
蓮 🖤「楽か?」
静かに、問う。
蓮 🖤「――俺はムカつく」
怒鳴らない。
でも、その方が、逃げ場がない。
翔太💙「……これでいいんだよ」
蓮の腕を渾身の力で振り解く。
救いの手だったのかも知れない――
自分で……拒絶した。
溢れ出した涙はと目処なく流れる。
胸に突き刺さった蓮の言葉は、返しのついた刃みたいに抜けなかった。逃げるように蓮から遠ざかる。
ラウ子さんから借りた、如何にも高そうなヒールの踵が、片方外れて裸足で立っていた。
翔太💙「……最悪」
小さく、笑った。
アスファルトの冷たさが、足裏にじわりと広がる。
ヒールを握りしめたまま、行き場もなく、ただ歩く。
ヒールを片手に持ちながら、夜の街を裸足で歩く。
いかにも訳アリの女性みたいに、涙を流して――
お酒に酔ってふわふわして何だか気持ち良かった。もうちょっと飲んだら嫌なことを忘れられそうだ。
「可愛いね……一緒にこれから静かなところで飲まない?」
タイミング良くナンパされて、断る理由はなかった。
翔太💙「行く行く。奢りなら行くよ」
下心丸出しの若い男が、腰に腕を回して引き寄せる。生暖かい湿った手が身体をなぞり、嫌悪感で体が硬くなる。
身体が、拒否してるのに。
どこかで、「それでもいい」と思ってる自分がいた。
〝可愛い///緊張してる?〟だなんてバカな男だ。きっと裸にした途端に真っ青になるに違いない。
翔太💙「ふふっ――」
上手く笑えてる気がした。
〝戻っときなよ――壊れる前に〟
最初から壊れてるやつはどうしたらいい?亮平先生。
蓮 🖤「――ふざけんな」
低く、噛み殺すみたいに。
後ろから抱き竦められるように連れ攫われる。
〝何だよ彼氏持ちかよ〟バカな男が去っていく。急に怖くなって膝がガクガク震えて、立っていられなくなってその場に蹲った。
蓮 🖤「おい、大丈夫か?」
翔太💙「放っておいて……ひとりぼっちでいいから」
翔太💙「似合ってるでしょ?ひとりが」
蓮は、少しだけ黙った。
その言葉を、飲み込むみたいに。
でも――
蓮 🖤「……うるせぇ」
低く、吐き捨てる。
次の瞬間。
ぐい、と腕を引かれる。
翔太💙「っ……」
抵抗する間もなく、体が持ち上がる。
視界が、揺れる。
翔太💙「ちょっ……何、して……」
蓮 🖤「黙ってろ」
短い一言。
そのまま、歩き出す。
翔太💙「降ろして……っ」
暴れようとしても、力が入らない。
アルコールのせいか、上手く言葉にもできず、蓮のシャツにしがみ付くだけで精一杯だった。
蓮の腕の中で、逃げ場なんてどこにもなかった。
ネオンの光が、滲む。
夜の街を、そのまま突っ切る。
タクシーを止めるでもなく、まっすぐ、どこかへ向かう。
強引に引かれる手が、痛いはずなのに。
振りほどこうとする気が、どこかで消えていた。
翔太💙「……どこ、行くの」
返事は、ない。ただ、腕の力だけが、強くなる。
数分後。
無機質なエントランス。
カードキーの音。
エレベーターの無言。
密室。
逃げ場のない空間。
カチ。
ドアが閉まる音。
同時に――
ベッドに、放り投げられた。
翔太💙「っ……!」
シーツが、冷たい。
一瞬だけ、息が詰まる。
――逃げなきゃ。
体を起こしかけた、その瞬間。
腕を引かれる。
ドンッ
両手を掴まれ、壁に押し付けられる。
蓮 🖤「……ここなら、逃げられねぇだろ」
翔太💙「っ……!」
距離が、一気に詰まる。
逃げ場なんて、最初からなかったみたいに。
視線を逸らそうとしても、顎を掴まれて、無理やり上を向かされる。
蓮 🖤「なんであんなとこで笑ってんだよ」
低い声。
怒鳴ってないのに、逃げ場がない。
蓮 🖤「無理してんの、分かんねぇと思ったか?」
翔太💙「……っ、別に……お前には関係ない」
逸らしたいのに、逸らせない。
目を合わせたまま、言葉だけが薄くなる。
翔太💙「あれが仕事なだけだろ」
蓮の手が、わずかに強くなる。
蓮 🖤「仕事?」
短く、吐き捨てる。
蓮 🖤「あんな顔してんのがかよ?」
〝ふっ……〟
呆れたように鼻で笑った蓮は、冷ややかな目で翔太を見つめた。
蓮 🖤「今はどっち?――ゆき?それとも」
翔太💙「ゆき――だから触らないで。帰るからどいて」
蓮 🖤「そんな都合よく行くかよ?翔太なら触っていいのか?じゃあ何処からが〝ゆき〟で、何処からが〝翔太〟?」
壁に背中がピッタリと張り付いて、首筋に噛み付いた蓮は、イヤらしく太腿なぞるとスカート中に指を差し込んだ。
ビクッと反応する翔太に、舌打ちする。
首を這う舌が耳の中を蠢き、立っているのがやっとの翔太は、思わず蓮の肩に身体を預けた。
翔太💙「ンンンッ」
蓮 🖤「ここはまだ〝ゆき〟?」
蓮の指が翔太の胸の突起を掠めた。
翔太💙「ンアッ……お願いだから……やめてよ」
蓮 🖤「じゃあ、夜の仕事辞めろ」
翔太💙「やだ辞めない!」
胸をなぞるように這う指は温かく、優しい手付きで胸の先端を摘んだ。親指と人差し指で蕾を転がすと、蓮の腕にしがみ付く翔太の手は一層、力が籠った。
翔太💙「んっ……だめっ……」
蓮 🖤「……なんで、そこまでするんだよ」
蓮の声は、何故か傷付いたような悲しみを孕んでいた。
翔太💙「ンアッ……んっ」
蓮 🖤 「……あいつに触られて、平気だったのかよ」
翔太💙「ちがっ……んっ……はぁっ……れん」
背中に回った手が、迷いなくチャックを下ろす。
ハラリと落ちる布。
――その瞬間。
蓮の動きが、止まった。
何かに気付いたみたいに、眉が歪む。
目の前にいるのは、“ユキ”じゃない。
震えてる、“翔太”だった。
低く、掠れた声。
そのまま、強く抱き寄せた。
蓮 🖤 「……こんなの、お前じゃねぇだろ」
涙を流して佇む翔太は、カーテンから漏れる夜のネオンに照らされて、綺麗だった。
小さな拳を二つ、太腿の横でプルプルと震わせて、男物の下着の姿で立ち竦む翔太は、クスッと笑った。
翔太💙「ほら、仕事だろ?――満足するまでやれば?」
抱き締めていた腕が緩み、翔太の腕を強く掴んだ。
痛みで顔を強張らせた翔太を、怒るでも慰めるでもなく悲しそうな顔をして見つめた蓮は、再びギュッと翔太を抱き締めるとそのまま抱き抱えてベッドに横たわらせた。
頭を優しく撫でた蓮は、額に触れるだけのキスをすると、翔太から離れた。
翔太💙「……れん?」
蓮 🖤「疲れたろ……早く寝ろ」
背を向けた。
――それ以上触れたら、壊すのは自分だ。
そう思って、
手を離した。
コメント
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お久しぶりです💦 告知もなく投稿をお休みしてしまってすみません😅 心身ともに疲れてしまい、少し休んでいました。 ただ、いざ再開しようとすると「コンスタントに投稿できるかな…」と不安になってしまって💦