コメント
0件
ぼくたち二人で。
ぼくは、知ってる。
かほちゃんが、がんばって走っていたことを。
かほちゃんは、毎日、毎日、グランドを走っていた。
高く高くのびたひまわりと、大きな太陽。真っ青な空。
その真ん中で、かほちゃんは走っていた。
学校が始まるのは、八時。
かほちゃんは、朝の七時からずっと、走っている。
ぼくは、かほちゃんのがんばりを知っている。だって、ずっと応援してきたから。
今日もぼくは、かほちゃんを応援する。
「ヤッスー、今日も、タイムはかるのおねがいね」
みじかいポニーテールをゆらしながら、かほちゃんが笑顔で言った。
「はあ~い」
ぼくは、ストップウォッチをスタートさせた。
かほちゃんが、地面をける。
あっという間に一周してしまった。
「はあ、つかれた。」
タイムは、十五秒。ぼくにはわからないけど、それはまだまだらしい。
「まだ十五秒かぁー。まだまだだね。ヤッスー、ちょっと休憩しよっか。」
ぼくはうなずいて、かほちゃんとくつばこに戻った。
かほちゃんとぼくは、陸上部に入っている。
朝練は、水・木・土・日だ。今日は月曜日。朝練はない。
だけどかほちゃんは、走っている。
かほちゃんは、足がはやい。
ぼくはそうでもないけど、かほちゃんは、陸上部の中で、三位くらいに足がはやいと思う。
「お茶飲もうか」
ぼくとかほちゃんが、お茶を飲んでいると、陸上部の先輩四人がきた。
「あんたたち、なにやってんの?」
ながーいポニーテールの先輩が言った。かほちゃんが、
「走っていました」
と言った。ぼくも、
「かほちゃんは~、がんばって~、れんしゅ~したから~、大会でさせてあげて~」
と、言った。先輩が顔をしかめる。
「はあ?果歩は目ぇ見えないだろう。そんな奴が大会できるわけない。」
かほちゃんがうつむいた。ぼくは、
「目が~、見えなくても~、はしれるよー」
というと、「その喋りかたうぜー」と言って、ぼくをつきとばした。
ぼくは、痛くて泣いた。
かほちゃんが、「ヤッスーをいじめないで・・・」
と言った。
「はあ?お前たちは、見学でもしとけ」
と言い、先輩たちは、教室にもどってしまった。
かほちゃんは、目が見えない。
でも、それでも走れる。大会にでれる。
だって、陸上部で、三位にはやいんだもん。
なのに、なんで先輩は、ダメなんて言ったんだろう・・・
となりを見ると、かほちゃんも泣いていた。
「目が見えないから大会にでれないなんて、くやしい・・・」
ぼくはどうしていいかわからなくて、ただ、かほちゃんの背中をさすってやった。
ー一週間後ーー
あれ以来、かほちゃんは、朝走らなくなった。
それだけじゃない。
部活にも、でなくなった。
かほちゃんのいない部活は、楽しくなかった。
ある日、顧問の先生が、部員に言った。
「なんで大野が部活にきてないんだ?」
先輩たちは、だまっていた。
ぼくは、理由がわかる。
ーかほちゃんは、先輩たちに、悪口を言われて、これなくなったんですー
言おうとしても、なかなか口をひらけなかった。
「大野のタイムはすごくいい。なのになんで急に来なくなっちまったんだ?」
先輩たちは、ずーっとだまっている。
「大野は、大会にだそうと思ってたんだけどなあー・・」
ぼくは、その一言にびっくりした。
「せんせー、なんで果歩が大会にでるんですか?」
先輩が言った。
「なんでって、タイムがいいからだよ。なんか文句あるか?」
先輩が小さく舌打ちをしながら、くびを横に振った。
「楠原。大野に、大会にでるから、練習しとけって伝えてくれ。家、隣だろ?」
ぼくは、先生のことばに、小さくうなずいた。
ーー放課後ーー
ぼくは、かほちゃんの家のまえに立っていた。
かほちゃんは、もう学校にも来ていない。
ぼくは大きく息をすって、インターホンをおした。
「・・・」
少しだけ開いたドアの向こうで、かほちゃんがぼくを見ている。
「あのさ、せんせーがぁ~、かほちゃんー、大会に~、だすって~。せんせーがいったから~、まちがいないよ~またあしたかられんしゅーしよ~」
かほちゃんが、小さく口を開いた。
「でも・・・目の見えないわたしは・・・どうやって走ればいいの・・・?」
ぼくは、大きく微笑んだ。
「だいじょーぶ。」
ーー大会当日ーー
知的障害のある男の子と、目の見えない女の子が、二人で走っていた。
ぼくとかほちゃんは走れる。
二人なら走れる。
ぼくたちは、一つになる。
風になって、走ってゆく。