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雷が法雨の店を訪れた夜から、彼は、ちょくちょくと店に顔を出すようになった。
そんな雷は、仕事終わりや休日に店にやってきては、一人で飲んでいる時もあれば、ある日は、京率いる若オオカミたちと共に飲んでいたりと、その様子は様々であった。
法雨は、そんな彼らの様子を見る度、頼れる兄が、自身に懐く弟たちと和気あいあいと過ごしている様なその光景に、妙に微笑ましい気分になる事もしばしばとあった。
そんな――穏やかな日々を過ごしていた、とある日の事。
あっという間に夏までもが駆け足で過ぎてゆき、夜はすでに秋の到来を思わせていた――その穏やかな夜に、とある常連客が、法雨に声をかけた。
― Drop.013『 The HANGED MAN〈Ⅰ〉』―
「――姐さん。――今晩は」
法雨が、今しがた会計を済ませた客の背を見送っていると、背後から不意に聞きなれた声がした。
その声に法雨が振り返ると、そこには、若オオカミたちのリーダー――明楽京が居た。
雷からの救済を受けて以来――、法雨との和解をも経た京は、仲間たちと共に、すっかりと法雨を慕う常連客となり、その上で――、気付けば、法雨の事を“姐さん”とも呼ぶようになっていた。
法雨は、その――いつの間にか誕生していた舎弟たちのリーダーに笑むと、挨拶を返した。
「アラ、いらっしゃい。京。――珍しいわね。――今日は一人なの?」
京はそれに、嬉しそうに笑むと、頷きながら言った。
「ハイ。――今日は俺だけが非番だったんで迷ったんですけど、――姐さんには会いたかったんで」
法雨は、そうして――わざわざ添えられた“最後の一言”の意を汲んでやると、腰に手を当てては首を傾げるなり、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「ア~ラ、――そんなコト言ってもらえるなんて、法雨ぃ、すっごく嬉しいわぁ~。――……でも、――アタシをナンパするなら、もっとオトコを磨いてからいらっしゃい。――アタシ、“男子”には惹かれないタイプなの」
京はそれに、がくりと肩を落とすと、そのまま駄々を紡いだ。
「えぇ~……。――俺だって十分“オトコ”っすよ~……。――もう、“男子”って年齢じゃないですし~」
そんな京に、法雨は容赦なく応じる。
「――残念。――アタシからしたら、アンタはまだまだ男の“子”、よ」
「――えぇ~……。――ジャッジ厳し過ぎっすよ~」
数か月前までの刺々しいリーダーはどこへやら――。
“活気があるだけの普通の常連客”として、法雨の店に訪れるようになってからの京は、日を追うごとに丸くなってゆき、今となっては、法雨に対して随分と可愛らしい一面をも見せるようになった。
そして、その晩も、そんな京からの“正しい”アタックを軽くあしらうと、店の業務に戻るべく、法雨は店内へと戻っていった。
すると、京もまた、その法雨を追うように、店内へと入った。
(――本気なのかどうかは、分からないけど……。――毎度の事ながら、京も飽きないわねぇ)
そうして、顔を合わせる度にささやかなアタックを忘れない京に心の内で苦笑しながら、法雨は、未だ駄々を続ける京をカウンター席まで案内してやった。
(お世辞でしてくれてるとしても、悪い気はしないし、嬉しい気持ちもあるけれど……。――でも、やっと元の自分に戻れたピュアでキレイなアンタには、アタシみたいなのじゃなくて、同じように“キレイなコ”がお似合いよ)
そして、自身の後にしょげながらついてくる京に、さらに心の内で紡ぐと、
(――でも、綺麗だって言ってくれた事は、素直に嬉しかったし、ちゃんと覚えてるから。それだけは受け取っておくわ。――有難うね)
と、届く事のない礼を添えながら、しょげ続ける彼の頭を、しばし優しく撫でてやった。
💎
「――ま。――今の俺じゃあ全然相手にしてもらえないのは分かってるんで、それはそれとして、なんですけど……。――実は俺、それとは別に、姐さんに聞いてもらいたい事があって……」
京は、案内されたカウンター席に腰掛けた後、ひとつ間をおくと、やや真剣な面持ちで言った。
法雨はそれに、半目がちな表情で応じる。
「アラ、何かしら……? ――あ、言っておくけど、――イイ子、紹介してくださいってのは、――ナシよ」
「――………………」
「――アンタね……」
まさかそんな真剣な表情をしておいて、よもや法雨から“斡旋”を受けようと思っていた可能性が濃厚となり、法雨は呆れた声で言った。
しかし、京は、その疑いを晴らそうとするかの様に、やや慌てながら弁明した。
「――あ、い、いや……その……、――それは、あわよくば、と思ってただけで……。――な、なんで、その話は冗談として……、――その、相談したい事ってのは、俺の事じゃないんです」
「アラ、――じゃあ誰なの? 仲間内の誰かとか?」
その法雨の問いに、京は、法雨が考えもしなかった人物の名を告げる。
「――実は、その、――雷さんの事で」
「え……? ――雷さん?」
「はい」
法雨が復唱すると、変わらず神妙な面持ちの京は頷き、続ける。
「――最近、なんか……、――雷さんがずっと上の空で……」
「“上の空”?」
「――はい……」
京は、ひとつ頷くと、手元のカクテルにすっと口をつけ、喉を潤す。
そんな京が、なぜ、雷の様子を告げられるかというと――、実は現在、京は、雷の探偵事務所で働いているからであった。
その経緯については、京曰く――、雷と関わりをもつようになって以来、すっかりと雷の人柄に惚れ込んでしまった事から、助手として働かせてほしい――と、無理を承知で雷に頼んだところ、見事快諾され、現在に至っている――というわけであった。
そのような事から、現在の京は、苦手な事務仕事も不器用にこなしながら、雷のもとで助手として働いている――のだが、どうやら、そんな彼が慕う探偵殿が、最近、どうにも様子がおかしいらしい。
その事情を受けると、法雨は未熟な助手に問う。
「――“上の空”って……、――例えば、具体的にどんな感じなの?」
「――“どんな感じ”……。――そうっすねぇ……」
その法雨の問いに、助手は考える様に中空を見つめながら言った。
「――なんか~……、――書類の処理してんのかな~と思ったら、ぼけ~っとしてるだけだったり~……、――コーヒー淹れ終わってんのに、そのまま突っ立ってたり~……、――ってな感じっすかねぇ……」
法雨は、それにしばし考える様にしながらも、まずは率直な意見を返した。
「――そう……。――まぁ……、――それは確かに、あの雷さんらしくはない感じはするけれど……、――でも、雷さんだって“ヒト”なんだから、――そんな時も、あるんじゃないの? ――後は、単純に疲れてるとか……」
「う~ん……、――そうなんすかねぇ……。――でも、ここしばらくは、忙しい感じも一切なかったんすよ……? ――むしろ、暇なくらいって感じでしたし……」
そんな京に、法雨はまたひとつ添える。
「――あぁ。――じゃあ、その暇にボケちゃってるんじゃない? ――ほら、常に忙しくないとダメな人も、意外と居るでしょ?」
「――あぁ~、まぁ~……、――じゃあ、雷さんもそうなんすかねぇ……。――でもなぁ~……。――俺、――あんな雷さん見るの、初めてなんすよ……」
「――あのねぇ……」
法雨はそこで、京の言葉にひとつ溜め息をつく。
「“初めて”ってアンタ、――雷さんとは、まだ数か月くらいしか一緒に居ないでしょ? ――その程度の付き合いじゃ、例え毎日顔合わせてても、知らない事の方が多いわよ」
「――まぁ、それもそうなんすけどねぇ……。――でも~、――やっぱ、あまりにも変な感じで……」
法雨の意見を聞いてもなお、納得のゆく答えに辿り着けなかったらしい京は、カクテルグラスを撫でながら、ひとつ鳴いては考え込む。
そんな様子に見兼ねた法雨は、悩める助手に、また一つ選択肢を与える事にした。
「――もう、――そんなに悩むくらいなら、本人に直接訊いてみたらいいじゃない。――いずれにしても、雷さんって、自分から疲れてるって言わないどころか、自分が疲れてるとか、具合が悪いとか、気付かないタイプな気がするわ。――だから、アナタから、身体の調子についてでもなんでも、とにかく思った事を尋いてみなさいな」
すると、そんな法雨の言葉に、ついに踏ん切りがついたらしい京は、気持ちを切り替える様な素振りで短く息を吐くと、言った。
「――はぁ、――やっぱ、そうっすよね。――っし、――俺、明日にでも尋いてみます!」
法雨は、それに頷きながら微笑む。
「えぇ、――そうしてみなさい」
そうして――、法雨に背を押され、決心がつけられたらしい京は、法雨から次のカクテルを受け取ると、笑顔で礼を言った。
「ありがとうございますっ」
「――いいえ」
そして、受け取ったカクテルに京が口をつけたその時――、休憩からカウンター内に戻ってきた桔流が、京の前を通過した。
すると、京は、グラスに口を付けたまま――ンンと鳴くなり、口に含んだカクテルを一気に飲み干すと、意気揚々と桔流を呼ぶ。
「――桔流、桔流!」
「――あ~?」
それに対し桔流は、あくまでも客である京に対し、接客と云うには程遠い応答をした。
とは云え、そんな光景ももう見慣れたもので――、京率いる若オオカミたちが、法雨の店のスタッフたちと親しくなってゆく中、年齢が近い事もあってか、京と桔流も、すっかりと口調や態度も砕けきり、旧友同士のようなやり取りをする事も、今となっては珍しくないのであった。
そして、そのような事もあり、接客とは云えぬ応答をされても微塵も気にしていない様子の京は、やや身を乗り出すようにしながら、気怠げに首を傾げる桔流に切り出す。
「――あんさ、あんさ、――今度合コ」
「え~、やだぁ~……」
しかし、その京の提案は、本題を紡ぎ終える前に、桔流によって却下された。
京はそれに、さらに身を乗り出し、両耳をぴんと立てると、その大ぶりな尾を振り回しながら抗議する。
「おい! まだ最後まで言ってねぇだろ! ――しかもなんで“やだ”なんだよ!」
そんな京に、桔流は、わざとらしく、うんざりしたような顔を作り言った。
「――だってそれさ~、女の子も呼ぶ合コンだろ~? ――俺ぇ~、女の子の居る合コンとか出ちゃうとさ~、めっちゃくちゃモテちゃって~、男どもに逆恨みされっからさぁ~?」
京は次に、そうのたまう桔流に拳を握ると、瞳を大きく開いたまま言う。
「――お、おぉ、お前……、――イケメンだからって、言っていい事と悪ぃ事があんだぞ……」
しかし、そんな京の様子を不思議がる様にした桔流は、涼しい顔で言った。
「――なんだよ。――事実なんだからしょうがねぇだろ? ――それと、ついついモテちゃう俺がそんなに羨ましいなら~……、――お前もモテればいいじゃん」
「――ッ!! ――ッ!!」
京は、その――さらなる凄まじい追い打ちの破壊力に、ついには言葉を忘却してしまったらしく、瞳を大きく見開いたまま声にならない反論を返した。
そんな、坊やたちのじゃれあいがしばしば繰り広げられている間――、法雨は、それらに一切の目もくれず、しばらく別の事を考えていた。
(――……う~ん。――あの雷さんが、毎日のようにぼうっとしてしまうほどの事なんて、――なかなか思いつかないわねぇ……。――考えられるような大きな事としては、家族や大切な人に何かあった、とかだけれど……、――にしては、深刻さは足りない感じよねぇ……)
そして、未だに繰り広げられているらしい坊やたちの問答が、とうとう耳にも入らなくなった法雨は、雷を案じながらひとつ思う。
(――でも、もし本当に何か困っている事があるなら、京だけに任せておくのも心配だし……。――今度、雷さんがお店にいらした時も様子が変なら、アタシからも尋いてみようかしらね)
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