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“様子がおかしい雷さん”に関し、京が法雨に相談をもちかけた日の翌晩――。
「――姐さん! ――事件っす!!」
そんな台詞を挨拶代わりに来店した京は、すぐさま入り口付近に座る客たちの視線をかき集めた。
― Drop.014『 The HANGED MAN:U〈Ⅱ〉』―
「――アンタねぇ……。――お客様がいらっしゃるんだから、やかましいご来店はお断りよ」
先ほどやかましい登場をかました京は、すぐさま法雨につねりあげられた尾の根元をさすりながら、反省した様子で案内されたカウンター席に着席した。
その、店の一番奥――カウンター端の席に座った京は、反省しながらも、未だ落ち着けぬ様子で言った。
「――す、すいません。――で、でも、――でもでも! 俺! ――居てもたってもいられなくて!! ――どうしてもコレを、姐さんに聞いてほしくて!!」
「――もう、なんなのよ、落ち着かないわねぇ……」
そんな京に、法雨は溜め息をつきながら問うてやる。
「――で? 何を聞いてほしいって? ――あぁ、ついに恋人でも出来たのかしら?」
「――ッ!!!!!」
法雨が問うと、京は耳と尾をピンと立て、大きな反応を見せた――が、すぐに脱力すると、肩を落として言った。
「――それなら……どれだけ良かったか……。――はぁ……」
「――あぁ、はいはい。違うのね。これは失礼いたしました」
そんな京に再び溜め息をつき謝罪すると、法雨は続けた。
「――で? ――聞いてほしい事って? ――早く話してちょーだい」
「――はっ! そうそう! そうですよ! ――今日は俺の事よりそっちっす!!」
そうして、法雨が急かすと、勢いを取り戻した京は、そう言うなり座席を立つと、本題を紡ぎだす。
「――いや、聞いてくださいよ、姐さん! ――あのですね……、実は……、実は実は……」
そして、そう紡ぎだした京は、次に両手を広げると、
「――ついにっ! ――あのっ! ――あの雷さんにっ!!」
と続けるなり、大きく息を吸った。
そして、その場で勢いをつけて片脚を踏み込むと、
「――好きな人が出来たみたいなんすよっ!!」
と、言い放った。
そんな京の動作に効果音をつけるならば――、ジャジャーン!――といったところである。
「………………」
それに対し法雨は、半目がちに沈黙を返した。
「――………………えっ……」
京は、そんな法雨に動揺した様子で鳴いた。
だが、何を思ったか、京は、今度は言葉を発さず、再びの“ジャジャーン”をした。
すると、ついに店内に流れる心地よい音楽すらも冷たく感じるほどの空気となった中、持ち主に揺らされた京のネックレスだけがちゃりりと啼き、彼を慰めた。
「………………」
「――………………いや、うそでしょ……」
その対応に、信じられないといった表情の京は、店内の注目を大いに集めながら言った。
だが、その晩の京はめげなかった。
今度こそ――と云わんばかりに、京は再び胸いっぱいに息を吸うと、両手を広げ、その場で勢いをつけ、そして、三度目の“ジャジャーン”を繰り出すべく、呪文を詠唱し始めた。
「――あのっ! ――雷さんにっ!! ――好き」
「“それ”はもうしなくてよろしい!!」
しかし、渾身のラスト“ジャジャーン”は、法雨の一喝によって阻止された。
京は、大層悲しそうな顔で訴える。
「――ね、姐さん……、なんでなんすか……。――なんでそんなリアクションうっすぃんすか……。――あの雷さんに、好きな人ができたんすよ……? ――できたんすよ……?」
できたんだもん――とでも続きそうな様子でしょんぼりと席に着いた京に、法雨は、本日幾度目かの溜め息を零し、応じる。
「――“なんで”って……、――雷さんが誰かを好きになるとか、誰かに恋をするのなんて、普通の事じゃない。――言ったでしょ? ――雷さんだって“ヒト”なの。――それに、あれだけ容姿端麗で、内面まで立派な方なのよ? ――そんな雷さんなら、昔から恋多き人生だったに違いないわよ」
しかし、そんな法雨に対し、京は言い訳をするようにして言った。
「――でも……、雷さん……。――“これがなんなのか分からない”って、言ってきたんすよ……?」
「え……?」
その京の予想外の言葉に、法雨は思わず疑問の意を返す。
すると、京は、徐々に興奮を取り戻しながら紡ぐ。
「――俺、姐さんに言われた通り、雷さんにちゃんと尋いたんすよ。――“最近、様子がおかしい感じがするんすけど、どうしたんすか”って……。――そしたら、“つい、ある人の事を考えてしまってね”――とか言ってて! ――しかも! ――ちょっと前から何しててもその人の顔が頭から離れないし気付いたらその人の事を考えちゃってて我に返る事もしばしば~って! ――それって……、――それってもう! ――完ッ全に、――恋の病じゃないすか!!」
法雨は、そんな京の言葉に考える様にしながらも、とりあえず肯定する。
「――そ、そうねぇ……」
確かに、京の言っている事は間違いとは云えず――、好印象を抱いている特定の相手の事を、それほどまでに気にかけてしまうとなれば、それは“恋の病”と云ってもよいだろう。
「――でも、雷さん。――それを自覚してるのに、“なぜこんなにその人の事を考えてしまうのか分からない”って! ――それで俺、“今まで恋人とか居なかったんすか”って尋いたら、――何人か居た事はあるけどこんな風になった事はないとか言って!! ――とか、言っ、ちゃっ、てっ!!」
「――なら、――それって……つまり……」
「――そう! ――そうっす! ――それって、つまり!!」
京の言葉に続いて法雨が言うと、さらにその先を引き継ぐようにして、京は続けた。
「――あの雷さんは! ――なんと! ――最近になってついに! ――初恋をしたって事なんすよ!!」
「――“初恋”……」
まるで名探偵が如く結論を放った京を前に、法雨は考え込む。
(――あの雷さんが……、――あの、――この世のすべての物事に対して完璧そうで、さらに容姿端麗で、向かうトコロ敵なしって感じの――あの雷さんが……、初恋……。――しかも……)
しかも――、その――誰がどう見ても恋の病の結果であろう症状が生じている理由に一切の検討がつかず、この――恋も愛も大変未熟そうな助手に“これはなんなのか”――などと尋いてしまうほどに経験した事がなかったほどの、恋――。
(――そんな初恋を……、――あの雷さんが……)
法雨は、そんな雷を想いながら、京に問う。
「――じゃあ、それで……、――京は、雷さんに、ちゃんと言ってあげたの?」
「――え? ――言うって、何をっすか?」
「――だから……」
法雨は、首を傾げる京に、呆れながら言う。
「――“それ”は、――その人に恋してるんじゃないかって事。――“その事”を、――雷さんに教えてあげたの?」
すると、京はそれに大きく頷いた。
「――あ、はい! ――それは、もちろん!」
――それ!! 恋っすよ!! 雷さん!!
その京の言葉を受けた法雨は――、顎に手を当て、静かに考える雷に対し、恐らく“ジャジャーン”をしながらそう言ったであろう助手の様子を想像し、再び半目がちになった。
そして、そんな想像を脳内から払うと、法雨はまた問う。
「――じゃあ、雷さんは、それになんて?」
京は、思い出すようにしながら言う。
「――えっと、なんか~、――“そうか……、そうなのか……”――つって……、――なんでか、すげぇ困ってました」
「――え? ――“困ってた”? ――恥ずかしがってたとかじゃなくて?」
「――はい。そうなんすよ。――俺も不思議だったんすけど、――明らかに“困って”ましたね……。――戸惑ってるって感じもありましたけど……」
「――う~ん。――それは妙ねぇ」
(――自分が恋をしてるって言われて、――恥ずかしがるなら分かるけど……)
「――なんで“困る”のかしら……」
そうして、そこで考え込んだ法雨に、京は、自身の推測を述べる。
「――落とせなさそうな相手なんじゃないすか?」
法雨は、それには納得がいかない様子で言った。
「そうかしら……。――そういう時って、困るっていうより、単に考え込むとかの方が自然じゃない? ――例えば、どうやったら落とせるだろうか、とかね……。――それに、それなら“恋をしてるって分かった時点で困る”のは変でしょう? ――だから、――もしかしたらだけど、――“恋をしてるって分かった時点で困った”って事は、雷さん、――“恋をしちゃいけない相手”に、恋をしてしまったんじゃない……?」
すると、京は、そんな法雨を凝視するようにして言った。
「――………………、ね……、姐さん……」
「何?」
その様子を法雨が訝しむと、京は、身を乗り出すようにして続けた。
「――姐さん……。――もしかしなくとも、姐さんって、実は、――名探偵なんじゃないっすか……?」
それに、法雨は溜め息をつく。
「――おばかね。――このくらい誰でも思いつくわよ」
京は、その法雨に異を唱えるように口を尖らせた。
「――えぇえ~? ――俺は思いつかなかったっすよ~?」
「それは、アンタの発想力が乏しいのよ」
「――くっ……」
異を唱えたものの、結局は痛いところを突かれる事なった京は、喉の奥で啼くと、哀しみと共にぐっとカクテルを飲み干した。
法雨は、そんな京の事は横に置き、改めて雷を想うと、案じるようにして、悩ましい溜め息をついた。
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