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毎晩、あの時の夢を見る。
目の前には大好きな恩人が背を向けて拘束されていて、背後には大好きな兄達。恩人の少し手前にはもう一人の兄。何故そこに立っているの?なんて聞けるはずもなくて、震える刃先を眺める。眺めていた筈なのにいつの間にか目の前の大好きな人は居なくなっていて、頭の中が空っぽになった。死ぬ間際だと言うのに一人の弟子を見て微笑み、ありがとう、と伝えると笑顔は宙に舞い上がる。あぁ後ろの叫び声が痛い。
俺は守れた筈だ。この人の約束も、魂も、きっと、きっと―
なのに、あの時ああすれば助かったのはないと、あの時こうすればあいつは笑っていたのではないかと、妙な悪足掻きが脳内を巡る。全員がずっとずっと笑っていられた道を、俺はどこかで望んでいたのだ。過去がなければ今はないと言うのに、何故俺は後悔をしているのだろうか。悪夢に唸り苦しむ中そんな疑問が絶えずにいた。
俺は今、幸せなのだろうか
_ 泣き喚く銀色は蝶を求む
眠ることが怖くなって逃げるみたいに居酒屋に行った後だった。毎日帰れば決まって来るただいま、という言葉がまるで忘れ去られたように返されなかった。いや、忘れ去られたのだ。目の前には同じ着こなしをした金髪の男で、銀をその色で塗りつぶしていた。このままではだめだ、そうして拳を振り上げる。それが駄目だった。俺の色を奪った奴は周りもをその色で染めていたから。だから俺が振り上げた拳はその金色に止められる。一度振り翳した筈の彼の頬にできた傷が泣いていた。その後からまるで感覚が無かったと思う。浴びせられた冷たい視線と言葉に力が、声が出なかった。だって、昨日までは俺に笑いかけてくれていた皆が人が変わったように鋭い眼光をこちらに向けている。
懐かしい痛みが俺の体に走る。脳内に浮かぶその言葉は、俺を示す名で存在で俺を唯一肯定する言葉であった。
〝鬼〟
俺は俺を鬼と認識することで、何の感情も希望も持たず生きられた。棒切れ一本で身を守り、害成すものはこの手で切り裂いてきた。この靡く銀色も、閉じられる血の色も鬼や鬼やと言い聞かせた。この痛みはきっと俺をまた鬼へと戻す神からの戒めだ。きっと俺には鬼には何の資格も無いというのだ。
この視線の既視感はそれを思い出させた。災いと、化け物と、恐れ、嫌われてきた俺を、俺の中の獣を呼び起こす合図。そんな鬼はなにかを待つように薄暗い路地の奥、小さくうずくまっていた。震える両足を震える両手で抑え込み、湿った土を眺める。急に視界がぼやけて瞬きをすると目が痛く熱い。土に丸い模様がポツポツと出来上がるとそれを包み込むような温かさが頭上を覆った。顔を上げると視界いっぱいに映る紫は徐々にくっきりと見える。
「なに染まってんだ馬鹿銀」
俺はぶらりぶらりと江戸を歩いていた。江戸は相も変わらずの活気を見せているが俺は変わらぬ江戸に違和感を覚える。それに気づくと目の前には忌々しい電波の幼馴染。だが何時ものように巫山戯た面はしておらず何処か焦っているように首に汗を垂らしていた。俺を見つけた途端反射的にか銀時が、と叫ぶ。俺の胸が悪い音を立てたのはその時だ。俺は幼馴染の話も聞かずに走った。銀色を探そうと江戸中を走り回る。すると見慣れた看板の前に立つと猛烈な吐き気が襲う。金色に染まっていた。銀色に嫌なほど塗り潰されていたこの町が、金色に変色している。その金色は目が痛くなるその色をチラつかせて俺に話しかけてくるものだから無意識的に刀でソイツの腕を切り落とした。そのまま子供達の叫び声にも耳を傾けずに、一色を探す。慣れた足取りはどこか焦りの色を見せるが、何度もその姿をふらりと消す男に余裕のない笑みを浮かべる。ここにいると確信したように俺は路地や草むら、人気のなく尚且つ暗い場所を確認した。そして俺は荒い息を整えて一つの路地裏奥を眺める。
銀色が泣いていた。
耳を澄ませば微かに嗚咽が耳の奥を刺激した。俺は躊躇いもせず自分の顔を覆い隠すように被っていた編み笠を銀色の頭に押し付ける。まるで宝物でも見つけたような目でこちらを見ては顔を歪め、また息を殺すかのように嗚咽を漏らす。弱弱しい声で聞こえたその声は俺の名を呼んでいる。しんすけ、しんすけ、言葉を覚えたばかりの赤子のようなその男は無我夢中で俺に身を委ねた。
「何があったかは後で聞くが、それよりなんか言うことあんだろうが」
〝銀時〟は俺の胸元に顔を埋めたまま小さくそれを呟いた。
たすけて
坂田銀時という男はいつも自分を塞ぎこんでいた。弱さ、醜さ、自分の醜態を誰にも見せず綺麗な面だけを見せている。こんな俺を見て周囲の人間は俺に幻滅すると分かっているから、怖くて自分を自分で隠す事しか出来ない。でもこの男は、高杉は、抱きしめてくれた。俺の弱さまで全て優しく包み込んでくれた。どんどんどんどん彼の優しさに溺れて俺はいつしか抜け出せぬ沼に一人、この存在を潜めていた。だが、あの人を取り戻し救う筈の戦で俺達はあの人を失った。その時まるで落ちた沼から引きずり下ろされた最悪な気分で、ずっと何か抜け落ちたような顔をチラつかせていた。
だがお登勢に拾って貰ってからよく分かった。自分はアイツが居なければ生きてはいけないのだと、家族が出来て腐れ縁と呼べる友人も出来て、その穴を埋めている。それがいけなかったのだろうか、穴を埋める内一人の男と恋人関係を築いてしまった。この男を高杉と重ねて、認識して、愛す。だがそれも今となっては不要物になる。皆、皆、俺を忘れたから俺を消したから。今となって思う。矢張り俺はこの男が居なければ行けぬと。
「貴様等遅いぞ!!!!!」
鬼兵隊の艦内に響いた大きな声は眠る銀時の脳を呼び覚ます。それが癪だったのか高杉はそのバカの頭に蹴りを入れて睨み付ける。
「なンでテメェが居やがるヅラァ…」
「ヅラじゃない桂だ!貴様、俺が状況を説明しない間に銀時を探しよって!俺のいいとこだけ奪うつもりであろう!!だから待ち伏せしてやったのだフハハハ…べぶらっ!」
高杉は桂にもう一蹴りお見舞いしておんぶしていた銀時を敷いた布団に下ろす。痛みに悶えながらも桂は切り替えるように咳払いをし、真剣な雰囲気を作り出した。
「で、だ今や江戸中は坂田金時によって支配されている、俺も試行錯誤した末有益な情報は入ったぞ銀時のトコロの絡繰、たま殿と定春君が洗脳の影響を受けていないそして坂田金時アヤツも絡繰だとな、そして確認できる限りで二人もう洗脳の影響を受けていない者が居るらしい」
銀時はピクリと恐怖の念を抱く。怖くなったのだ。またその味方と言える人間が離れることを、だがその怯えを隠すように高杉の背後に隠れる。
「幕府の狗真選組一番隊体調沖田総悟と山崎退だ」
「チッよりによって狗か…銀時どうする狗を呼ぶか?」
「たま殿と定春君は後々訪れるそうだぞ、銀時が良ければたま殿が二人を同行させるそうだが」
上手く言葉が出ない。今の俺は空っぽで、高杉が傍に居ないと壊れる自信があった。だから少しでも穴埋めできる人間は増やしておきたいと思っているが、失う喪失感が俺の体からこびり付いて離れない。全てを俺から奪う苦しさ。体中が震えて動かない。それを察したのか高杉は俺の頭を優しく撫でてゆっくりでいいと、宥めてくれた。何かを決心したかのようにごくりと喉を鳴らして俺は口をパクパクと動かす。
「連れてきて、ほし、い…」
その言葉が嬉しい余り桂はニコリと笑い、笑い声を艦内に響かせ連絡へ向かった。部屋に残された二人はその状況に向かい合って笑う。すると高杉は俺の頭を撫でたまま話を続ける。
「普段意地でも人に頼ろうとしねェテメェが言ったんだ、思う存分やりゃァいいさ俺もテメェのモン傷付けられて腹立ってんだよやり過ぎてもなにも言わねェ」
撫でられることに目を細め喜んでいた俺はそのまま高杉の胸元に飛び付く。徐々に嗚咽が聞こえてくる事に安堵しながらゆっくりと背中をさすり呼吸を落ち着かせる。こうして人前で銀時が泣くということは有り得ないに等しいものだが、高杉やもう居ない先生の前ではプツリと糸が切れたように泣き出す。それが嬉しい高杉はいつもその時間を持て余していた。だがそれも束の間、襖が音を立て涙を流す銀時は驚きの余り怯え高杉を抱き締める力を強くする。入ってきた男、河上万斉はただならぬ空気間に頭を痛めた。やってしまった…、逃げようとも高杉の大根でも切れそうな鋭い殺気は万斉を捕らえる。
「…晋助、現在の江戸中の情報を集めてきたのだが」
「見てわかんねェのかァ…後にしろ」
「だが…」
「あァ゛…?」
万斉はこの鬼兵隊では一番の苦労人だ。現状の理不尽な殺気にも万斉はどう切り抜けようか頭をフル回転させている。また子の晋助好きは常時、武市の幼女趣味も常時、そして目の前の男の坂田銀時への執着と嫉妬は絶えずにいた。
「し、しんす、けっ…ばんさいくん、こまっ…てる、…おれは、いー…から…」
「……………続けろ…」
長い長い間を開けて、やっとのことで話を続けられた。万斉はこの状況に下心を覚える。白夜叉が居れば多少の晋助への面倒事は避けられるのでは、とそう思いつつ手に入れた情報を並べた。今現在洗脳を逃れているのは鬼兵隊、桂一派、絡繰、動物、沖田総悟、山崎退、快援隊。そして坂田金時に変わった行動は見られていない。
「あのバカ本が覚えてるたァ驚きだな、バカはバカでも筋は通ってるってか」
「快援隊は多忙時のためコチラへは来れないそうだが、顔を見せれる時は飛んで征くとの事だ、それとしろや…銀時殿動きが見られないとはいえ今は外に出ない方が良い、艦内で自由にして貰って構わぬぞまた子や武市も大歓迎だそうだ」
坂本の事に俺と高杉は目を丸くするも瞬時に納得する。あの男は脳内は空っぽだが、己の仲間を見捨てぬ阿呆であったと。そして後の気遣いに銀時は涙ぐみ、万斉の手を握る。それを片目に映した男は顔を顰め外方を向いて煙を吐き出す。
「ばんさいくん、っ…ありがとーね…」
「礼には及ばぬ、コチラも其方の男に振り回されていた故貴殿が居るおかげで少しは楽に仕事が進みそうだ」
「なんか言ったか万斉」
「、いや何も」
「旦那ァ見ない内になんか幼くなりやしたか?今なら餓鬼の玩具でも喜びそうな面してますねィ」
「ちょッ…!沖田隊長、副長達に隠れて来ているとはいえ馴染みすぎですっ!一応超過激攘夷志士高杉晋助率いる鬼兵隊ですよ?!」
「何言ってんだザキ、今の土方さんは土方さんじゃねェ脳ミソ空っぽな金色頭だ…あ、これじゃ近藤さんも含めちまう、マヨネーズとニコチン摂取で頭金色になったただの土方さんでィ」
「いや結局副長じゃないですかッッ!!!」
桂が戻ってきたかと思えば率いているのは絡繰と巨大な犬、汗を滝の様に流し怯える男に飄々と腰に刀をぶら下げて不適に笑う男。高杉の自室に入って万事屋を一目見ればまるでか弱い乙女の様になっているものだから戸惑いを隠せず妙な言い争いをし始めた。
「…ほ、ほ、んとに…おぼえてるんだよねっ…?」
「勿論で御座います銀時様」
「アンッ!アンッ!」
「さ、定春っ…くすぐったいっ…笑」
犬は半日ぶりの主人に飛び付き頬を優しく舐め始める。横で睨んでいる男は直ぐに銀時を犬から剥がし威嚇し合いを始めた。だが銀時は宥めるように高杉の背にしがみ付き身を隠すように話し始める。
「敵なのに、来てくれてありがとぅ、…沖田君、ジミー君…」
「いえいえ今の状況見れば敵でもなんでも手貸しますぜ、旦那には世話になったってのにそれを仇で返すなんてできねぇでさァ」
「そ、そうですよ!真選組を何度も救って頂いた恩返しても返し切りません!それに今の江戸は居心地が悪いですから…あと山崎です…」
「、うん、だから、…晋助睨むの、めーっ…ね…?」
銀時は背から顔を覗かせ高杉に向けて口元で人差し指のバッテンを作り、そう言った。桂省きその場に居る全員は本当に万事屋は如何してしまったのだろうかと自分達の目を疑った。
「別に俺ァコイツらを睨んだ覚えはねェよバカ、もともとこういう目付きだ」
「バカじゃねェし…それにっ…さっき、定春睨んでた…」
「そりゃァテメェが犬如きに頬取られてんだからよォ」
そう言って見せ付けるように高杉は銀時の頬をペロリと舐め、頭をもう一度撫でる。まるでそれは先刻の定春の後を上書きするように。
「おい桂ァ冷水用意しろ」
「奇遇だな喉でも乾いたのか沖田」
「あ桂さん俺にもお願いします…」
「こんな甘ったりィ息吸ってて喉が干されますぜィ、高杉の旦那は犬にまで妬くんですかィ」
「今に始まった事では無い慣れは大切だぞ、なんせ高杉は昔銀時が肌身離さず持っていた真剣に妬く程だ」
「おいおい…そりゃァ重症じゃ済ませねェですぜ…」
「銀時様は愛されているのですね、では桂さん私にもオイルを1Lお願いします」
「…絡繰まで影響受けてますよ………」
「銀時様体調はどうッスか?」
鬼兵隊に銀時が来て数日、銀時の自室が用意され身を隠す様に殆ど自室に籠っっている銀時の体調を定期的にまた子が確認している。また子から見た勝手な憶測だが、銀時は日に日に赤子の様になっていた。最初は晋助が居なければ泣き出し、過呼吸を起こすなど大変だったものの今では自室ばかり、稀に晋助の部屋にも行くらしいが直ぐに出ていくと言う。襖を開けると刀を抱き月を見ている銀時。月明かりに照らされ煌めくその明媚な銀色に数秒間あまりの美しさに言葉を失うも、我に返りゆっくりと部屋に足を踏み入れる。
「また子ちゃんちょっとこっち来て」
「は、はいッス!」
また子を手招きし、銀時の正面まで近寄ると突然手を握られ反射的に間抜けな声が響く。
「へへ手あったかいね、本命はこれいつも心配して来てくれるお礼にプレゼント本当は神楽にあげようと持ってたんだけどねもう用済みになっちゃったから」
「え?!こ、こんなに可愛いもの私には似合いませんしッそれにこれは私の役目で…」
握られた手に乗せられたのは桜の入った水晶が付けられているヘアゴム。だがこれがもともとはあの子供にあげるものであれば断った方が良いと思ったがそれを遮るように唇の近くに人差し指が向けられる。
「気遣っちゃめー、また子ちゃん神楽にも負けず劣らずの美少女だよ?似合うに決まってる、役目だろうがなんだろうが俺の為にしてくれてるのには変わりないし貰って貰って、それに…」
あんなやつら俺の家族でもなんでもないからね
銀時の赤い瞳はまるでこの世の闇を凝縮したような深刻さを秘めていた。目を合わせていればいつか吸い込まれそうになるほど、その闇は深く深く光を宿す事すら叶わなくなっている。躊躇うまた子は自分が若し銀時の立場に居たらと思うと胸を痛め、そのヘアゴムを受け取った。
「では、早速付けさせて頂きます!」
「うん、やっぱりまた子ちゃんに似合ってる綺麗な金髪してるし桜に映えるね」
「そ、そんな…ありがとうございます…!」
ベタベタに褒められるものだからまた子は頬を染めてあからさまな反応を見せる。そんなまた子を見て銀時は可愛らしい妹が出来たようで頭を撫でた。幸せだと実感することが怖い自分にとって、この場所は危険だと分かっているのにどうしても入り浸ってしまう自分が居た。だめだ、だめだ、と言い聞かせても彼への執着は止まない。まるで磁石の様に彼に吸い寄せられる。
「…また子ちゃんもう行っていいよ体調は大丈夫だしそろそろお風呂入ってきなよ、夜更かしは美容の大敵でしょ」
「はい、分かりました!銀時様おやすみなさい!」
「おやすみ」
ヘアゴムを渡した時と打って変わって元気そうなまた子に安堵しながらも彼女や、部屋付近に誰も居ないことを確認して俺は立ち上がった。数少ない置物の一つである小さな箱から俺はそれを出す。また子ちゃんが持ってきてくれた食事に添えられた水と共に流し込んだのは薬。薬と言ってもただの風邪薬だが俺はそれを三回に分けて4錠ずつ喉を通す。このどうしようもない感情を忘れさせてくれる唯一の方法であるそれは同時に背徳感を覚えさせた。
「…寝よう」
銀時は食事には一切手を付けずに布団へ逃げる様に潜り込んだ。誰も居ないはずの部屋に張り巡らされた視線の正体が判らずじまいの静かな夜は一人の男を連想させた。
銀時が完全に寝静まった頃、その男は顔を出し一言と口付けを置いて行った。
「馬鹿銀」
「晋助、俺なんかした?」
じんじんと太陽が窓から顔を出し、その痛い熱さを放っている昼。相も変わらず銀時は食事をせず自室に籠っていた。だが突然晋助が俺を抱き上げ、自室に縛り付けた。晋助の部屋は俺よりも物が少なく近くの柱に俺を拘束すればまるで断頭台の様にも思える。自暴自棄になっている俺を気遣って近頃は一人にさせてくれていたものの急にこうも乱雑に扱われては嫌な予感が絶えない。その恐怖からくるものなのかこの暑苦しい太陽からくるものなのか、汗は俺の頬を伝る。数分間翡翠の目に雁字搦めにされ、呼ばれてきたであろう万斉君とまた子ちゃんもこの最悪な光景に顔を引きつらせていた。すると長い長い沈黙が晋助の行動によって破られる。
「ぁ、がッ…?!」
晋助は俺の口内に遠慮なく長く細い指を入れ込んだ。あぁと俺は察すると同時に実感する。昨夜、いやここに来てからの抑え込んできた吐き気が体中を襲った。腹部から何かが込み上がってくる感覚が喉まで達した時、瞬く間にいつの間にかある袋に吐瀉物が見える。それに勢いずいてすべてを吐き出す。後々胃酸ばかりになるものの回らない頭はそれを認識しない。急な出来事に万斉やまた子は慌てふためいてるも流石の対応力とでも言おうか俺の背中を優しくさすったり零れ出た吐瀉物を拭き取ったりしている。はぁはぁと荒い息を上げると同時に目の前の男に視線を移す。彼の目には罪悪感が垣間見える。翡翠の優しさはそれを覆っていた。
「手荒な真似してすまなかったな、テメェは吐けって言っても吐きそうねぇから無理やりしちまった」
「…気付いてたんでしょ、いつから…?」
鬼兵隊の艦内から盗んだ薬を数箱使い切ってしまったことよりもその行為に至ってしまった背徳感が大きい。風邪等引くものは少ないから怪しまれないだろうと思っていたがまさか初めから気付かれていたのは驚きであった。俺に不審な点は無かった筈だと記憶を辿る。行きついたのは自室を用意された時の違和感だった。初めて自室で一人孤独感に泣いていた俺が覚えたその感覚は、誰も居ない筈の空っぽで静かな部屋で視線を感じた恐怖。籠り始めてから絶えず俺を見るその視線はなんだったのかと恐れていたが今わかる。晋助が俺の頬に手を添える。
「最初っから」
あぁ、この人はこんなにも俺を愛してくれているのか
愛おしい、愛おしい
空の何かに注がれる、満たされる
やみつきになる感覚
この男は恐ろしい
こんなにも俺を愛してやまない
そして愛されている
「ごめんねしんすけ」
目を細めた彼と唇を重ねる。
あたたかい
矢張り俺は、
この男が無ければ空っぽだ
「旦那アンタ部屋に籠り始めたと思ったらまた高杉の旦那にベッタリですかィ、四六時中そうも目の前で抱き合ってられちゃァこっちも持たないんですが…」
あれから二週間、銀時が自室に居た筈の時間は全て高杉で埋められた。いや一秒たりとも高杉からは離れていないのだが…。そして洗脳を受けていない真選組の二人は週に数回、隠れて鬼兵隊へ作戦会議に赴いていた。と、言っても内容が入ってこないどころか毎度目の前でイチャイチャイチャイチャ、嫌な効果音が付くほど惚気られている。
「しんすけ居なかったら死んじゃう、絶対離れない」
だがこの男はその台詞の一点張り。高杉が厠へ行こうとすると着いて行くし、就寝時は本当に一体となっているのではないかと思う程の密着度だ。高杉本人はと言うとそりゃもう嬉しそうだが、身動きがまともに取れずたまに不憫に思う。幼馴染である桂もここまでくるとは慣れていないそうで、少々焦りを見せていた。
「高杉の旦那ァ、それじゃァ作戦決行日アンタだけ動けねぇでしょう…なんか方法ないんですかィ?」
「そうだぞ銀時、いつでも俺に抱き着いても良いのだ」
「づらいやしんすけがいい」
「なっ…!!ヅラじゃない桂だ!高杉お前ももう少し策を考えんか!!お前だけ狡いぞ!俺にもモフらせろ!!」
「いや最後だけ本音出てますよそれ…」
山崎が突っ込みを入れると桂はうぐ、と俯く。銀時も迷惑を掛けている自覚はあるのか少々申し訳なさそうに眉を垂れ高杉の胸元に顔を埋めていた。こうして塞ぎ込む男の頭を高杉は優しくゆっくりと撫でると、作戦会議参加者達に配られた書類をもう片方の手で眺める。
「あの金髪野郎をぶちのす間は銀時を快援隊、バカ本に任せるつもりだ、作戦会議はもう必要ねェさ後は事が終わった時のコイツをどうするかだ」
「…しんすけと、離れる?」
今の銀時の精神状態はとてつもなく不安定である。高杉から少しでも離れてしまえば過呼吸を起こしたり妙な発作が生じたりと一時は大惨事であった。嘔吐の件からどうも高杉が坂田銀時そのものを支え保たせる精神安定剤と化しているのだ。
「半日だ、我慢したら褒美やるからバカ本のところで大人しく待っとけ」
「…ん、ぜったいかえってきてね?おいていかないでね?」
とは言っても何度かこの日の為に対策案を考えていたのだが、その方法に伴うリスクが大きすぎるため高杉はそれを避けていた。その方法とはたまと源外が開発した24時間持続可能な鎮静剤。使えるには良いのだが、毎日決まった時刻に飲まなければ今まで以上の発作が起きてしまう。試作品で数日を過ごしてみたが一度飲み忘れると危うく銀時が自害をしようとしていた。勿論止めたのは高杉なのだがおさめるにも数十分かかったのだ。作戦決行日、もし歌舞伎町の人間たちの洗脳が溶け元の生活に戻るとき銀時が以前の様に日々を過ごせるか、皆はそれが心配で堪らなかった。今は高杉晋助という男が居るからこそ彼は弱味を見せているが、高杉以外だとまるで別人かのようにその涙を見せず笑っている。銀時は一人でその重い傷と感情を背負い、一息ついているように振舞うのが得意だ。だからこそ、彼を一人にさせてはならない。
「…銀、誰もテメェを置いて行ったりしねェヅラでも坂本でも不本意だがそこの狗共でも、あの人…先生の代わりに撫でてくれる奴らは沢山いる、抱きしめてくれる奴らが沢山いる、テメェは先生より愛されてるからなァ自覚くらい持って過ごせ、分かったか?」
「、…わかった…でも…」
答えることへの躊躇いを見せるが不服そうに返事はちゃんとした。続く言葉に全員が耳を傾ける。
「せんせーはね、おれのせいでしんだんだよ、せんせー、ちちうえ、は…おれにたくさんくれた、しんすけも、づらも、たべものも、ねるところも、あたたかさも、ちちうえがくれたものぜんぶタカラモノ、ちちうえのかわりなんてしんすけとづらだけだもん、でも、おれ、じぶんでちちうえきっちゃった、ちちうえのヤクソクまもりたくて、タカラモノまもりたくて、ちちうえがくれたヒトのココロ、まもりたくて…おれはあいされていいヒトじゃない、またオニにぎゃくもどり…きんいろのヤツのせいでミンナがああなったのはわかってる、みんなあんなこといわないってわかってる、でもね、やっぱりみんなおれみたいなオニいらないんじゃなかって、おれみたいなダメだヤツいらないんじゃなかって…しんすけ、おれ、またひとりなのがこわいの、またひとりになるのがこわいの、もうだれもうしないたくないの」
徐々に小さく、震えていくその声から滲み出る負は何故こうも彼ばかりに纏わりつくのだろう。昔から高杉と桂はその疑問が絶えずにいた。この世界は彼にだけこんなにも辛く重い荷物を持たせるのだ。俺たちができるのは彼の荷物を一緒に背負うことくらい、桂の顔はまたぐしゃりと歪む。
脳裏に過る背中は大きくどれだけの荷物を背負ったのか測り知れない一人の男。彼以外にも、たくさんの者達に与えてきた男。彼の父親は何故あんなにも眩しいのだと、その大きな背中に付いていく。
「銀時、俺たちに先生の代わりなど務まらんさ。貴様が先生を斬ってしまったのは軟弱であった俺達にも非がある、先生もあの場の決断は本望であったろう…それに逆に心配で、怖くてたまらないのは俺たちもだぞ、お前が俺たちの前から居なくならないか本当に怖いのだ」
「っ…?!、おれ、っぎんっ…いなくならないよッ、?ぎん、みんないないといきてけないッ…ぎんから、みんなてばなすなんて、っ…しないッ…」
「それと同じだ銀、俺たちはなァテメェを手離せねぇんだよ」
その言葉に銀時の表情には安堵の色が見えた。
「銀時様、私はアナタが居る限り、アタナを支えます」
「あん!!あん!」
「旦那が居なけりゃ今頃真選組は無かったかもしれねェ、それに俺ァアンタのこと結構尊敬してるんですぜィ?」
「その通りですよ旦那!」
「銀時様に頂いたこのヘアゴム本当に嬉しかったッス!この木島また子、銀時様と晋助様に一生お仕えするッスよ!!」
「そうでござるよ、銀時の奏でる歌は静かで良いずっと聞いていたいでござる」
その場に居る全員が銀時へその言葉を投げかけた。松陽や、晋助、桂以外で初めて感じたこの感覚。満たされ、抱擁され絆される優しい感覚に釣られ俺はニコリと微笑む。
「おれ、がんばるね」
〇●〇
「まず源外様から頂いた対坂田金時用のこの刀を彼の頭上に差し込めば洗脳能力も自動的に解除されます、洗脳されていた者達の洗脳時の記憶は残るそうですが体質によっては綺麗さっぱり無くなるようです」
「ふん、めでてェおつむだなァ忘れておきながらそれすらも忘れるたァ…」
「落ち着け高杉、気持ちも分かるが今はあの金髪の始末が最優先だ」
桂も冷静を装っているものの声から出る鬼のようなそれは周りの人間を凍り付かせた。
「刀は三本あります、高杉様と桂様の所持は決定事項です他に所持希望をされる方は居られますか?」
「なら俺が持たせて頂いてもよろしいですかィ?」
たまの問いかけに唯一挙手をしたのは沖田。真選組最強を謳われる天才剣士だ。誰も異論はないだろう。それに高杉や桂も狗と言えど沖田の事は随分と気に入っているようだ。希望は快く承諾を得て、沖田に刀が手渡されると作戦会議が再開された。
「私達はお三方のどなたかが坂田金時をしとめるまでの誘導役です」
「金髪野郎についてはこれでいいだろうよ、あとは…銀」
作戦内容に耳を傾けていた銀時が名前を呼ばれることでビクリと肩を上げる。
「…テメェが望むなら、このまま鬼兵隊の中で居てもいいだがまた江戸に戻りってぇっつうなら俺は構わない、どうする?」
「……戻るよ、だってたまも沖田君も定春もジミー君も居るんだもん、きっと大丈夫」
「そうかい、ならアイツとも縁を切らねぇとなぁ?」
高杉の言葉に沖田と山崎は何かを思い出したように固まる。浮かんだのは一人の上司で、いつも銀時といがみ合っているというのにそれと同じくらい仲睦まじく笑っていた男。
ここにきてから分かっていた
偽りの愛
偽りの笑顔
男、土方十四郎に向けられていたあの感情は嘘であったこと
だが沖田も山崎も今の状況になんの不満を持っていない
俺たちが覚えているのに、何故
あれほどまでに銀時を愛していた男が
それを忘れてしまうのか
「俺はね晋助以外なんにも要らないの、だから、あんなヤツ、もう知らない」
部屋に響きわたるその言葉は一日中、脳にへばりついたまま
離れなかった
銀時が土方に向ける笑みは評判だった。町を二人で歩く時も、屯所で仲良く話しているときも、彼の笑顔は夏の太陽のように輝いていた。だがさすがの洞察力とでも言おうものが働いてしまったこの沖田と山崎は銀時の笑顔の闇を知る。どんどんと深くなる空虚なそれに二人は何も見なかったと目を瞑っている。時折見せる触れては一瞬で消えてしまいそうなほど儚く脆い彼を拒み問い詰めるのは胸が締め付けられたからだ。それに銀時も限度は分かっているのか、土方とは手を繋ぐまでの関係である。脳裏にチラつく妖艶な男に彼は兎に角夢中であった。
「銀時、愛してる」
そっぽを向いたままそう言った男は耳を林檎のように真っ赤に染めている。
それを耳に入れてしまった沖田は、
残念だ
なんて同情をしてしまっていた。
銀時にもとの生活が戻ってきた。
高杉たちのおかげで簡単に事は済み、坂田金時の行方は掴めなくなった。
殆どの人間が洗脳されていたことを覚えていたのは驚いた。
万事屋に帰ると二人の子供が泣きながらこう言った。
おかえりなさい、そしてごめんなさい
俺はただいまとだけ返し二人の子供を撫でる。
あぁ真っ白だ
この前までは満たされていたのに
何故こんなにも
空っぽなんだろう
〇●〇
その日、歌舞伎町では祭りが開かれた。流石坂田銀時、と言っても良いくらいのその盛大な祭りに沖田や定春は顔をしかめている。
「いやぁ…万事屋には本当に悪いことをしてしまった…総悟オマエは万事屋の事覚えてたのか?」
何故だ、何故近藤さんまで怖く見える。沖田は困惑していた。普段どれだけ近藤さんが悪いことをしても甘く受け流していた筈なのに今はとても胸糞悪い。その横で笑うこの男もそりゃまた憎らしい。
「俺は忘れちまってた、お前が覚えてるわけねぇか」
体が痺れる。刀を抜きたいと、思ってしまった。定春は沖田の心情を察したのかいつものように土方や近藤の顔をパクリと咥える。
「俺ちょいと旦那と話してきやす」
そう言って向かうのは町の皆に謝られている銀髪の男、銀時のもと。目が合うと宝物を見つけたみたいにこっちへ向かってくる。さっきまでの忌々しい感情が抜け落ちた感覚がした。
「沖田君一緒に団子食べない?酒も用意するし」
「ならお言葉に甘えて…旦那、」
「ん?」
俺の呼びかけに尻尾が見えたのは気のせいだろうか。チラリと振り向く旦那はどこか物足りなそうにしている。
「俺が言うのもなんだすが…はやくあのニコチンと縁切って末永くお幸せにお願いしますねィ胸糞悪くてしかたねェや」
「はは言われなくてもそーするつもりだよ」
歯をむき出しにニカっと笑った銀時は団子やのおっちゃんのもとへ走り出す。あぁ強いな、なんて思ってしまった。最初の頃は高杉以外には恐怖の念しか抱いていなかったというのに、高杉が居なければ体調を崩していたのに、彼の涙が脳裏を過る。すると背後から気配がするのに気が付き振り向くとそこには山崎が経っていた。
「俺、今の局長と副長がちょっと嫌です…」
「なにいってんでィそりゃァ俺もだ…高杉の旦那と居る時の旦那の方が輝いてみえらァ」
「ゾッコンですもんね…笑」
「あァ…そんで金髪はどうした?」
「えぇと…高杉さんと桂さんのところです…」
「絡繰も恐れるたァあの方も鬼ですねィ」
今でも鮮明に思い出す。坂田金時を刺した後、そいつを見る桂と高杉の殺気は体の芯から震い立たされた。その時、心底実感したのは
〝 洗脳の影響を受けなくてよかった 〟
それほどまでに彼らから感じるそれは、恐ろしかったのだ。
「おーきたくん、奇遇だね」
祭りが終わり数日が経った頃、山崎と見回りから抜け出しお馴染みの甘味処へ向かった。そこには団子を片手に子供たちを撫でている銀時の姿がある。神楽は黒い隊服を見るなり虫を見る蔑みの目をコチラにうつした。こう思うとその目を向けたいのはこっちであった。こいつらを見るたび山崎と沖田の脳に蘇るのは銀時の涙。嫌でもその記憶は脳の中を走り回る。
「奇遇ですねィ、旦那も団子食べてて安心でさぁ」
「旦那こんにちは、三人で外食なんて珍しいですね」
また浮遊する記憶。何を食べても吐いてしまう銀時の苦しそうな表情が浮かぶ。奥に居るおばちゃんに団子四つと注文をすると旦那の横に腰をかけた。
「おいサド!銀ちゃんの隣とるなヨ!そこは私の特等席ネ!」
「知るか、旦那良いですよねィ?」
「うん大歓迎、ジミー君も座りなよほら団子余っちゃったしあげるよ」
「ええいただけませんよ!それと山崎です…」
「いやいいってもうたらふく食ったし、ね?」
「なっ…?!銀ちゃん私にもちょうだいヨ!」
「だぁめ、これはジミー君のなんだから」
「で、ではお言葉に甘えて…」
神楽と新八は銀時の前に立ち団子を食べていた。日差しが熱いのか座るのは嫌だと二人は立っているらしい。山崎は空いたもう片方の銀時の隣に座る。
「銀さんが人に甘味をあげるなんて珍しいですね」
「そう?この二人には結構あげてるよ?」
「ですねィ、旦那この前の饅頭うまかったですよ」
「あ!そうです!あれほんと美味しかったです!」
「おまじ?結構銀さん頑張ったから嬉しいわまた今度あげる」
その会話に子供たちは目を丸める。二人は銀時の手料理を食べたことがないのだ。勿論山崎と沖田は鬼兵隊の艦内にお邪魔したときに何度か頂いた。高杉と桂の自慢気な顔を思い出す。
「銀ちゃん私たちにも作ってヨ!」
「僕も銀さんの手料理食べてみたいです!」
「えー無理だって気分で作るし、二人にあげた饅頭だって試作品にすぎなかったし、それに食事当番は新八だろ?」
「へィ試作品だったんですかい、そりゃあ完成が楽しみだ」
「ま好み合わせるために甘さ控えめにしたけどどうだった?」
「あのくらいの甘さなら大丈夫だと思いますよ、ほんと美味しかったですし」
「そ?なら良かったぁ完成楽しみにしてて余分なやつだけあげるから」
「わかりやした」
沖田には分かる。合わせたのは高杉の事だろう。高杉は銀時の手料理をいつも無表情で食べてはいるがなぜかとても嬉しそうに見える。その光景があまりに幸せで自分と亡き姉と重ねてしまう。瞼の奥に焼き付いた姉の笑顔に絆されまたパチリと開く。そこには不服そうにこちらをにらんでいる子供たちだ。
「旦那たまさんは元気ですか?」
子供たちの視線に応えていると山崎が口の中で団子を入れたまま尋ねた。たまは銀時に鎮静剤を飲ませる役割を担っているため気になるのは当然だろう。
「え?なになに?また見合いの話?うちのたまはあげないよー」
「違いますよ!普通に!元気か聞いてるんです!」
「あぁ、元気もなにもあのババァ並に口うるさくなったからね?毎朝毎朝飽きずに…助かってるけど心配しすぎなんだよ…」
「アンタねぇそうさせたのは旦那本人なんですからそう文句は言わねぇ方がいいですぜ」
「わかってるけどよぉ…」
また子ちゃんがご飯と一緒に薬持ってきてくれたらぜったい飲むのになぁ…それは沖田にしか聞こえなかった言葉であった。銀時は紅い弾丸、木島また子を実の妹の様に可愛がっていた。そして時には姉の様に慕っている。
「気になってたんですが、たまさん毎朝銀さんと何してるんですか?」
会話に入ってこれず機嫌が悪い神楽をなだめようとしているのかただの好奇心なのか。その問いに銀時は一瞬顔を曇らせるもパッと無邪気な笑顔が戻る。
「家賃払えってこっぴどく叱ってきやがる、ばばぁも要らねぇ告げ口すんなよって話だよなぁ」
「まだ家賃払ってねぇんですかい?アンタも懲りませんねィ」
神楽と新八はこの状況、いや今の銀時に違和感を覚えていた。
目の前でいつの間にか仲良くなっていた二人と和気藹々と話している銀時が、
心なしか僕たちと話している時よりも
断然楽しそうに見えるのは、
気のせいだろうか…
その日の夜、土方十四郎は一人道場で大きな叫びを上げていた。
任務が入っていない平日の昼間、銀時は電話を前に子供のような笑顔で笑っていた。
「———!—————?」
その会話はテレビの音でよく聞こえず、気にも留めずにいた。ガチャリと音が鳴ると銀時は台所へ向かった。神楽は何かを察したのかその後を追う。
「あ!これ前言ってた饅頭アルか?!」
「あぁそうだ、これ沖田君と知り合いにあげるからちょっくら出かけるわ」
「な、私たちには無いノ?!」
「ねぇよ、もともと知り合いにあげるために作ってたんだから、んじゃ行ってくらぁ」
「銀ちゃん待ってヨ!!」
手を伸ばす神楽には目もくれず銀時はその大きな背だけを向けて玄関から出て行った。残された神楽、テレビでお通ちゃんのライブ映像を見ていた僕は顔を見合わせる。罪悪感が芽生えながらも僕はテレビを消し、神楽と共に音を立てずに家を出た。
今日俺は晋助に手土産を持って行く。何が良い?と聞いたら俺の作るものならなんでも食べると言い出すのでどれにするかは三日三晩悩んだが最終的には沖田君の助言もあり饅頭になった。勿論、とても助かったので試作品を山崎君と一緒に食べてと手渡すと美味しいという感想が返ってきてそれはもう嬉しかった。晋助は甘党では無いし抑も甘味は好まないので味付けは甘さを控えめにし、神楽が眠る深夜に作り終えた。
そして今俺は待ち合わせの人気の無い場所へ向かう最中である。だが後ろからはどうやら誰かがつけてきているのか嫌な気配と視線が絶えずにいた。俺も鈍ったのだろうか、その時は山崎君かな、と自己完結させて思い浮かべる彼の顔に笑みを溢す。
「しんすけっ!!!!!」
待ち合わせ場所にはもうとっくに彼は付いていてベンチの上で煙管を片手に座っていた。絵になるなぁ、と数秒見蕩れているも衝動が抑えられず勢いのまま晋助に身を委ねる。すると近くには誰かが居て高杉の首元から視線を逸らす。
「また子ちゃんだ、ふふこっち来なよ」
そこには俺があげたヘアゴムをいつもとは違い後ろで結ぶポニンテール状態の女の子。少し照れくさそうにモジモジと俯いているが少しずつコチラへ近付いてくるのが分かる。
「これ銀の手作り饅頭、これまた子ちゃん用の甘さ倍増のヤツ、晋助のは好みに合わせて味付け変えたんだよ?どうかな?」
丁寧に梱包しておいた饅頭を晋助は優しい笑みで受けってくれて一つ取り出すとそのままパクリと口へ運んだ。また子ちゃんもそれと同じようにゴクリと喉を鳴らし、饅頭を飲み込む。
「銀時様流石ですね!ほんとこれすごい美味しいっす!私銀時様の手料理ほんと大好きです!」
「俺好みの味だな、銀ありがとな」
口に合ったようで俺は安堵の息を漏らすと、そのままもう一度晋助の首元に顔を埋める。何やら状態を察したのかまた子は高杉の分の饅頭も受け取り姿を消した。
「久しぶりの晋助さいこう」
「だからってそんなにキツく抱き付くな、怪我してんだ痛ぇよ」
「怪我…?なにかしたの…?」
すると思わぬ返答にパッと晋助から離れて、痛むであろう箇所を探る。一瞬にして変わった銀時の雰囲気をおもしろがりながらも高杉は宥めるように頭を撫でた。
「ちぃと敵に峰打ち喰らっただけだよ気にすんな、」
「敵だれ、絶対ゆるさない」
「もう死んだわバカ、そう焦んなよ別に命に関わるわけじゃねぇんだから」
「…安静にしてね?」
そう言って俺は晋助の傷に手を添え眉を寄せる。少しの怪我でもこうも不安になるのは本当にどうかしているのではないかと自分でも怖くなる。
「テメェが言うな、そろそろ時間だ饅頭ありがとなまた今度作ってくれ予定が空きゃ連絡する」
「…うん」
お別れ、その時間が来たとなると矢張り銀時は今の顔を見られないように俯く。だがこう言うときは大抵、こうすると治る。
ちゅ、と言う生々しい音が聞こえると銀時は顔を上げ、高杉と目線を合わせた。そのまま強引でも、だが優しくもないキスを唇に落とし手を振る。
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