ゲートへ飛び込んでアードを離れた私達は、現在極彩色の空間。つまりハイパーレーンを航行中だ。こうなるとやることはないし、ブリッジに居ても眼が疲れるだけだから目的地へ到着するまで居住区で過ごすことになる。
この銀河一美少女ティリスちゃん号……デストロイヤー級重巡洋艦は、プラネット号の三倍の大きさがある大型艦だけあって設備も充実してる。居住可能な人数は半分にされているけど、その分質が高い設備が魅力的だ。一週間は暇だし、探検してみようかな。
そう思って自室を出たら。
「ばっちゃん、なにしてんの?と言うか、なにそれ?」
何故か廊下にはメイド服|(しかもクラシックタイプ)を着たばっちゃんが居た。ご丁寧に翼を出すためなのか背中に穴が空いてるやつだ。拘りを感じるよ。いやそうじゃなくて。
「えー?ティナちゃんは艦長、いや提督と言える身分なんだよ?☆地球では主に仕える人の正装だってさ☆」
「いや、だからってなんでメイド服?」
「えっ?だってこのままスカートからたくさんの爆弾を出したり鉄砲を撃ったり傘で弾を防いだりするお仕事だよね?」
待って!ちょっと待って!
「そんな情報、どこで仕入れたのさ」
「日本って地域のアニメってホロムービー。種類も豊富で面白いよ☆」
嗚呼、ばっちゃんが日本のカルチャー文化に染められてる……。
ばっちゃんの事だから、自分から染まりにいったんだろうけどさ。ただ、重度のオタクに成られても色々大変だからセーブしないと。
「取り敢えず、いつもの格好で居てよ。なんだか落ち着かないからさ」
「残念、アリアちゃん渾身の一作なのに」
「アリア、なにしてんの?」
『興味深い文化です』
まあ、うん。否定はしないよ。元日本人として、自分達の文化が他と違って異質なのは自覚してるけどさ。何十年経っても日本人は変わらない、そう言うことだね。うん。
何とかばっちゃんを説得して普段の天使みたいな装束に戻ってもらった。いや、この服も地味に露出多いんだよなぁ。地球の感覚から言えば下手をすれば痴女扱いだよ?
アード人のコスプレをしようなんて考えてる人は、相当な勇気が必要になるくらいには薄いもん。
さて、ばっちゃんの説得に成功した私は次にフェルとフィーレが監修して作り上げた植物園を見に行くことにした。広い格納庫の隣に使われていない区画があったみたいで、フィーレが意気揚々と工事をしていたのを思い出す。フェルも普段見ないくらいノリノリだったし、地味に楽しみなんだよね。
「お邪魔しまーす……ん?……水……?」
先ず最初に驚いたのは、足に跳ねてきた水滴の冷たさだ。よく見たら床一面に薄く水が張られている。床も鏡みたいな材質で、見下ろしている自分と波紋が広がるのが分かる。
周りを見ると、直接床に植えられた様々な植物が所狭しと並んでいる……まるでジャングルだ。一応道らしいものはあるけど、例外無く水が張られている。つまり歩く度に水が跳ねて冷たい。当然ながら私はアード人らしくサンダル履きなので、跳ねた水は直接素足にかかるわけだ。そりゃ冷たいよねぇ。地味に水温低めだし。
ん?
「えぇ……」
影を感じて見上げると、アードでもポピュラーな野鳥が飛んでいた。いやまって、動物まで放ってるの?
確かに結構な広さはあるし、高さもあるから問題はなさそうだけど。
……ん。
「歌声……?」
『古代リーフ語だと思われます。解析しますか?』
「待って、アリア。この声は……フェル?」
アリアですら知らない言語だけど、優しい歌声に誘われるように私は奥へ進む。そこは植物園の中心地で、大きな木が存在感を放っている。これって確か。
「世界樹、だっけ?」
『リーフ側の呼称ですね。神聖なものとされて、信仰の対象なのだとか』
世界樹なんて大層な名前だけど、別に特別な力がある訳じゃないし、そこらに生えている木だ。感覚的には巨大化したマングローブみたいな感じかなぁ。太くて立派な幹と、たくさんの太い根が周囲に張り巡らされている。
この世界樹も惑星リーフから持ち込まれたんだけど適応力が滅茶苦茶高いから、普通にアードの動植物と共存関係を構築してしまった凄い種だよ。
無数にある太い根の一つにフェルが座っていた。そしてフィーレはフェルに膝枕されて端末を弄ってる。やっぱり歌声はフェルのものだったみたいで、フェルは目を閉じて優しげな歌を歌い続けている。
よく見ると、周りに植物園に放たれた動物達が集まって歌を聞き入ってる。
『周辺の動植物の波長が統一されています。まるで一つの意思に導かれているような状態です』
「危険はないの?」
『恐らくは。しかし、あの歌は精神や肉体に干渉する可能性が非常に高いです。このままマスターフェルの歌を邪魔しないでください。解析を行います』
まあ、古代リーフ語はアリアからしても興味津々みたいだね。それに、精神や肉体に干渉するって話は穏やかじゃない。ちょっと気になるし、しばらくフェルの歌を聞こうかな。
私も近くの根に腰掛けてフェルの歌に耳を傾けた。アリアは影響があると言ってたけど、私は特に何も変化を感じない。だから、純粋に歌声を楽しめたのは良かったかな。
しばらくするとフェルが歌い終えて動物達が離れていく。最初に私の存在に気付いたのはやっぱりフェルだ。まあ、向こうも気付いていたみたいだけど。
「やっぱり来てくれていたんですね」
「まあね、植物園に来るのは初めてだけど凄いね。これだけの規模を用意できるなんて」
「フィーレちゃんが頑張ってくれましたから」
「別に、クラフトキットがあれば簡単だって。フェル姉ぇが居たからマナも充分すぎる程確保できたし」
クラフトキットは、マナを燃料として望むものを作り出せる装置だ。滅茶苦茶高性能な3Dプリンターみたいなものかな。流石に動物は無理だけど、植物は精製できてしまう。これを使うことで惑星のテラフォーミングも行われていた。マナさえあれば一瞬で基地を作り上げることが出来る。
まあ、フェル並みのマナがあればの話。普通は大きな建造物を作る時は月単位で時間が掛かるんだけどね。
「綺麗な歌声だったよ、フェル。リーフに伝わる歌なのかな?」
「お母さんが教えてくれた歌なんです。子守唄代わりにいつも聞いていましたから、いつの間にか覚えちゃって」
「ティナ姉ぇ、フェル姉ぇの歌はヤバいよ。聞いていると、何だかやる気が湧いてくるの!」
「へぇ、何か効果があるんじゃないかな?私には無効みたいだけど」
歌に力が宿る。前世じゃアニメの定番だったけど、アードじゃ当たり前のようにある。ただ、アリアも知らない古代の歌かぁ。
……まあ良いや、フェルはフェルだし。
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