校庭に響く、笛の音。
初夏の陽射しが少しだけ強くなってきた昼休み、学年合同の体育祭準備が始まっていた。
「リレーの練習、はじめー!」
「道具係、ライン引きお願いー!」
ぞろぞろとクラスごとに散らばる中、桃香は一人、緊張していた。
(やば……リレーとか、ほんとに辛いかも…運動神経いいほうかと思ってたけど)
少しだけ走っただけで息が切れそうになる。
ふと横を見ると、鼓一朗が、ジャージの上着を脱いでストレッチしていた。無駄のない動き。
すぐ近くでは、晴人がタイムを測ってる。
(やっぱ運動神経いいなあ…)
「桃香、練習走る番だよー!」
クラスメイトの声にあたふたしながらトラックのラインに立つ。
気合だけでどうにかしようと思っていた、そのとき――
「スタートッ!」
ビュッと音を立てて、隣の走者が駆け抜ける。
慌てて走り出した桃香は、バトンを握った瞬間にバランスを崩した。
「――わっ!」
ぐきっ、という音とともに、足がもつれて転ぶ。
手をつく間もなく、膝と手のひらが地面に打ちつけられた。
「桃香ッ!」
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄ってきたのは、晴人と鼓一朗だった。
「足……ちょっと、変なふうに……」
桃香の声が少し震える。
「立てるか?」
鼓一朗が低い声で聞くと、桃香は無理して立ち上がった。
「大丈夫大丈夫」
そう言うなり、桃香は保健室へ向かった。
「え、えっ!?ちょ、桃香…!」
「大丈夫だから!一人で行けるし!」
その顔は、無理している顔。
足を引きづりながら。
「…桃香って、こういう時ほんと迷いないよね」
「だなぁ」
「でも、そういうとこ……頼りになるよ」
――保健室について、湿布を貼ってもらった後。
桃香はベッドに寝かされながら、そっと呟いた。
「……頼れなくてごめんね、2人とも」
「時間がかかるみたい」
そして、カーテンの外から聞こえてくる声。
「無理すんなよ。お前、体力ないくせに頑張りすぎ」
「……わかってるってば」
でもその声は、なんだか少しだけ優しかった。
「次の種目、ドッジボールです!」
「よっしゃああああ!!!!」
放送部の明るい声が響くと、グラウンドの雰囲気ががらりと変わった。
「お前、大丈夫か?これ、まあまあガチだから…」
鼓一朗が心配そうに言う。
「うん。まかせて!」
桃香はふわりと微笑んだ。
…それは、嵐の前の静けさだった。
試合開始。
最初の数分。クラスの他メンバーがバシバシ当てられていく中、
桃香は一歩も動かず、敵のボールをじっと見ていた。
晴人が敵のボールを受け止め、鼓一朗がそれを拾って豪快に投げる。
その間を、まるで何でもないようにすり抜ける桃香。
「……っ!!」
次の瞬間、桃香の手がしなやかに空中のボールをキャッチした。
「今……取った?」
「え、桃香って…ドッジ、できたの?」
「できるわ!ボケえ!!」
周囲がざわつく中、彼女の瞳はどこか獣のように鋭く光っていた。
そこからは地獄の開幕。
「ナイス…!ってえぇぇぇ!?」
敵の1人が叫ぶ。
桃香が投げたボールが、空気を裂いて一直線に敵プレイヤーの頭部に命中。
「いった……!?なに今の速度…!」
「ア゙ア゙なんで頭やんねん!顔面セーフなるやんけ」
「やば、桃香ちゃん、目が違う」
「体育委員長みたいな動きしてない?」
「いやもうドッジ部だったでしょあれは」
「……お前、誰…?」
「…たぶん、桃香(ドッジモード)だ」
2人は呆気にとられながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
残り2人対3人。
「ここから逆転できたら、俺がゲーセンおごってやる!」
晴人が叫ぶ。
桃香はその声にピクリと反応し、目を細めた。
「覚悟してね、そこの3人」
そして、3連続ノーバウンドで当てて終了。
試合後。
「……ふー。終わった~」
「さっきまでの、お前、どこいったの?」
「え、人格変わってたよね?正直ちょっと怖かった」
「え?普通だったけど?」
リアルでもそうだが、桃香は**“ドッジボール中だけ戦闘民族”**。
2人はもう完全に尊敬と恐れを込めた視線で彼女を見ていた。