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職場の朝。 恒がドアを開けた瞬間、ひろはそこにいた。
一瞬、恒は足を止めた。 目の前にいるのがひろだと認識するまで、少し時間がかかった。
髪が短い。 声が、少し低い。 立ち方も、前より男っぽい。
「……ひろ?」
ひろは、恒を見て、まばたきを一度だけした。
「……久しぶり。」
恒は、うなずいた。 でも、すぐには言葉が出なかった。
印象が違う。 前は、もっと柔らかかった気がする。 今は、輪郭がはっきりしてる。 声も、落ち着いてる。
ひろも、恒を見ながら思っていた。
恒って、こんなにしっかりしてたっけ。 前は、ふわっとしてて、 どこか女の子みたいな雰囲気だったのに。
ふたりの間に、少しだけ沈黙が流れた。
恒が、ようやく口を開いた。
「……髪、切ったんだね。」
「うん。いろいろあって。」
それ以上は聞かず、聞かれず。 でも、そこから少しずつ言葉が増えていった。
「職場、変わってないね。」
「恒がいない間に、冷蔵庫壊れたよ。」
「え、あれまだ使ってたの?」
「使ってた。僕が直した。」
「ひろが? すご。」
「いや、叩いたら動いた。」
「それ、直したって言わない。」
笑いながら、話しながら、 ふたりは、開いていた時間を埋めるようにしゃべり続けた。
恒は、ひろと並んで作業をしていた。
ふと、右側から声をかけたとき、 ひろが反応するまでに、ほんの少しだけ間があった。
恒は、それを見て、何も言わなかった。
右耳が、聞こえづらいのかもしれない。 でも、ひろに気を遣わせたくない。
それ以降、恒は自然に立ち位置を変えた。 話すときは、ひろの左側に立つようになった。 バイト中も、ひろの右側をカバーするように動いた。
ひろは、それに気づいていた。
恒が、察してくれてる。 何も言わないけど、ちゃんと見てくれてる。
ありがたいと思った。 でも、口には出さなかった。
恒が何も言わないから、 ひろも何も言わずに、ただその気遣いを受け取った。
ふたりの距離は、言葉よりも静かな動きで縮まっていった。