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近江猿楽の楽屋にて
「おい!座長!大変だ!」
「どうしたよ、そんな慌てて」
「足利が…足利が世阿弥を囲った! 」
「なんだと!?」
「大和のヤツらに京を越されるとは…」
猿楽師達全員が慌てていたのは確か。座長だけが、ただ黙ってあぐらを組んでいる。しかし、1番の焦りを抱えていたのは、座長に他ならなかった。
(奴らに先を越されたとなると、京は今や奴らにまるっきり独占さるると同じ…)
「我々も幽玄な舞をすれば良いでは無いか」
「犬王…」
「座長、世阿弥が認められたのは【️技】です。奴にあって、我々にないはずがない。追うのではなく、越せばよいのです。」
「なるほど…」
「流石犬王だ!」
この犬王、「天女の舞」と評される程の御業の持ち主であった。周囲は歓喜と安堵に包まれる。座長ただひとりを覗いて
(犬王なら世阿弥に届くやもしれん…だが、犬王1人の技では父子に勝つことはできぬ。我々にあって奴らにない【️技】が必要なのだ…なにかないものか、、)
「…万五郎を呼ぶ…というのは、いかがでしょうかな?」
裏方の定吉が、みなが卑しむ名をあげた。
「な…!万五郎とな!?」
「万五郎か…」
猿楽の皆はまるで蛙を見る目で口を開く。
飄々とした空気の中、犬王は、歓迎とは一切真逆の感情を抱いていた。
「万五郎…(何やら下品な猿楽をしているを見たぞ…名は確か…万五郎)…座長、やつは確かに名をあげてきております。しかし、私も拝見いたしましたが、まるで能楽の風上にも置けぬ芝居をしております。我々が行っている品位ある能に、傷がついてしまいます。やつをこの猿楽に入れるというのには反…」
犬王が言の葉を落としきる前に、噂話が現実に飛び出してきたようだ。
「俺を呼んだか?」
「お前は…万五郎か!!お前!どこから入って…」
「いや、お前さんが慌てた様子だったもんで、開けっ放しじゃったぞ」
「な、なんと…」
「それより座長のおっさん。俺はあんたに取引をしに来たんだ」
「な、何を無礼な!この方は我らの師であり由緒正…」
「よい、お前は万五郎というものだな?まずはお前の芝居を見せてみろ。話はそれからだ」
「話が早いじゃないか。」
「イタタター!!おい!何を笑っとった!笑うな!」
「はは、」
「こら!あんな下品なもので笑うとは…は、はは」
「お前もじゃ」
「こりゃ違う!」
笑う気があるかないかではない。何故か笑ってしまうのだ!そう思った人間が何人いただろうか。きっと、座長と犬王ただ2人を覗いて全ての猿楽の人間はそう思ったに違いない。
「はは!こりゃ1本取られたな!」
「座長!…(これが…猿楽か?)」
犬王は衝撃を受けた。無論、嫌悪である。
「どうだったよ、座長」
「よくもまあ思いついたもんだ!」
「だろ!」
「…で、それがどう取引に繋がる」
「お前さんは誰だい」
「…犬王という者だ。」
「ああ!お前さんがか!噂は聴いとるわ〜、天女様だと!すげーな」
「…」
「ああ、取引についてだったな。あんたら、演目の合間に何してる」
「何って、次の演目の準備さ」
「その間客は何してる」
「そりゃ」
「例えば…」
誰1人として口を開かない。否、開くものがないのだ。
「いいか。猿楽師は演目の時しか客を見ない。だがそれは逆も然りなんだ。客は、演目の時にしか俺らを見ることができないんだよ。」
「何が言いたい」
犬王は少々不機嫌な様子で放った。先程よりはマシになったか、と万五郎は内心思った。
「つまり、その合間に俺を出せということじゃ」
「なんだと!?お前のあれを見せるのか!?我々の品位ある芸とかけ離れているではないか!」
「そうだ!客を余計遠ざける気か!」
「そこだ」
「観客はお前さん達の品位ある能で、神妙な心持ちになる。それはある種の『緊張』なんじゃ。」
「緊張…?」
「お前さん達の演目準備の間、俺が出る。無論客は緊張しとる状態じゃ。そこで、俺の緩くのっぺらいお笑いが緊張を一気に解く。そうなれば、緊張している客の飽きを無くす上に、世阿弥にはない【️技】もつく。 演目間の客抜けを防げて、これぞ一石三鳥じゃ。」
「…座長、たしかにこいつが言っている事はあながち間違いではない。しかし、こいつを猿楽として認めては、我々だけの問題に収まらず、品位を欠いた輩が猿楽をしだすやもしれません…やはり万五郎は危険では」
「犬王、お前の言いたいことは分かる。しかし、世阿弥にあって、我々にないもの…こいつしかいねぇよなぁ…」
「座長!」
「うし、万五郎。そこのでかいのが裏方の定吉、そこの若いのが犬王だ。あとはそれぞれ挨拶してこい。それが終わったら犬王と稽古だ。最も、お前がするのとは違うがな」
「おう!」
「座長…(こんなやつの面倒を…?)」
「挨拶回り終わったぞ。」
「…」
「どうしたよ犬王」
「お前のそれは猿楽とは言わない…何か別の仮名を作れ」
「仮名か…」
(あいつは万五郎か…狂言を吐きおって…って言われてたな)
「じゃあ、狂言で」
「狂言…か。お前にふさわしいと思うぞ」
「それほどでもないな!」
「褒めてないわ!…いいか、私はな、お前が猿楽師を名乗ることに反対していたのもだが、この由緒正しき猿楽部屋に、あのような交渉で入るのが気に食わんのだ!もう少し段階というのをだな…」
「わかった、わかった。あんたらみたいに上品じゃないもんで、悪かったね」
「…(やはりこいつとは合わん…)」
「あんたが神の芸なら、俺は人間の芸ってわけだ。」
「急になんだ(何を考えてるか分からんやつだな…)」
「じゃあ、勝負しようぜ」
「勝負だと? 」
「お前の神の芸と、俺の人間の芸。どっちが上に登れるかさ。」
「何で私がお前のようなやつと…」
「俺に負けたくないのか?」
「…いいだろう。無論、勝つのは私だがな」
「そう来なくっちゃな(案外ちょろいんだな、こいつ…)」
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