「はいどうぞ」
すり寄る猫に餌をやって一息つく。
何故あんなことを覚えてないのかと動揺はしたが、だんだんともういっそ思い出させなければいいのでは?と考え始めた。うん、それが一番。
あんなの忘れた頃に言葉となって投下されたらたまったもんじゃない。
ーーー
「いっ…!」
ソファの脚に頭を思い切りぶつけ、最悪な気分で立ち上がる。
「ぷっ…」
「うっしー?…ごめん、起こした?」
「あぁー…大丈夫。おもろいもん見れたし。」
「そっか」
「まぁまぁ。ゆっくり行ってこいよ」
「トイレちゃうよ」
一緒に寝ていたうっしーを軽くあしらって目的の場所へと向かう。それはキヨ君の場所。べつに夜這いとかそんな女の子がする漫画みたいな目的ではなく、只々ペットボトルの水が無くなったからコップを借りていいか聞きたいだけ。
「ねぇ、キヨ君。」
「………」
「…キヨぉー」
「………」
人間はこんなに揺すっても起きないものなのか?いや、起きるだろ普通。疲れすぎたとか?けどいつもと何にも変わってなかった。
「キヨさーん」
「………ん…?」
「起きた」
「………あー…」
「…?……?!」
何故か右手が暖かい。その答えは簡単だ。目の前の男がきゅっと手を握ってきた。
「キヨくん?」
「んぅ……」
「うっしー!」
離す気が全くなさそうなので助けを呼ぶ。残りの二人を起こしてはいけないので、息の音が耳に触れるくらいの音量で。
そうしていると「あいよ」と言いながらうっしーがトイレットペーパーを手に持ちトイレの前でうろうろと俺を探していた。
「こっち!」
「…え?あ、そうだった」
「助けて」
「え…やだ」
うっしーは一歩後退りをして見たこともない構えをする。そう言ってもやっぱり手伝ってくれるのがこの男でできる限りのことはやってくれた。
「あ、イケる!!」
キヨ君の手が剥がれたとき直ぐに自分の手を引っ込める。だが、また掴まれて振り出しに戻ってしまった。
「ぅい…」
「…まぁ、ここでも寝れる。頑張れ。」
「うらぎりものぉ」
「いや無理なんだって」
からりと乾いた声で笑うと少しこちら側に布団を近づけてくれて見える位置まで来てくれた。
「寝れる?」
「…うん」
「そ」
「…ありがと」
「いーえ」
本当に罪な男だ。俺が女の子だったらこの男のことをきっと、好きになっていただろう。
そんなことはさておき、この状況。さてどうしたものか。
「…キヨくん?」
「………」
起きない。
ここまでして起きないなら当然か。
「…いいかげんにし」
「ん……」
「っわ」
まずい。
ますます状況が分からなくなってきた。何故?なんで?俺は今こんな奴に抱きしめられてるの?
寝ているのかと疑ってしまうほど力は強く、逃さないとでも言わんばかりだ。
背中から聞こえる彼の心臓の音は俺のよりもずっと優しくて落ち着いていて、一人だけで焦っている自分がなんだか阿呆らしく思えてしまった。
「…さん」
「キヨくん?起きてる?」
後ろのやつにしか聞こえない音量で二度ほど話しかける。
だが、相変わらず反応がない。
キヨ君はベタベタと俺の顔を叩いて不満そうな寝言を漏らす。
今度は何だ。
「……ひっ」
急に腕の力を緩めたかと思ったらぼすりとキヨ君の方に顔を向かせられ、ソイツの服に押し込められた。しかも足まで絡めてきてつい声が出てしまう。
「キヨくん!」
あぁ、もう最悪だ。抵抗する気すら失せてしまった。べつにコイツのことが嫌いとかそういうんじゃない。
ただ友達として心を許してるから、だから、こんなに強く抱きしめられても許すことができた。
ーーー
「…はぁ…」
しまった。そのままソファで寝てしまっていたようだ。
しかも嫌な夢付きで。
もうこんな時間だとふとテレビに目を向ける。今日は大事なイベント。
なんてったって、全然イベントをやらないもんだからココを逃すと後がない。
そう思ってうきうきで出かけて待ち合わせ場所が目に入る。
「は」
もうそこには万年遅刻野郎がついていたのだ。しかも視聴者に見つかって握手も迫られてる。彼処には絶対に飛び込んで行きたくない。
俺が影の方で軽くスマホを触ってその波が過ぎるのを待っていると、彼からの連絡でスマホが振動する。
『どこ』
それぐらいの余裕が出来たのならもう行けるだろうと足を一歩踏み出すと斜め上から「みっけ」と声が聞こえた。
「ウォッケ」
「みっけたってこと?」
「いや、ただの反抗」
「なーんだ」
帽子を深く被ってへへっといつもと違う笑い方に少し違和感を覚える。
だが俺には笑い方なんて関係ない。そう思いながら電車へと向かった。
…混んでる。
電車はほぼ満員電車同然の人の量。俺が人混み嫌いな事を見越してか、窓側に追いやってくれる。
こんなことを言ってもやっぱり満員電車とは少し違って、まだスマホを触るぐらいの隙間があった。
俺も小さくスマホをイジるとキヨ君が好きそうな話題が目に入る。
こんな近い距離。だが、小さな電子機器を見せるのには近すぎる気もする。
チラリと目線と同時に画面も彼の方へと向けると自分自身のスマホに釘付けだった目線が直ぐに此方へと向く。
「ん?」
自然に漏れた言葉だろう。相変わらず根が優しい。これがコイツだ。
「ふはっ」
俺のチョイスはいいだろうと言ってやるようにじっと見つめて小さく目を細めると俺の威張りなんか気にせずに「大丈夫?」と聞いてくる。
確かに人が増えてきたが、そこまで心配しなくてもいいのに。
俺だって男なんだから。
続
ーーー
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