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12 - 破損なんかじゃ済ませない

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2024年03月22日

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あ、見えた。

目的地は駅のすぐ近く。ついさっき、電車内の人が増えてきて彼を窓側へと追いやった。俺だって人混みは苦手だが、彼のほうが苦手。倒れられたりしたらたまったもんじゃない。

ドアが開くとそっと引っ張って転けないようにと無意識でしてしまう。サバイバルだとかなんとか言っているがそんなもんじゃないだろう。

イベント会場には思ったよりも男女の客はいない。そりゃそうか、俺らが好きになるやつだもん。

「これ、見せるだけだよね?」

少し心配になって彼に問うと多分、と小さな心配が垣間見える返答をされた。

素で不安なときはなんとなく分かる。なんでだろうね、もともと心配性ってことを知っているからかな。


「お、おぉ」

案外すんなりと中に入れてもらい、浮足だつ彼を横目で見る。

別に特にこの話がしたいとかじゃなくてただ時間が過ぎていく。

「キヨ君。」

黙ってそちらに振り向くと、「これ、ほんとにお前」と一つの写真に指を指し、くすくすと笑う。

「ちょっと似てるのやめろ」

此方も笑ってやると、笑いを堪えるようにして笑う。話の内容なんて覚えちゃいないけど、楽しめたとは、思う。


少し日が落ちて小さくなった日を見ると離れるのが嫌かもなんてらしくもないことを考える。けれど彼はそんなこと、考えてもいない。

光と影が見え隠れする道を一歩一歩進んでいき、「ご飯、食べる?」なんて優しく聞いてきて、聞かなくてもいつも行くに決まってるのに。何かずるい。

「…焼肉。」

「…なんか機嫌悪ない?」

「焼肉屋がここら辺ない」

「んー…じゃあ、いつもの場所行こ。一旦戻ってからさ。」

それでいいでしょとレトさんは目を瞑って念を推した。


久々の焼肉はいつもよりも美味しく感じる。猫のことを尋ねれば、軽い近況報告が聞ける。そこから永遠と話してしまうのだから怖いったらありゃしない。

「それ、焦げそう」

レトさんにふと気づいたことを告げながら皿に入れてあげると俺に食べるように促してきた。

「焦げだからって嫌がるな」

「キヨ君に、プレゼントだから」

すいっと此方のタレにつけられてしまえば俺の負け。彼は少し油分で光る唇を動かして言葉を紡ぐ。

「キヨ君のも頂戴よ」

「…えぇ……。」

そこで直ぐに思い浮かんだのは、嫌よりも、仕方ない。この人だから、が滲んだ気がする。

網の上には三枚の肉。どれも種類は同じだが、生焼け、少しの焦げ、丁度いいぐらいの三種類がある。彼は生焼けをあまり好まない印象があるとか、そういった分析もせずにただ、あげたいと思った俺が一番美味しいと感じるものを箸が勝手に挟み込んでいた。

両手で抱えられたレトさんのお皿に入れてあげると食べながら嬉しそうに笑ったあと言葉を吐き出す。

「人が焼いたお肉はなんか美味しい」

「…俺のだから」

「もう俺の。」

違う。

俺の肉ってことじゃなくて俺からのだからってこと。それを言いたいの。意図を汲み取れよ。

「なに?」

「俺の、美味しい?」

「…はいアウト」

いひひなんていじらしく笑って誤魔化すけど、甘い空気にうまいことならないかって考えてしまっていた。知りたくないなぁ。

もっと貴方が流されてくれるなら、認めてもいいのに。


相変わらず長い時間までここで居座ってしまって、寒いからか日が落ちるのも早かった。

「じゃあね」

軽く言葉を出して直ぐにレトさんは背中を向ける。

「まっ……て」

なんで、どうしたら、理由は、そんな曖昧なことばかり頭で踊らせていてもきりがない。そう思ってから動くはずだったのに、彼の腕を今、俺は掴んでしまっている。

「………や、っぱ大丈夫」

この先を、知りたい。けど踏み込みすぎるのは悪手だよね。街灯が点滅を繰り返して返事をしてくる。

「…キヨ君」

「え?」

「またね」

引き止めてくれた声に安堵して勝手に浮かれたまま俺は置いていかれた。彼は振り向きはしなかったが、いつもよりも早足だったような気がした。

何度も反芻してしまう「またね」という一言。彼はそんな言葉を滅多に使わない。動画でとかどうとかは知らないが。レトさんとは真逆にゆっくりとぼとぼと歩いて帰ると携帯電話が震えだす。その画面には彼の名前。

「…もしもし」

『もしもし?今どこ?』

「今は…家の前」

『遅い。早く部屋行け』

「え、あ、はい」

頭が正常に働かないまま部屋に向かい、鍵を開けてから画面をつけると通話は切れていた。一体何が起こったんだと考えていると、『入ったら連絡して』と来ていることに気づく。電話をかけようかと思ったが渋って文字でついたの三文字を送信した。

「はやっ」

『たまたまね』

既読がついたと思ったら即座に通話画面が表れて驚いた。

玄関で靴を揃えて、手を洗ったあとソファに腰をかけて中身が空っぽの会話を続ける。

「なんで電話かけてきたの」

聞くつもりがなかった言葉がするりと解けて落ちる。

『んー…分かんない。強いて言うならぁ…今日は泊まらせたくなかったから?』

「…どゆこと?」

『お前今日なんか寂しそうだったじゃん』

「え」

何かが胸に刺さったような感じがしたが、彼はなんか違うかもと唸り始めた。

『なんか、最後の方だけだけど、俺が特に感じたのはね。』

「うん」

『待ってなんていつもはキヨ君言わないじゃん。』

「…うん」

『そのまま付いてこられるの今日嫌だなーって』

「なんで?」

『なんでって…そりゃあ男に抱き締められて寝たくないし』

「…ん?」

レトさん、この前抱きしめられてたなんて言ってたっけ。段段と働かなくなる思考は容量を少しでも小さくしようと勝手にまとめを始める。

「えっ…と…レトルトさん?」

『はい?』

「…俺、抱き締めてましたか」

『……え、ぅわ、あれ?』

彼がお手本のように戸惑いを続ける。俺も感情がぐちゃぐちゃに混ぜられていて頭が追いついてはいない。

『…言わなくてもいいかなって思って』

観念したかのように小さく囁く。

「それは…」

肯定ととっていいんだね。

『もういいじゃん、終わったんだし』

「何で…逃げなかったの?」

『気持ちよくお前が寝てたからだよ、力強かったし』

綺麗に擦り抜けるの上手いなぁ。来世は蟹になれるかもね。

「よく寝れたね」

『そりゃ…疲れてたし寝るよ』

「…レトさん」

『ん?』

「俺に……んー、やっぱりいい」

『そう?』

「…うん、おやすみ」

『おやすみ』

「あ、ちょっとやっぱ待って」

ここで出てきた芽を絶対に逃してやらない。滑り込んだのを無視するわけにはいかないだろう。

『なに』

「明日暇?」

『…えー…』

「まだ何も言ってないじゃん。暇なの?」

『寝る』

「暇ね」

そこからずるずる話が延びて何時に終わったのかは分からない。

ただ、分かったこともあった。だがカマをかけてみたかった気持ちもある。「抱き締められたの嫌だった?」って素朴な疑問。

俺の望んでたあの雰囲気に呑まれていたレトさんなら多分ふざけることは難しかっただろう。けれど呑まれていなかったら俺が傷ついて終わりなので何も言わないことにした。


少しずつ、本当に少しずつ。本音が壊れて出てくる彼を見逃してやらない。

あっちを先に自覚させてやる。

振り回されるだけじゃ気が済まないからね。




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