コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
レイチェルが
ゆっくりと瞼を開いた。
目の前に広がるのは
見知らぬ天井。
木目の温もりが感じられる板張りの天井は
古びている訳ではないが
落ち着いた色合いをしていた。
それが
自分の知る
どの部屋の天井とも違う事に気付くまで
暫くの時間が掛かった。
ーここは……どこ……?ー
意識が覚醒していくにつれ
身体の感覚が戻ってくる。
鉛のように重く
まるで全身に
泥が纏わり付いているかのように
気怠い。
それでも
どうにか腕を動かし
シーツをゆっくりと引き下げる。
その瞬間⋯
指先に伝わった
ナイフが肉を貫いた時の
生々しい感触が蘇った。
ーズブ⋯ッ
嫌な音と
突き刺した瞬間の気味の悪い柔らかさ
そして指にまで感じた
生温かい血の感触。
それは
たった一度の動作では無かった。
何度も何度も振り下ろした
繰り返しの感触が
波のように蘇る。
「……っ」
息が詰まる。
レイチェルは震える指を
恐る恐るシーツの上に晒した。
血は⋯付いていなかった。
爪の隙間も
指の皺の間も
まるで普段と変わらない。
あの凄惨な光景が
何もかも夢だったのではないか
とさえ思えた。
けれど
記憶は余りにも鮮明すぎた。
あの温かさ
あの感触、
鮮血が弧を描いて飛び散る様子⋯
どれもが生々しすぎる。
(⋯⋯夢、じゃない⋯⋯?どっちなの⋯)
だが
その現実を確かめるように
自分の手を凝視しても
血の跡ひとつ見つからない。
意識が混乱し
強い目眩に襲われた。
ふと目を下ろすと
自分の手が通された
袖口の布地が目に入る。
ー自分のもの⋯ではないー
シンプルな白いシャツ。
袖は少し長めで
見慣れない刺繍があしらわれていた。
その一瞬で
レイチェルの心を
冷たい不安が支配していく。
(……やっぱり
夢じゃないのかもしれない……)
胃が軋むように痛み
喉が焼けるように渇く。
鉛のように重い身体に力を込め
どうにか起き上がろうとした。
「……ぅ……」
喉から漏れた声は
酷く掠れていた。
背中に力を入れ
腕を突っ張り
漸く身体を起こす。
その瞬間
ベッドの脇に蹲る
小さな影が目に入った。
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
ベッドのすぐ脇
木製の椅子に座り
ベッドの端に突っ伏すようにして
包帯を巻いた小さな男の子が
寝息を立てていた。
幼く
柔らかな銀色の髪が
さらりと額に掛かり
穏やかな寝顔が覗いている。
(……あの子だ)
飴をくれた
あの包帯を巻いた男の子。
瞬時に
それだけは理解できた。
けれども
どうして自分が
この場所で目を覚ましたのか
その理由は分からなかった。
レイチェルは
恐る恐る男の子の顔を見つめた。
ー彼は何の為に、此処に居るのだろう?ー
ー自分はどうして
ここに寝かされていたのだろう?ー
ーあの血塗れの光景は
いったい何だったのだろう?ー
次々と湧き上がる疑問が
胸の奥に鈍い痛みとなって広がった。
何処かで
酷く恐ろしい答えが待っている気がして
レイチェルは息を殺し
ただ男の子の静かな寝息を聞いていた。