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#先生と生徒
「……ほんま、真っ直ぐで可愛い人」
空の体温が胸に伝わる。
彼はいつだって優しい。こんな俺のことを、一番簡単に、そして深く受け入れてくれる。
「……空」
愛おしさが込み上げ、抱きしめられた背中にそっと手を回した。
このまま、甘い時間が続くのだと信じて疑わなかった。けれど…‥。
「……で、もとちゃん。アルバイト、順調?」
「へ?」
今、なんでこのタイミングで?
家庭教師のアルバイトのことなんて、空に話したっけ。夏休みから、その子の高校受験前日までの期間限定で行ってただけやのに。
「……いや、もう今はしてへんけど」
「……でも、その子と会ってるやろ?」
「へっ!?」
心臓が跳ねた。
確かに、合格後も仲良くなった縁で、たまにお茶に行ったりはする。けれど、それは相手のお母さんも公認の、健全な付き合いや。
「……会ってんねんな?」
空がじりじりと詰め寄ってくる。その瞳から体温が消えていくのがわかった。
相手は高校に受かったばかりとはいえ、まだ中学生や。何かあるはずなんてない。
「……たまに、奢ってって言われたらカフェに行ったりするだけやで? 俺からは誘わへんし、暗くなる前にちゃんと家まで帰す。なんも、やましいことなんてない!」
「へぇ」
冷たい視線が突き刺さる。
大ピンチや。このままだと、空のLoverの一人から脱落してしまう。
「……もとちゃんは、もっと自覚した方がいい。その優しさが、相手をいつでも勘違いさせるってこと。それから、お前が惚れっぽいことも、ちゃんと自覚して」
低い声。これは……怒っている。いや、嫉妬してくれてんのか?
けど、空は一体どこでそんな話を聞いたんやろう。
「……それ、どこ情報なん?」
「……本人」
心臓が凍りついた。
俺が言っていないということは、どこかでその子と繋がっているということか。
「……歩いてたら、いきなり声をかけられてん。『元宮先生の彼女さんですよね?』って。学校内の知ってるやつにならまだしも、校外の見知らぬガキに『彼女』呼びされた時の恐怖ったらないぞ?」
空がふっと口角を上げる。その笑顔が、今は何よりも恐ろしい。
「勝手に『彼女』なんて呼んでんのはもとちゃん、お前しかおらんもんな」
確かに、学校では空に迷惑がかかると思って、聞かれない限りは誰にも付き合っているなんて話していない。ましてや「彼女」なんて呼び方、口が裂けても言っていないはずや。
「心当たりが、な……あるわ!」
思い出した。確かに俺、あの子の前で「俺の彼女」って言った。でも、それは上重くんじゃなくて、その友達の半沢くんや!
「その子、どんな顔してた?」
「……目が大きな、中性的な男の子」
「髪が真っ黒で、いかにも元気な男の子! って感じじゃなくて?」
「うん、髪はちょっとブラウンで可愛いらしい感じの子やった」
「……やっぱり。その子、家庭教師に行ってた教え子の友達や」
「どういうこと? そっちとも何か関係持ってんの?」
空が「意味がわからない」と呆れた様子で聞いてくる。俺だってわけがわからない。わざわざ上重くんのフリをして、二人で会っていることを空に報告し、嫉妬を煽るような真似をするなんて。
「そんなわけないやろ! たまに上重くんとセットでおるから、一緒に勉強を教えてただけや。あ、前にその子に写真撮られてん。ほら、駅前で空といちゃついてた時の」
「……ほんで、彼女って紹介したん? 俺のこと」
「そう、紹介した」
……あれ。空、なんか嬉しそうじゃない?
これは、ピンチがチャンスに変わったというか、俺の株が上がったんじゃない?
「あ、待って……。俺、その子にデート誘われたかも」
「おい、こら。だから誰にでも優しくするなって言うたやろ」
呆れた空が、わざとらしくソファに倒れ込む。でも仕方ないやん。生徒の友達を邪険に扱えるわけがないやから。
「……ごめん。これからは思わせぶりな態度、絶対せんように気をつけるから」
空の上に覆い被さって、「ごめんな」と宥めるようにキスを落とした。
新先生には勝てへんかもと思ってたけど、これだけ俺のことで悩み、怒ってくれるのなら、一概に負けているとは言えないのかもしれない。
「……罰として、大学生になるまではなしな」
「……え?」
何の罰!? 俺、何も悪いことしてないやん! 勝手に好かれただけやん!!
「新が先か、お前が先か。大学生になるまで不安で震えとけ」
「……それは酷すぎる」
空にとって、半沢くんの突撃はそれほどまでにショックで衝撃だったらしい。
そうやな、これは俺の甘さや。誰にでもいい顔をして、みんなに好かれたいとどこかで思っている。そのツケが、このお預けという地獄として返ってきた。
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