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うっすらと明るくなってきた空。
フロントガラスの向こうに、朝焼けの気配が滲んでいる。
けれど、滉斗はまだ目を開けていなかった。
静かな車内、ほんの少し汗ばんだ額に、かすかに涼しい風が当たっていた。
夢を見ていた。
よくわからないけど、誰かに優しく触れられる夢。
頬に、首筋に、胸元に……それはどこかくすぐったくて、でも心地よかった。
そして、その手の感触には見覚えがあった。
——元貴?
夢の中で名前を呼んだ気がする。
その瞬間、熱を含んだ吐息が耳元に触れて、背筋がゾクリとした。
「……なんで、夢の中でまで……」
うっすら目を開けると、すぐ隣に人の気配があった。
まだぼんやりと霞んでいた視界の中で、はっきりと見えたのは、寝息を立てる元貴の横顔だった。
「……えっ……?」
混乱の中で、昨日の記憶をゆっくりと辿る。
打ち上げで飲みすぎて、帰れなくなって、元貴が車で送ってくれた——
それくらいまでは、はっきりしていた。
けれど、それ以降の記憶が、曖昧だった。
「……あれ、なんで……車の中?」
隣には元貴。
運転席を少し倒して、眠っているようだった。
その顔には、いつもの気怠げな余裕はなく、どこか疲れているような、安心しているような、静けさがあった。
滉斗は、ごくりと喉を鳴らした。
夢の感触が、やけにリアルに残っている。
触れられていた場所が、じんわりと火照っているような気さえした。
——まさか、とは思うけど。
ふと、自分の胸元を見下ろすと、シャツのボタンがひとつだけ外れていた。
それに、なんとなく車内の空気が、夜の間に誰かが何かを抱えていたような、そんな熱を含んでいた。
「……夢じゃなかったら……」
そう思った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
見てはいけないものを、体が無意識に覚えているような、
感じてはいけないものを、夢の中で感じてしまったような。
滉斗はそっとシートを起こし、身じろぎをした。
その音に、元貴がわずかにまぶたを動かす。
「……あ……ごめん、起こした?」
眠たげな声。
けれど、滉斗の顔を見た瞬間、その目が少しだけ揺れたように見えた。
「……昨日、ありがとう。助かった」
「うん、大丈夫だった? 水、ちゃんと飲めた?」
「……たぶん。なんか……よく覚えてないけど」
軽く笑ってごまかしたつもりだったけど、滉斗の胸の奥は、まだザワついたままだった。
夢の中で感じた温度と、目の前にいる元貴の体温が、重なる気がして。
——何かが、あったのかもしれない。
でも、それを確かめるには、まだ心の準備が足りなかった。
だから今はただ、こうして元貴が隣にいてくれることが、
少しだけ嬉しくて、少しだけ苦しかった。
To be continued…