ある日、変な老人が風のように現れて、主(あるじ)から命じられた修行の邪魔ばかりしてくるようになった。
せっかく汲んだ水を零され、桶を割られ、道を阻まれ。最初は抗議していたが止めてはくれず、相手をしているからダメなのだと無視を決め込んだが、それでも妨害は終わらず、とうとう怒りが抑えきれず飛びかかってしまったが、老人にいとも簡単にいなされてしまった。
老人は仙人なのだという。
たまたま見つけて興味が湧いたから、修行をつけてやろうと言われたが、自分には師でもある主がいるから不要だと断った。それなのに妨害は止まらず、それから毎日のように仙人の相手をするようになって―― ――。そうしたら、いつの間にか主の気配を感じ取れるようになっていた。
朝、食事を終えて水汲みに出かけるところから川辺まで。そして帰り道も、いつも付かず離れずの気配がある事に気づいて、悟られないように背後を覗いてみたら、木の影に隠れながらこちらを見ている主の姿を見つけた。
――どうして蒼翠様は水汲みについてくるんだろう。
――声をかけてはいけないだろうか。
どうすればいいか分からなかったので、毎日会ううちに少しだけ仲が良くなった仙人に聞いてみたら、
「声をかけたらあやつの自尊心が悲鳴を上げるじゃろうから、気づかぬふりをしておいてやれ。それがせめてもの情けじゃ」
と言われてしまった。どういう意味かは分からないが、気づかないままでいたほうがいいらしい。だがその言葉で二つ、分かったことがある。それは仙人が相手をしくれているおかげで日々成長ができていること、そしてそんな仙人を修行のために呼んでくれたのが主だということ、だ。
やはり主は優しい人だ。縁もゆかりもなかった子どもに、ここまでしてくれる人はそうそういない。
だからこそ、何か、今の自分にできることで恩返しがしたい。
しかし、まだ術一つ使えない自分に何ができるのか。悩んでいた時に声をかけてきたのは、主が一番信頼する配下の半龍人だった。
「蒼翠様の望みを知りたいんだろう? だったら、おあつらえ向きのものがあるぞ」
誰よりも長く主に仕えている自分だからこそ分かることだから信じてもいい。しかも簡単なことだ。そう笑顔を向けられ、興味が湧いた。
今の自分でも何かできることがあるのなら、やりたい。
そうして半龍人から教えて貰った「蒼翠様の望み」は、確かに主を喜ばせることができそうなことだった。だけど。
望むものを手にするためには、主と交わした約束を一つ破らなければいけない。それが心に重くのしかかった。
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