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「君、名前は?」

「ひっ人に名前を訊ねる前に、自分から名乗ったらどうですか?」

漂う怒気に思いっきり気圧され、上擦った声で口を開くと、見知らぬ男は眉間に刻んだシワをなくし、仕方なさそうな口調で語る。

「俺は山田太郎、31歳の独身で職業は会社員。さて君の名前を聞こうか?」

「待ってください。山田太郎だっていう証拠を見せてください!」

「チッ、騙されなかったか」

顔を横に背け、ボソリと呟くふてぶてしさに、大きな声で指摘してやる。

「そんな偽名、誰も信じませんよ。吸血鬼なのを隠すために、わざわざ使ったんでしょうけど、捻りがなさすぎます」

「俺のことを知って、どうするつもりなのだろうか?」

「それはこっちのセリフです。俺の名前を知って、なにかしようとしてます?」

逸らしていた顔を戻した見知らぬ男にやり返すべく、質問を質問で返した。するとゲンナリした面持ちでスーツの胸ポケットに手を差し込み、小さなパスケースを取り出して、俺に見えるように目の前に掲げる。

「俺は桜小路雅光、31歳の独身。職業は会社員。本人確認してくれ」

まるで、芸能人の名前みたいなそれを確かめるべく、掲げられたパスケースの中身の免許証と、本人の顔をしげしげと眺めた。

「桜小路雅光さんで、お間違いないようですね」

「わかってくれて、なにより。さて君の名は?」

訊ねながらパスケースをもとに戻す桜小路さんに、渋々自分の名を告げる。

「片桐瑞稀22歳、大学生です」

身分証を出せと言われる前に、肩掛けのバッグからそれを取り出そうと手をかけたら、手首を掴まれて動きを止められた。

「君は嘘をつかない、信じるよ」

「なん、で?」

「俺の勘。それなりに、いろんな人を見ているからね。嘘をつく人間はそういう雰囲気を醸しているから、すぐにわかる」

桜小路さんは掴んだ俺の手首をまじまじと見つめ、気難しい顔をする。

「なんですか?」

「痩せてるなと思ってね、ちゃんと食べてるのか?」

「桜小路さんには関係ないでしょ、放してください」

「すごくマズかったんだよ、君の血」

なぜか桜小路さんは、俺の手の甲に唇を押しつけた。また吸血されると咄嗟に思い、体がぎゅっと強ばる。

「安心してくれ。この姿のときは血を吸えない。それに――」

「それに?」

「マズい血だってわかってるのに、わざわざ吸わないさ」

カラカラ大笑いして、掴んだ手首を放してくれた。コッソリそれを背中に隠し、着ているTシャツの裾で拭う。なんとなく桜小路さんの唇の感触が、皮膚に残っている気がした。

「もうなにもしない。表に出ようか」

本物の吸血鬼を前にして、怯える心情を知っているのか、桜小路さんは俺の肩に腕を回して狭い隙間から、もと来た道に導く。仄暗い場所から脱出できたことにより、安堵のため息を吐いた。

「瑞稀、もう一度聞く。ちゃんと食べてるのか?」

「へっ?」

友達のような感じで自然に名前で呼ばれたせいで、目を瞬かせて桜小路さんを見上げた。さっきまで笑っていたのに、真顔を決め込まれてしまい、返事がしにくくて、口を引き結ぶ。

「抱きしめたときも思ったんだ。随分痩せてるなと。血のマズさを考えたら、栄養が偏っている可能性がある。それと物事に対する反応速度も、あまり良くないしね」

「えっと、三食きちんと食べてないです。バイト先の賄いで、なんとか飢えをしのいでる状態で」

「なるほど。大学に通いながら、バイトに精を出しているわけか。この時間帯まで働いているのも、バイトの帰りだったんだな」

「まさか吸血鬼に出逢うなんて、思いもしませんでした。そんなに俺の血は、マズかったんですか?」

顎に手を当てて考え込む桜小路さんに、思わず訊ねてしまった。

「今まで吸血した人間の中で、一番マズかった。それに君が催眠にかからなかったことが、未だに謎だったりする」

「そうですか」

「大学とバイト、どちらか楽しいことはないのかい?」

「えっ?」

意外な問いかけに、頭の中が混乱した。楽しいことを思い出したいのに、時間に追われる忙しい生活ばかりが、脳裏に流れていく。

「血のマズさは栄養の偏りと共に、健康的なメンタルにも影響を受けているんじゃないかと思ってね。疲れきった君の表情が、それを如実に表してる」

そう言って、ふたたび俺の腕を掴んだ桜小路さんは、どこかに向かって歩き出した。

「ちょっ、俺もう家に帰るところなんですけど!」

「俺が大学生のときは、オールで夜遊びしていた。それくらいの体力、まだ残っているだろう?」

「体力はありますけど、夜遊びできるような財力が俺にはありませんし、桜小路さんとは違うんです」

ほかにもぎゃんぎゃん喚きたてたのに、桜小路さんはそれすらもおかしいと言わんばかりに口角をあげて笑いかけ、強引にどこかに向かう。

引きずられるように20分ほど歩いた先は、真っ暗な会員制のテーマパークだった。

煌めくルビーに魅せられて

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