テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
《攻略表示(ウォークスルー・オーバーレイ)》。
変な魔法。
いや、地味な魔法。
でも――試してみたい。
そう思った時点で、たぶん俺はもう、この魔法にかなり興味を持っていた。
「では、簡単に試してみてもよろしいでしょうか」
俺が聞くと、山崎店長は穏やかに頷いた。
「もちろんでございます。店内の品に影響が出ない範囲であれば」
「ありがとうございます」
まずは簡単なものからだ。
店の入口を見る。
入口から出口まで。
まっすぐ進む。
この展示棚を避ける。
右へ曲がる。
そのまま出口へ。
頭の中で、動線を作る。
その瞬間。
床に、淡い青い線が浮かび上がった。
「おお……」
思わず声が漏れた。
青い線は、店内の通路に沿ってすっと伸びていく。
床から少し浮いている。
踏んでも邪魔にはならない。
けれど、はっきり見える。
その先に、小さな矢印と文字が出た。
【出口はこちら】
本当に出た。
俺が考えたルートが、現実の床に表示されている。
ノエルが噴き出した。
「本当に案内表示ね」
クロエも楽しそうに笑う。
「デパートのフロア案内みたい♪」
「否定できないのが悔しいな」
実際、かなり分かりやすい。
青い線を見るだけで、どこを通ればいいのか分かる。
曲がる場所も。
避ける棚も。
出口の方向も。
派手さはない。
でも、見やすい。
「これは……」
セリナが床の表示を静かに見つめた。
「道案内としては、大変分かりやすいですね」
「そうだな」
山崎店長も、感心したように目を細めていた。
「鑑定結果では承知しておりましたが、実際に目にいたしますと、ずいぶん直感的でございますね」
「俺も、思っていたより見やすいです」
「矢印や線だけでなく、短い文字まで表示できる。これならば、言葉で説明するより早く伝わる場面も多いかと存じます」
本当に品のいい人だ。
#現代ファンタジー
裏五条
56,382
こんな魔法を店内で試されても、嫌な顔一つしない。
むしろ、冷静に使い方を見てくれている。
◆
次に、近くの展示ケースを見る。
指輪。
ネックレス。
ブレスレット。
イヤリング。
いかにも高そうな装飾品が並んでいた。
いや、絶対に高い。
触ったらまずい。
近づきすぎてもまずい。
俺は展示ケースの周囲を意識する。
接触注意。
近づきすぎるな。
触るな。
すると、展示ケースの足元に赤い円が浮かび上がった。
円の内側に、短い文字が出る。
【接触注意】
「なるほど」
セリナが感心したように呟いた。
「危険箇所を視覚的に示せるのですね」
「そうみたいだな」
ノエルが赤い円の外側から、そっと手を伸ばす真似をする。
「ここに入ると怒られる範囲?」
「実際、怒られるだろ」
「怒るの?」
ノエルが山崎店長を見る。
山崎店長は、いつもの上品な笑みを浮かべた。
「大切なお品でございますので、できればお控えいただけますと幸いでございます」
「ほら、怒られる」
「怒ってないわよ。すごく丁寧だったわよ」
それはそう。
「なるほど」
俺が思ったものを、そのまま外に出している。
出口。
危険範囲。
注意表示。
つまり、俺が間違えれば表示も間違う。
便利だ。
でも万能じゃない。
そこは、はっきりしている。
「……これ、俺が思ってるより、使い方があるかもしれない」
自然と、そんな言葉が出た。
ノエルがにやりと笑う。
「ほら、顔が変わった」
「うるさい」
「シンゴさん、こういうの好きでしょ」
「……まあ、嫌いじゃない」
むしろ、かなり好きな部類だ。
ゲームで大事なのは、プレイヤーに迷わせないことだった。
次にどこへ進めばいいのか。
何が危険なのか。
どこを調べればいいのか。
それを自然に伝える。
矢印。
光。
建物。
地形。
看板。
敵の配置。
プレイヤーが気づかないうちに、進むべき方向へ向かうように設計する。
俺がゲームデザイナーだった頃、何度も考えていたことだ。
この魔法は、それを現実でできる。
「派手じゃない。でも、俺向きだ」
俺が言うと、クロエが笑った。
「うん。すごくお兄ちゃん向き」
フィーネも、どこか嬉しそうに頷く。
「……シンゴさんの見えているものが、私たちにも見えるようになります……」
セリナも静かに言った。
「戦闘中の連携にも、大きく役立ちそうでございます」
「そうだな」
これは、単独で敵を倒す魔法ではない。
だが、パーティ全体を動かす魔法だ。
俺が見ている盤面を、みんなと共有できる。
それは、思った以上に大きいかもしれない。
◆
マンションに戻ってからも、俺たちは《攻略表示》のテストを続けることにした。
山崎店長の店で、あまり大きな表示を出すわけにはいかない。
万が一、高級品に何かあったら洒落にならない。
いや。
本当に洒落にならない。
展示ケース一つで、俺の感覚がまだ追いついていない金額が飛ぶ。
ということで、広めのリビングで検証する。
「よし。もう少し使い勝手を確認しよう」
俺がそう言うと、ノエルがソファに座ったまま、勢いよく手を上げた。
「はい!」
「なんだ」
「ビールまでの最短ルート表示を希望します」
「却下」
「まだ何も試してないじゃない!」
「試す前から用途がおかしい」
「おかしくないわよ。生活に密着した実用テストよ」
「ビールに密着しすぎだ」
しかし、ノエルは期待に満ちた目でこちらを見ている。
天使の輪まで、なぜか少し輝いて見える。
仕方ない。
俺は冷蔵庫までのルートを意識した。
ソファから立つ。
テーブルを避ける。
キッチンへ。
冷蔵庫前で止まる。
床に青い線が出た。
その先に、短い文字。
【ビールは冷蔵庫】
「便利!」
ノエルが立ち上がろうとしたので、俺はすぐに表示を消した。
「いや、そういう用途じゃない」
「今のは完全に便利だったわよ」
「便利なのは認めるけど、目的が違う」
「目的なんて使いながら広がるものよ!」
「いいこと言ってる風にビールへ行こうとするな」
クロエがソファでけらけら笑っている。
「お兄ちゃん、生活魔法としても使えるじゃん」
「生活魔法にするつもりはない」
「じゃあクロエもやりたい。ソファまでナビして」
「そこから二歩だろ」
「いいからいいから♪」
俺はため息をつきながら、クロエの足元からソファまで青い矢印を出した。
【こちらへ】
クロエはその矢印に沿って、わざと大げさに歩く。
一歩。
二歩。
そして、どさっとソファに座った。
「すごーい。迷わず着いた♪」
「迷う距離じゃない」
「文明の勝利だね」
「魔法だよ」
「魔法の文明?」
「混ぜるな」
ノエルが悔しそうに冷蔵庫を見ている。
まだ諦めていない顔だ。
◆
フィーネは、さっきからずっと床の表示を見ていた。
楽しんでいるというより、観察している。
「……消費は少なめです……」
「そうなのか?」
「はい。ただ、広くしたり、複数同時に出したりすると、少し負担が増えそうです……」
フィーネは、床に残る魔力の揺らぎを見るように目を細める。
「……文字より、線や範囲の方が軽いかもしれません……短い言葉なら問題なさそうですが、長文は向いていないと思います……」
「なるほど」
それは大事な情報だ。
【右へ】
【止まるな】
【危険】
【集合】
戦闘中に出すなら、そのくらいがちょうどいい。
長い文章なんて読んでいる暇はない。
「情報量を絞る必要があるな」
「……はい……」
フィーネが頷いた。
「……出しすぎると、逆に見づらくなると思います……」
ゲームでも同じだ。
画面にアイコンを出しすぎると、何を見ればいいか分からなくなる。
警告を出しすぎると、本当に危険な警告が埋もれる。
必要な情報を。
必要な場所に。
必要なタイミングで。
そこを間違えると、便利なはずの表示が邪魔になる。
◆
「シンゴ様」
部屋の中央に立っていたセリナが、静かに口を開いた。
「戦闘中の指示にも使えそうでございます」
「やっぱりそう思うか?」
「はい。たとえば、わたくしが守るべき場所を表示していただければ、即座に移動できます」
セリナは二枚盾を持っていない。
でも、立ち姿だけで分かる。
この子は、もう防衛ラインを意識している。
「ノエル様の結界範囲や、クロエ様の攻撃範囲とも重ならないように調整できるかと」
「確かに」
今までなら、声で伝えていた。
セリナ、右。
クロエ、左の群れ。
ノエル、後衛に結界。
フィーネ、罠を見てくれ。
だが、戦闘中は声が届かないこともある。
爆音。
咆哮。
崩落。
魔法の衝撃。
鹿島の闘技場でも、何度も声を張った。
そこに表示があれば、かなり分かりやすい。
俺は床に赤い円を出してみる。
【危険範囲】
次に、その外側に青い線を出す。
【安全位置】
さらに、セリナの前に小さな盾のマークを出した。
文字ではない。
単純な盾のアイコン。
セリナの耳がぴくりと動く。
そして、すぐにその位置へ一歩動いた。
「この場所を守ればよろしいのですね」
「そういうことだ」
「承知いたしました」
早い。
言葉で説明するより、明らかに伝わりやすい。
セリナのように戦闘経験がある相手なら、記号と範囲だけで意味を理解してくれる。
これは使える。
クロエがロッドを持ち上げた。
「じゃあ、クロエの攻撃範囲も出せる?」
「俺が分かってれば、たぶん出せる」
「じゃあ、ざっくりでいいから出してみて♪」
俺はクロエの火炎魔法が届く範囲を想像した。
正確な距離はまだ曖昧だ。
魔法によっても違う。
出力でも変わる。
だから、少し大雑把な扇形にする。
床に、薄い赤色の扇形が浮かんだ。
【攻撃予定範囲】
「おおー。これいいじゃん」
クロエが目を輝かせる。
「味方がそこに入らなければ、遠慮なく撃てるね♪」
「遠慮はしてくれ」
「状況次第かな♪」
怖い。
本当に怖い。
ノエルも立ち上がった。
「結界を張る場所を先に表示してくれたら、私も合わせやすいかも」
「確かに。ノエルの結界と、セリナの盾の位置を合わせる時にも使えるな」
「ふふん。つまり、この天才天使の結界がさらに完璧になるわけね」
「自分で言わなければかっこいいんだけどな」
「言ってもかっこいいでしょ」
「まあ、結界は助かってる」
「でしょう?」
ノエルが得意げに胸を張る。
フィーネも小さく手を上げた。
「……罠の範囲も、私が見つけたあと、シンゴさんに伝えれば表示できます……」
「それもいいな」
フィーネが見つけた罠を、俺が表示する。
俺が見た床の傷や壁の違和感を、みんなに共有する。
それだけで、パーティ全体の動きが変わる。
フィーネが見る。
俺が判断する。
全員に見せる。
その流れができる。
「……すごいです」
フィーネが小さく呟いた。
「……シンゴさんの頭の中にあった攻略図が、外に出ているみたいです……」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
たぶん、それが一番近い。
俺たちはしばらく、いくつかの表示を試した。
矢印。
線。
丸い範囲。
扇形。
短い文字。
盾のマーク。
注意マーク。
足元の誘導線。
使えば使うほど、この魔法の性質が分かってくる。
これは、戦闘魔法というより――情報共有の魔法だ。
◆
一通り試したあと、俺たちはリビングのテーブルを囲んだ。
ノエルの前には、なぜかビールが置かれている。
「いつ取ってきた」
「表示がなくても行けたわ」
「自力で行けるなら最初からそうしろ」
「案内があると楽しいじゃない」
それは分からなくもない。
いや、分かりたくはない。
俺は軽く咳払いした。
「だいたい分かった。表示できるのは、俺が認識した情報だけ。表示そのものに攻撃力や防御力はない」
「見えるだけ、ね」
ノエルがビールを片手に言う。
「そう。見えるだけだ」
「でも、その“見えるだけ”が大事な時もあるわよね」
「たぶんな」
セリナが静かに続ける。
「表示は、他者にも見えるようでございます。わたくしにも、ノエル様にも、フィーネ様にも、クロエ様にも確認できました」
「そこは大きいな」
表示は短く、分かりやすく。
色や形で伝える。
ゲームのUIと同じだ。
必要な情報を、必要な場所に、必要なタイミングで出す。
それが、この魔法の使い方だ。
派手ではない。強くもない。
けれど、これは俺のための魔法だ。
そんな気がした。
コメント
1件
「地味だけど自分向き」って台詞、めっちゃグッときました。シンゴさんのゲームデザイナー時代の経験が、まさか情報共有魔法という形で開花するとは……。ノエルがビールまでのルート表示を要求するシーン、思わず笑いました(笑)。でもああいう軽いノリの中にも、フィーネが魔力消費を観察してたり、セリナが即座に戦術応用を考えてたり、それぞれのキャラの専門性がしっかり出てるのが好きです。表示って「見えるだけ」だけど、共有できることで戦術の幅がグッと広がる——その考え方が、シンゴさんらしいなと。作者さんの設計センス、今回も光ってました!