テラーノベル
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夜の帳が下りた寝室。
天蓋付きのベッドに腰掛け、私は獲物が来るのを待っていた。シャンデリアの明かりは落とされ、柔らかなランプの光だけが室内を照らしている。
やがて、扉が開いた。
「…………」
現れたのは、黒いガウン姿のカイル殿下だった。彼は部屋に入るなり、私から一番遠いソファの近くで足を止めた。
端正な顔は、見事なまでに強張っている。
警戒するように、室内をぐるりと見回す。テーブルに置かれた水差し。銀の杯。窓。そして最後に、私の手元から袖口まで確認するように視線を走らせた。
(……何よ、その目)
「……言っておくが」
硬く冷ややかな声で言い放った。
「妙な真似はするなよ」
「妙な真似?」
「毒でも刃物でも、何か隠し持っているなら今のうちに捨てろ。何かを企んでいるなら――ただでは済まない」
「…………」
花嫁に向ける台詞とは、とても思えない。
(まあ、幼い頃から何度も刺客に狙われてきた人だもの。警戒心が強いのは分かるけど……)
(だからって普通、初夜に花嫁を暗殺者扱いする!?)
「まあ。そこまで私を信用してくださらないの?」
「信用できる要素がどこにある」
即答された。
(ほんっと、失礼なやつ!)
「でしたら――」
私は両腕を広げ、にっこりと微笑んだ。
「お好きなだけ、お調べになればよろしくてよ?」
「……は?」
「ご心配でしたら――隅々まで、ご確認くださいませ♡」
「な……っ!」
意味を理解したのか、カイル殿下の耳がみるみる赤くなった。
(……ふふっ。可愛いところもあるじゃない)
「ふ、ふざけるな!」
「あら。私は大真面目ですわよ?」
私は自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「さあ殿下、夜は短いですのよ? 早くなさいませ」
「っ、俺に命令するな!」
不機嫌そうに肩を怒らせながらも、渋々と近づいてくる。そして、ベッドの端へおそるおそる腰を下ろした。背筋は不自然なほど真っ直ぐ。両手は膝の上。ガチガチの姿勢だ。
「こ、これは義務だ。勘違いして、俺に馴れ馴れしくするなよ!」
震える声で威嚇しても、説得力なんて欠片もない。
(はいはい)
呆れながらも、身体を少しだけ彼の方へ寄せた。 その途端、カイル殿下の肩が、びくっと跳ねた。
(分かりやすっ!)
「殿下」
「……何だ」
「本当にお嫌なら、今夜はお帰りになっていただいても構いませんわよ?」
「……何?」
「義務だからといって、嫌がる殿下を無理に引き止める趣味はございませんもの」
足を優雅に組み替えながら、挑発するように告げる。カイル殿下は悔しそうに形の良い唇を噛んだ。
「……い、嫌だとは言っていない!」
(あら)
帰る気はないらしい。
「では、遠慮なく」
私は、御託を並べ続ける彼の肩を、ドンと押した。
「わっ……!?」
不意をつかれ、彼は無防備に仰向けに倒れ込む。
「な、なにを……どけ、ソフィア!」
睨みつけてくるものの、起き上がろうとはしない。
「騒がないでくださいませ。……殿下が怖気づいていらっしゃるようなので、私にお任せいただこうと思いまして」
「だ、誰が怖気づいている!」
「緊張しているのでしょう?」
「俺は皇太子だぞ!緊張など――」
彼の胸元へそっと手を置いた。トク、トク、トク――。掌越しに、早鐘を打つような鼓動が伝わってくる。
「ふふっ。正直ですこと」
「な……っ!」
逃げ場を失った彼を見下ろし、耳元で囁いた。
「本当は何を望んでいるのか……全部教えて差し上げますわ♡」
***
小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から朝日が差し込んできた。深く息を吸い込み、ゆっくりと目を開ける。前世の不調が嘘のように、今の身体はエネルギーに満ちていた。
(やっぱり、若いって素晴らしいわ)
隣へ視線を向ける。広大なベッドの端っこで、カイル殿下が布団にくるまっていた。髪には寝癖がつき、一房だけぴょこんと跳ねている。
私が起きた気配に気づいたのか、彼がおそるおそるこちらを見た。そして目が合った瞬間――。
「っ……!」
パッと視線を逸らし、布団を鼻先まで引き上げた。
《な……っ。昨夜あんなことをしておいて、なぜそんな涼しい顔をしている……!》
(あらあら、可愛いこと。最初は「義務だ」なんて突っ張っていたくせにね)
明け方の出来事が蘇る。 ようやくまどろみかけていたというのに、背後から身体を引き寄せられた。
「どうなさいました? 私、眠いのですけれど」
「…………」
「殿下?」
何も答えない。けれど、私を抱きすくめる腕だけは離そうとしなかった。
「……もう一度……してくれ」
「え?」
もちろん聞こえていたけれど、私はわざと聞こえないふりをした。
「もう一度、何ですの?」
「…………」
「聞こえないので、はっきりおっしゃってくださいませ?」
「貴様……絶対に分かっているだろう」
「あら。何のことでしょう?」
「……っ」
悔しそうに黙り込む。それでも、私を抱く腕は解けない。
「……あの口づけを……もう一度してくれ」
「ふふっ、仕方ありませんわね。今日は特別ですわよ?」
結婚式の時と同じように彼の首へ腕を回し、唇を重ねた。
一度で終わらせるつもりだったのに。離れようとすると、引き止められた。気づけば、彼からは、すっかり余裕が消えていた。
「あらあら」
思わず笑ってしまう。
「ただの『義務』なのでしょう?」
「それは……っ」
「でしたら、もう少し頑張っていただかなくてはなりませんね。殿下♡」
「貴様……っ」
(……ふふ。完全に形勢逆転ね)
***
……そして、現在。
「おはようございます、殿下。昨夜はよく眠れましたかしら?」
「……あ、あぁ」
彼は布団からわずかに顔を出し、蚊の鳴くような声でようやく返事をした。
「……ふふっ。これ、どうしてくださいますの?」
指先で首元を示す。そこには、うっすらと赤みが残っていた。
「…………っ!」
彼は息を呑み、ものすごい勢いで顔を背けた。
「どうなさいました? 夫婦なのですから、恥ずかしがることなんてありませんわ」
「うるさい」
『あら。「もう一度』とおっしゃったのは、どなたでしたっけ?」
「~~~~っ!!」
カイル殿下は、完全に言葉を失っている。いじり甲斐がありすぎて、笑いが止まらない。
悠然とバスローブを羽織り、立ちあがる。顔は国宝級。身体も騎士団で鍛えられている。そのうえ、からかえば面白いくらい反応する。夫としては願い下げだけど――。
(案外悪くないかもね。……チョロくて可愛いし)
「ご安心ください。私は完璧な皇太子妃を演じてみせますわ。……今夜も、しっかりと『義務』を果たしていただきませんと♡」
そう、完璧な「仮面夫婦」を演じてみせる。そして、十分な資金をゲットしてドロンするのだ。ウィンクをして見せると、彼はそのまま布団の中に沈没していった。
(チョロすぎる……。これなら、逃走資金なんてすぐに貯まりそうね)
鏡の前で髪を整えながら、口元に余裕の笑みを浮かべる。死亡フラグ回避どころか、この世界での生活は案外、楽しめるかもしれない。
コメント
1件
ひよりさん、第4話楽しく読ませていただきました!強気なソフィアに翻弄されて、顔を真っ赤にしながら「義務だ」と言い張るカイル殿下が可愛すぎます……。あれだけ警戒していたのに、明け方に「もう一度」とおねだりしちゃうのがもう(笑)。「完全に形勢逆転」「チョロくて可愛い」と余裕のソフィアと、布団に沈没していく殿下の温度差が最高でした。今夜の「義務」も楽しみです!
花月夜れん
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ひより
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百はな🍑
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