わかっている。皆、ただ優しいだけで、そんなつもりはないのだと。
またやってしまった、と思わず口を噤み、視線を落とす。
と、ミラーナがそっと私の手をとり、視線を合わせ、
「ええ。ですから、お嬢様が私達の愛をぜーんぶ受け止めて下さらなければ。たった一人の大切なお嬢様であらせられるマリエッタ様を、皆、もっと甘やかしたいのです。ですので、たくさん我儘を言ってくださっていいのですよ」
「っ、ミラーナ……」
「さあ、お紅茶が冷めてしまいます。温かいうちにお召し上がりください」
微笑んで立ち上がるミラーナに、私はなんとか「……ありがとう」と絞り出す。
思うに、どう頑張っても口の悪さが直らない私が自分を嫌いにならずにいれたのは、ミラーナをはじめとする当家の皆が優しかったから。
そして、ルキウスが。
こんな私にいつだって優しく笑んでくれて、大切に大切に、私の名前を呼び続けてくれたから。
感謝はしている。大切な存在でもある。
けれど、違うのだ。恋の……アベル様を想うと感じる胸の高鳴りは、ルキウスには生じない。
理由はわからないけれど、それこそがまさに、”運命”である証拠なのだと。
「お嬢様、差し出がましいようですが」
ミラーナが少し遠慮したように言う。
「どうしてもルキウス様とのご婚約を解消されたいのでしたら、旦那様にご相談されてはいかがですか? 旦那様相手でしたら、ルキウス様もご了承くださると思いますし、王家との……アベル様とお会いになれる場もご用意くださると思うのですが……」
「……そうね。お父様ならきっと上手に立ち回って、私の願いを叶えてくださるわ。だから、駄目なのよ」
不思議そうに瞬くミラーナに、私は背筋を伸ばして、
「私だって、デビュタントを迎えたのだもの。この婚約破棄は私の我儘なのだから、私が自分で決着をつけなくちゃ。それに、それが長年私の婚約者でいてくれたルキウス様にお返し出来る、誠意だと思うの」
「お嬢様……」
ルキウスは私と違って交友が広いし、人に好かれやすい。
私が知らないだけで、”ルキウスの婚約者”だという立場であったからこそ守られていた部分も多いのだと思う。
だからちゃんと、私が自分で終わらせなくちゃ。
「とはいえ、今のままではてんで駄目ね。悔しいけれど、ルキウス様のほうが私より一枚も二枚も上手。のらりくらりとかわされて、いつまで経っても婚約の破棄などしてくれないわ」
「ルキウス様は以前よりお嬢様のことを、大好きでいらっしゃいますからね……」
「え、と。その、ミラーナは知っていたの? ルキウス様が私を妹のようにではなく、将来を誓う相手として”好き”だと想ってくださっていたって……」
「当然です! 私がルキウス様にお会いしたのは、既にお嬢様とご婚約を結ばれた後でしたが……。でも、おそらくはだからでしょうね。お嬢様付きの侍女になる私が、お嬢様を害さない相手なのかどうか。何度も査定さていされているようでしたもの」
「そう、だったの……」
ぜ、全然気が付かなかった……。
(なんで!? 私ってけっこう鋭いほうだと思っていたけれど、実は違ったの!?)
ショックに打ちひしがれる私に、ミラーナが「お嬢様は、そのお嬢様のままでいてくださいね」なんて慰めてくる。
今だ呆然としている私の頭をよしよしと撫でながら、薔薇を見つめ、
「贈る花に、ご自身の色を選ばずに、お嬢様のお色を選ばれるところがルキウス様らしいですね」
「そ、そう……なの?」
「ええ。ルキウス様はご自身が納得されたものしか、お嬢様にお贈りになりませんから。ルキウス様にとって、一番に美しく思えたお花が、お嬢様の髪の色と同じこの薔薇だったのですね」
「…………」
言われて、飾られた薔薇をまじまじと見つめる。
ルキウスが一番に美しいと。私の姿を重ねて選んできた、彼に贈られた薔薇。
(そ、そう思うと、なんだかちょっと恥ずかしいような)
羞恥に熱が上がってくるのは、このルキウスの行為が、妹扱いではなく情愛のそれだと知ってしまったから。
(で、でも、私の運命のお相手はアベル様なのだもの! よそ見はいけないわ!)
そう! これは決して浮気などではなく、思いがけない相手の突然の暴露に戸惑っているだけ……!
トクトクと速度を上げる、胸の疼き。その正体に納得していると、ミラーナが優しく両目を緩めて「うーん」と頭上の手をひいた。
思案するように顎先に指をあて、
「ルキウス様にこのご婚約を破棄して頂くには、お嬢様の言うとおり、なにか策が必要ですね。ルキウス様が大好きなお嬢様と、婚約破棄をしたくなるような……」
「……それだわ」
「お嬢様?」
唐突にひらめいた私は、勢いよくミラーナを見上げ、
「私を大好きで婚約破棄をしてくださらないのなら、私のことを大嫌いになってもらえばいいのよ!!」
そうよ! どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのかしら……!
突破口は見えた! とやる気満々な私に、ミラーナはなぜだか「そうですね」と苦笑交じりに頷いて、
「なんでもお手伝いさせていただきますので、頼ってくださいね。お嬢様」
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