バチが当たったんだ。
きっと、私のした事を神様が何処かで見ていたんだ。
ガラッと教室のドアが開く。入って来る3年の先輩。その手には私の上履きがある。
私は、一度目を閉じて息を吐いた。
入学式の日、同じクラスに中学からの友達がいた事が嬉しかった。
「由香!良かった一緒だね!」
友達は喜んでくれた。
「うん、ヒナが居てくれれば安心だよー」
私とヒナは、いつも2人で行動する様になった。
クラスの中に徐々にグループが出来上がって来ると、その中に入り込めない女の子が1人いた。ユリちゃんだった。
ユリちゃんは、県外から引越しをして来た為、同じ中学からの知人がおらず、また引っ込み思案な性格のせいか友達を作り辛いようだった。
だから、声を掛けた。
「ユリ、彼氏出来たの!」
3人で行動し始めてから暫くすると、ユリちゃんは急にそう言った。
「うそ、おめでとう!」
私はびっくりして大きめの声で祝福の言葉を掛けた。
私やヒナもだけど、ユリちゃんも大人しい性格だ。どうやって彼氏が出来たのかと聞いてみると、告白された、と言う。
凄く羨ましいと思った。私は、彼氏どころか初恋すらまだだったから。人を好きになるという事がまずよく分からない。ドラマや漫画を観てときめく事はあっても、自分が誰かに特別な感情を持つなんて、想像も出来ない。
私はそうだったけど、ヒナは違ったみたいだ。
「ユリちゃんおめでとう。そんな話聞くと、私も頑張っちゃおうかな?って思う!」
「ひなも?」
私は聞いた。
「うん。実はね、憧れてる人が居るんだ」
ヒナの憧れの人は2年の先輩だった。その人は同じ部活の先輩で、色々な事を助けてもらっているのだと言う。
私は人と関わるのが苦手で、部活にも入らずにいつも1人で帰っていた。その私が1人の間に、ヒナが私の知らない人と仲良くなっていったという事に、胸の中がモヤモヤする。
親友だと思ったのに。
翌週、ヒナはその先輩に告白した。私とユリちゃんが少し離れた所から見守る前で。
告白は、成功した。
私だけ、1人。
それからが地獄だった。
2人は、お互いの彼の話で盛り上がる。私だけついて行けない。他の話を振っても、面倒そうにあしらわれてすぐ彼の話に戻る。髪型を褒められた、手を繋いだ、明日一緒に出掛ける。
テレビや漫画の世界の中ではときめきを与えてくれたそれらの話が、目の前で繰り広げられる事が、苦痛以外の何者でも無かった。
つまらない。
そう言う気持ちが言わずとも伝わってしまったのか、段々と2人との間に距離が出来てきた。2人だけで話す姿、笑い合う姿。見ていると胸が痛い。
ハブられている、と言うわけでは無いが、仲良しなのか?と聞かれると微妙な線。
私はユリちゃんにヒナを取られたのだろうか。たかが彼氏がいないだけで。
そんな日々が続いた、ある日の事だった。
「由香はさ、好きな人とかいないの?」
何の悪意も無いであろうヒナのその言葉が、私の胸を揺さぶった。
私も誰かと付き合い始めれば、また3人仲良く話す事が出来る、と考えてくれたのかも知れない。彼氏くらい出来ないと、友達としてダメなんじゃ無い?と言われた様にも聞こえた。あるいわ、悪意が無いようで悪意のある言葉だったのかも知れない。とにかく、私はその言葉で酷く傷付いている自分に気付いた。
いないよ。
そう捨てるように言いたかった。
でも、と私は考えた。
もし、私に好きな人がいたら?
誰かに告白して彼氏が出来たら?
「実は、いるの」
口が動いていた。ヒナを取られたく無かった。また仲良く話したかった。だから・・・
私は、ウソをついた。
「えっ!誰々?」
ユリちゃんが目を輝かせながら聞いてくる。頭に浮かんで来る景色。下校時の昇降口横。
「あの、名前は分からないんだけどね」
いつも5〜6人で何をするでもなく話し込んでいる集団。
「私わかるかな?どんな人?1年?」
ヒナが聞いてくる。やっぱり目は輝いている。
「多分3年生。いつも帰りに昇降口横で座ってる・・・」
「ああ!あのイケメン集団ね!」
「みんなカッコいいよね!どの人?」
あの中で彼氏になってくれそうな人。1番軽い感じで、道行く女子全員に声を掛けていそうな、あの人なら・・・。
「背は低いけど1番明るい感じの。一緒にいたら凄く楽しそうだなって・・・」
ウソを付く声がどんどん小さくなる。罪悪感で声が震える。
「児島先輩だ!コジって呼ばれてる人だよね?」
私は頷く。
「由香!私協力するよ!」
「勿論私も!」
「やっぱり今ならシンデレラだよ!」
私はシンデレラになった。好きでもない児島先輩に告白する為に。そして、最悪な事になった。
隣の違う人に上履きは当たってしまった。