「残念だな、俺はいつだって君と話したかったのに。いつも君は俺から離れて……」
同じ場所にいても、すぐに視界から消えてしまう、それがどんなに寂しかったか。
「麗華と話しているのに、私がお邪魔してはいけないと思ってましたから」
「そんなことを気にしていたんだな……残念だ」
「……」
「あの頃、俺は誰かを好きになることが怖かった……」
「そう言えば、この前もそんなことを話してましたよね?」
「ああ。二度と恋愛ができないと思ってたのは、ある出来事があったからだ」
それは、今まで誰にも言えずにいた悲しい過去。
「26歳の時、俺は九条グループの中で、経営や医学、美容、仕事をする上で必要な知識を得るために様々な勉強をしていた。必死だった。その頃、グループの医薬品開発部の研究室で、2つ下の弟が研究をしていたんだ」
「慶都さん、弟さんがいたんですか!?」
「ああ、蓮(れん)と言うんだ。蓮にはその当時、大切に付き合っていた婚約者がいて、俺も当然2人を応援していた。でもある日、突然彼女は俺に告白してきたんだ。とても驚いたよ。俺は『蓮がいるのにどうして?』と問い詰めてしまった。あいつがどれだけ彼女を愛していたか知っていたから」
「そんなことが……」
「そのことが気に入らなかった彼女は、蓮に『慶都さんに無理やり付き合えと言われた。許せないからあなたとも別れる』と、嘘を言ったんだ。当然、蓮は激怒して、俺をののしり殴った。弟は……そのすぐ後に家を出ていってしまったんだ」
「そんな……そんなの悲し過ぎます。本当のことは言わなかったんですか?」
「自分は蓮を裏切るようなことはしていないと、それだけは言った。だが、蓮は何も信じられなくなったんだろう。心を閉ざし、口を聞いてもらえなくなった」
彩葉の顔が曇っていくのがわかった。
でも、俺は話を続けた。
「蓮とは仲良しだったし、あいつは誰よりも研究者としての才能があった。なのに、全てを捨ててしまったんだ。しばらくはどこにいるかもわからないままで、俺もかなりショックを受けた。気づいたら、そこから女性を信じられなくなって、恋愛するのが怖くなった」
全て、話してしまった。
きっと優しい彩葉は心を痛めてしまっただろう。
身内の恥を話してよかったのか?
それでも、彩葉には、俺のことを全部知ってほしかった。
「そうだったんですか……その後、蓮さんとは?」
心配そうに聞いてくれる彩葉。
「ああ、ずっと音信不通だったが、数年前に、結婚して海外で暮らしてると連絡があったんだ。今は幸せだから心配するなと。どうやら彼女の噂が蓮の耳に入って、結局は誤解だったとわかってくれたみたいだ。でも、まだ蓮とは会えていない」
「良かった……誤解は溶けたんですね。大切な御家族ですから、蓮さんに会いたいですよね」
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