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『_____昨夜午前未明、東京都〇〇区の繁華街裏の路地で女性の遺体が発見されました。警察の調べによりますと被害者の首筋には吸血痕のようなものがあり、死因は失血死の可能性が高く、吸血鬼による犯行として捜査が進められています』

『_____ここ数ヶ月、こうした吸血鬼による殺人行為が都内を中心に多発しております。特に人通りの少ない道や夜遅くの不要な外出は避けるようにと警察は周辺地域への呼びかけを強めています』

『_____もしも吸血の現場を見かけた際には迅速に救助と警察を呼んでください。決して一人で立ち向かわずにまずは助けを呼ぶことが人命救助の第一歩となります』

昼休み。机を並べて購買で買った菓子パンを頬張っていると、近くで食べているクラスメイトのスマホからニュースの音声が流れてくるのが聞こえてきた。

「最近本当に多いよね……吸血鬼絡みの事件。しかもさっきのニュースの現場ってここから結構近くない?」

紙パックの苺ミルクをストローで啜る桐生さんがスマホで先程の事件を調べてながら声をかけてきた。

差し出されたスマホの画面には地図のアプリが開かれており、確かに先の事件現場は風鈴高校からそれほど離れていないようだった。

「そうやなぁ…それに単独犯というよりも組織的な犯行の可能性もあるらしいしなぁ…あんま一人で出歩くのは危ないっちゅーわけやな」

「これほどまで食い散らかしててまだ捕まっていないってことは犯人は相当用意周到…一筋縄じゃいかないだろうね」

柘浦さんと蘇枋さんも身近な場所で起きた事件に関心を寄せているようで、神妙な顔をしていた。

この世界には「人間」以外に「吸血鬼」と呼ばれる種族が存在している。

見た目は人に近く、街中で吸血鬼を見つけることは至難の業だ。下級の吸血鬼は理性を保つことが不得意であるため、ときより街で騒動を起こしてはその度に警察や対吸血鬼組織によって拘束されているシーンも何度か目撃したことがある。

だが、上位の吸血鬼になればなるほど優れた知能を有しており、狡猾でなかなか尻尾を掴むことができない。

権威を持つ人間と結託して、犯罪や違法行為を組織的に行う吸血鬼もいると噂されている。

人間との明らかな差異は、彼らの持つ残虐性と何を主食として生きるかという点、そして吸血の衝動が露わになった際にその瞳がまるで鮮血のような紅色に染まること。

見た目がいくら人間に近くとも、彼らの主食が人であることには変わりない。動物や獣の血でもその渇きは満たすことができるらしいのだが、プライドと品位を重んじる吸血鬼がそれらの血で満足することはなく、結果として吸血鬼による殺人事件が後を立たないのが現状だ。

日光を嫌う彼らが潜むのは闇の中。

日が暮れるとともに巧妙に人間に化けた吸血鬼が夜の街に繰り出してくる。だからこの辺の地域の子供たちは大人たちに夕暮れ以降の外出を禁じられていた。

高校生になった今でもこうして度々報道される吸血鬼による殺傷事件のニュースを聞くと、夜の外出を憚る気持ちが強くなる。

「今日の見回りは吸血事件のこともあって、絶対に複数人のチームを組んで回るようにって梅宮さんから連絡が来てたね」

「……はい、吸血鬼らしき人物を見つけても単独行動をせずに級長か上級生に知らせること。決して手を出すなって書いてありましたね」

俺たち防風鈴の役目は街の治安維持。

その外敵には吸血鬼も分類される。

下級の吸血鬼であれば、一般人の俺たちであっても制圧することは難しくなく、入学してから何度か街で暴れる下級吸血鬼を皆と協力して鎮圧したことがあった。

梅宮さんや四天王の皆さんは上位の吸血鬼とも一線を交えたこともあるらしい。

吸血鬼の制圧は警察や専門組織の仕事であるが、彼らが現場に駆けつけるまでに被害者が出ないとは限らない。故に俺たち防風鈴はそうした救助や救援が来るまでの繋ぎとしての役目を担い、日々街のゴロツキや乱暴な吸血鬼相手に目を光らせて街のパトロールに勤しんでいる。

「まだ昨日の事件の犯人も捕まってないようだし気を引き締めて頑張らないとね!ほら桜くんの分までさ!」

「そ、そうですね…級長不在時は俺たちがしっかりしないとですよね…!」

俺は声をかけてくれた蘇枋さんの言葉に強く頷き、チラリと斜め前の席に視線を向けた。

その日、桜さんは珍しく学校を欠席した。

しかも誰にも何の連絡もせずに無断欠席をしたようだった。

桜さんは授業中居眠りすることも多く、授業態度は決して真面目な方ではない。

だが、俺や蘇枋さんに何の連絡もなく学校をサボるような人じゃない。

もしやまた何時ぞやのように体調を崩してあのお世辞にも綺麗とは言えない古びたアパートで寝込んでいるのではないか。

それともどこかで喧嘩に巻き込まれて大怪我を負ったのではないか。

そんな不安を抱いていた俺は放課後、桜さんの家を訪ねようと決めていた。

俺のそわついた様子を察してか、蘇枋さんが「見回りの途中で桜くんの家に行くつもりかい?なら俺も一緒に行くよ」と声をかけてくれて、俺はありがたい蘇枋さんの申し出に真剣な表情のままコクリと頷く。

桜さんの家に行って様子を確認するだけ。

もしかしたらただ単に寝坊をして途中から登校するのが面倒になっただけかもしれない。

それか本当に体調を崩していたら、ポトスに寄って消化に良い料理をことはさんに作ってもらおう。

そんなことを考えていると、午後の授業開始を告げる予鈴が校内に鳴り響いた。

◇◇◇◇◇

放課後、見回り班の面々に一言断って俺と蘇枋さんは桜さんの住むアパートへと向かっていた。様子を確認して問題なければ、そのまま見回りに戻ろうと決め、俺たちはコンビニで買った差し入れの飲み物やお菓子を入れたビニール袋を片手に桜さんが住む二〇一号室の前までやってきた。

_______ピンポーン、ピンポーン。

何度インターフォンを押しても応答はなかった。

ついでに木製のドアに聞き耳を立ててみたが部屋からは何の物音もしない。

俺と蘇枋さんは顔を見合わせて頷き合った。そして曇った銀色のドアノブに手をかけると、それは最も簡単にガチャリと回った。

相変わらず鍵を付け替えていないのか、何の弊害もなく開かれたドアを前に俺たちは短い溜息をつく。

「桜さんー!起きてますかー?俺です、楡井です!入りますよ!」

「桜くん、お邪魔するよ!」

薄暗い玄関から大きな声で部屋の奥へと問いかけるも、返答の声はなく辺りは静まり返る。

玄関横のシンクに蛇口から落ちた水滴がポタリと弾けた。

ふと足元を見ると、そこには普段から桜さんが着用している黒のスニーカーが置いてある。

良かった、外出しているわけではないみたいだ。

けれども安心はできない。

連絡もせずに家にいるということはやはり体調が優れないのだろうか。

俺は導かれるようにして薄暗い玄関の先にある桜さんの自室に足速に向かっていた。

そして、短い廊下を抜けて桜さんの自室の畳に一歩足を踏み入れた。

その瞬間、冷たい秋風がバッと室内に吹き荒れ、カーテンレールに無造作に引っ掛けられたハンガーがカランカランと音を立てた。

その音と部屋に吹いた風を目の当たりにして、俺の視線は秋風の出所である窓ガラスに向けられた。

そして、俺と蘇枋さんは目の前に広がる光景に唖然してその場に立ち尽くしていた。

なんと窓ガラスが大きく割れていたのだ。

ひと一人がまるで外から侵入してきたかのような凄惨な現場に俺は言葉を失った。

畳の上には粉々になった窓ガラスの破片が散らばっており、鋭利に尖ったガラスは畳に敷かれた布団の上にも落ちていた。

「桜さん…………?」

____部屋の中に桜さんの姿はなかった。

だが、明らかな異変が起きていた。

俺は働かない頭で咄嗟に部屋の中を見渡した。

部屋にあるのは、畳の上に敷かれたガラスの破片まみれの薄い布団と備え付けのエアコンだけ。

室内は相変わらず物が少なかった。

けれども、以前風邪を引いた桜さんのお見舞いに来た際にはなかったものが一つだけあった。

それは枕元にコテンと倒れた白と黒の斑模様の猫のぬいぐるみ。

そのぬいぐるみは数週間前にクラスの人たちと放課後ゲームセンターで取ったUFOキャッチャーの景品だった。運試しをしようと誰かが百円を入れたことをきっかけに、じわじわと皆が意地となり最終的に獲得するまで三千円以上の金銭が投資された。やっとの思いで取れたはいいが、一つのぬいぐるみをクラス全員で分けるわけにもいかずにどうしようかと話し合いが起きようとしたとき、桐生さんがその場で手を挙げてこう提案したのだ。

「そういえば桜ちゃんのおうちって殺風景だって楡井くん言ってたよね〜それならその子桜ちゃんちに置いてあげたいな、俺。ほら、その子桜ちゃんによく似てるしさぁ」

その発言を受けて、俺を含めたクラスメイトは一斉に桜さんの方を見た。

いきなり注目を浴びたことに驚いたのか、桜さんは顔を赤くして「はぁ?んな猫…い、いらねぇよ…」とはじめは拒否していたが、半ば押しつけられるように最終的にその猫のぬいぐるみは桜さんの腕の中に収まっていた。

ぬいぐるみを抱えて帰路に着く桜さんの横顔は少し緩んでいて、ときより白と黒に分かれたふわふわの耳を撫でながら歩いていたことを俺はよく覚えいた。

あの日、桜さんに迎えられた猫のぬいぐるみは無機質な布団の横にコテンと倒れていた。

文句を言いながらも気に入って部屋に飾ってくれていたのだろう。

俺は何の考えもなしに震える手をそのぬいぐるみに手を伸ばした。

そしてぬいぐるみを凝視するなかで、俺はとあることに気がつき、一瞬にして背筋がゾクリと凍った。

ぬいぐるみの左側、白い毛に赤い血痕らしきものが染み付いていたのだ。

「ど、どうしてこんなところに血が………」

その赤黒い染みはすでに乾いており、ここ数時間のうちについたものではない。いつかの喧嘩で怪我をしたときについてしまったのだろうか。だが、ここ最近流血するほど喧嘩で苦戦した桜さんの記憶はない。

では一体この血はいつのものなのだろうか。

すると依然として呆然と割れた窓ガラスを眺めいた蘇枋さんは何かを感じ取ったのか、ハッと顔を上げた。

そして、血痕を前に取り乱す俺を押しのけるようにして畳に敷かれた布団に手を伸ばし、勢いよく掛け布団を捲り上げた。

「……………ッ」

捲られた掛け布団の下に隠されていたものに俺は言葉を失い、あまりの衝撃にその場にへたり込んでしまった。

そこにはぬいぐるみに付着していたものとは比にならないほどの夥しい量の乾いた血痕が広がっていた。鉄の錆びれたような血生臭い香りが辺りに漂い、俺は思わず口と鼻を手で覆い隠す。目の前の現実と生々しい血の匂いに吐き気が込み上げてくる。

まるで獣に襲われたかのような凄惨な現場。

布団に残されたこの血液の持ち主は確実に致命傷を負っている。あるいはもう絶命していてもおかしくない。

______俺の頭の中は真っ白になった。

ここは桜さんの部屋で、血に染まった布団も桜さんが普段愛用しているもの。

部屋にはいるはずの本人の姿はなく、ハンガーに掛けられているはずの風鈴の制服も見当たらない。そして桜さんが普段使用している靴だけが玄関に取り残されている現実。

昼休みに聞いた、吸血鬼による殺傷事件の詳細を告げるアナウンサーの声がフラッシュバックして、頭の中に危険信号を告げるサイレンが鳴り響いていた。

_______頭が痛い。気持ちが悪い。

秋風に撫でられて鉄の香りが部屋に充満した。膝をついて畳にへたり込む俺の横で、取り乱した蘇枋さんが誰かに必死に連絡している声が酷く遠くに聞こえた。

しばらくして血相を変えた梅宮さんと警察の人たちがやってきた。血の染まった布団を目にした梅宮さんが声を荒げて何かを叫んでいたが、その内容さえも頭に入ってこなかった。

その後、自分がどうやって立ち上がったのかも、どのようにして家に帰ったのかもわからなかった。

_____その日、桜さんはいなくなった。

部屋の中に夥しい血痕と、俺たちの心に大きな傷と憂いを残して、煙のようにその姿を消した。

◇◇◇◇◇

それから数日間、桜さんの部屋で見た血痕のが脳裏に浮かび、俺は全く眠ることができずいた。それは同じ現場を目撃した蘇枋さんも同じようで、学校を休む俺の家に様子を見にきてくれた彼の目の下にも深い隈ができていた。

蘇枋さんは光を失った瞳で俺をまっすぐ見つめると感情を殺すようにこう打ち明けた。

今朝、風鈴高校の制服を着た遺体が学校近くの河川敷で見つかったこと。

その遺体は損傷が激しく、顔と手足が潰されていて現時点では遺体が誰なのかを調べるのは難しいということ。

そして、その遺体が着ていた制服が「桜遥」のものであるということ。

警察は以上の理由から発見された遺体の身元を「桜遥」として捜査を進めているということ。

俺はその場に膝から崩れ落ちた。

一体、あの人が何をしたというんだ。

つい数日前まではいつも通り学校に登校して、仲間と戯れ合いながら笑って、放課後は先輩たちに混ざって勇敢に街を守っていた。

こんな理不尽なことがあっていいはずがない。

______信じたくない、信じられない。

目の前の現実を拒絶するように、声をあげてその場で泣き続けることしか俺にはできない。

一体何があってどうして桜さんがこんな目に遭わなくてはいけないのか、止めどなく溢れる涙がポタポタと床に吸い寄せられて地面に染みを作っていく。

泣くことしかできない自分が、絶望するしかできない自分が情けなくてたまらない。

やり場のない悔しさや自分への不甲斐なさに耐えられず、拳を握って地面を殴りつけようとしたそのとき、俺の手首を蘇枋さんがパッと掴んだ。

「落ち着いて、楡くん」

「っ、はぁはぁ…蘇枋さんっ、お、俺どうしたら…だって、桜さんが、桜さんがっ」

「楡くん、俺が今話した内容はあくまで警察の判断なんだ。だから俺は信じてない。俺は今朝見つかった遺体が桜くんとは思ってないんだ」

「………そ、それってどういうことなんですか」

発見された遺体が桜さんのものではない。

その言葉に俺の視界を覆っていた陰りが一気に晴れる。俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、蘇枋さんに詰め寄っていた。

「遺体の損壊が激しいのは顔や指紋をわからなくするため。つまり遺体の身元の決め手となったのは実質制服だけ。犯人が意図的に遺体を桜くんに見せかけようとした可能性が十分にある」

「………じゃあ桜さんは……桜さんはっ…」

「うん、今朝発見された遺体のことを聞いて俺は確信した。桜くんは絶対に生きてる」

蘇枋さんの力強い言葉を聞いて、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。

蘇枋さんは俺の肩を強く掴み、決意の宿った真剣な顔でこう言った。

「楡くん、桜くんを探しに行こう。彼は絶対に生きてる。俺たちで桜くんを助けに行くんだ」

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