TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

top4+によるヤパロ

一覧ページ

「top4+によるヤパロ」のメインビジュアル

top4+によるヤパロ

2 - 第2話 僕の満開を見届けて

♥

312

2025年05月15日

シェアするシェアする
報告する

僕の満開を見届けて





キヨが晴れて青藍会の会長───────組長になってから、数ヶ月が過ぎた。

本格的に夏が始まり、じりじりと皮膚を焼く太陽が憎たらしく頭上で輝いている。

世間はすっかり夏休みだ。

組長となって初めての長期休暇なので、キヨは当然忙しくしている───────訳でもなく、普通の高校生らしく友人と遊び放題だった。

組長として色々と学ぶことも多いだろうに、ガッチマンや教育係であるレトルト、牛沢からの連絡はなく、ヒラもシラをきる始末だ。

モラトリアムとして初めに自由を与え、夏休みの最後の方で仕事三昧地獄へと落とすつもりだろうか。

何の音沙汰もないせいでそんな恐ろしい事を考える───────ことも、なかった。

キヨはといえば「え、仕事しないで遊んでいいの?やったー!」と夏休み一日目にして早速満喫し始めたのである。

こーすけ、ヒラと共にフジの母方の実家がある北海道へ旅行に行ったり、鎌倉へ行ったり、某企業のランドへ行ったりなど充実すぎる程の夏休みを過ごしていた。

ちょくちょく家に現れるレトルトが「学校の課題もちゃんとするんやでー!」とオカンみたいな事を言っているので、割と課題の方も順調だ。

いつになく満足な夏休みを過ごしていると、ついにガッチマンが御所へ来てとキヨを呼び出した。

御所、青藍会の総本山へ行くのも大分久しぶりだ。

家の方からだと結構距離があるし、キヨの方から行こうにも残念ながら道が分からない。

運転が荒すぎてとうとうクビにしてしまった牛沢とレトルトに頼るのは死んでも───────いや、実際に死んでしまうので勘弁だ。

幸いにも今回ガッチマンが送った運転手は、二人と違って優しい運転だった。

やはり牛沢の運転が根本的におかしいのだ。

なぜあれほど強くアクセルを踏み、急にハンドルをきってブレーキを忘れるのだろうか。

きっと牛沢の脳内辞書に「安全運転」の四文字はないのだろう。

新しい運転手の運転があまりにも上手すぎて、感動してしまった。

安心しすぎるあまり眠気が襲ってきて、キヨは窓に頭を預けながらうたた寝する。

程よく冷房のかかった車内は快適だ。

うつらうつらと船を漕いでいると、車が緩やかに停止したのが分かった。

「着きやしたぜ、キー坊」

穏やかな声でそう告げられながら、肩を軽く揺すられる。

「んー?もう?」

眠気まなこを擦りながら、運転手が開けてくれたドアから一歩踏み出す。

どうやらキヨがうたた寝している間にもう御所へ着いてしまったようだ。

車内とは違って、夏の容赦ない熱気がじわじわと体を焼く。

「あっちー!」

手をうちわのように扇いでいると、庭で何やら作業をしていた男たちが一斉に振り返った。

傷があったり大事なものが無かったり凶悪な顔だったりする男たちが皆してこちらを向いたので、びくりと飛び上がってしまう。

「おー!キー坊じゃねぇか!」

「久しぶりだな!元気にしてたか?」

「また身長伸びたなー!さすが成長期!」

「夏バテには気をつけろよ?」

屋敷に向かう途中で、すれ違った組員が代わる代わるそう声をかけてくれた。

まるで我が子のように接してくれる組員達は優しいのだが、如何せん顔が怖くてキヨの心臓は縮み上がる。

レッドカーペットを歩くハリウッドスターにでもなった気持ちで手を挙げながら応えていると、ようやく屋敷前にたどり着いた。

「あり?うっしーじゃん。おひさ〜」

玄関前に見慣れた姿を見つけて、思わずキヨは駆け寄った。

「おー・・・・・・・・・」

元気が有り余っているキヨとは違って、何やら牛沢の返事に覇気はない。

「うっしー・・・・・・・・・なんか体積減った?」

「お前の語彙力気持ち悪いな」

夏休み前に牛沢と会った時から、大分げっそりしているように見える。

目の下には立派なクマを飼い慣らし、灼熱の太陽に晒される頬は心配になるほど真っ青だ。

「だ、大丈夫?」

流石のキヨも心配になって声をかければ「HAHAHA」と死んだ目が返ってきた。

「ダイジョーブ・・・・・・・・・繁忙期はいつもこうネ」

「疲れすぎてエセ中国人みたいになってんじゃん・・・・・・・・・」

歩くのもやっとなほどフラフラのていで、一体どこへ行こうというのか。

「ここで何してんの?さっさと休めば?」

「気分転換に散歩して来いって言われたんだよ・・・・・・・・・だから今こうして歩いてるって訳だ・・・・・・・・・」

「提案と命令がごちゃ混ぜになってない?」

恐らくそう言った人は案じて提案しただけだろうが、疲れに疲れきった牛沢は散歩を仕事としてこなしているのだろう。

その提案をした人は、散歩ではなく睡眠を勧めるべきだった。

「そんじゃ、仕事さんぽ行ってくるわ・・・・・・・・・」

副音声として確かに聞こえた「仕事」の単語に、キヨは震える。

牛沢をここまでさせる「繁忙期」とは一体何なのだろうか。

「う、うっしー大丈夫かな・・・・・・・・・」

「ま、ぶっ倒れる寸前だな」

トボトボと庭を歩き始めた牛沢を見送るキヨの背中から、答えが返ってくる。

くるりと後ろを向けば、玄関からちょうどレトルトが出てくるところだった。

「あ、レトさん」

「よっ!久しぶり」

マスクの下で相合を崩したレトルトは、見た限り牛沢ほどやつれてはいない。

だがレトルトも目が据わっているし、何よりもその右手に血まみれのサッカーボールを持っているのを見てしまった。

「そ、それ・・・・・・・・・」

キヨの大好きなサッカーで人でも殺めたのだろうか。

恐る恐るキヨがサッカーボールを指さすと、レトルトは「ああ」とにっこり笑った。

「息抜きでサッカーしたらね、何故か流血沙汰になっちゃった☆」

「「なっちゃった☆」じゃねーよ。サッカーをそんな恐技きょうぎにしないで下さるか?」

「避けきれなかった奴らが悪いんじゃん」

どうもストレス発散のためにレトルトはサッカーをしたらしいが───────これまた誰かさんの案───────余計にストレスが溜まってしまって立ち向かう敵(組員)の顔面にボールを当てたらしい。

鼻や口から血を出す組員が続出したせいで、ついにレトルトはレッドカード退場となったようだ。

「そもそもヤクザなんだから、ボールが当たりそうなら避けろって話なの。最近のヤクザは軟弱だね〜」

全く反省の色が見えないレトルトの瞳孔は、完全に開ききっている。

牛沢とは別種の怖さだ。

「な、なんでそんなになるまで働いてんの?」

キヨはドン引きしながら聞いてみた。

牛沢は繁忙期と言っていたが、そこまでヤバい物なのだろうか。

ごくりと生唾を飲み込みながら待っていると、レトルトの瞳孔はようやく通常に戻った。

「なんでって・・・・・・・・・そりゃあ新米のキヨくんに代わって、組長の業務をやってるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

なぜか夏休みは組長の仕事なくてラッキー!と喜んでいたキヨの影で、まさかこんなにも血反吐を吐いていた人(主にレトルト以外の組員)がいたなんて。

(レトさんとサッカーした人!あと幽霊みたいなうっしー見た人・・・・・・・・・オレのせいでなんかごめん!)

衝撃の告白に、キヨは心のうちで組員たちに謝る。

「別にオレをこき使えば良くない?元よりオレの仕事なんでしょ?」

まだ組長とやらの仕事が分からない手前、邪魔者になる可能性でしかないが、居ないよりはマシだろう。

それにどうせ後からはキヨの仕事になるのだ。

何故彼らが肩代わりしているのかが分からなかった。

「うっしーの案なの。「学生は青春すんのが仕事だー!」って青臭いこと言ってさ」

「あ・・・・・・・・・」

初めて知った牛沢の気遣いに、キヨははっとする。

全てはキヨのためだったのだ。

学生で遊びたい盛りのキヨをこちらの都合で裏の世界に引き込みたくはない、と。

せめて学生のうちはめいいっぱい遊んで欲しいという思いを聞いて、キヨは胸の奥から段々と温かくなってきた。

「その・・・・・・・・・ありがと」

そんなありきたりの言葉しか思い浮かばなくて、己の語彙力の無さを恨んだ。

「後でうっしーに直接言ってやって。多分あいつ照れて碌な返事しないだろうけどさ」

「ん、そうする」

碌な返事とやらに期待しながら、後で牛沢に伝えることにした。

「さてと、おれはもう一試合してきますか・・・・・・・・・」

「人を傷つけるサッカーやめろ」

本当は嫌いであろうサッカーを続けようとするレトルトを何とか食い止めて、キヨは数ヶ月ぶりに屋敷へ上がった。

男所帯とは到底思えないほど御所は綺麗だ。

こう見えて割と綺麗好きなキヨは、清潔に保たれている古い屋敷に満足していた。

「そういや、ガッチさんどこにいんだろ」

思えばガッチマンから呼び出されたのに、肝心の本人がどこにいるかを聞き忘れてしまった。

ここはだだっ広い日本家屋だ。

おまけに数回しかお邪魔していないので、構造を覚えているはずもなく。

間違いなくキヨは自分のテリトリーの中で迷子になっていた。

似たような廊下を四、五回は曲がった気がするが、その度に違う部屋に着いてしまう。

しかも庭にはあんなに組員がいたというのに、屋敷の中では未だ第一村人ならぬ第一組員も見かけていない。

まるでこの世界にキヨだけが取り残されたようだ。

こういう時は、困った時のガッチマンである。

「ガッチさーーーーーん!へーループー!」

自慢の大きな声で叫ぶ。

大きな屋敷とはいえ、流石にしんとしている中の大声はガッチマンにも聞こえているだろう。

しばらく待っていると。

「キー坊!?」

「大丈夫か!キー坊!」

「敵襲だ!出会えー!」

なんと誰もいないと思ってた屋敷中から、慌てた様子で組員が出てきた。

組員達は大声の元に向かってくると、キヨを守るように円陣を組んで辺りを警戒する。

その手に銃チャカや短刀ドスが握られていて、キヨは血の気が引く。

「ちょ、ちょ!出会わなくていい!敵襲じゃないって!」

気が立つ組員を宥めるためにキヨが右往左往していると、堪えきれないというように吹き出した声が聞こえてきた。

「ふ、あっははは!ちょっと、ウケるんだけど!!」

「ガッチさぁん・・・・・・・・・」

部屋の一つから出てきたのは、腹を抱えて爆笑するガッチマンだ。

ガタイのいい組員達に囲まれながら、キヨはガッチマンに助けを求める。

「皆、どうやら敵襲じゃないみたいだから、安心して、ふふ・・・・・・・・・」

「なーんだい。驚かせやがって」

「キー坊に怪我がねぇならいいべ」

殺気を打ち消しながら、組員達はそれぞれ戻っていく。

キヨの一言で大分迷惑を掛けてしまったようだ。

「ご、ご迷惑をお掛けしました・・・・・・・・・」

「いいってことよ」

「気にすんな、キー坊」

気のいい組員は文句一つ言うことなく帰っていった。

これからは下手なことを叫ばないようにしないとと決意を新たにして、ようやくほっと胸をなでおろす。

「そろそろキヨが迷った頃かなーって思って見に来たけど、予想以上に面白い展開になってたね」

「誠に遺憾」

マッピング能力が皆無なキヨを連れ戻すのはいつもガッチマンの役目だったが、まさか丁度いいタイミングで恥ずかしいところを見られてしまった。

「全く・・・・・・・・・手元にスマホがあるんだから、文明の利器を使いなよ。お前は原始人か」

「以後気をつけまーす」

「そうして」

軽い会話をしながら、キヨはガッチマンの後ろについて行く。

ガッチマンは廊下を進む訳ではなく、躊躇いなく襖を開けて区切られた部屋へずんずんと進む。

「あの、ガッチマンさん?道無き道を進みすぎじゃないですか?」

「こっちが一番の近道なの」

だからといって部屋には組員達がいる。

何やら話し合いをしていたり寝ていたりするので、その中をずかずかと進むのは何となく申し訳ない。

「ここはもうお前の家なんだから、どこにでも入ればいいんだよ」

らしくもなく遠慮を見せるキヨに、ガッチマンが朗らかに言う。

「そういう、もんなの?」

まだ自分の家という実感はない。

キヨの家は、ガッチマンが引き取ってくれた時からずっとあの小さな家なのだ。

いきなりこんなに大きな家を引き継いで戸惑いがないといえば嘘になるが、それでも自分のためにも慣れようと思った。

「そんで?オレを呼んだ理由は?」

ガッチマンの部屋らしきところについて、キヨは呼び出した理由を聞いた。

何か他の組員ではできない仕事があるのだろうか。

「今から組長としての初仕事があるんだ」

「初仕事・・・・・・・・・」

前回の「ドキドキ☆いじめっ子を成敗の会!」は仕事のうちに入らんか、と早々に考えなかったことにする。

「仕事については追々説明するね。まずは───────」

ガッチマンは人を呼ぶと、何かを貰い受けた。

ビニール袋に包まれた黒い布のようなものを、キヨに手渡す。

「お着替え、しよっか」

そう言って渡されたものを見ると、触っただけでも高いと分かる上質なスーツだった。

「すげー!」

クリーニングでついてくるビニールを取り払うと、無駄がないシンプルなジャケットが覗いた。

「俺からの組長・・・・・・・・・いや、青藍会七代目会長襲名祝い。採寸はしてないけど多分ピッタリだと思うよ」

「向こうの部屋で着替えておいで」と渡されたスーツと一緒にドキドキしながら隣の部屋へ移り、着替えてみる。

シャツやジャケットだけではなく、キヨの好きな赤い色で作られたネクタイやベスト、ベルト、サスペンダー、革靴や果てには靴下まで揃っていた。

手触りだけでもその一つ一つが恐ろしく高いのが分かる。

(襲名祝い、だってさ)

誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを貰った時の嬉しさとは違う。

このプレゼントにはお祝いの気持ちだけではなく、キヨを守るというのも含まれているのだ。

キヨが子供というだけで舐められないように、ガッチマンの庇護を受けているのだと。

「っし!」

その想いに答えるため、下ろしていた前髪も気持ち少しだけ上にかきあげてみる。

それだけで幼い印象はぐっと抑えられて、見てくれだけなら何とか繕えた。

鏡で全身を整えてからガッチマンの元へ向かう。

「うん、いいね」

「馬子にも衣装ってやつ?」

「まさか。似合ってるよ」

子の成長を喜ぶ親の顔をしているのがなんだか気恥しくてキヨははぐらかすが、それでもガッチマンは柔らかく笑った。

「ガッチさんのスーツ、初めて見た」

「カッコイイでしょ」

キヨが着替えている間に、ガッチマンも一張羅へ着替えていたらしい。

初めて見る三つ揃いのスーツは、同じもののはずなのにガッチマンの方が洗練されて見えた。

やはり格というものが違うのだろうか。

いつかキヨも大人になれば立派になれるかもしれない。

まだ着慣れていないスーツにモゾモゾとしてながら、キヨはガッチマンに連れられて屋敷を出た。

「ん?出かけんの?」

「うん。今日は新組長・・・・・・・・・いや、新会長の初顔合わせなんだ」

「椿の間でやったお披露目とは違うの?」

数ヶ月前のお披露目会を思い出してみる。

思えばあの日は朝に組長になれと聞かされて、右も左も分からないまま強面の組員たちの前でお披露目したのだったか。

「あれは青藍会の組員向けのやつ。今回のは、青藍会傘下の組長達に挨拶回り、かな」

「傘下、って事はオレの子分?」

「ま、そーゆことになるね」

あまりヤクザの世界について分かっていないキヨに、ガッチマンは苦笑する。

「いい?キヨ。キヨは普段青藍会の中では「組長」で通ってるけど、今日は「会長」だよ」

「呼び方だけでそんな代わる?」

「代わるよぉ。組長っていうのは一つの組のトップ。会長は、そんな沢山の組を纏める「組織」のトップなの」

「要するに組長はクラスの委員長で、会長は校長先生ってこと?」

「学生にはその方が分かりやすいね」

我ながらいい例えだと自慢げに胸を張る。

「今回の挨拶回りは、傘下の組長達に「新しいトップはキヨですよ〜。よろしくね〜」って報告するだけだから、そんな気張らなくていいよ」

知らずのうちに手に力が篭っていたらしい。

ガッチマンに言われて、キヨは漸く肩の力を抜いた。

「そっかー、ならよかった」

特別なスピーチでも用意するのか不安だったが、特にそういうものはないそうだ。

単に頭が替わったのだという報告だけでいいらしい。

「それなら、お手紙なりオンラインなりで済ませばいいのに。わざわざ出向くの面倒い」

「確かにね。でもほら、おじいちゃんて何かにつけて機械オンチやら老眼やらやたらと言い訳するじゃん?結局は新会長に会って見定めるための口実なんだよ」

「その言い方、全国のおじいちゃん敵に回してっぞ」

「あは、失言でしたぁ」

こんな時でも一切の緊張を見せないガッチマンの余裕さに、キヨはいっそ感心する。

そんな呑気なガッチマンを見習って、過剰な緊張を解さねば。

リラックスするために物理的にストレッチをしていると、中庭の方に高級車が止まっているのが見えた。

どうやら今回はちゃんとした運転手と車を用意して臨むらしい。

キヨや青藍会が舐められないように、隙を見せない構えだ。

運転手が開けてくれたドアから車内に乗り込んでいると、ふとガッチマンが振り返った。

「ヒラ、いる?」

「はい」

ガッチマンが唐突に呼びかけたというのに、ヒラは音もなく背後から現れた。

まるで陽炎のように姿を見せたヒラに、キヨは内心驚く。

「今日の会合に、キヨの護衛として一緒に同行して」

「分かりました」

学校にいる間の護衛をしているヒラは、本格的にキヨの側近になったらしい。

味方とはいえ大勢の大人がいる中で、親しい人が二人もいるのは大分ありがたい話だ。

「よろしくな」

「うん、任せといて〜」

夏休みを経てさらに仲が深まったヒラに声をかけると、ガッチマンのような緩い返事がきた。

和気あいあいとしながら、用意された車に全員が乗り込む。

後部座席にキヨとガッチマン、助手席にヒラだ。

「それじゃ、出発しますね」

運転が上手いらしい組員が一声かけて、ゆっくりと発進する。

エンジンをかけた瞬間アクセルを踏み抜くどこかのスピード狂と違って、泣きたくなるほど安全運転だ。

快適な旅になりそうだぞ、とキヨが安心した瞬間、期待を裏切るように急ブレーキが踏み抜かれた。

「うぎゃ!」

「おわぉ」

「て、敵襲!?」

キヨ、ガッチマン、ヒラがそれぞれ驚く中、運転手は一人顔を真っ青にした。

「あ、あ、危なかったー!」

心底怖がっているようだが、猫でも轢きそうになったのだろうか。

シートにぶつけた額を抑えながら、フロントガラスの向こうを見てみる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そして目を逸らした。

何か見てはいけないものを見た気がする。

「うっしーとレトさんじゃん。お見送り?」

咄嗟に見なかったことにしたキヨとは違って、ガッチマンは窓を開けて元凶に話しかけた。

車の前に仁王立ちしていたのは、牛沢とレトルトだ。

走る車の前に飛び出すのは自殺行為だが、そんな事よりもその形相といったら鬼でも漏らしそうな顔である。

牛沢は濃く刻まれた隈と血走った目で、レトルトは瞳孔が開いた目とボサボサの髪という何とも恐ろしい格好だ。

「二人とも気分転換はできた?」

この世にも恐ろしい出で立ちの二人にそんな提案をしたのは、やはりガッチマンだったらしい。

「ああ!散歩途中で何故か天と地が逆転したけどな!」

「それ気絶じゃないの?うっしー・・・・・・・・・」

頭のネジがどこかへ吹っ飛んでしまった牛沢に、いよいよキヨは心配になってくる。

「おれも!サッカーボールは破裂しちゃったけど・・・・・・・・・」

「レトさんに至ってはどんなプレーしたらボールが破裂すんだよ・・・・・・・・・」

お釈迦になってしまったサッカーボールに、キヨは心の中で冥福を祈る。

来世ではサッカーが好きな優しい人のボールになれよ、と。

「そんで?二人してどーしたの?」

マイペースなガッチマンが呑気にそう聞く。

すると牛沢ははっとしたように眉を吊らした。

「どーしたもこーしたもねーよ!」

二人は、ガッチマンが開いた窓に向ってずんずんと歩いてくる。

「なんで会合に護衛おれ達を連れて行かないん?!!」

無意識のうちにレトルトが関西弁に訛る。

余程我を忘れる位の出来事だったのだろう。

「なんでって・・・・・・・・・」

今更?とでも言うようにガッチマンは小首を傾げた。

「もう青藍会の頭はキヨなの。ならキヨの護衛を連れていくは当然でしょ?」

「そ、そうだけど!じゃあガッチさんは誰が守るのかって話なんだよ!」

話が通じなさそうと判断したのか、牛沢が車を破壊しそうな勢いで叩いた。

一体この男は車にどんな恨みがあるのだろうか。

「俺はもうただのガッチマンなんだよ?何の肩書きもない俺をどうにかしようと思う奴なんて居ないでしょ」

「分かんないでしょ!ガッチさんがただの一般人のつもりでも、あんたに恨みを持っている人が居ないとは言いきれない!」

牛沢と共に力説するレトルトだが、当の本人にはあまり響いてる様子はない。

「俺とレトルトの存在意義は、ガッチさんを守る事なんだよ。頼むから大人しく俺らに守られてろよ」

牛沢はそう言うが、その言葉がガッチマンに逆効果だということにキヨは気づいた。

「なら尚更いらないね。俺が誰かに守られて平和ボケするようなタマに見える?」

ガッチマンは守る、守られるの立場ではなく、友人として彼らと接してるのだ。

それなのに牛沢とレトルトはまるでガッチマンの為なら命を捨てられると言っているようなものなので、ガッチマンは癪に障ったのだろう。

笑顔を貼り付けてはいるが、その雰囲気は酷く冷たい。

今日の所は、彼らに心を閉ざすようだ。

いつもは流されやすいガッチマンも、こうなったら気が済むまで自分の態度は一切変えない。

「おれ、代わった方がいい?」

護衛について言い争う三人を助手席から見ていたヒラが、不安げにキヨに聞く。

「んや?いいんじゃね?ガッチさんは直々にお前を指名したんだから」

ここでヒラが降りたら余計に事態はややこしくなる。

それにこれはガッチマンと牛沢とレトルトの問題なのだ。

下手にキヨやヒラが加わることではない。

「とにかく!今日の護衛はヒラだけでいい!ほら、二人とも疲れてるんでしょ?さっさとベッドに入って寝なよ」

痺れを切らしたガッチマンは疲れきっていっそ幽霊のようになっている二人に、魔法の言葉をかける。

二人の顔は素直に「寝る」という単語に 反応したが、レトルトはすぐさま表情を改めた。

「っていうか、そもそもガッチさんが仕事サボらなければおれらはもっと楽に─────」

「さ、早く車出して」

何やらレトルトから怪しい情報が飛び出すと、ガッチマンは急いで窓を閉めてやけにいい笑顔で運転手に発信を促した。

「ガッチマァァァァァァン!!!」

窓を閉めても牛沢の絶叫が響き渡る。

余程の鬱憤が溜まっていたらしい。

それもどうもガッチマンが仕事をサボったせいだと気づいて、キヨは育て親にじとりとした目を向けた。

「ガッチさん・・・・・・・・・」

「仕事してるよ!ただ大変だったから、ちょっと休んでただけ!」

完全に言い訳のような言い方だが、組長としての仕事を任せっきりのキヨがとやかく言えない。

「そういうことにしとくとして・・・・・・・・・ちなみに会合はどこでやるの?」

ガッチマンが仕事をしているかしていないかは一度置いておいて、キヨは今与えられた自分の仕事に集中することにした。

「いつも決まってないよ。今日は確か───────中華街でしたっけ?」

「うん」

助手席のヒラが確認するようにガッチマンを見ると、こくりと頷いた。

「中華街って・・・・・・・・・横浜?えー・・・・・・・・・遠いじゃん」

真夏なのでまだまだ日は高いが、あと数時間で夜になってしまう。

いくつかの地点で退勤ラッシュによる渋滞があると予測すると、目的地に着くまでに夜になっていそうだ。

だからといって電車やバスなどの公共機関を使う訳にはいかないため、文句を言わずに車に乗るしかない。

「道のりは長いから、眠ってていいよ。ほら、寝る子は育つって言うじゃん?」

「オレ残念ながらもう成長しきった感が半端ないんですけど」

入学前に大きめのスラックスを買ったのだが、高校一年生の夏にして既に裾は短い。

長く続いた成長痛がようやく止んだ頃には、もう育て親の身長も越していた。

そんな自分にまだまだ成長する余地があるかどうかは甚だ疑問である。

「身長だけじゃなくて、頭も成長すると思うよ」

「余計なお世話じゃい」

そんな軽口を叩き合っていたが、高速道路の単調な景色にも飽きてきた。

「ふわぁ〜あ」

大きな欠伸を一つして、キヨは窓に頭を預けた。

「ふふ、やっぱりまだまだ子供だねぇ」

うとうとしかける中で、隣からそんなジジくさい呟きが聞こえてきた。

(うっせ)

口を開くことすら億劫になってきて、心の中で悪態をつく。

だがいつまでも自分を子供扱いして守ろうとしてくれる存在がいることは、とてもありがたいことだ。

世界で一番満たされたような気分に浸りながら、キヨは重力に従って瞼を落とした。








「・・・・・・・・・ら」

「ら・・・・・・・・・く・・・・・・・・・い」

「医者」

「シャバ」

「バス」

「すし」

「しお」

半分覚醒しかけたキヨの頭上で、謎の単語が次々と飛び交う。

その単語の最後と初めの言葉を繋げていくラリーの応酬は、暇つぶしでよくやる遊びの一つだ。

「んー、おはよぁ」

寝起き特有の気だるさを感じながらキヨが呟くと、

「おはようさん」

穏やかな声でしりとりを続けていたガッチマンが、キヨの挨拶に返事をする。

「あ」

が、その言葉の最後が気になってしまいキヨが声を上げると、待ってましたと言わんばかりにヒラが「「ん」って言ったー!」と笑い声を上げた。

「これはノーカンでしょ!?」

「往生際が悪いですぜ〜?オジキ」

どうやら運転手の組員も混ざってしりとりをしていたらしい。

外を見れば、夜の闇を遠ざけるような刺々しいネオンがギラついていた。

キヨがお昼寝をしている間にすっかり夜になっていたようだ。

少し窓を開ければ独特な匂いが鼻をつく。

海の匂いだ。

車は順調に横浜に着いたらしい。

そして程なくして、大きな通りで車は停止した。

路肩に寄せただけなので、車はエンジンを止めずにハザードを焚いただけだ。

助手席からヒラが出て、後部座席のドアを開ける。

長時間座りっぱなしで関節の固い足を伸ばすように外に出せば、じんわりと暑い空気がまとわりついてきた。

「おわぁ」

降り立ったのは、中華街と書かれたド派手な門のすぐ前だ。

実は初めて中華街に行くので、少しだけテンションが上がっていたりする。

まだ敷地へ足を踏み入れていないのに、どこからが美味しそうな匂いが漂ってきた。

そういえば丁度夕食の時分ではないだろうか。

ピークだからか、門より先は人で溢れていた。

手にやたら美味しそうなものを持っている人たちは、一様に幸せそうだ

「お腹空いた〜」

魅惑的な匂いを目の前にして、キヨはじゅるりと唾液を飲み込んだ。

「そういえばそうだね」

タイミング良くガッチマンの腹も鳴る。

「あそこの小籠包うまそう!」

「こらこら」

興味の赴くままに走り出しそうになるキヨを、ガッチマンはやんわりと止める。

「まずは会合が先でしょ?」

「そーだった・・・・・・・・・」

小籠包や肉まんは非常に魅力的だが、先に仕事を片付けなければならない。

だがここは中華街だ。

「まぁ、どうせ会合場所は中華料理店だから、そこで食べればよくない?」

確かにヒラの言う通り、中華料理店がずらりと並ぶこの地で会合するとなると場所は必然的に中華料理の店になる。

「残念だけど、お店のものは何一つ口に入れちゃだめだよ。勿論、飲み物もね」

いい所のご飯が食べれると内心浮ついていたキヨの気分が、一気に地へと落とされる。

心なしか腹の虫も不機嫌そうだ。

「えー、なんでさ。もしかしてオレが食べれないやつばっか入ってたりする?」

中華料理で食べれない食材を脳内でリストアップしていると、ガッチマンが苦笑した。

「だから、毒が入ってるから食べちゃダメだってば」

当たり前のように断定された言葉に、流石のキヨとヒラも絶句する。

「待って・・・・・・・・・この会合って、味方同士のものじゃないの?」

恐る恐る聞いてみると、ガッチマンは目を細めた。

「同じ組でも、青藍会に不満を持っている奴は多い。青藍会が強すぎるから諦めて傘下になったか、利用するために傘下になったヤツらばっかりだから」

「そんな・・・・・・・・・」

仲間だと思っていたが実は腹に一物を抱えているの知って、ヒラはしょんぼりと眉を下げた。

「要注意人物とかいんの?」

敵が混ざっているのならば、警戒するまでだ。

何らかの特徴を聞き出そうとキヨが迫ると、ガッチマンはやけに優しく笑った。

「さて、ね。誰が敵で味方かなんて、俺も全部は把握しきれてないし」

「それに」とガッチマンは続ける。

「悪意を持っている人か、信頼できる人かどうかを見分けるのは、キヨが培うべき力だよ」

「それも・・・・・・・・・そうだな」

ガッチマンの言う通り、これから青藍会はキヨが動かしていくのだ。

信用における人か否かを判断する目を養っておいて損は無い。

「まっ、いきなり取って食われるわけじゃないから安心してよ。キヨの傍には俺もいるし、ヒラもいる」

「頼りねぇ二人だけど、我慢してやるか」

「えー頼りあるでしょ」

ヒラは不満そうな声を出すが、これはキヨの照れ隠しだ。

ガッチマンが強いのも知っているし、ヒラが隣にいてくれると安心できる。

ただそれを面と向かって言うには、些か気恥しい。

キヨはまだまだ思春期なのだ。

「あ、ここだね」

歩行者天国になっている中華街を数分歩いた先に、目的のお店はある。

大通りから少し路地に逸れると、あっという間に中華街は終わってしまった。

(意外とちっさいんだな)

テレビや雑誌でしか見たことがなかった中華街は、想像よりもこじんまりとした土地らしい。

華やかな店構えや異国の寺院、狭い間隔である占いの店が連なるここは確かに非日常的な空間だ。

ついつい美味しそうな中華料理の店に目が行きがちだが、土地の独特な雰囲気や建物、看板、提灯が何よりもキヨの興味を引き立てた。

今度は仕事ではなく観光目的で来るのもいいかもしれない。

仲のいいフジやこーすけも後日に誘うとして、今は仕事に集中する。

ガッチマンに続いてお店に入ると、まるで異国に迷い込んでしまったような感覚になった。

見慣れぬ内装に、豪奢な龍の置物、キヨには価値の分からない骨董品。

物珍しくてキョロキョロしそうになるが、ここはぐっと我慢する。

「普通の店っぽいけど、人見かけないね」

不気味なほど静かな店内の雰囲気に呑まれないように、キヨは話しかける。

「大抵こういう時は貸切にするんだよ。もし何か起こったら、堅気の人に迷惑かけちゃうから」

こっそりとヒラが教えてくれた情報に「ああー」と頷いた。

多くの組の頭が一所に集まるのだ。

不埒なことを考えている輩が手段を選ばずに何かしらの事件を起こすと、一般人にも被害が出てしまう。

それを防ぐためにも、こういう会合の時は店を貸し切るのが普通らしい。

だからこの店には、組と関係のある店員と極道しかいない。

謎が解けてすっきりしたキヨの目の前に、大きな観音開きの扉が現れた。

そう広くもなかった店内で一番豪華な扉の先が、きっと会場なのだろう。

扉を一枚隔てて名だたる極道者が揃っているという事実に、キヨとヒラはいつになく緊張していた。

表情が固くなる二人に、ガッチマンは苦笑しながら振り返る。

「大丈夫だよ。キヨはこの中の誰よりも偉いんだから、誰よりも自由にしていればいい」

自由人なガッチマンがそういうのなら、キヨも遠慮はいらない。

キヨは子供であろうと、堂々としていればいいのだ。

「行こ」

一歩踏み出すと、扉は両サイドに勝手に開いた。

「お待ちしてりました。青藍会のガッチマン様、キヨ様」

扉を開けたのは、この店の店員だ。

洗練された身なりと動作に、非のつけようもない。

「例年通り、護衛は一組一名まで。銃火器等の持ち込みは原則不可です」

「はーい」

気軽な返事をしながら、ガッチマンは真っ先にボディーチェックを行う。

続けてキヨとヒラもボディーチェックを通過すれば、受付は終わりだ。

組同士の諍いを避けるためなのか、やけにルールが徹底している。

凶器を向けあってもおかしくない世界だからだろう。

「青藍会、ガッチマン様、キヨ様、ご到着です」

身体検査を終えると、受付はよく通る声で二人をそう紹介した。

高校生のキヨではなく、青藍会の会長としてここに来ているのだと大々的に知らされて身が引き締まる。

前を歩くガッチマンに倣って、キヨも舐められないように胸を張った。

もう一つの扉が開くと、中は広々とした空間になっている。

位の高い中華料理屋さんでよく見かける上の部分が回る円卓を囲んで、いくつかの組のトップが座っていた。

その鋭い視線がキヨに向く。

椿の間で初めて組長としてお披露目した時よりも、その視線は痛くて居心地が悪かった。

だがそうやって尻込みしていると舐められてしまうので、キヨは堂々と歩く。

前を行くガッチマンが、かすかに笑った気がした。

「重役出勤ですか?随分と遅かったですね」

キヨ達が着席すると、早速ネチネチとした嫌味が飛んできた。

顔も想像に違わず嫌味ったらしいシャープな顎をしている。

「実際、偉いからね。何か悪い?」

一方のガッチマンは一切の悪びれなくそう言い切った。

小言はガッチマンの前では無用だったようだ。

「困るんですよ、そういうなあなあな態度。もう少し立場を考えて───────」

「お前は姑か」

牛沢よりも小言が激しい嫌味野郎がまだブツブツと文句を言おうとすると、ガッチマンがすかさずぶった切った。

「なら君以外の人で、俺に文句がある奴はいる?」

にっこりとあくまで柔らかな態度でガッチマンは聞くが、文句がある人は一人もでなかった。

「ね?他の皆も気にしてないんだから、一人でピーチクパーチク騒ぐのは止めよ?」

「・・・・・・・・・!」

嫌味野郎は怒りか羞恥か、顔を真っ赤にしながら押し黙った。

短い舌戦は言うまでもなくガッチマンの勝利だ。

元組長の育て親は、言い訳がましい屁理屈や下ネタを言う時が一番口の滑りがいいので少し困る。

言い負けた嫌味野郎にご愁傷さまと手を合わせた。

「さて、みんな久しぶり。集まってくれてありがとね」

厳格な雰囲気の中でも、ガッチマンはいつも通りラフに話す。

キヨも肩の力を抜いて、こちらを射抜く視線を見返した。

「話は聞いてると思うけど俺、ガッチマンは青藍会会長を降りて、息子に代紋を譲った。自己紹介して」

最後の方をキヨに向かって言う。

キヨはこくりと一つ頷いて、背もたれのやたら高い椅子から立ち上がった。

「青藍会八代目会長、キヨだ。ヤクザの世界はまだ勉強中だけど、一生懸命頑張るから!」

「応援よろしく」まで言いそうになって、慌てて口を噤む。

今どき生徒会長を立候補する高校生でも言わないような陳腐すぎる文句に、恥ずかしくなった。

「ははぁ。新しい頭は随分と「緊張」しとるようやんけ。なあ、元六代目会長殿」

「キヨはうっかりさんなところがあるからね」

豪快な見た目の男が、顔に似合わずに皮肉ってきた。

キヨが間違えて「八代目」と名乗ったことを、遠回しにバカにしているのだ。

「ほっほっほ。いやぁ「若くて」いいじゃないか。まだ「子供」だから、間違いはあるさ」

好々爺とした見た目の男は、やけに「若い」「子供」を強調してキヨを見下してくる。

両サイドからチクチクと皮肉られて、口の端が引き攣った。

狡猾にこちらを蔑んでくるタイプの人間を見ると、先程の嫌味野郎がいかにかわいい存在だったか身に染みる。

ガッチマンのようににこにこしながら、ひっそりと喉元を狙うような人間が一番怖い。

だがガッチマンと違って目は正直だ。

食えない育て親の元で育っていなかったから、彼らの巧妙な悪意には気づかなかっただろう。

警戒すべき人が可視化されたおかげで少しは気が楽になった。

「うわ、はっず・・・・・・・・・。間違えてんだったら「間違ってるよ!」って気づいた瞬間言わなきゃ」

「もうそれ合いの手じゃん」

すかさずガッチマンが冗談で返してくれたため、大分緊張も解けてきた。

ようやく等身大のキヨで彼らと向き合える。

「つぅーか歳だけは立派に取ってんだから、小せーことでゴタゴタ言うなよー」

あちらが戦う姿勢ならば、キヨだって負けてられない。

舌戦は割と得意なのだ。

天然をかますガッチマンに辛辣なレトルト、小言が多い牛沢にぶっとんだ返事をするヒラで慣れている。

「ガキは自分の過ちを認めないのがいただけないな。本当にそんな責任の無さで会長をやっていけるのか?」

口を挟んだのは、今まで黙っていた寡黙な大男だ。

いかにも極道然とした見た目に、キヨは感心する。

ガッチマンよりは遥かに年上だが、周りの組長と比べても若く見える。

そんな大男の言い分は最もで、キヨは大きく頷いた。

どうやらキヨを見下したり批判するような輩ばかりではなく、このように対等に意見する者もいるらしい。

このような人材はありがたい。

キヨの中ですでにこの大男は味方認定だ。

「もしオレに将来性がないと思うんだったら、青藍会を抜ければいい。オレは何も言わないし、咎めもしない」

「ふっ、態度だけは一人前だ」

大男は満足そうにそう言うと、凶悪な顔に笑みを浮かべた。

一先ずは合格、といったところか。

これからも彼らの期待を裏切ることなく、また舐められないように努力は続けなければならない。

帰ってから牛沢とレトルトに勉強させてもらわねば、と脳内にメモする。

「ところで・・・・・・・・・。今日の護衛はまた随分とお若い。盲信者と裏切り者はクビですか?」

ふとキヨとガッチマンにそう聞いてきたのは、この中でも大男に次いで若く見えるグラサン男だ。

物言いは元より、夜でも外さないサングラスと首に引っ掛けている太めの金のネックレスが気に食わない。

男は高そうな椅子にふんぞり返って、キヨとガッチマンの後ろに立っているヒラをサングラス越しにじろりと見た。

ヒラはグラサン男に興味すらないのか、直立不動のまま無視している。

「さて・・・・・・・・・?俺の仲間に「盲信者」と「裏切り者」なんて名前の子はいないけど?」

「ああ、失礼。確か牛沢とレトルトといったかな?」

悪びれもなく男がそう言った瞬間「ああ」とキヨは悟った。

随分と回りくどい自殺行為だと。

死にたいのであれば勝手にこの場で舌を噛み切ればいいのに、わざわざ煩わしい方を選ぶとは。

そういえば、とここに来る前にふとガッチマンが言っていたことを思い出した。

曰く、毎回こちらの地雷を軽く踏み抜くバカがいると。

今回のバカはこのグラサン男というわけだ。

キヨはため息を一つついて、こめかみ辺りを抑えた。

キヨ自身をバカにするのは分かるし、まだ許せる。

だが手下───────もとい、仲間をバカにされて黙っているようではメンツが丸潰れだ。

「オレさぁ、まだどこの組とか誰が頭とか把握しきれてねぇけど」

何対もの目が全てキヨに向いたのが分かる。

だがその鋭い視線に、恐れはなかった。

「とりあえずグラサンのお前、たった今からこの会合出禁な」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

出禁だけで許してやる自分はなんて優しいのだと自分で自分を賞賛するキヨを、男はサングラス越しに間抜けな顔で見た。

「なに、ふざけたこと抜かしてやがる・・・・・・・・・この小童が!!」

下品だった丁寧な言葉も忘れて、グラサン男は立ち上がった。

その拍子に目の前にあった茶碗から、水しぶきがあがる。

「聞こえなかった?お前にここの敷居を跨ぐ権利はねぇーよ。さっさと出ていけ」

「戯けたことを抜かすな!こっちはなぁ、お前がまだ腹ん中にいた時から組長やってんだ!前会長の七光りでコネ入りしたお前とは経験も経歴もちげぇーんだよ!」

「それなのに、よくこんな軽はずみな発言できんな。お前の頭には空気しか入ってねーのか?」

「小童風情が・・・・・・・・・調子に乗りやがって!!」

激昂した男が、歯を食いしばった。

あっさりと出禁を告げられて、相当腹が立ったのだろう。

だがこれは紛れもないキヨの優しさだった。

「まだ「ガッチさんが」笑ってるうちに出ていけよ」

「もー、なんでバラすの?キヨ」

隣に座るガッチマンが苦笑した。

その手は、テーブルに置かれた長い中華箸を逆手に握っている。

料理に手をつける素振りはないため、このまま箸でグラサン男をどうにかするつもりだったのだろう。

会長を降りたというのに、相も変わらず物騒な事だ。

「安心して、殺すまではしないから。ただちょっと目をぶっ刺すだけだよ」

「間違って脳まで刺したらどーすんの」

「俺がそんなヘマするわけないでしょ?それに殺したら後始末が面倒じゃん?」

「人を殺さない理由がそれなの、ちょっと安心だわ」

基本的に面倒臭がりな性格でよかった。

もしかしたら現役なら、面倒でも気に入らないやつは片っ端から殺していたかもしれないが。

とにかくガッチマンも年相応の落ち着きが出てきたということだ。

「なっ・・・・・・・・・俺はただ、少しからかってやろうと・・・・・・・・・」

「口は災いの元と言うだろう。今回はお主の落ち度だな」

「除名で済んだことに感謝しろ。昔なら即斬られていたぞ」

「ほっほっほ。年々幹部の数が減っていきますなぁ」

周りの組長もキヨに賛同してグラサン男を批難する。

彼らも敵を少しでも減らせるなら、と嬉々としているのだろう。

中には本気で呆れている組長もいたが。

「ふざけるな、ふざけるな!「たかが」そんな事で───────」

ついに我慢の限界を越えた男がキヨに向かってくる。

間にテーブルがあったが、それさえも跨いで拳を振り上げた。

「これ以上、会長の命令を無視するなら除名だけでは済みませんよ」

キヨの元へその拳が届く前に、ずっと黙っていたヒラが受け止めた。

「クソガキが・・・・・・・・・どけ!」

なおもヒラを見下す男に、キヨは最早呆れた。

どうも自分の組の中だけで過ごすうちに、愚かにも自分が偉いと付け上がってしまったようだ。

これぞまさに井の中の蛙、といったところか。

「警告、しましたよね?」

ヒラは柔らかい声でそう言うと、ふわりと笑った。

「いっ、っっっっっっ!!!」

そしてグラサン男の拳を受け止めた手を握ると、骨が軋む音がした。

「確かにおれはガキだけど・・・・・・・・・あの青藍会がただのガキを大切な組長の護衛にするわけないでしょ?」

表情は穏やかなまま、ヒラの左手は未だに圧迫を続ける。

「もうやめ、離し───────」

「このまま、修復不可能になるまで骨を潰そっか?」

「───────っ!」

子供とは思えない力の強さと気迫に戦意を喪失したのか、男はへなへなとテーブルに座り込んだ。

「そんくらいにしといてやれ」

降参した相手を更に痛めつけるのは、何というかヒラの優しそうな見た目には似合わない。

楽しそうに敵を嬲るのは育て親だけで充分だ。

キヨが思うヒラの人物イメージを守るために、丁度いいところで止めておく。

「この・・・・・・・・・!組長から手を離せ───────っ!!」

今更動き始めたグラサン男の護衛が、思い出したようにヒラに飛びかかろうとする。

しかしヒラに手が届く数センチ前でピタリと止まった。

ガッチマンが逆手に持った箸で、護衛の目を狙ったからだ。

ぎりぎり箸の先が眼球についてはいないが、あと数ミリでもズレれば確実に失明は免れないだろう。

「失言かました上にうちの子にまで手を出すなら・・・・・・・・・その先は言わないでも分かってくれる?」

「は、はい・・・・・・・・・」

護衛の額から頬にかけて、冷や汗が伝い落ちる。

まさに緊張の瞬間だった。

「さて、茶番はおしまい。さっさとつまみだして」

冷たい雰囲気を跡形もなく消し去って、まるで別人のような優しい顔に戻ったガッチマンが店員を呼ぶ。

極道の関係者なのか、店員はやけに慣れた様子でグラサン男と護衛をどこかに連れて行ってしまった。

「つーわけで、会合はもう終わりでいいよな?お子様はもう寝る時間みてぇだし、オレ達は勝手に帰るぜ」

奔放さが板についてきたキヨは、さっさと店を後にする。

正直あの場に長くいると、もたないと思ったのだ。

腹の虫が。

目の前に美味しそうな料理が並べられていても、毒が入っていると思うと口にできない。

だからといって料理は本当に美味しそうに見えるから余計困る。

成長期のキヨの腹は、ずっと空腹を訴えていたのだ。

これ以上は耐えられないと悟って、早々に会場を抜け出したわけである。

「さて、そんじゃ会合も終わったことだし、ガッチさんの奢りで食べ歩きでもすっか!」

「やったー!やっとご飯食べれる」

「まあ、さっきはキヨもヒラも頑張ったからね。ご褒美にたっくさんご飯買ってあげる」

「よっ!太っ腹!」

「さすが天下一の組長!元だけど!」

現金なキヨとヒラが二人がかりでガッチマンをヨイショしながら、中華街を練り歩く。

夜も大分深まってきたが、開いているお店はまだまだ沢山ある。

観光客の足も未だに途切れることは無い。

キヨとヒラは目に付いたものを片っ端から食べることにした。

噛むと肉汁が溢れだしてくる小籠包に、キヨの顔よりも大きい炸鶏排、映えを意識していながらもしっかりと美味しい串刺しのイチゴ飴。

食べ歩きだけで腹も膨れるほど満足した。

「さて、そろそろ帰ろっか」

そう提案するガッチマンの手には、牛沢とレトルトへのお土産が握られている。

美味しいと評判の肉まんが、お持ち帰りもできると聞いて即買ったものだ。

これでどうにかあの二人の機嫌を直そうとしている魂胆が見え見えである。

中華街と大きく書かれた豪華な門をくぐると、すっかり普通の都会の風景になってしまった。

異空間から現実世界に戻ってきたような寂しさを覚えながら、大通り沿いを歩く。

迎えの車は来ているが、車線が反対側なので少し距離がある。

三人で並んで歩く時、ガッチマンは車道側を歩く。

ガードレールがあるにもかかわらず、子供を車から守るために自然と車道側を歩くのだ。

子供扱いされて悔しいような、いつまでも子供と思ってくれて嬉しいような複雑な気持ちになるが、それが嫌なものでは決してない。

「わっ」

さり気ない気遣いに嬉しくなりながら歩道を歩いていると、突然ガッチマンの驚いた声が聞こえた。

普段めったに驚かないことで有名な(青藍会の中で)ガッチマンの声に、キヨとヒラはつられて驚く。

そして慌ててガッチマンの方を見ると、彼の体が浮いていた。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・????!)

脳内が一瞬バグって宇宙を背負いかけるが、次の瞬間には理解していた。

ガードレールが途切れた隙間を狙って、車から伸びた手がガッチマンを捕らえていたのだ。

スモークの張った黒塗りの車が、ガッチマンを攫おうとする。

ガッチマンは「あわわ」と棒読みで驚いたかと思うと、手に持っていた土産の袋をキヨへと投げた。

突然のことに戸惑いながらも見事な反射神経で受け取ったキヨは、ぽかんとしながら現在進行形で連れ去られている親を見る。

「あ、これうっしーとレトさんに渡しといて」

というなんとも間抜けな言葉を最後に、車のドアはあっさり閉まってしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

夜の街を颯爽と去っていた車を見ながら、キヨは呆然とした呟きを洩らした。

手にはまだ暖かい土産の肉まん。

緊張感のないガッチマンの誘拐。

「は?」

状況を整理しても意味がわからなくて、もう一度呟いた。

「え・・・・・・・・・誘拐?」

同じく呆然としていたヒラが先に正気に戻り、ぽつりと独り言を洩らした。

その一言で止まっていた時がようやく動き出した頃には、もう誘拐した車の影は跡形もない。

「な、なにーーーーーー!???!!」

持ち前の大声でとりあえず周りの人をドン引かせつつ、キヨとヒラは走る。

ガッチマンが誘拐されたことに現実味が湧かないし、ついでに意味も分かっていないが取り敢えず安心できる所へ戻りたかった。

急いで青藍会の車まで戻ると、運転席で待っていた組員が慌てた二人の様子に驚いている。

「どうしたんでい、二人揃って。というか、オジキは?」

「そのオジキが攫われたんだよ!」

「緊張感の欠片もなく連れ去られちゃったんです!あの人大物すぎません!!?!」

窓越しに詰め寄る二人を何とか落ち着かせつつ、組員は取り敢えずキヨとヒラを後部座席に乗せた。

そしてゆっくり東京へ向かいながら、ルームミラー越しに二人を見る。

「オジキ、誘拐されちまったんか・・・・・・・・・。とにかくまずは、牛沢さんに報告だな」

やけに落ち着いている組員に、キヨは首を傾げる。

焦ったところで状況は一切変わらないのだが、いくらなんでも落ち着きすぎではないかのか、と。

そんなキヨの戸惑いを察したのか、組員は苦笑した。

「あのオジキだぜ?誘拐されたんは驚きだけど、正直犯人が可哀想ってしか思わんでしょ」

ガッチマンの強さをずっと近くで見ていた組員の感想で、確かにとキヨの肩の力が抜ける。

キヨの育て親は、例え不利な状況でも何とかなるだろうという安心感があった。

キヨ達が焦るだけ無駄なのだ。

些か気分が楽にはなったが、だからといって牛沢への報告がいいものになった訳では無い。

問題は側近の牛沢とレトルトだ、と珍しく手汗を握りながら牛沢に電話をかける。

一人で牛沢の相手をするのは怖いため、一応スピーカーをオンにしてヒラと共に報告することにした。

『もしもしぃ』

スリーコール以内で取った牛沢の声は、寝起きなのかいつもより低い。

ごくりと生唾を飲み込んで、キヨとヒラは目を合わせた。

「あの、牛沢さん?」

『あ?んだよ。こっちは疲れを取るために久しぶりに寝て───────』

「えーっと。ガッチさんが、誘拐されちゃった・・・・・・・・・的な?」

ぶつぶつと文句を言いそうな牛沢を遮って、キヨは単刀直入に言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そして言い切ったあとの沈黙が恐ろしいほど長い。

『ふぅーーーーーーーーー』

恐怖を掻き立てるような長い長いため息をつく牛沢に、キヨは慌てて言い募る。

「お、落ち着けうっしー!きっとガッチさんは無事だし、何事もなく───────」

『よし、あん人一発ぶん殴るか!グーで』

「・・・・・・・・・」

度重なる疲労で、どうやら牛沢のキャパはとうに限界だったようだ。

やけに吹っ切れた声で、元気よくガッチマン殴るぞ宣言をした。

キヨとヒラは遠い目になりながら、牛沢の苦労に思いを馳せる。

『だから言ったんだよ、俺かレトルトを護衛につけろって。あん人はいっつもいっつも変なところで楽観的だし、自分を軽く見てるとこあっからなぁ。とにかく今回は俺とレトルトの忠告を無視したガッチマンの落ち度ということで、一発殴りたいと思いました』

「えっと、報告ありがとうございます?」

説明口調な長文を、よく噛めずにベラベラと紡げるものだ。

いっそ感心していると、電話を向こうから鈍い音が一つした。

『あほ。殴るにしても、まずは本人がおらんと何もできへんやろ。しっかりせい』

鈍い音に続いて聞こえてきたのは、柔らかな関西弁のレトルトの声だ。

どうやら近くにいて電話の内容を聞いていたらしい。

牛沢よりもぶっ壊れていないようで安心した。

だがそのレトルトも普段は抑えているお国言葉がでているため、混乱度は牛沢とそう変わらなかったりする。

『とにかく、ガッチさんがどこに連れ去られたかだなぁ・・・・・・・・・。キヨくん、ヒラくん。誘拐した車のナンバーとか車種とか犯人とか見た?どこ方向に行ったとか』

「それがですね・・・・・・・・・突然過ぎて車が黒かったって事しか思い出せないです・・・・・・・・・。あと横浜に土地勘なさすぎてどこ方向に向かったとかも一切分かんない」

一応申し訳なさそうに言うと、電話の向こうで鮮やかな舌打ちが聞こえてきた。

『チッ、役立たずが』

「ひどっ!」

牛沢といいレトルトといい、やはりキヨを組長として敬う気はないようだ。

『はー・・・・・・・・・。レトルトの言う通り、まずはガッチさんが誘拐された所の特定からだな』

ようやく人間に戻った牛沢の声を聞いて、一先ず安心する。

レトルトが止めなければ、このまま乱心してしまうのではないかと思ったからだ。

『おい、今動ける「佐々木」はどんくらいだ?』

ふと牛沢が、誰かに呼びかけるのが聞こえた。

声がマイクから外れているため、キヨ達に話しかけた訳では無いだろう。

『別件で動いている者を除いて、御所に居るのは十六人です』

案の定横から、知らない人の声がする。

青藍会本部では聞いたことがない、ひどく落ち着いた声だった。

『なら全員動かせ。何かしら情報掴むまで帰ってくんな』

『御意に』

普段ガッチマンに振り回されてばかりの牛沢が、人に命令しているのが新鮮に感じる。

誰かは分からないが、一人でも多くの人がガッチマン捜索に協力してくれるようでよかった。

『レトルトは念の為、全組員に抗争の準備させろ。ただし直系でも御所の奴ら以外には悟られんな』

『まかせろって』

頼もしいレトルトの返事で、いよいよことが大きくなり始めたのだと実感した。

ガッチマンの緊張感が一切ない誘拐現場を見せられたせいで、どこか夢見心地だったのだ。

キヨは自分の頬を叩いて一喝すると、電話に詰め寄った。

「うっしー。オレ達は何すればいい?」

『お前らは何もせず、御所に帰ってこい』

「えー、まあ、分かったけどさ」

何もできることは無いと知って、キヨはあからさまに落胆する。

確かに子供で人脈もないキヨが車内でできることなどひとつも無い。

幸いにも夜は道が空いているし、御所までは一時間足らずで着くだろう。

それまでの辛抱だ。

『安全運転だぞ。絶対に事故んな。あと寄り道もすんな』

「安全運転とか運転手が一番うっしーに言われたくない言葉じゃん」

『ガキは黙っとれ』

分が悪いと判断したのか、キヨの反論を聞いてすぐ牛沢は電話を切ってしまった。

相変わらず窓の外は、キヨを置いていくような速さで過ぎていく。

ガッチマンが攫われたくらいで組長が揺らいではいけないと気丈に振舞ってはいたが、本当は不安だった。

もしガッチマンに恨みがあって誘拐したのなら、もう育て親の命は無いかもしれない。

もしかしたら死ぬよりも酷い目に合っているかもしれないし、怖いことをされてるかもしれない。

窓の外を見ながら、そんな不安なことばかり考えてしまう。

「安心して。「佐々木」の人も動いてるから、きっとすぐ見つかるよ」

隣のヒラが、落ち込むキヨを励ますようにそう言った。

そういえば先程電話で牛沢が呼んでいた人も「佐々木」だった気がする。

「「佐々木」さんって、どんな人?」

そんなにすごい人なのかと好奇心で聞けば、ヒラは少し笑った。

「青藍会でいう「佐々木」は一個人じゃなくて、大体が「佐々木一族」っていう組織のことだよ」

どうやら青藍会には組員だけではなく「佐々木」という私兵が数え切れないほどいるらしい。

数も人相も青藍会でさえ把握していない中で、牛沢だけが全員を知っているという。

「珍しいね。うっしーって人に興味無さそうだから、一番覚えてなさそうなのに」

「だって牛沢さんは「佐々木一族」の棟梁だもん。今みたいな有事の際は「佐々木」を動かして組長を手助けしたりするの」

「と、棟梁!?」

棟梁ということは、その一族のナンバーワンにしてオンリーワンということか。

普段キヨが友達のように何気なく接している人が実はすごい人だということを知って、開いた口が塞がらない。

「牛沢さんから聞いてない?「佐々木一族」は青藍会を興す前から代々ガッチさんの家に遣えてて、棟梁になる人は「佐々木」から晴れて「牛沢」の名前を襲名するの」

「牛」は勤勉さの象徴であり、また力強さも持ち合わせているため縁起がいいとして「牛沢」の名が受け継がれるという。

牛沢の「牛沢」という名前には、キヨ達とは違ってそんな忠誠と覚悟がこもった意味があるらしい。

「うっしーって呼ぶの、なんか申し訳なくなってくんな・・・・・・・・・」

そんなちゃんとした意味があって一族の偉い人につける名前なのに、キヨ達はラフにうっしーうっしーと呼びすぎた。

だからといって今更改めるつもりはないが。

たまに敬意を持って呼んであげるくらいでいいのだ。

「「佐々木」さんが沢山いて凄いのは分かったけど、流石に人海戦術だけでガッチさん見つけるのは厳しいんじゃない?」

ここは情報と秘密に溢れた世界だ。

そんな中で地道に人を使って探すのがどこまで通用するか分からない。

そんなキヨの心配事をよそに、ヒラは首を振った。

「確かに「佐々木」の人の多さはすごいけど、人海戦術で探すわけじゃないよ」

それならばドラマや映画のように、忍ばせていた監視カメラを見たり、どこかをハッキングして特定したりするのだろうか。

そんなキヨの予想は少しだけ当たっていた。

「警察関係者とか政府官僚内にも「佐々木」を忍ばせてるんだって。だからいざって時は警察と政府を味方にできるってこと」

「すご。主語がいちいちデカすぎてなんも頭入ってこねーわ」

それならばガッチマンも見つけることも容易いかもしれない。

希望の光が見え始めたところで、ようやく窓の外の景色が見慣れたものになってきた。

もうすぐ御所に着くらしい。

何度もシートベルトを触ったり風景を確認したりしているうちに、車は御所の中につく。

普段であれば車は入口近くの駐車場で止まらなければいけないが、どうしようもなく急いでいるキヨのためにギリギリまで車で送ってくれた。

「サンキュー!」

「いえいえ」

お礼と共にドアを開け放ち、全力ダッシュで庭を突っ切る。

後ろから「キヨ待ってよ〜」という情けないヒラの声が聞こえたが、構っている暇はない。

「キヨくん、こっち」

手招きするレトルトに駆け寄って、玄関ではなく縁側に革靴を放り投げた。

未だに御所で迷子になるキヨを迎えに来たレトルトの後について行くと、小さな和室に通される。

そこには数名の組員と、牛沢が並んでいた。

「おう、おかえり」

「ただいま!なんか分かった!?」

畳に直置きしたパソコンの前で胡座をかく牛沢の隣に座り、状況を確認する。

「「佐々木」が手当り次第で探してるんだけど、まだ見つかってないみたい」

代わりに答えたのは、同じく牛沢を囲むように座ったレトルトだ。

「まだ見つかっちゃいねーが、必ず探し当てるから待ってろ」

そんな頼もしい言葉をかけながら、牛沢はパソコンから一瞬たりとも目を離さずにタイピングする。

部屋の中は異様な緊張感で満ちていた。

後ろに並ぶ組員はいつもキヨに向けているような優しい顔ではなく、ぴりぴりとした厳しい顔になっている。

ヒラは不安げだし、牛沢は真剣だ。

そんな中でどうもレトルトだけは、緊張感に欠けているように見える。

あのガッチマンが、誘拐犯ごときにどうこうされるとは一切思っていないからだろう。

そんな温度差を感じる空気の中、牛沢のパソコンに通知が入った。

新しい情報かと皆で食い入るように見ると、通知内容は「ビデオ通話」となっている。

「十中八九、誘拐犯だろうな」

冷静な牛沢に、キヨの喉がなる。

誘拐犯がコンタクトを取ってきたということは、何かしらの要求があるのだろうか。

全員で顔を見合せながら、牛沢がビデオ通話を始める。

『・・・・・・・・・う・・・・・・・・・る?』

不鮮明だった映像が段々と綺麗になっていく。

画面に映っていたのは、後ろ手で縛られてコンクリートの床に胡座をかくガッチマンだった。

『やっほー!青藍会のみんな!ガッチさんだよ!今回はですね〜、じゃじゃん!誘拐されてみた』

「売れない底辺Y○uTuber風モノマネやめろ」

思わずキヨは真顔でツッコんでしまった。

声はやけにしっかりしていてその表情もいつも通り余裕そうだが、いかんせんふざけ過ぎだ。

『うっしー、怖い顔してる』

「誰のせいだ」

レトルトだけではなく、ガッチマンの方にも緊張感はないらしい。

まるで友達の家かのように寛ぐその姿に、誘拐されているということさえ忘れてしまう。

『雑談はここまでだ』

緩い二人の会話に無粋にも割り込んだのは、これまた凶悪な顔をした無骨な男だ。

いかにも荒事には慣れています、という見た目をしている。

「で?何が望みだ。金か?ヤクか?」

いつになく冷たい声色をしたレトルトが聞けば、画面の向こうで男が鼻を鳴らした。

『そんなものに興味はない。俺たちはただ、この男を殺したいだけだ』

「んじゃあ何のためにこんなビデオ通知なんかしたんだよ。さっさと殺せばいいでしょ?」

『レトさんは俺に死んで欲しいの?』

「そうは言っとらんやろ」

確かにガッチマンに恨みがあって殺すのならば、なぜわざわざ知らせようとしたのか。

キヨもそれが気になった。

『元会長最後のお願いだからだ。それに、お前たちが手も足も出せずにこいつは殺されるんだ!それを教えてあげた方が面白いだろ?』

『わぁお』

男は無抵抗のガッチマンの首元に、ナイフを翳す。

一ミリでも動けばその鋭い刃で首筋が切れるというのに、当の本人はやはり呑気だ。

一方で誰よりもブチ切れたのは、牛沢だった。

「こん人にどんな恨みがあるかは知らねーし興味もねーけどよ、俺はこん人を殴んねぇと気が済まないんだわ」

『え?なんで俺殴られないといけないの?なんかしたっけ?』

「取り敢えずガッチさんは黙ってて・・・・・・・・・」

何やら怒っている牛沢に疑問を覚えたのかガッチマンが抗議の声をあげるが、余計にややこしくなるので黙らせた。

「ちゅーわけで、何がなんでもお前たちの居場所を探し当てるかんな。覚悟しとけよ」

「ねぇ、それ言ったらガッチさん早めに殺されんじゃね?」

「・・・・・・・・・しー。それ言っちゃアカンやつ」

「レトルトさんが止めて下さいよ・・・・・・・・・」

キヨ、レトルト、ヒラが小声で言い合っていると、キヨだけ牛沢にはたかれた。

やはり組長として一切敬う気は無いらしい。

『盛り上がってるところ悪いけど、別に助けに来なくていいよ?』

そんな中、冷水を掛けられたように空気を凍らせる一言が放たれた。

犯人はガッチマンだ。

「は?」

牛沢の額に青筋が浮かぶのを、キヨははっきり見てしまった。

『だーかーら、自分のケツは自分でどうにかできるってこと。そんじゃ、また後でね〜』

敵に捕まってもなお自由がすぎるガッチマンに、この場の誰も動けなかった。

否、牛沢の静かな怒りが怖すぎて誰も話せない。

「助けに来なくていい、あまつさえ自分で始末をつけられる?」

はっ、と牛沢が吐き捨てる。

その顔がどの組員よりも怖くて、キヨは思わずレトルトの後ろに隠れた。

「毎回毎回俺が守るって言ってんのにシカトするし、本当に自分で何とかするし。かと思えば面倒だからって全部こっちに投げる時もあるし」

積年の恨み辛みが一気に放出されたようで、牛沢の怒りは相当なものだった。

「「牛沢」の役目がガッチマンを守ることだって分かってて、いつも一人で無茶しやがって。俺は用無しかよ」

なんのために「佐々木」の中で這い上がり、ガッチマンを守る「牛沢」になったか。

そう牛沢は洩らす。

「うっしー・・・・・・・・・」

その独白に悲しくなってキヨがフォローしようとすると、牛沢の俯いていた顔が突然上がった。

「だから、まじでぶん殴らねぇと気が済まねぇな。一発じゃなくて、分かるまで何発も」

「こわぁ」

いきなり豹変するDV男じみた発言に、キヨはドン引きだ。

「だから落ち着けって」

おかしな方向へいきかけた牛沢に修正をかけたのは、やはりレトルトだ。

このやりとりに既視感を覚えつつ、やっと正気に戻った牛沢が動き始めた。

「ったく、仕方ねぇ。おい、さっきの映像を分析班に回せ。環境音やら背景やらで少しは情報割り出せんだろ」

「助けなくていい、って言われたのに、それでも探すの?」

思わずキヨは、そう聞いてしまった。

ガッチマンの態度には愛想をつかせてもいいはずなのに、それでも牛沢は諦めなかった。

「ったりめーだろ。ここで引き下がったら「牛沢」の名が廃るってもんだ」

「見捨てるわけないでしょ?これでもあの人はおれらの「友人」なんだから」

役目だからと義務感で助けるのではなく、ただの友人として助けたいのだとレトルトは言った。

どうしようもなく優しい二人に、キヨは笑みがこぼれた。

「んじゃあ俺らも動くぞ。まずレトルトは目星がついてる組に───────」

「その必要はありません、牛沢」

指示を出す牛沢に待ったをかけたのは、暗がりから出てきた見知らぬ男だ。

「「佐々木」か。なんか情報掴んだんだろうな」

「はい。どうもガッチマン様はうちの者と共謀して、今回の誘拐を自作したようなのです」




何も映らなくなった真っ暗な画面に、余裕を繕っている自分の顔が写った。

自分で言うのもなんだが、人に迷惑をかけておいてこの顔はとてもムカつく。

実際に画面の向こうにいる牛沢も、かなりキレていた。

ああ見えて普段はなかなか本気で怒らないため、地雷を踏んでしまったのが分かる。

だがこれは仕方の無いことだ。

「ちっ、余計なことを喋りやがって」

誘拐犯の男は、虫の居所が悪いようだ。

ただでさえガッチマンが口八丁で丸め込んでビデオ通話をしてもらったというのに、助けに来なくていいなどと言ったせいで怒っているのだろう。

男のプランではガッチマンも殺すが、助けに来た牛沢達もまとめて殺したかったのかもしれない。

なら尚更「助けに来なくていい」と言ってよかった。

「カルシウム不足だな」と心の中で嘲笑っていると、ふと黒々とした目がぎょろりとこちらを向く。

そして受け身をとる間も無く、いきなり横っ面を裏手で殴られた。

久しぶりに食らった攻撃は、鉄の味がする。

殴られた時にか、はたまたコンクリートに体を打ち付けた時にかは分からないが、とにかく口の中を切ってしまったようだ。

鉄パイプを直接舐めているような不快な味に、思いっきり顔を歪める。

「はっ、まあいい。どうせお仲間は助けに来ねぇ。ここがバレる訳がねぇからな!」

一瞬でもここをすぐに見つけ出すと凄んだ牛沢に怯んだくせに、いけしゃあしゃあとよく言うものだ。

「さて、それはどうかな?」

調子に乗る男が気に食わなくて、ガッチマンは腹筋だけで起き上がる。

後ろ手で縛られているため満足には動けないが、こちとら何十年も日本一のヤクザをしていたのだ。

拘束という障害は、さして苦でもない。

誘拐されているというのに全く緊張感がないガッチマンに、男は訝しそうにしている。

「俺が、お前たちの企みに気づいてないと思ってたわけ?」

「・・・・・・・・・どういうことだ」

おめでたい頭だと一笑して、丁寧に説明してやる。

「お前たちが青藍会───────キヨか俺のどちらかを狙っていることは前々から知ってた。でもキヨが狙われたら困るから、俺を誘拐するように仕向けたんだよ。気づいてた?」

「な、何を言ってるんだ・・・・・・・・・?」

より絶望を与えるために、誰に手を出したか分からせるために。

「お前たちの誘拐計画を、俺のシナリオ通りに書き換えたってわけ。ほんっと、順調すぎて笑えてくるよ」

「往生際の悪い嘘だ!!」

疑心暗鬼になってきた男に、ガッチマンは決定的な言葉を告げる。

「いい事教えたげよっか?」

きっと今のガッチマンの顔は、キヨには見せられないほど愉悦に歪んでいる事だろう。

組長としての自分は、全く教育に悪い。

「お前たちの中に人狼がいる。「佐々木」って名前には気をつけてね」

そう言うと、男の顔が茹で上がったように真っ赤になった。

首筋には太い血管が浮き出て、目も血走っている。

「あの野郎・・・・・・・・・っ!」

「佐々木」という名に心当たりがあるらしく、男は焦ったように監禁部屋から出て行った。

『おい「佐々木」を探し出して今すぐ殺せ!』

と分厚いコンクリート越しに、男が指示を出したのが聞こえた。

「・・・・・・・・・呼ばれてるよ?」

「誰のせいですか、全く・・・・・・・・・」

音もなく背後に降り立った青年に、いたずらっぽい笑みを見せた。

「佐々木」と呼ばれた、ガッチマンの伏兵である。

「何でバラしたんですか、もう」

「その方が楽しいでしょ?」

どこまでも自由なガッチマンに小言を言いつつ、手を縛る縄を解いた。

ブツブツと小さな声で文句を言うのは、牛沢に似ている。

遠いのか近いのかは分からないが、流石は「佐々木一族」だ。

「それで?アレは持ってきた?」

縄の跡が付いてしまった手首を擦りながら、佐々木を見ると「ここに」と背中に負っていた竹刀袋をはだけさせた。

中から出てきたのは、藍色の柄が美しい本物の刀だ。

「藍姫も久しぶりだね」

ガッチマンの分身といっても過言ではないほど手によく馴染んだ愛刀が、数年の時を経て手元に戻ってきた。

青藍会が名実ともに日本一になってからは、随分と無沙汰していたのだ。

「藍姫を持ち出すの、相当苦労しましたよ。牛沢の監視の目が厳しいのなんの」

「うん、ありがとね」

長くなりそうなので、感謝で会話をぶった切る。

愛刀を持ってきてくれたことには感謝しているが、悠々と会話をしている暇はないのだ。

「本当にやるんですか?」

声を潜めて、佐々木が確認する。

「もちろん」

だがガッチマンの決意は変わらないことを知ってか、諦めたようなため息をついた。

「こんな三流組織なんて「佐々木」に命じればいつだって潰せたのに。わざわざ貴方が出張る必要はないんですよ?」

「それでも、だよ。これは俺なりのケジメだから」

この組がガッチマンの誘拐なんて自殺行為を企てたのは、きっとガッチマンに並々ならぬ恨みがあるからだろう。

ガッチマンは青藍会を日本一にするために、邪魔するものを沢山斬ってきた。

その一人一人をいちいち覚えている訳では無いが、ガッチマンが斬ったものの中にこの組の頭でもいたのだろう。

原因はガッチマンにあるというのに、同じ青藍会だからというだけで仲間に迷惑を掛けようとする奴らを黙って見過ごす訳にはいかなかった。

自分が撒いた種は、自分で除く。

尻拭いは、元組長の自分がするべきだ。

だから青藍会を巻き込まずに、水面下で計画を立てた。

ガッチマンの密命を受けた「佐々木」を敵対組織に予め忍ばせておき、誘拐計画が始まったらどうにかガッチマンを狙うように軌道修正をかける。

そしてまんまとガッチマンを誘拐したら、待機している「佐々木」と合流して、組織を内部から崩す。

というのがガッチマンのシナリオだ。

「牛沢たちと協力した方がいいですって。流石の貴方でも、これだけの組織を潰すなんて無理がある」

「そうかもね。でも無理でもやらないと。次はキヨを狙うかもしれない」

キヨはまだ子供なのだ。

ヤクザの汚い世界を見せたくない。

そんな親心で、ガッチマンは一人戦うことを選んだ。

「わー、もう分かりましたよ!私も協力します!」

「君はここまででいいよ。こんな所で若い子を死なせる訳にはいかないから」

危険なスパイを引き受けてくれただけでも有り難いのに、死ぬかもしれない戦いにまで付き合わせたくはなかった。

「貴方を見捨てて帰った方が、色々と怖いので」

「?」

佐々木がげんなりしている理由が分からなくて、首を傾げる。

「あーあ、帰ったら牛沢に殺されるんだろうな・・・・・・・・・」

棟梁である牛沢の許可なくガッチマンと共謀してこんな大それたことを企てたせいで、とても怒っていることだろう。

まさか殺すまではしないでしょ、と楽観視するガッチマンに佐々木はやけに真剣な表情で「牛沢に殺されそうになったら、庇って下さいね」と言った。

「うん、半殺しで許して貰えるようにしてあげる」

「そこはもうちょっと頑張って下さいよー!牛沢の機嫌は、貴方次第なんですからーーーーー!」

ガッチマンは適当なことを言ったが、もちろん何の罪もない佐々木を責めないでほしいと牛沢に頼むつもりだ。

佐々木はただ主であるガッチマンの命令で協力していただけだから、と。

「さっ、うっしー達がここを嗅ぎつける前にぱっぱと掃除しちゃうよ。佐々木くんは適当に場をかき乱して、俺が動きやすいようにサポートして」

「御意に」

監禁部屋のドアを蹴破って、二手に別れる。

初めて来る場所だが、歩いているうちに勝手にマップを覚えるだろう。

帰り道を気にすることなく、気ままに徘徊する。

廊下は明かり一つなく、壁が酷く廃れていた。

恐らくどこかの廃ホテルでも占拠しているのだろう。

廊下は刀くらい余裕で振れる大きさだ。

暫く廃墟内を練り歩いていると、どこからか「ガッチマンが逃げたぞー!」という声が聞こえてきた。

佐々木が上手いこと誘導してくれているみたいだ。

途端に慌てた様子でこちらに向かってくる足音が複数聞こえてくる。

ガッチマンは不敵に笑って、愛刀の柄に手をかけた。

「俺と心中してくれる?藍姫」

長いこと人間の血を吸ってきた刀が、嬉しそうに振動した気がする。

そして曲がり角を右折してきた敵を見た瞬間、居合抜きの要領で刀を振り抜いた。

「ぐあっ!」

「こいつ!」

「殺せ!」

暗い中で複数人の声がする。

銃を構える音や撃鉄を起こそうとする音が聞こえてくるが、どれも遅い。

ガッチマンは感覚で刀を振り下ろす。

銃を一発でも撃たれて、マズルフラッシュでこちらの位置がバレるのは避けたい。

太刀のリーチの長さを活かして闇雲に振り回せば、いつの間にか周りは静かになっていた。

こんな暗闇での一対多数なら、圧倒的に一人の方が有利だ。

「ほんっと、最悪・・・・・・・・・」

オーダーメイドのスーツが、血でしとどに濡れている。

何とか他人の血が粘膜や傷口に入らないように顔はカバーしたが、代わりに一張羅をダメにしてしまった。

またこちらに向かってくる足音を聞いて、意識を研ぎ澄ます。

久しぶりに刀を握ったせいで、まだ感覚が上手く掴めない。

だがやるしかないのだ。

「いたぞ!」

当てずっぽうで発砲してくる銃弾を空いている部屋に入ってやり過ごし、身を隠す。

直線的な廊下で飛び道具と戦うのは不利だ。

今にも抜け落ちそうな床や何時のものか分からない布団が押し込まれているタンスを見て、隠れやすく奇襲しやすい場所を探す。

そこで浴室の壁が崩れ、隣の部屋に繋がっているのを発見した。

ガッチマンは急いでそこに飛び込むと、息を潜める。

「ちっ!どこにいった!」

「隠れてるはずだ!探せ!」

ガッチマンが始めに入った場所を懸命に探そうとする敵に見つからないよう気をつけながら、隣の部屋から回り込んで背後をとる。

そして一太刀で首を吹き飛ばして静かに絶命させると、奥を探していた敵の心臓も背後から一突きした。

「ふぅ」

割れた窓から見える東京の素晴らしい景色を堪能したい所だったが、そうはさせてくれない。

流石にここまで動き回ると年齢を感じてくる。

最近は牛沢との特訓もご無沙汰しているため、体力が衰えたかもしれない。

体力のつく新しい趣味でも探そうかと、腰を擦りながら考えた。

キヨの成長は嬉しい限りだが、こうして自分はひっそりと年老いてきている。

キヨが開花を今か今かと待つ蕾なら、さしずめガッチマンは満開をとうに終えた枯れ木か。

年輪が多く刻まれ皺だらけの自分を想像したら、あまりにもヨボヨボな自分が浮かんできて思わず吹き出してしまった。

こんな時になに馬鹿なことを考えているのかと、今度は鼻で笑い飛ばす。

このガッチマンが枯れ木?

冗談ではない。

自分はまだまだ現役でいなければならない。

少なくともキヨがガッチマンの手を離れて、一人でも立って歩けるようになるまでは。

鉄筋がむき出しの階段を降りながら、刀を構えた。

現役でいると決めたのなら、ここを生きてでなくては。

初めから死ぬつもりは毛頭無かったが、そこまで気張る程でもなかった。

だが必ず生きて帰ってみせる。

キヨの悲しみも、牛沢の怒りも、レトルトの不安も全てを受け入れるためにも。

「枯れかけた花でも、子供の前では見栄を張りたいもんだしね」

(その「子供」は、今目の前にいるわけではないけど)

「何を訳の分からないことを!囲め!」

階段下で待ち構えていた敵が、ガッチマンを取り囲む。

廃墟の中だというのに無粋な照明が沢山あるせいで、ガッチマンの姿は闇に紛れない。

銃火器との接近戦は不利だが、多少の傷を負ってでもこの場を切り抜けたかった。

「殺せ!」

ガッチマンは号令がかかる前にフライングで一人を突き刺すと、そのまま盾にしながら階段を降りる。

「撃て!」

「やめろ!仲間だぞ!」

「もう死んでる!」

人間らしく躊躇う敵に、隙が生まれた。

ガッチマンは盾にしていた敵を包囲網に向かって投げると、雪崩が起きた人の背中を足場にして跳躍する。

「・・・・・・・・・っ!」

空中で身をひねりながら、縦横無尽に刃を振るう。

(腰痛ってぇーーーー!)

無理な体勢で動いたせいで、腰が悲鳴をあげた。

若い頃はなんてこと無かった動きでも、今だとかなり厳しい。

ここ最近の戦闘は、まるっきり牛沢とレトルトに投げていたのがいけなかったようだ。

明日は腰痛と筋肉痛コースだと自嘲しながら、出口らしきところにむかって走る。

とにかく今は闇に紛れて、確実に一人ずつ始末した方がいい。

佐々木は上手く逃げおおせただろうか。

あの青年は「佐々木」の中でも情報操作を得意とする裏方中の裏方であるため、 戦闘では今のガッチマンよりも頼りない。

早めに脱出したことを願って、ガッチマンは出口へ向かう。

その瞬間、背中にひんやりとしたものが走った。

殺気だ。

ほとんど本能で気づいた殺気に刀を構えようとするが、体が追いつかない。

(因果応報は、ここか?)

ガッチマンの行く手を阻む敵は沢山、沢山殺してきた。

自分が生き残るために、皆を守るために。

だがその因果がここで巡ってきたようだ。

こんな自分がろくな死に方をしないのが分かっていたが、死という感覚はいつも唐突だった。

こちらに銃を構える敵と、しっかり目が合う。

やけに長く感じる時間の中で、焦らすように指がゆっくりとトリガーにかかる。

あと数ミリで銃弾が発射される───────という時に、ガッチマンと敵の間に人が割り込んできたのがわかった。

「・・・・・・・・・え?」

その後ろ姿は見覚えがありすぎるほど、よく見慣れた人だった。

「っぶねーーーーー!」

闖入者は呆然とするガッチマンを背に、長い足を存分に使って敵の銃を蹴りで弾いた。

「な、なんでここにキヨが・・・・・・・・・?」

ガッチマンと敵の間に割り込んできたのは、暗闇でも見間違うはずがないキヨだった。

僅かな光を反射して輝く赤い髪を自由に踊らせながら、キヨはこちらを振り返る。

「ガッチさん!無事でよかった!!」

「来るな!」

駆け寄ろうとしてくるキヨを咄嗟に拒んでしまった。

「ガッチ、さん・・・・・・・・・」

初めての拒絶に、キヨは呆然としている。

「ったく、おい!お前、足速すぎんだろ!」

後ろからバタバタと、牛沢とレトルトがキヨの後を追ってきた。

ガッチマンの予想よりも遥かに早く、牛沢はここを特定したらしい。

それはまだ良いのだが、ここにキヨがいるのが問題だった。

「うっしー!なんでキヨまで連れてきた!」

かつてないほどの怒りを顕にするガッチマンにプツンときたのか、牛沢は「はぁ?」とキレながらこちらに詰め寄ってきた。

「組長殿が直々にここへ行きたいって「命令」したから、仕方なく連れてきたんだわ!」

「いつもは俺の命令なんてろくに聞きはしないのに、キヨの時だけ都合よく聞くわけ?」

「俺がいつあんたの命令を聞かなかったよ?ああ?」

「ずっとだよ!今だってそうだ。キヨを危ないところに連れていかないでって、いつも口を酸っぱくして言ってたでしょ!?」

「危険を避けてばっかで青藍会の会長が務まるわけねーだろ!それに俺に黙って囮なんて考えやがって!そんなあんたに命令される筋合いはねーよ!」

「ならなんで───────むぐっ!」

「ってぇな!」

「今それどころやないやろがーーーーー!」

ヒートアップする牛沢とガッチマンを無理やり止めたのは、我慢の限界に達したレトルトだった。

言い合う二人の間に立ち、ガッチマンの口を塞ぎ牛沢の頭を叩いて物理的に止めたのだ。

「あんな、ガッチさん。おれらがどんだけ心配したと思とんの。キヨくんなんて目の前で攫われたんやぞ」

レトルトの言葉で、そいういえばここにキヨがいた事を思い出した。

ガッチマンはキヨから離れるように、一歩一歩下がって暗闇に紛れようとする。

「ガッチさん・・・・・・・・・?」

不安げなキヨを落ち着かせたかったが、それは出来なかった。

「キヨ、見ないで・・・・・・・・・」

ヤクザの世界など一ミリも知らなかったキヨに、ガッチマンの血に塗れた姿を見せたくなかった。

中にはガッチマンが斬り殺した沢山の死体の山がある。

キヨの前では、極力良い親を演じたかった。

血塗れで埃を被り、刀で人を殺した自分を見せたくなかったのだ。

だからここに来て欲しくなかったのに。

「なんで?」

だがそんな卑屈なガッチマンを気にすることなく、キヨは距離を詰めると血だらけの手を取った。

「「佐々木」さんから聞いたよ!ガッチさんはオレを守るためにわざと誘拐されたんでしょ?」

牛沢達がガッチマンの予想よりも早くここを特定出来た理由が分かった。

ガッチマンと共謀していた「佐々木」が密告したのだ、と。

相変わらず「佐々木」の連中はガッチマンの都合よりも、いかに主を助けるかが重要なようだ。

あの「佐々木」を牛沢から庇うのはやめよう、と無情にも切り捨てて、ガッチマンはようやくキヨと向き合う。

「俺は、キヨにこんな姿を見られたくなかったの。その───────教育上悪いし」

「今更でしょ」

ぼそりとレトルト外野が口を挟んだが、無視する。

「それにここは危険だから「佐々木」と一緒に先に帰って───────」

「オレたった今から反抗期になるから!ガッチさん親の言うことは全部無視する!」

「は、はぁ?」

これにはガッチマンの方があんぐりと口を開ける事になった。

思春期になっても反抗一つしないと思っていた息子が、まさかの反抗期宣言をしたのだ。

しかもこの状況で。

「それに!オレは守ってばかりの子供じゃねーし!ガッチさんの助けになるくらいの力はあるし!」

自信満々に言うキヨを後押しするように、黙って親子のやり取りを見ていた牛沢とレトルトが前に出てきた。

「そうそう。ガッチさんももう歳なんだから、そっちこそ休んどけよ」

「おじさん扱いするなよ!うっしーと年二つしか変わりませんけど!」

「現に今疲れてるんでしょ?もうおじさんって認め───────」

レトルトがガッチマンの全身を改めながら言うが、その言葉は不自然に途切れた。

「な、なにか?」

ガッチマンがドン引きしていると、牛沢とキヨも静かなことに気がついた。

「あいつら、絶許」

「いたいけなおじさん殴りやがって・・・・・・・・・!」

「この歳で入れ歯はキツいやろが・・・・・・・・・!」

「キヨはいいとして、うっしーとレトさんは俺の自尊心も傷つけてるんですけど」

何事かと思えば先程一発貰った時、口を切った血が見えたのだろう。

三人はそれぞれ別ベクトルで怒っていた。

「ガッチさん返り血はやばいくらい似合うけど、自分の血は全っ然似合わないんだからな!」

「・・・・・・・・・キヨさーん?」

キヨはまともだと思っていたが、そうでもなかった。

キヨに血塗れの姿を見られるのは嫌だったが、本人はそれほど気にしていないらしい。

やはりガッチマンの子供だ。

図太い神経に育ってくれた子供に感謝すべきか嘆くべきかは置いておいて、ガッチマンは下ろしていた刀を再び構えた。

「それじゃあ・・・・・・・・・お掃除、手伝ってくれる?」

「あたぼーよ!」

「久々に暴れんぜ!」

「ちゃっちゃか終わらせんでー!」

廃墟からわらわらと敵が湧いてくる。

これほど崩れかけた廃墟の、どこにそんな大勢の人がいたのか。

ガッチマンは隣でノリノリに拳を構えるキヨを見た。

「ところでキヨもやる気満々だけど、武器はあんの?」

「一応うっしーから護身用の銃借りてっけど・・・・・・・・・使ったことねーから、自分の肉体で戦うわ!」

「きちぃー・・・・・・・・・」

「きちぃーって何!?」

キヨは生粋の脳筋だったことを、今思い出した。

全く誰に似たのか、大勢の銃相手に体一つで飛び込むなんて無謀にも程がある。

「ガッチさんも似たようなもんだけどな」

銃のトリガーに指をかけた牛沢が、呆れたように呟くがこれまた無視する。

「なんで守られるはずの二人が超近距離型なんだろ・・・・・・・・・」

ドスと銃を扱うレトルトの嘆きも、分からなくもない。

だが一番手に馴染むのは刀なのだ。

「キヨ、これ貸したげる」

見かねたガッチマンは、左手にずっと持っていた藍姫の鞘をキヨに渡す。

「ん?何に使えと?」

「・・・・・・・・・?殴る用途しかなくない?」

「鞘で?」

「鞘で」

立派な鈍器としてガッチマンは愛用しているというのに、キヨは驚いた顔をしている。

だが渡された以上使ってみようと思ったのか、黙って鞘を構えた。

「さて、悪者退治といきますか!」

ガッチマンの合図で、四人は一斉に飛び出す。

足の速いキヨが真っ先に敵に攻撃を仕掛けるが、後からずぐに護衛係のレトルトがついていく。

キヨが鞘で昏倒させた敵をレトルトが撃ち抜き、またキヨの死角から攻撃しようとする敵をレトルトがドスで貫いた。

打ち合わせをしていないはずなのに、すっかり息があっている。

一見正反対の性格をしている二人だが、その相性は恐ろしくいい。

ガッチマンはそんな二人を横目に、突出して敵の群衆に突っ込む。

囲いの真ん中へ入りすぎると当然後ろにも敵が回り込んでくるが、背中は一切気にしない。

背後には、当然のように牛沢がいるからだ。

両手に持った銃で正確無比な(たまにあらぬ方へ撃ってる)射撃で、敵を順調に沈めている。

そして数分もしないうちに、はやくもガッチマンは大将首についた。

「覚悟は、もちろん出来てるんでしょ?」

青藍会を狙ったのであれば、これだけ返り討ちにあうとは想定していたはずだ。

それなのに男は苦虫を潰したような顔をして、ガッチマンを睨む。

「また、俺から全てを奪うのか!」

「「また」?俺はね、自分や皆を守るために「敵」を消してるだけなの。ずっと、昔から」

敵を皆殺しにしなければ、次は自分が殺される。

だから完膚なきまでに消す。

物心ついた時から、その方法しか知らなかった。

例外があるとすれば、敵でありながら一目で欲しいと思ったレトルトだけだ。

レトルト以外の敵は、全員殺した。

この男も過去の因縁など忘れて、青藍会に構わなければよかったのだ。

青藍会に手を出しさえしなければ、少しは生きながらえていたかもしれない。

だがこの組は人の常識から大きく外れた所業をいくつもしていた。

そんな組織が青藍会に粛清されるのも、時間の問題だったが。

「結局、復讐は何も生まないんだよ?」

ガッチマンは刀を振り上げる。

男の復讐のために、周りは血の海だ。

誰も報われないし、誰も幸せになれない。

今後こんな馬鹿が増えないように、牽制をする必要がある。

ガッチマンは構えた刀を、斜めから振り下ろした。

「ぐっ・・・・・・・・・!!」

男の体に袈裟懸けの鮮やかな切り口が刻まれる。

「死体はこのまま放置して、見せしめにするように。うっしー、警察にいる「佐々木」にも伝えておいて」

「ん、了解」

四人以外立つものがいなくなった廃墟に、男の荒々しい息だけが響く。

まだ息があるとは、人間の生命力も大したものらしい。

「俺、一人、殺しても・・・・・・・・・意味は、ないぞ・・・・・・・・・」

口から唾液と混ざった血を吐きながら、男は嘲笑する。

「お前を殺したい、ほど、恨んでいるやつ、は、ごまんといる・・・・・・・・・!会長を、降りたからって・・・・・・・・・そんなヤツらから、逃げ切れる、と、思うな・・・・・・・・・!!」

「言いたいことは、それだけ?」

遺言にしては、随分と熱烈な告白だ。

二人の周りに牛沢達がいなくてよかった。

きっとこの話を聞かれていたら、怒り狂っていたかもしれない。

「安心しなよ。俺も安らかにベッドの上で老衰できるなんて思ってないから」

この世界に足を踏み入れた時から、ろくな死に方をしないことは覚悟していた。

人から愛されるよりも、人から恨まれる方が多いことも。

それでもガッチマンは必要なら敵を殺すことは厭わない。

自分の手を汚し、恨まれることで大切なものが守れるなら安いものだ。

「今度は地獄で待っててね」

ガッチマンがそういうと、男は血の海に沈みながら絶命する。

最後まで恨みに振り回された哀れな男だった。

ガッチマンはよっこらせと立ち上がると、遠くの方で帰る準備をしている三人に駆け寄る。

「おまたー!さて、帰ろっか!」

早速後部座席に乗り込もうとするガッチマンを、牛沢が引き止めた。

その顔は、やけにいい笑顔だ。

「俺たち話し合った結果、ガッチさん殴るの止めてここに置いてく事にしたわ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

何を言ってるのかさっぱり分からなくて頭にハテナをいっぱい浮かべていると、レトルトが説明してくれた。

「いやぁね、ガッチさんがおれ達になんの相談もなくこんなことしでかしたからさ、最初は殴るつもりだったんだけど───────」

レトルトも満面の笑みを浮べて、大きく頷いた。

「なんかガッチさん既に殴られてるっぽいし、一発殴っただけじゃうっしーの怒りも収まらないって言うから、間をとってここに置いてくことにしたんだ」

「間をとっての「間」が俺の知ってる「間」じゃないんだけど?」

「細けぇことは気にすんな!ま、数時間くらい歩けば、バス停につくだろ。その始発で御所まで帰ってこいよ」

「牛沢さん!?!?」

今代の「牛沢」は主を敬う気持ちがない!と他の「佐々木」が言っていたが、まさに今それを直に感じている。

「あ、帰ったら溜まってた仕事あるからね」

レトルトが追い打ちをかけ始めたので、ガッチマンはずっと黙っているキヨに助けを求めることにした。

「キ、キヨ!」

「ごめん、ガッチさん。オレ、うっしー、怖い」

「キヨーーーー!」

頼みの綱であったキヨは既に牛沢に買収されているのか、カタコトで断りさらに目も合わせてくれない。

こうなったら、とガッチマンは奥の手を使うことにした。

「いいの?キヨ!このまま俺を置いて帰るんだったら、帰りはうっしーかレトさんの運転だよ!」

「な!今それ関係ねーだろ!?」

「ガッチさんとキヨくんの中では、おれの運転もダメなん・・・・・・・・・?」

外野がうるさいが、ガッチマンは必死でキヨを説得する。

キヨはここに来るまでのことを思い出したのか、顔を顰めた。

「ガッチさん、運転おなしゃす!!」

「キヨ!?」

「ま、背に腹はかえられんよなぁ・・・・・・・・・」

「さっすがキヨ!」

裏切られたと驚く牛沢と呆れるレトルトをよそに、ガッチマンは満面の笑みだ。

「ちゅーことで、運転よろしく!ただし、帰ったらうっしーとレトさんの分の仕事も肩代わりするってことで、どう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・Why????」

「名案やーん!キヨくん!」

「ちっ、しょうがねぇ。それで手を打ってやるか」

キヨの代替案に、レトルトも牛沢も乗り気だ。

ガッチマンは御所に残してきた書類の山を思い出す。

少しだけガッチマンはサボっていたが、三人で処理しても全然終わらなかったあの仕事を全部一人でしなければいけないというのか。

「ふぁあ、オレ眠いから先に寝てるね」

「俺も眠いわ」

「おれもー。誰かさんのせいで余計な仕事増えたしな」

キヨ、牛沢、レトルトは呆然とするガッチマンを置いて、続々と車に乗り込んでは寝る体勢になる。

「ね、ねぇ、ちょっとだけ手伝ってくれたり───────」

「おやすー」

「すみー」

「おやすみ!」

ガッチマンのお願い虚しく、三人はそう言うや否や寝息を立て始めた。

「うそーん」

泣く泣く運転席に収まったガッチマンは、できるだけゆっくり車を動かした。

このままずっと御所につかなければいいのに、と嘆きつつ。

ちらりと隣とルームミラーから後ろを見てみる。

三人は似たような幼い表情で、安心して眠っていた。

口では殴るだの置いていくだのと言ってはいたが、三人は危険を顧みずにガッチマンを助けに来てくれたのだ。

それだけで、これからの地獄も耐えていける。

死ぬ間際に男が言った通り、今後もガッチマンに恨みを抱くものが青藍会に手を出してくるだろう。

また牛沢に怒られる事になっても、レトルトとキヨに愛想をつかれる事になっても、ガッチマンはまた同じように一人で戦うはずだ。

この罰は、甘んじて受けることにしよう。

これから待ち受けているであろう書類の束をそうやって美化して、現実逃避する。

段々と空が明るくなってきた。

あと数分もすれば、遠い地平線から朝日が覗くだろう。

穏やかな寝息を立てる三人に笑いを堪えながら、ガッチマンはアクセルを優しく踏んだ。





「今日───────いや、昨日のトラちんの配信、リアタイできなかったなぁ」

ぽつりとそんな呟きを洩らすが、このあと数日は忙しすぎてリアタイできないというとを、彼はまだ知らなかった。





この作品はいかがでしたか?

312

コメント

3

ユーザー

あ、あぁ…最高すぎる…!! 言葉では言い表せない…小説書いて欲しい… ファンアートって描いてもいいですかね…!? あまりに全員かっこよくて!!! ほんと、好きすぎる…かっこいいぃ…

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚