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 いやだなー行きたくないなー恥ずかしいなーと助手席で膝を抱えてブチブチと文句を垂れている金髪の低気圧に何度目かの溜息を吐いたのは、午前のどうしても終わらせなければならない業務を全て終えてクリニックを休診にしたウーヴェだった。

 昨日の事件が思った以上にリオンの心に傷を与えたのか、あの後家族に一通り事情を説明した時も顔を上げることができないでいたのだ。

 そんなリオンをなんとか自宅に連れ帰ったウーヴェは、食事もしないでベッドルームではなく己の部屋に引き籠ろうとするのを阻止するためにベッドルームに連れ込み、強制的にパジャマに着替えさせた後、同じ様にパジャマに着替えてベッドに潜り込んだかと思うと穏やかな寝息が聞こえるまでただ黙って抱きしめていたのだ。

 普段ならば一日寝ればスッキリするはずなのに、朝になってもまだ引きずっている様子だったが、両親にちゃんとした謝罪をする為に実家に行くことを心配してメッセージをくれたアリーセ・エリザベスに伝え、嫌がるリオンに何とか朝食を食べさせて車に押し込めたのだ。

 己よりも体格の良い超健康優良児を車に押し込める苦労に肩で息をしたウーヴェだったが、車に乗り込んでしまえば大して反抗もせずに大人しくなった為、少しだけ安心して実家への道を車で走っていたのだ。

 だが、家が近づくに連れて俯き加減だった顔が立てた膝の間に挟まれ、その間からぶちぶちと冒頭の不満が垂れ流され始めたのだ。

 それが単なる羞恥から来るものだと文句が流れ出して程なくして気付いてしまえば心配することでも不安になることでもないとウーヴェの腹が据わり、いくらでも不満を訴えていろと強気に言い放ってしまうものの、やはり文句や不満の類を聞かされ続けると気持ち良いものでは無かった。

 次にもう一度聞こえてくれば対抗手段を取らせてもらうとウーヴェが胸中で呟き少しだけ乱暴にアクセルを踏むと、助手席で途端に安全運転お願いしまーすという軽口が沸き起こる。

 その様子に肺の中を空にする様な溜息を零したウーヴェだったが、信号が変わったと同時にリオンが嫌だ行きたくないと呟いた為、可能な限り優しい声でリオンを呼ぶ。

「なあ、リーオ」

「……な、何だよ、オーヴェ?」

「うん、そろそろそれを止めないか?」

 嫌だの何だのと聞き続けているのも飽きて来たと満面の笑みを浮かべて助手席を見たウーヴェは、顔を引きつらせながら狭い車内で可能な限り距離を取ろうとするリオンの胸倉を信じられない強さで掴んで引き寄せたかと思うと、呆然とする唇を塞ぐようにキスをする。

「……!!」

「よし、静かになったな」

「もー! なぁんで俺のダーリンは時々そんな暴君になるんだよー! 昨日の夜もそうだった!」

「お前がそうさせているんだろう?」

 暴君だなどと人聞きの悪いと横目でリオンを睨み付けたウーヴェだったが、クラクションを鳴らされて信号が変わったことに気付き慌てることなくアクセルを踏む。

「うぅ……オーヴェのイジワル。トイフェル。悪魔」

「どっちが悪魔なんだ」

 お互い顔を見ずに悪魔だの何だのと軽く罵り合っていると車は屋敷の前に到着し、それと同時にリオンが己の頬を両手で叩いて深呼吸を繰り返す。

「……よし!」

 助手席でリオンが気合を入れたのを内心微笑ましく見守ったウーヴェは門扉が開いたためゆっくりと車を進め、階段近くに止めて玄関で待ってくれているエーリヒに合図を送ると、リオンと並んで階段を登り、彼に車のキーを預けて長い廊下を進んで行くのだった。


 見るからに消極的な顔のリオンがリビングに入って来た時、チェスをしながらケーキの焼き上がりを皆が待っている所だった。

 一人ずつ挨拶をするのが面倒だった為、全員がこちらを見た瞬間を狙ってウーヴェがハロと一言だけで挨拶を済ませ、己の背後で何やらモジモジとしているリオンの腰を一つ叩いてソファに座れと促す。

「……リオン、昨日はご苦労様でしたね。あなたも怪我などしていなかった?」

 ソファに座って顔を上げないリオンにイングリッドが労いの言葉をかけて問いかけるとようやくリオンの顔が上がり、いつもと変わらない優しい視線にもう一度顔が下がってしまうが、小さな声が大丈夫とだけ返す。

「お前に行ってもらって良かったよ」

 午前中に刑事が聴取に家に来た時に詳細を教えて貰ったがヘクターでも気付けなかった事だと珍しく本当に珍しくギュンター・ノルベルトがリオンを手放しで褒めた為、流石のリオンも驚いたのか俯いた顔をあげて義兄の顔をまじまじと見つめてしまう。

「コニーといったか、彼もお前がいるからひどい事にはなっていないはずと思ったそうだ」

 性格はともかくとして刑事としての働きには誰も文句をつけられないほど真摯で真面目だったことを刑事を辞めて時間が経過した今、当時の元同僚達がどの様に思っていたかも教えられたと滅多にリオンを褒めない−と思われているギュンター・ノルベルトの言葉にウーヴェの顔に自慢にも似た色が浮かび、リオンの口の端が嬉しさに震え出す。

「頑張ってくれたあなたにご褒美じゃないけれどケーキを焼いているわ」

 もう直ぐ焼きあがるから一緒に食べましょうと微笑ましい顔で頷くアリーセ・エリザベスと同じ顔で何度も頷くミカにリオンの感情が限界を迎えたのか、隣に座るウーヴェにしがみつく様に腕を回して顔を押し付ける。

「良かったな、リーオ」

「……うん」

「お前が昨日言っていたが、リッドは別に汚れてなどいないぞ」

 もしお前が言う汚れが犯人への暴力のことだとすればあれは必要なものであって仕方のないことだ、だから気にする必要はないとレオポルドがそんなリオンに苦笑交じりに気にするなと伝えると、リオンの顔が上がり蒼い目を見開いてしまう。

「警部が、良く犯人が生きていたなと感心していたぞ」

「へ……?」

「昔のお前なら間違いなく逮捕した犯人の取り調べが苦労する程殴っていただろうとも言っていたな」

 それを思えば足止めするためにナイフを投げたこと、その後足蹴にしたことは必要範囲内の行動の結果であり、それ以上殴らなかったことはお前が成長した証だと笑ったヒンケルの顔を思い出したレオポルドは、本当に警部に可愛がって貰っていたんだなと笑う。

「お前の性格をしっかりと見抜いている人だな」

「……うん」

 離れて分かった元上司の人の見る目の正確さ、それに密かに感謝したリオンは、ウーヴェから離れてソファから立ち上がるとイングリッドが座っているソファの後ろに回り込む。

「どうしたの?」

「……ムッティ、ごめん、怖い目に遭わせた」

「……大丈夫よ。あなたがちゃんと守ってくれたから大丈夫」

 ありがとう、優しいリオンと背後を振り返りながら優しく笑いかけたイングリッドに最初は遠慮していたリオンだったが、そっと手を伸ばして細い体を抱きしめる。

「ケガしなくて、良かった」

「そうね、ありがとう」

 細い肩に押し当てられるリオンの顔を抱く様に手を回したイングリッドだったが、鼻をすする様な小さな音が聞こえた後、あ、と小さな声も聞こえてしまい、どうしたのと問いかけながらリオンの顔があった肩を見ると、涙か鼻水か唾液かは不明だがリオンの顔から流れ出した液体が服に染みて冷たくなっていた。

「……あらあら。服を濡らされるなんて何年ぶりかしら」

 幼いウーヴェを抱いている時は良く涙や鼻水やヨダレを服に付けられたものだと鈴を転がした様な声で笑うイングリッドだったが、ギュンター・ノルベルトやレオポルドが何とも言えない顔でリオンを見、その視線にリオンの顔がみるみる赤くなる。

「オーヴェぇ! 助けてっ!!」

「……」

 こればかりはどうにも出来ないと言いたげにリオンを見て肩を竦めたウーヴェは、背後から首を絞める様にしがみつかれて目を白黒させてしまう。

「リオンっ! 苦しいっ!!」

 首が絞まるとリオンの腕をバシバシと殴りつけて苦痛を訴えるウーヴェに家族も流石に危ないと思ったのか、リオンに力を緩めなさいと皆が口を揃える。

「うぅ……親父と兄貴のトイフェル、悪魔」

「は!? どうして俺が悪魔なんだ、リオン!」

 羞恥のあまり叫んだ一言にギュンター・ノルベルトが鋭く反応しレオポルドも誰が悪魔だと不満そうに呟くが、悪魔は悪魔だ、悪魔に悪魔といって何が悪いと日頃の鬱憤を今ぶつけていないかとウーヴェが内心ヒヤヒヤする様なことをリオンが呟き、ソファからギュンター・ノルベルトが立ち上がってリオンに詰め寄ろうとする。

「……もう直ぐケーキが焼きあがるのよ、騒ぐのも程々にしてちょうだい」

 いい年をした男が二人騒ぐなんて煩いし目障りだわと辛辣な一言で二人の動きを止めたのは、ミカの横でホッと胸をなでおろした安堵から言葉が少しだけキツくなってしまったアリーセ・エリザベスだった。

 彼女なりに心配しているがそれを素直に出すほど優しい性格ではなく、ただでなくても図体が大きくて嵩張るのだから大人しくしなさいとも命じると、ドアを開けて入ってきた料理長にケーキが焼きあがったかと問いかける。

「はい。焼き上がりました」

「ありがとう」

 焼き上がりと仕上げをするわよと立ち上がったアリーセ・エリザベスは、ケーキを食べたいのなら仲直りしなさい、出来ないのならケーキを食べちゃダメと片目を閉じてリビングを出て行き、残された家族はアリーセ・エリザベスも実は安堵に浮かれているのだと気付くと別に喧嘩をしているわけじゃないとどちらからともなく呟き、ウーヴェがいい音をさせて手を打ち合わせる。

「……もう終わりだ、ノル、リオン」

「……ん」

「そうだな……リオン、ケーキを食べる時は何を飲む?」

「あ! ラテで良かったら俺が淹れる!」

 妹と弟の言葉に兄が素直に手を引くだけではなく本気でリオンとやり合うつもりなどない事を教える様に問いかけると、リオンもギュンター・ノルベルトの心が分かっているからかお詫びも兼ねて得意のコーヒーを用意すると宣言する。

「ああ、良いな。リーオ、ケーキだから砂糖は少なめが良い」

「ん、分かった」

 カフェラテにするから甘さは自分で調節してくれと言い残、そそくさとリビングから出て行くリオンを心なしか呆然と見送ったギュンター・ノルベルト達だったが、昨日の事件の傷がひとまず昇華された事、リオンの行動を肯定し受け入れてくれたことを本当に感謝しているとウーヴェが伝え、それに安心した顔で頷くのだった。


 アリーセ・エリザベスがリオンの為にと焼いたチーズケーキは食べる回数の多いリアが作るものとはまた違った美味しさがあり、その感動のまま夜も食べて帰れとレオポルドが二人に告げた為、家族勢揃いの夕食となる。

 その席上、今年一杯を持って一線を退き後進を育てるために友人達と今まで世話になったチームの育成事業に関わることにしたと教えられ、レースを引退することはさみしいことだがいつかくることだと分かっているし裏方に回ることになればアリーセとの時間ももっと取れると、今まで以上に夫婦揃って同じ夢を追いかける事を穏やかな顔で伝えたミカに対して誰も反対の声を上げることはなく、新たな夢への門出を祝おうと秘蔵のワインを持ってこさせる。

「なー、オーヴェ、ミカの森の家にバカンスで行きたいっ!」

「バカンスで? ……それも悪くないな」

 もう一杯ワインを飲ませてくれるのなら考えても良いなと頬杖をついて上目遣いに見つめてくるウーヴェにそんな顔をされて逆らえるはずがないと不満をぶちまけたリオンは、俺たちはフェリクスに甘いとよく言われるが、お前が一番甘いとギュンター・ノルベルトに指摘されて片頬を膨らませる。

「むぅ」

「家に来たいのならいつでもいらっしゃい」

 サウナも新調したし好きなだけ泊まっていけば良いわと二人の会話に嬉しそうに夫の腕に手を乗せたアリーセ・エリザベスが頷き、ミカももちろんと同意する。

「久しぶりに俺たちも行くか、リッド」

「ええ、良いわね」

「バルツァー家勢揃いか」

 ある意味すげーバカンスだと口笛を吹くリオンにギュンター・ノルベルトが俺も行くのかと目を丸くするが、逆に聞くが兄貴は行かないのかと問われて一瞬考え込むが、肩を竦めることで降参の意を示す。

「ミカとフェリクスの休みが重なる時に俺も父さんも休みを取ろう」

 それで良いかと己を見るギュンター・ノルベルトにニヤリと笑みを浮かべたリオンは、だからオーヴェ、バカンスにフィンランドに行こうと再度誘って笑顔で頷かれ、オーヴェ大好き愛してるといつもの言葉をいつもの様に告げてウーヴェに抱きつく。

「こらっ! ワインが溢れる!」

「ひでー! 俺のハグよりワインが大事かよ!」

「当たり前だ!」

 ウーヴェの本心の言葉にリオンがショックを受けて頬に手をあてがうが、その仕草は幼い子供がするから可愛いのであって良い年をした男がしても可愛くないぞとウーヴェににべもなく言い放たれてしまい、くそー、オーヴェのクソッタレとついついこれもまたいつもの癖で叫んでしまい、ウーヴェを筆頭に家族全員から睨まれてしまう。

「ひーっ! ムッティ、助けてっ!」

「……その様な言葉を使うなんて悪い子にはお仕置きが必要ね」

 さすがにウーヴェの母だと言いたくなる様な事を笑顔で言い放つイングリッドにリオンが危機を感じたのか、ウーヴェの背後に回り込む様に腕を回してしがみつく。

「反省したか?」

「……した。山よりも高く海よりも深く反省したからお願い許して!」

 ウーヴェを弾除けにしながら叫ぶリオンに誰も何も言えなかったが、呆然とそれを見守っていたミカが我慢できないと言いたげに吹き出し、それがアリーセ・エリザベスに伝播するとテーブルをぐるりと回ってウーヴェの元に到着する。

「まったく」

 いつもそうだが本当にお前はとなんとも言えない顔でリオンの頭を撫でる様に後ろに手を伸ばしたウーヴェは、柔らかなくすんだ金髪をひと撫でした後、もう気が済んだかと問いかけて素直な頷きを返される。

「ほら、デザートが残っているぞ」

 チーズケーキも美味しかったが料理長が作ってくれる料理も美味しいだろうと笑うウーヴェにリオンが頷いて最高と笑みを浮かべ、それを見た他の家族も自然と笑顔になり、騒々しいと思いながらもそれがリオンだという思いともはや存在しなかった頃が信じられないほど自分達の中にいる事実に改めて気付かされるのだった。


 明日も仕事だから帰ると車の窓を開けて両親に挨拶をしたウーヴェは、運転席で同じ様に笑顔でミカと話しているリオンの様子が普段とまったく変わらないことに安堵し、両親に目で合図を送る。

「リオン、運転には気をつけるのよ」

「りょーかい」

 アリーセ・エリザベスの言葉に素直に頷いたリオンはそろそろ出発すると告げて見送ってくれるレオポルドやイングリッドに笑顔で手を挙げ、階段の上から見送るギュンター・ノルベルトにも手を挙げる。

「しばらくここにいるつもりだからまたベルトランの店に行きましょう」

「ああ、そうしよう」

 アリーセ・エリザベスのキスを頬に受けて返しミカにも同じ様に返したウーヴェは、じゃあ父さん母さんお休みと挨拶をし、シフトレバーに乗せられている手に手を重ねる。

「帰ろうか、リオン」

「ん、分かった」

 ようやく陽が沈んだ夏の夜空の下、リオンがゆっくりとアクセルを踏み、開け放たれている門扉を潜って静かに車を走らせる。

 門扉が閉まるまでその場で見送ってくれる家族の姿をミラーで確かめたウーヴェは、見えなくなった頃シートにもたれ掛かって溜息をつく。

「どうした?」

「……誰もお前の手が汚れているなんて言わなかっただろう?」

「あーえー……うん」

 ここに来るまでの醜態を思い出したリオンがあーだのうーだのと意味のない言葉を発するが、うんと頷いた為、ウーヴェが再度シフトレバーの上の手に手を乗せる。

 己の両親や家族を褒めるのは気恥ずかしいものがあるが、ちゃんとリオンの仕事を認めてくれる人達で良かったと素直に呟くと、リオンもそれに返す様に素直にうんと呟く。

 自宅に帰り着くまでどちらもほとんど口を開かなかったが、ラジオから流れるピアノ曲が穏やかな気持ちにさせてくれ、重ねた手から伝わる温もりも心を温めてくれるものだった。

 安全運転で帰り着いた自宅、そのドアを開けたウーヴェは、背後から抱きしめられてどうしたと小さく呟くが、うん、お前の家族は本当に優しい人達ばかりだ、こんな俺でもちゃんと受け入れるだけではなく愛してくれると囁かれ、返事の代わりにその腕をぽんと叩き今日はお前の部屋で寝ようと囁き返すのだった。


 その後、イングリッドに催涙ガスを仕込んだ花束を手渡そうとしたスタッフは、以前バルツァーの関連会社へ就職希望だったものの採用試験に落ちてしまい仕方なくこの店で働くことになったが、食事会での集まりを知りついあんなことをしてしまったと警察に教えられ、当のイングリッドが興味を失った様子だった為に家族の間でもその話はそれきりになってしまい、家族が揃った時に時折思い出される過去の一ページに納められるのだった。



Über das glückliche Leben.

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