テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ~。」
ぼくたちが“恋人”になってから、もう二週間。
春休みも半分が過ぎようとしていた。
相変わらず三人でこの家でのんびりと楽しく過ごし、相変わらずリビングで並んで寝ているのだけど――
「ねえ、なんで毎日こんな事になってるの。」
2月下旬。
まだまだ部屋の空気は震えるほど冷たいはずなのに、ぼくは今日も暑苦しさで目が覚めた。
「んふ~、なんでだろ。寒かったから…かなぁ?」
「おれは、涼ちゃんが元貴にくっついてるのが見えたから。」
夜、寝る時には、それぞれ自分の布団にちゃんと入っているのにも関わらず、朝目覚めると、必ずぼくは若井と涼ちゃんにぴったりと挟まれて目覚めていた。
「もうっ、二人とも自分の布団があるんだから、入って来ないでよ…!」
目を開けた瞬間、すぐ横に二人の顔。
その度に、心臓が無駄に跳ねる。
「ん~、でもいつの間にかここに居るんだから仕方なくない~?」
「もとき…うるさい。」
まだ寝ぼけているからか、ふにゃふにゃといつもよりも幼く見える笑顔で、ぼくの腕をぎゅっと抱き締めている涼ちゃんとか。
少し眉間にシワを寄せながらも、ぐりぐりとぼくの首元に顔埋めて甘えてるような仕草を見せる若井とか。
――二週間前までは知らなかった二人の距離感。
朝が来るたびに、ぼくは新しい甘さに振り回されてばかりだった。
・・・
「「「いただきまーすっ。」」」
いつまでもくっついて離れない二人にため息を付いた。
いつもは直ぐに暖房のスイッチを入れてくれる涼ちゃんだけど、今日はその気配がない。
ぼくは、仕方なく、彼の腕からなんとか抜け出してリモコンに手を伸ばす。
――が、その瞬間。
抱きしめていた腕を失った涼ちゃんが、もぞもぞと動いてぼくの脇の下に頭をすっぽり収め、今度は身体をぎゅっと抱きしめてきた。
若井はというと、そんな涼ちゃんの行動に負けじと、布団の中で足を絡めてきて、心臓はドキドキ、上げたまま戻れなくなった腕はジンジン。
朝から大変な目に遭っていた。
ようやく部屋が温まった頃、ぼくは布団から飛び出して二人を起こす。
そして、いつもの不格好な朝食にありつくことができた。
三人で手を合わせて『いただきます』をする。
やっと“普通”に戻った二人がそこには居て、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
「今日何するー?」
「あ、おれ。今日先輩に引越しのバイト誘われたから、それ行ってくる。旅行でお金使っちゃったから少し稼ごうと思って。」
「そうなんだ。涼ちゃんは?」
「僕は相変わらず勉強…ってか院進の準備かなぁ。」
「そっかあ。」
ぼくは、バターが塗られたトーストをかじりながら、何の予定もない自分を少しだけ寂しく感じてしまった。
朝ご飯を食べ終わると、若井は『やばっ、遅れる!』と、バタバタ靴を履きながらバイトへと飛び出していった。
その背中を玄関先で見送り、扉が閉まった瞬間、外気が廊下に流れ込む。
ぼくと涼ちゃんは、思わず肩をすくめて同時に『さむ…』と声を漏らし、急いで暖かい部屋へ戻った。
涼ちゃんはそのまま真っ直ぐリビングのソファーに腰を下ろすと、クッションを小さな机代わりにしてPCを膝に置いた。
キーを叩くカチカチという音が、静かな部屋に小さく響く。
ぼくは反対側のソファで、くまのぬいぐるみを抱えながらスマホを眺めていたけれど、目の前で真剣な顔をして作業する涼ちゃんの姿を横目で見ているうちに、なんだかぐだぐだしている自分が居心地悪くなってきた。
ブランケットを手に取ってリビングを後にし、 自室に置いてある上着を引っ掴むと、足音を忍ばせて廊下を歩いた。
そして、涼ちゃんに『外に出る』とも言わずに、静かに玄関のドアを閉めた。
向かったのは、夏の終わりからずっと出しっぱなしになっている、ぼくのお気に入りの場所――
家の軒下に吊られたハンモック。
ブランケットにくるまり、ごろんと身体を預けると、冷たい冬の空気が鼻先をくすぐり、白い息がゆっくりと空へ溶けていく。
揺れるたびに、かすかな軋み音と一緒に、遠くの方からキーボードの音も聞こえてくる気がした。
暫く揺れに身を任せていたら、ふと瞼が重たくなってきて…
眠るつもりなんてなかったのに、ハンモックの心地よさとブランケットの温もりが、そっとぼくを夢の中へ引き込んでいった。
「もちくん~、起きて。風邪引いちゃうよぉ。」
どれくらい眠っていたのだろう。
ふわふわと柔らかい声が、夢と現実の境界をやさしく揺らす。
まぶたをゆっくり持ち上げると、涼ちゃんがリビングの窓を開けて、ぷにぷにとぼくの頬っぺたをニコニコしながらつついていた。
「またそのあだ名で呼んだあー…。 」
お正月、お餅を食べすぎて若井に付けられた、あの不名誉なあだ名。
嫌がっても二人は『可愛いから』と言って、たまにこうやって呼んでくる。
ぼくは拗ねたように口を尖らせながら、ぐいーっと腕をあげて伸びをする。
ブランケットの中で暖められていた手が、外の空気に触れてひんやりする感覚が、意外と心地よかった。
「ごめんごめん~。元貴の頬っぺたがお餅みたいで気持ちよかったから、ついね。」
そう言って涼ちゃんは、『ふふっ』と笑った。
そして、今度はすっかり冷たくなっていた頬を手で包み、そっと撫でてきた。
変なあだ名で呼ばれたのは嫌だったけど、涼ちゃんの温かくて優しい手が気持ちよくて、ぼくは思わず目を細めた。
「…涼ちゃん、勉強もう終わったの?」
もっと撫でてほしくて、無意識にその手に頬をすり寄せる。
涼ちゃんはくすっと笑い、『まだだけど、ちょっと休暇。ってか、もうお昼だよ? 元貴、中に戻っておいでぇ。』と言って、最後にぼくの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
頭に残るその温もりが、なんだかくすぐったくて、ブランケットで顔を隠しながら、ひとりでこっそり照れ笑いをした。
・・・
お昼ご飯を食べ終えると、やる事のないぼくは、後片付けを進んで引き受けた。
涼ちゃんの分の食器もキッチンのシンクに運んでいく。
涼ちゃんは『ありがと~』と言うと、またリビングへと戻っていった。
その背中を目で追いながら、ぼくは手際よく洗い物を済ませていく。
そして、片付けが終わり手が空くと、マグカップを2つ用意して、涼ちゃんが好きな紅茶を淹れる事にした。
湯気と一緒に、ふわっと茶葉のいい香りが立ちのぼる。
「あ、紅茶淹れてくれたの~?ありがとぉ。」
紅茶をこぼさないように慎重に近付いていくと、涼ちゃんは顔をあげて柔らかな笑みを向けてくれた。
涼ちゃんはなぜかいつもの1人掛けのソファーではなくて、大きい方のソファーにさっきと同じスタイルで座り、PCを開いていた。
どこに座ろうかと、少し迷っていると、ぽんぽんと涼ちゃんが自分の隣を叩いたので、ぼくはその合図に素直にそれに従い、そっと隣に腰を下ろした。
「さっきはごめんねぇ。気を使わせちゃったよね。」
そう言いながら涼ちゃんは、ぼくの手から黄色いマグカップを受け取ると、ふうっと息を吹きかけてから、少し熱そうに紅茶を一口飲んだ。
「え…あ、ううん。」
ぼくは何て答えるのが正解なのかが分からなくて、誤魔化すように赤いマグカップに口をつけた。
「僕、集中しちゃうとあんまり周りの事見れなくなっちゃうから退屈かもしれないけど、午後は僕の隣に居てくれたら嬉しいなぁ。」
そう言って、涼ちゃんはまた一口、紅茶を飲むと、目の前のテーブルにマグカップをゆっくりと置いた。
「…邪魔じゃない?」
ぼくは紅茶を飲む振りをしてマグカップで顔を隠しながら、恐る恐る涼ちゃんにそう尋ねる。
「まさか!邪魔な訳ないじゃない~。だってさ、今は元貴を独り占め出来るチャンスなんだよ?」
にっとイタズラっぽく笑いながら、涼ちゃんの指先がぼくの頬を撫でる。
頬から熱が広がっていくのを感じて、ぼくはさらにマグカップで顔を隠した。
「だから、寝ちゃってもいいから、ここに居て?」
紅茶の湯気の向こうで、涼ちゃんがぼくを見つめている。
恥ずかしくて、とてもじゃないけど湯気のフィルター無しでは見る事が出来ないから 、ぼくはマグカップを持ち上げたまま、小さく頷いた。
「ありがと。」
ふわっとした笑顔でそう言うと、涼ちゃんの視線はまたPCに戻っていった。
カチカチと響くキーボードの音が、やけに心地よく感じられて、ぼくは暫く湯気越しに真剣な眼差しで作業している涼ちゃんの横顔をこっそり眺めていた。
紅茶は半分くらい飲んだところで、湯気が立たなくなってしまったので、そっとテーブルに置いた。
手持ち無沙汰になってしまったぼくは何となくスマホを弄ってみるけど、直ぐに飽きてしまった。
ちらりと涼ちゃんを見ると、相変わらず視線はPCに向いたまま、指先が軽やかにキーボードを叩いている。
──邪魔しちゃだめ…
だめなのは分かっているけど…
ぼくは涼ちゃんとの少し空いてた間を無くすようにそっとソファーに座り直した。
涼ちゃんは、気付いているのかいないのかは分からないけど、変わらず視線はPCに向けらていて、カチカチとキーボードを叩く音も聞こえている。
ぼくの方はといえば、ただ隣にいるだけなのに、胸の奥がやけに騒がしい。
恋人になる前は、もっと自然に抱きついたり、この距離も普通だったのに…。
“恋人”という言葉を意識すればするほど、どうしてこんなにも恥ずかしくなるんだろう。
それでも、やっぱり好きな人には近づきたいから──
もう一度ちらりと涼ちゃんを見てから、遠慮がちにその肩へと頭をもたれかけた。
(わあ…今、なんか…すっごく恋人っぽいかも。)
そんなことを思った瞬間、カチカチという音がふっと止まり、おでこに涼ちゃんの髪がふわりと触れた。
そして次の瞬間、頬をそっと擦り寄せられて、胸の奥がじんわりと温かくなり…
嬉しくて、自然と口元が緩んだその時──
涼ちゃんの手がぼくの頬に添えられ、優しく自分の方へと向けられ…
「……っ…!」
ちゅ、と。
おでこに落とされた軽い口づけが、ぽっと熱を広げていった。
内心あたふたしているぼくをよそに、涼ちゃんは小さく笑うと、またPCに視線を戻し、作業に戻っていく。
心臓の音がうるさくて、涼ちゃんのキーボードを叩く音がほとんど聞こえない。
じんわり残る唇の感触が中々消えなくて、思わずおでこに触れてみると、そこだけやっぱり温かくて、胸の奥がまたきゅっとなる。
さっきよりも少しだけ勇気を出して、そっと涼ちゃんの肩に身体を寄せると──
「…ふふ、甘えんぼ。」
からかうような声と一緒に、指先で髪を優しく撫でられた。
その一瞬で、ぼくの一日がもう幸せで満たされてしまった気がした。
・・・
「ただいまー!」
気が付いたら、あれだけドキドキと胸がざわついていたのに、涼ちゃんの肩にもたれたまま眠ってしまっていたらしい。
若井の声に、はっと目が覚めて、思わず身体がびくりと跳ねる。
「ふふ、おはよ〜。」
柔らかな声がすぐ隣から降ってきて、さっきまでの温もりがまだ頬に残っているのを意識してしまう。
なんだか気まずくて、恥ずかしくて──
ぼくは、そんな気持ちを誤魔化すように、 勢いよくソファーから立ち上がると、目を逸らしながら、バタバタと玄関へ駆け出していた。
「お、おかえり…!」
動揺を隠しきれず裏返った声に、靴を脱ぎかけていた若井が、何かを察したように振り返る。
「…なんかあったでしょ?」
何かを疑うようにそう聞く若井に、ぼくは『別に、なにもないよ!』と言ってみるけど、その視線は離れない。
「…キスでもした?」
図星を突かれたみたいに、胸がドキッと跳ね、思わず視線を逸らす。
その反応だけで、誤魔化しはもう効かなくなっていた。
「どこ?」
「…おでこ。」
「おでこね。」
若井の質問に素直に答えたぼくに、若井は納得したようにそう言うと、靴を脱ぎぼくの前に立つと、首の後ろに手をやり…
「……?!?!」
“ちゅっ”と、軽い音を立てておでこに口づけた。
「うん、これでおっけー。」
若井はそう言って満足そうな顔でぼくを見ると、にっと口角を上げた。
「もぉ~、約束はちゃんと守ってるってば。」
いつからそこに居たのか、ふいに背後から涼ちゃんの声がして、びくっと振り返ると、若井を見て面白そうに笑っていた。
「…分かってるけどさー。」
涼ちゃんの言葉に、肩をすくめる若井。
そのやり取りを見ながら、“???”と頭の中にクエスチョンマークを浮かべたぼくは、二人を交互に見つめるしかなかった。
・・・
結局、あれはなんだったのかと二人に聞いてはみたけど、見事にはぐらかされたぼくは、二人の間で交わされた約束がなんなのかは教えて貰えなかった。
最初は、二人にのけ者にされた気になって拗ねていたけど、ぼくが拗ねていると、二人のスキンシップが激しくなり、ぼくの心臓が持たなかった為、拗ねるのもやめる事にした。
その後は、いつも通りの夜を過ごし、日付が変わる頃に布団に寝転がった。
そして、いつものように若井が電気を消した。
でも、この後、少しだけ変わった事が……
「「おやすみ。」」
そう言って二人は揃ってぼくの唇に優しくキスをした。
二週間経ってもまだ慣れないこの行為に、毎日ぼくは緊張で身体が固くなってしまう。
「…おやすみ。」
小さな声でぼくは言葉だけで答えると、二人は自分の布団に戻っていった。
ここから、寝るまでのお話タイムに入る事もあるけれど、今日は若井がバイトで疲れていたようで、直ぐに寝息を立て始めたので、ぼくも甘く高鳴る胸をそっと抑えながら、ゆっくり目を閉じた。
きっとまた、明日の朝は二人に挟まれて、あたたかな温もりで目が覚めるのだろう。
朝から晩まで二人に甘くドキドキさせられっぱなしだけど──
少しずつ変わっていくぼく達の距離と関係に、胸の奥がじんわり満たされて、
今日も幸せな気持ちのまま深い眠りに落ちていった。
コメント
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このシリーズでの3Pが見れるまで私は死にません(固い意志)
どうしよう、嬉しすぎる 3人の空気感がまた少し変わって、 どきどきそわそわキュンキュン