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「やはり、好味堂の鯛焼きは絶品ね」
炬燵の中に入った月読は、頭半分囓られた鯛焼きを手に、目を閉じてそんな事を呟いた。
「紹介しておくよ、コイツは月読命。名前くらいは知ってるだろう? 見ため通り、変わったヤツだ」
典晶と文也は顔を見合わせる。那由多の言う「見た目通り」とはどういった意味だろうか。典晶の目には、絵に書いたようなクールビューディーにしか写らない。
典晶は目の前に出された鯛焼きと、湯気を立てている大きな湯飲みを見つめた。傍らでは、フードボウルに入れられた鯛焼きと、ミルクをイナリが貪っている。
襖を塞いでいた深い闇。だが、一歩入った先には柔らかな光が満ちた居間が広がっていた。純和風の何処にでもある居間。少し大きめの炬燵に、茶箪笥、場違いすぎる薄型のテレビが置かれている。
「儂の生活空間じゃ、心ゆくまで寛ぐがよい」
小さな胸を張る八意。彼女の言葉が示す通り、那由多もハロも、月読も炬燵に入ってお茶を啜っている。夏だというのに炬燵はおかしいと思うが、実際足を入れてみるとヒンヤリとして気持ちが良かった。
四辺ある炬燵の一辺に典晶と文也が並んで座り、その正面に那由多、月読、ハロと八意は他の一辺を一人で座っている。
「月読です。甘い物が大好きです」
唇の端に付いたあんこをペロリと舐める月読。彼女は文也を弄ぶように艶めかしい視線を投げかける。月読の視線を受け、文也は上気した顔でだらしなく目尻を下げる。
「所で、那由多さんはどうして此処に?」
お茶を啜る那由多は、「ん?」と答えてハロを見つめる。翼を消したハロは、コスプレ天使からセクシーすぎる女子高生になっていた。
「彼はデヴァナガライなの。此処にいる八意思兼良命と月読を彼は使役しているのよ」
「デ、デヴァ? 使役……?」
言葉の意味が全く理解できない典晶は、八意と月読に意見を求める。
「デヴァナガライじゃ。サンスクリット語で『神々の言葉』を意味する。此奴は典晶と違い、持ってる男じゃ。西洋の神に見初められ、ありがたーいお言葉を頂戴したのじゃ。まあ、此奴は儂等の中での警察? 暴漢? まあ、そんなポジションじゃな」
「人間の世界で言うところの、警察官みたいな物だ。過度に人間に干渉してる神や悪魔をぶん殴って無限地獄に幽閉してるだけだ」
「それを横暴だというのじゃ! 人間の分際で、神々を罰するなぞ……」
ブツブツと言いながら、八意は鯛焼きに齧り付く。
「ちょっと待って下さい。じゃあ、那由多さんは、ゴーストバスターとか、妖怪や悪魔退治をしてるんですか?」
「有り体に言えば、そんなところ。と言っても、俺自身はタダの人間だからさ、こいつらの力をちょっと拝借して仕事をこなしてる。君は? 噂に聞く土御門の人間だって聞いたけど? 彼女がその婚約者なの?」
典晶は頷くと、月読に見惚れている文也を放っておき、こちらの事情を説明した。最初は面白おかしく聞いていた那由多だったが、学校で逆さ爺から聞いた話をしたところで、顔を顰めた。
「凶霊か……また面倒なのが君の学校にいるんだな」
「あそこは天安川じゃからな。手強くなるぞ」
そう言った八意がズズッとお茶を啜る。
「高天原商店街に、天安川高校。ナルホドね、あの世に近い場所ってわけだ」
「あの世に近い? 商店街とか学校の名前が関係あるんですか?」
思わず典晶は身を乗り出す。イナリも首を上げて那由多を見つめる。
「名は体を表すって言うだろう? 言霊ってのは、本当にあるのさ。言葉だけで、人も神も殺す事だって可能だ。だからなのさ」
言葉を止めた那由多は、笑みを浮かべてイナリを見つめる。先ほど那由多が見せた異様な威圧感はすでに感じられない。
「だから、君たちは人の身でありながら、簡単にこの高天原商店街と現世を行き来できる。君たちが住む土地は、智成市は少し特別なんだよ。普通ならこちらの世界は、入ることは疎か、存在すら認知できない」
「那由多さんもですか?」
「俺もこの近所の学生。通っている高校は、隣の県にある豊雲高校に通っているんだ。二人と同じように、俺は普通にここに来られるよ」
「私と那由多は三年生なの♪」
ハロはニコニコと微笑み、鯛焼きを囓る。
「正直、普通の人間は特別なアイテムを使わないと此処には来られない。この高天原商店街はね、この世にあってこの世にないものなんだよ」
「じゃのう。だから典晶達、モノノケを嫁にする土御門はこの土地に住んでいるのじゃ。智成市なら、すぐにこちらに来られるからのう」
「だから、幽霊もちょっとしたことで凶霊になりやすい。しかも、凶霊になったらあっという間に強くなる。典晶君、凶霊には近づかない方が良い。あれから宝魂石を取るのは止めた方が良い。イナリちゃん、君の祝詞でもたぶん凶霊には効かない」
くぅ~んと、イナリは小さな声で答える。