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「那由多、ちゃちゃっと凶霊を倒しちゃえば? そうすれば、宝魂石集めも楽になるし、高校も安全になるわよ」


一匹目の鯛焼きを飲み込んだハロが、二匹目に手を伸ばしながら那由多に言う。


「阿呆。他人の高校にそう簡単にいけるかよ。俺はデヴァナガライである前に、普通の人間なの。何よりも、リアルな警察と生徒指導の先生が怖い」


「そうですよね」


典晶は残念そうに下を向く。そんな典晶を見て、八意は那由多を睨み付ける。


「なんじゃ、けちくさいのぅ。そちは人を見捨てるのか? 義を見てせざるは勇無きなり、じゃぞ」


「お前な、典晶君の母さんが怖いからって、こっちに振るなよ!」


「仕方ないじゃろう! 歌蝶姉様は本当に怖いのじゃ……! 凶霊が暴れて、典晶達が宝魂石集めに支障をきたしたら、儂等に被害が及ぶのじゃぞ!」


「儂等、じゃなくて、八意だけにね」


と、月読だ。言葉少なの彼女は、すでに三つ目の鯛焼きを胃袋に収めた。この時になって、ふと典晶は思い当たった。確か、月読は男神だったはずだ。


普段ならば絶対に性別など疑うことなど無いのだが、那由多が月読を紹介したときの言葉が頭の片隅にずっと引っ掛かっていた。


「兎に角、典晶君。凶霊というのは本当にヤバイんだ。テレビでやる怪談話とか、怖い話に出てくる幽霊と一緒にしちゃダメだ。知っていると思うけど、幽霊というのは強い思念を持って死んだ者が現世に縛られているものだ。だけど、強い思いだけでこの世に止まれるほど、思念というのは強くない。典晶君も、文也君も分かるだろう? 肉体があってこそ初めて意志が、人格が、思念が宿る。思念というのは、何かしらを媒体にしないとこの世に止まれないんだ」


「それが、宝魂石?」


典晶の言葉に那由多が頷く。


「宝魂石が幽霊の核となる。妖怪が宝魂石を糧とするのは、宝魂石には神力を高める効果があるからだ。神力を霊力と言い換えても良い。だから、イナリちゃんも宝魂石を口にすると、神通力が強まる。たぶん、あと一つ口にすれば常に人型でいられる位まで神通力を高められるはずだ」


嬉しそうにイナリが吠える。那由多はイナリを見ると優しく目を細めた。


「だからこそ、凶霊は避けるべきだ。凶霊は妖怪や幽霊、ヘタをすれば神さえも口にする悪食だ。そこに人だった頃の意志は存在せず、あるのは一方的な執念。妄執と言っても良いだろう」


「何とかならないんですか?」


典晶は炬燵に身を乗り出す。イナリも同じように炬燵に前足を掛け、正面にいる那由多を見つめる。


腕を組んだ那由多は、難しそうに顔を顰める。


「マスター、此処で会ったのも何かの縁、協力をしてはいかがでしょうか?」


月読が横に座る那由多を見る。那由多は艶っぽい月読の視線を受けて、こめかみに指を当てた。「う~ん」と一声唸ると、徐にスマホを取り出した。


「典晶君、スマホ持ってる? 一応、俺の番号とアドレスを教えておくよ。もし何かあったら、此処に連絡を。やりたくはないけど、真夜中に忍び込んで色々出来るかもしれない」


「はい!」


典晶は顔を輝かせた。


「だけど、この連絡が来ないことを祈るよ。凶霊に関わらないことが、一番幸せなことなんだから」


携帯の番号を交換し、ほくほく顔でスマホを学生服の胸ポケットにしまった。その袖を、イナリが咥えて引っ張った。


「ん? どうした?」


典晶が尋ねると、イナリはクルクルとその場を回って切なそうな声を上げた。彼女が何かを訴えていることは確実なのだが、生憎と狐の言葉は理解できなかった。典晶は八意を見る。


彼女は鯛焼きに齧り付きながら、「はわやじゃな」と不明瞭な言葉を返してきた。


「はわや……?」


典晶は文也を見るが、文也も首を傾げる。


「八意が言ってるのは、厠って言葉。トイレって意味ね」


ハロが八意の言葉を、つまりイナリの言葉を訳してくれた。


「トイレか。んじゃ、ここの庭先にでも放してやれば?」


那由多の何気ない言葉。それと同時に月読とハロが同時に彼の頭を叩く。


「マスターは阿呆ですか? 狐の姿をしていても、イナリは立派な女性」


「そうよ、那由多。アンタ、変な趣味があるんじゃないでしょうね?」


「そんなおかしな趣味を持つほど、その道を究めちゃいないさ。その姿を見ちゃうと、つい動物だと思っちゃうんだよ」


那由多の弁明はもっともだ。典晶も那由多の「庭先に」という案に同意していたからだ。

狐の嫁入り ~其の壱~ 許嫁は『妖狐』!?

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