──週末の業務終わりに、彼女とディナーの約束をした。
デスクの上を片付けて帰ろうとした間際に、松原さんから医療費の詳細を確認されて、クリニックを出るのが少し遅くなった。
彼女が待っていると思うと、つい足が早まって、
待ち合わせた近くの広い公園内に姿を見かけると、「……待たせしてしまって」と、息をついて駆け寄った。
ううん…と首を振る彼女の手を取り、歩き出そうとして、
「こんなに冷たくなって…待たせて悪かったですね…」
その手が冷えて、かじかんでしまっていることに改めて気づいた。
「いいえ、お仕事ですから」
言う彼女の両手を包み、ふぅーっと息を吹きかける。
「体も冷えてしまっていますね。しばらくこうしていてあげますから」
ロングコートの中へそっとその身体を抱え込むと、温もりがじんと伝わっていくのを感じた……。
公園の奥にある、隠れ家のようなレストランを訪れた──。
ディナーコースの最中にふっと客席の明かりが落とされて、不思議に感じているだろう彼女へ、「上を見てください」と、声をかけた。
照明の消された天井一面に投影された満天の星空に、「……うわぁー」と彼女が感嘆の声を上げる。
「ここは、こうして数回プラネタリウムが映し出される趣向なんです」
そう話して、互いの顔もよく見えない薄暗い中で彼女の手を握った。
「あっ……」と、一瞬驚いて声を上げた彼女が、ふと私の手元に目を留めて、蓄光タイプの腕時計を見ていることに気づいた。
「時計にも、星が……綺麗」
天の河と星を模したデザインに見とれている彼女に、
「この時計が、気に入りましたか?」
顔を覗き込んで、そう問いかけた。
──瞬間、パッと照明が点いて、
「してみますか? 私の時計を」と、腕時計を外して、彼女に手渡した。
男性用の腕時計は少し重たく感じられるのか、
「……綺麗だけど、私には大きすぎるかも……」
戸惑うようにも口にする彼女に、
「では、同じデザインの女性用のペアを買いましょうか?」
たった今思いついたことを伝えた。
すぐには受け入れずに遠慮をする彼女へ、
「私が、プレゼントをしたいんです」
腕時計を自分の手首に嵌め直して、
「……同じ時計で、同じ時間を過ごしたい」
首筋を引き寄せて、自らの気持ちのままを彼女の耳へ囁きかけた。
「はい…」と、小さく頷いて、嬉しそうなはにかんだ笑顔を浮かべるのを見つめる。
「ありがとう……。今度、プレゼントをしますので」
そうして握り合った手にふとまた目を移すと、文字盤の秒針が、彼女と重ねていく幸せな時を刻々と告げているようにも思えた……。
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